改変された世界の片隅で ~目が覚めると体が完全拘束されてました~
Added 2018-08-21 13:28:46 +0000 UTCこの世界は何者かに改変されている。 厨二病みたいなことを言っているとは思うのだけど、そうとしか思えない事実があった。 私がその事実に気づいたのは、何気ないある日の朝、学校の寮で目覚めた瞬間だった。 元々寝起きが良い方ではない私だけど、その日は寝苦しくて起床時間より早くに目が覚めた。 (暑い……喉、乾いた……) 寮の空調は自由には使えないけど、少なくとも不快にならないように管理されている。 それでも急な寒波や熱帯夜には対応仕切れないこともあって、その日もそれだと思っていた。 けれど、水を飲もうと起き上がろうとした身体が全く動かなかったので、いつもと違うような気はしていた。 (金縛り……? いや、なにこれ? すごい圧迫感が……) 寝相がいい方ではない私は、普通に仰向けに寝たとしても、朝起きたらベッドの端に寄っていたり、身体を丸めていたり、俯せになっていたりということは日常茶飯事だった。 けれど、いまはお手本のようなまっすぐな形になっているのが身体の感覚でわかる。 (手も足も……指先も動かない……? なにこれ……) 私は眠たい気持ちを抑えつつ、瞼を開いた。真っ暗だ。朝の早い時間だから、というわけじゃない。何かが目に覆い被さっていて、それが視界を遮っている。 ここに来て、私はいよいよおかしなことになっていることに気づいた。 目が見えないのもそうだけど、何も音が聞こえない。耳に何か詰まっているような感じがする。それを取ろうにも、腕は身体の横にぴったり合わせた状態から動かなかった。 「むぅ、むぐ、ぐぅ!?」 声をあげようとして、口が塞がれているのに気づく。いや、正確には口を開こうとしても開けなかった。顎が固定されていて、口をしっかり閉めた状態からわずかにも動かせなかった。 (ど、どうなってるの!? 誰もいないの!?) 寮は個室であり、いるわけもなかったけど、周りの状況が一切わからない状態だったから自分が自室にいるのかもわからなかった。 それからしばらく、なんとか身体を動かせないかと色々やってみたけど、全て徒労に終わった。どうやら、全身がしっかりと拘束されているらしい。 (……寝ている間に浚われた……とか? いえ、そんな馬鹿な話……ないわよね) 私が住んでいるのは学校の寮だ。当然セキュリティはしっかりしているし、不審者が入り込む隙はないはず。 それこそ学校そのものが関与しない限り、寮から人を浚うなんて無理な話だろう。 そして、そもそもの話、私に浚われるような価値があるとは思えない。生まれは一般市民だし、特別容姿が優れているわけでも、何かこれという特徴があるわけでもない。 何が起きているのか、私は暗闇の中で考え続けたけど、答えが出るはずもなかった。 そうしているうちに、トイレに行きたくなってくる。 昨日の夜、寝る前にお茶を飲んだからだ。起きたらトイレに行きたくなるのは自然なことだったけど、いまの私の状況でこれは辛い。 (もれちゃう……っ。誰か、どうにかしてよぉ……!) 高まる尿意に私は身体を捩らせて耐えるけど、それが長く続かないことは明白だった。 そのとき、急に耳の中でノイズが走った。電話が繋がった時みたいな感じだと思った私の耳に、声が聞こえる。 『皆さん、おはようございます。まもなく起床時間です』 その落ち着いた様子の、涼やかな声には聞き覚えがあった。 (いまの声……管理人さん!?) この寮の管理人さんは若い女性の人で、寮に住んでいる子は皆「管理人さん」と呼び慕っている。悩み相談にも乗ってくれる『頼れるお姉さん』という感じの人だった。 少なくとも、誘拐や監禁みたいな怪しげなことに手を貸すような人じゃない。 なのに、いつもと変わらない落ち着いた様子だったことが不気味だった。 まるでそれが当たり前のことであるような――。 訳がわからず混乱していると、不意に真っ暗だった視界が開けた。見えてきた天井は、確かに寝る前にも見た、見慣れた自分の部屋の天井だった。少なくともどこかに浚われたというわけではないらしい。 状況を把握しようと目線を動かした私は、すぐ傍に管理人さんがいることに気づいた。 「ムゥゥッ!?」 どういうことか聞こうとした私は、やはり声が出せず、唸り声しかあげられない。けど、もし声が出せたとしても、結局驚きの声しか上げられなかっただろう。 そんな私の様子を、いつもと変わらない優しい目で見つめている管理人さんは。 ダイビングスーツみたいな、身体にぴっちりと張り付く不思議な黒い服を着ていた。 首には金属のような素材で出来た、首輪、にしか見えない物を着けていて、そこから下は完全にそのスーツに覆われていた。ぴっちりと身体に張り付き、管理人さんのボディラインが強調されている。 元からスタイルがいいことを羨む子も多かった人だけど、いまの服装だと必要以上にそれが強調されていて、はっきり言って見るのも恥ずかしい。 胸の形もはっきり浮き出ていて、先端の突起の形すらわかってしまいそう。手や足の指先までスーツに覆われている。腰の辺りには金属で出来たパンツみたいなものをスーツの上から着ていて、そこだけ妙に厳重そうだった。 そんな、言ってしまえばエッチな格好をしているにも関わらず、管理人さんは普通に笑い、私の視界の外で、私の身体に触っているような感じがした。 『今日はちゃんと起きてたわね。えらいえらい』 目の前で喋っているはずの管理人さんの声が、耳栓を通して聞こえてくる。わざわざ周囲の音を拾って耳の奥で流しているのかもしれない。それはその機械が止められたら、聴覚が奪われるということだった。起きてすぐのあの静寂はそういうことだろう。 目だけで管理人さんの動きを追っていると、急に全身の締め付けが楽になり、身体が動かせるようになった。動かせるようになったことで、私は自分がおかしな格好をしているのに気づく。 (な、なにこれ……!?) 手を目の前に持ってくれば、手は真っ黒いもので覆われていた。管理人さんが身に付けているのと似ている。 それは全身を被っていて、管理人さんの格好とそう変わらない格好をしている。 ただ、私の場合は頭までその素材が覆っているようだった。目出し帽みたいな感じで、目と鼻以外は完全に覆われている。口が開けないのは、それが頭を覆っているからだった。 さらに、首には管理人さんと同じと思われる分厚い金属製の首輪が巻き付けられていて、外せそうにない。太い首輪のせいで首を自由に曲げたりすることが出来ず、少し俯くのも苦しいくらいだった。 身体はというと、やはり黒い素材で出来たぴっちりとした服が覆っているのは管理人さんと変わらない。ただ、管理人さんと違うのは、胸のところに、これもまた金属できているらしいブラジャーみたいなものが着けられているということだった。なんとなく息苦しいと感じていたのはこれが原因だったみたいだ。金属のブラジャーは私の胸を完全に覆っていて、一部の隙も無い。指を入り込ませる隙間すらなく、乳房の柔らかさを感じられないように、しっかりと固められていた。 そして、下半身。もう予想がついていたことだったけど、私の下半身もまた管理人さんと同じように金属製のパンツのようなもので覆われていた。何かで見た『貞操帯』の方が正しい表現なのかもしれない。一件ただの金属で出来たパンツのようだけど、よく見ると細かい機構がいくつもあるようで、ただ下半身を封印しているというだけではなさそうだ。 最後に、足先。私はベッドに寝かされていたのだけど、掛け布団は無かった。スプリングの強いベッドの白いシーツの上にそのまま寝かされていたようだ。 そしてその足先は踵の高いブーツに覆われていた。それも半端な高さじゃない。ピンヒールもかくや、といわんばかりの高さの踵。とても立ち上がることなんてできないだろうと見てわかる。そんなブーツは編み込み式で、しかもその編み込みをどう解いたらいいのかわからない状態にされていた。なにやら南京錠みたいなものがあって、それを外さないと恐らく脱げなくなっているのだろう。 身体のほとんどが覆われ、よくわからない器具に彩られた姿に、私はされていた。 『ほらほら、早く起きて準備しなきゃ』 呆然と自分の姿を確認していた私に、管理人さんが話しかけてくる。私は管理人さんにどういうことが尋ねようとしたけど。 「ウウ、ゥウオウーッ!」 口が開けないので、明瞭な言葉にならなかった。 必死なこっちに対し、管理人さんは場違いなほどにこやかな笑顔だ。 『ほら、早く立って!』 (そんなことを言われても、こんな踵の高い靴じゃ無……!?) そう言おうとした私の身体は、ベッドに腰掛ける体勢になったかと思うと、実にスムーズに立ち上がった。まるでそれが当たり前のように、バランスを取るという意識もなく、自然と立てていた。 手でバランスを取るまでもない。体幹がぶれるということがなく、それはまるで体操選手のそれのようだった。もちろん私は体操の経験など無いし、むしろ運動不足を悩んでいたくらいだ。 『はい、腕を後ろに回してね』 自分の身体が自分の身体じゃないみたいだ、なんて思っていたら、管理人さんがそう言って何か袋のようなものを手に私の後ろに移動する。 そんな指示に従う必要などないのに、私は自然と腕を後ろに回して、しかも揃えてグーを造っていた。 それはまるで、毎日同じ事をやっているかのような、自然さだった。 後ろに回した手に、何かが被さってくる。唯でさえ腕は不思議なスーツに覆われているのに、分厚い何かが腕を覆っていく。 私が何かを考えるよりも前に、手首の辺りが締め付けられる感触がして、手首から先が離せなくなった。 さらに今度は肘の辺りが締め付けられ、腕が動かせなくなる。身体が硬い方のはずなのに、肘と肘がほとんど接するほどに引き寄せられていた。 (いたっ……くない……) それが逆に怖かった。もしかすると私はまだ寝ていて、変な夢を見ているのではないかという気さえしてくる。 けれども、身体から感じられる全ての感覚が、起きていることを伝えてきていた。 『はい、アームバインダーセット完了……うん。可愛い可愛い』 管理人さんはおしゃれで身に付けたヘアピンやリボンを褒めてくれるように、優しく私の頭を撫でながら褒めてくれた。けど、それを喜ぶことなんてもちろんできない。 『それじゃあ、早く食堂に行ってご飯食べてきてね。ダイエットでご飯抜くなんて許されないからね?』 茶目っ気たっぷりに言った管理人さんは、そういうと、あとは振り返りもせず部屋から出て行ってしまった。部屋の扉は開けっ放しだった。 混乱したままの私が、部屋に取り残される。 (ええ……どうなってるの? これ……) 自分の身体の状態。管理人さんの態度。 わからないことだらけだ。部屋の内装や置いてあるものは昨日までと何ら変わりのない状態だから、余計にわけがわからない。 ただただ異常な世界に放り出された感覚。 私の知る限り、現代の日本の社会でこんなことが起こりうる訳がない。 (異世界……平行世界? いえ、でもそうだとしてもこんな世界あり得るの……?) とにかく、腕の拘束だけでも外せないだろうか。 私はそう思って両腕を揺すってみたけど、管理人さんの言うアームバインダーというらしいものはびくともしなかった。分厚い革で出来ているみたいで、とてもじゃないけど力で千切れるとは思えない。 かといってハサミなどの刃物を使おうにも、グーの形にした手は動かない。 (自力での脱出は無理そう……いまはとにかく、食堂に向かってみようかな……) もしかすると外してもらえる機会があるかもしれない。 そう思い、行動を始める。 まずは管理人さんに言われた通り、食堂に向かおうと部屋を出て。 そこで、私と同じように拘束された人に鉢合わせた。 「ウウウー!」 向こうが声をあげてくれなかったら、危うくぶつかるところだった。 私は慌てて距離を取りつつ――咄嗟の動きだったのに、転ぶことはなく、やっぱり身体は自然と動いた――私はその誰かに頭を下げる。 声を上げられないから、それくらいしかできなかった。 恥ずかしい拘束姿を見られた、という羞恥心はそれほど大きくならなかった。 なぜなら、それよりも驚きの方が優先されたからだ。 私がぶつかりかけた、その子。もちろん全身が覆われていて、目元以外何も特徴はわからなかったのだけど、それでもその子を見間違うことはない。 (美夜……!) 寮の隣部屋の住民であり、入学以来何かと仲良くしている大親友だったのだから。 私同様、異様な姿にされている美夜は、いつもと変わらない笑顔を浮かべているのがわかる目元をしていて。 この異様な世界に順応していた。 つづく