SamSuka
夜空さくら
夜空さくら

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改変された世界の片隅で ~普通に用を足すこともできません~

 おトイレに行きたい。  全身をラバースーツで覆われた状態で、さらに金属製のパンツみたいなものも履かされている格好で、どうしたらいいのかもわからないけど、もう尿意が限界だった。  幸か不幸か、美夜との絡みで生じた身体の疼きも、その尿意によって少し紛れていた。  食堂から出たところで待ってくれていた美夜に近付く際、トイレの方を目で見ると、美夜は大きく頷き、そして寮の入口へと歩いていった。  どうやら「トイレに行くから先に行って」という意思は伝わったみたいだ。 (本当は、どうしたらいいのか、美夜に訊きたかったけど……仕方ないわよね)  話せないというのは本当に厳しい。話せたとしても混乱するばかりで、ろくに話せなかった可能性はあるけど。  美夜はこの異常な状況を受け入れているようだったし、会話が噛み合わず変な顔をされていたことは確実だっただろう。  とにかく、美夜と別れて一人になった私はトイレに向かった。  食堂の位置もそうだったけど、大まかな部屋の場所は変わっていないみたいだ。  トイレの表示が見えて来て、私はつい早足になる。 (どうすればいいのかは……見て判断するしかない……!)  トイレに扉はなく、そのまま入れるようになっている。昨日までなら、入口でトイレ用スリッパに履き替える必要があったけど、いまはそういったものは置かれていなかった。 (これは、まあそうよね……このブーツは脱げないし……)  いまの私の足は、踵が極端に高い編み込み式のブーツによって覆われている。  そしてそれは南京錠らしきもので固定されていて、手が使えたとしても脱げないようになっていた。  そうなるとトイレの床を歩く靴で寝る時もいなければならないということで、あまり衛生的に良いとは思えない。外国だと割と靴のままでどこにでも行くというし、日本人的な感覚ではあると思うけど。  しかし、結論からいえば衛生的な意味では心配する必要はなさそうだった。 (トイレ……なのよね?)  入口から見える範囲のトイレの床は、めちゃくちゃ綺麗だった。廊下の床と全く変わらない。そもそも汚れたことがあるのかどうか疑問なくらい、清潔そうな印象だった。  そういえば、前から清潔には保たれていたけど、いま改めて見ると私の部屋も廊下も異常なくらい清潔だった気がする。 (皆が皆、全身ラバースーツの格好なら、汗も髪の毛もほとんど落ちないだろうけど……トイレもそうなのかな)  綺麗すぎて滑らないか心配になりつつ、私はトイレの中に入る。  そして私は異常な光景を目の当たりにした。  まず、昨日までならんでいた個室の仕切りがない。洗面台もなければ手洗い場すらない。 トイレは殺風景な、四角い空間になっていた。ただ、何もないわけじゃなく、いままで私たちが座って用を足していた便座があったくらいの間隔で、壁から不思議なものが飛び出していた。  それは、まるでクレーンゲームのクレーンが、横向きに突き出されているかのようにも見える。  三つに分かれたアームが、一本を真下に、残り二本を斜め上方向に広げる形で展開されている。 (なにこれ……?)  いままで慣れ親しんでいた「トイレ」から、かけ離れた目の前の「トイレ」の光景に、私は途方に暮れて立ち尽くした。  何を、どうすれば用を足せるのかわからない。  とにかく、壁から突き出しているクレーンのようなものくらいしかこの場所にはないので、間違いなくそのクレーンみたいなものがトイレに関わりがあるとは思うのだけど。  とりあえずもっと近付いてそのクレーンを確認してみることにする。 (やっぱり……ただの棒が飛び出してるわけじゃない……)  クレーンのアームを近くで見ると、なにやらハイテクな仕組みがあるらしい感じがした。くわしくはわからないけど、ただの棒でないことは確かだ。  そこで思い出されたのは、食堂でのことだった。股間に椅子が張り付いて、お尻に何かを注がれたのだった。 (……もし想像が正しければ、尿道にも何か管みたいなのが入ってるってことよね)  普通は有り得ないことに思わず顔を顰める。  お尻もそうだったけど、何の感覚もないことが逆に怖い。朝食をお尻に注がれるまで、そこに何かが挿し込まれているなんて思わなかった。  もっといえば、私の大事なところに何かが入れられていることにも、美夜と『朝の挨拶』をするまで気づけなかったのだ。 (なんで私がこんな目に……)  もう何度考えたかもわからないことを心の中でぼやきつつ、私はとにかく用を足すためにクレーンの観察を続ける。  恐らく下の棒に跨がればいいのだろう。ちょうど突き出している高さがそれくらいだし。  ただ、どっちを前にすればいいのかがわからない。そう思って悩んでいると、三本のアームが繋がっているクレーンの本体が、奇妙な形に凹んでいることに気づいた。  縦に一本の溝が走っている。 (この幅……もしかして、腕が嵌まるようになってる?)  アームバインダーというらしい道具で拘束された私の両腕。クレーンに背中を預ければちょうど両腕がその溝に嵌まりそうな感じだった。  さっそく、背中を向け、棒を跨ぐようにしてクレーンに背中を預けてみる。  やっぱり凹んでいた溝はちょうど腕の太さに合っているみたいで、私は身体を左右に揺らすことも出来なくなった。この方向で合ってるみたいだ。  背中を預けると同時に、クレーンのアームに当たる部分が動く。  私の股間を下から持ち上げ、斜め上にある残り二本のアームは私の肩から胸を押さえるように。  三本のアームが私の身体を掴み、ただでさえ不自由な私の身体を拘束する。 「む、ふぅ……ッ!?」  股間は半ば覚悟していたけど、他のふたつのアームが予想外だった。  アームの先端が、私の胸を正面から押さえ込むように折れ曲がっている。いまの私の胸には金属製のブラが付けられているけど、それと固く結合してしまったかのように、身体を揺すろうとしても揺すれなくなった。  いま自由なのは足くらいだけど、真下のアームが私の身体を軽く持ち上げているので、爪先でトイレの床を擦ることくらいしかできない。  とてもその場から移動できるほどには足が地に着かなかった。  私が半ば空中に宙ぶらりんとなって無力感を噛み締めている間に、股間の異変が始まっていた。 (尿意が……消えてる……)  恐らく、いや、確実に股間に接しているアームが何かしているのだと思う。  さっきまですごくトイレに行きたかったのに、その感覚が消えて楽になっていた。  何かしらの管が尿道に通っているのはこれで間違いないみたいだ。 (……? なに、なんなの?)  股間にばかり集中していた私は、胸の異変に気づくのが遅れた。  なんだか、熱い。金属のブラに押さえつけられている胸が、妙に熱くなっている。  何かが入ってきているような。 (……まさか!?)  おぞましい想像をしてしまい、私は青ざめる。  股間のアームを通して抜き取られている、出したばかりの私の尿。  回収されたそれが、胸に入れられているのでは、と想像してしまったのだ。 (そ、そんなわけないわよね……違う、わよね)  いくらなんでもそれはないと思いたかった。そんなことをすれば、熱いでは済まないだろう。単に排尿をする度に胸に何かしらの薬を注入されるのだと思いたい。  いや、それはそれで嫌だけど、乳腺に尿を入れられるよりは遥かにマシだ。  胸が内側から弾けそう。金属のブラの中で、行き場を失った乳房がぱんぱんに膨らんでいるような、そんな圧力を感じる。 (う、ぅ……っ、これ、きつ、い……っ!)  尿が溜まっている時とはまた違う辛さがあった。そっちが楽になったと思ったら、今度はこっちで苦しめられるなんて。完全に楽にしてくれない。  こうして私たちを虐めるのが目的なのだろうか。 (でも、美夜は……皆は、苦しいって感じじゃないのよね……)  それが普通というか、楽しんでいる気配すらある。  どうして私だけが普通の感覚を持ってしまっているのだろう。  私だけが改変されたことに気づいてしまったのか、それがわからない。 (それとも……私がおかしいの? 本当はこれが当たり前だった? じゃあ私の記憶にある普通って……なに?)  唸っている間に、トイレに別の子が入って来た。  思わず身体を固くしたけど、その子は私のことなんて何も気にすることなく、隣のアームに私と同じように跨がり、同じようにアームによって空中に固定されていた。  実に自然な様子だったけど、私が見ていることに気づくと、目元が不快そうに歪むのが見えた。どうやら、丸見えだけど故意に見るのはマナー違反のようだった。  確かに、トイレの個室に入るところをじろじろ見られてたら誰だって嫌だろう。  慌てて視線を前に戻す。 (……そういえば、いつ解放されるのかな)  私は足を限界まで伸ばして、靴裏で床を擦る。まだ降ろされてはいないようだ。  自動的ではなく、何か特別な合図がいるのだとすると、私はそれを知らないから解放されないということになる。  一瞬焦ったけど、程なくしてアームの拘束が緩み、自然と足が地面についた。終えてみればトイレが綺麗なのは当たり前だった。汚れる余地が全くないのだもの。  固定されていた股間も動かせるようになっていたので、腰をずらして股間を乗せていたアームの上から降りる。  その際気づいたのだけど、股間をピンポイントでアームに擦ったはずなのに、全然その感覚がしなかった。食堂で座った時もほとんど何も感じなかったし、股間を覆う金属は相当分厚いのかもしれない。 (これって……手が自由になったとしても、自分で刺激を与えたりは決してできないってことよね)  いまの状態でも、机の角や椅子の背もたれを使って刺激を与えることも出来ない。  それは燻っても何もできないということで、とても残酷な仕組みに感じた。  私は何かを追加されて疼く胸を感じながら、トイレの外へ向かう。 (こんなこと続けてたら、おかしくなっちゃう……)  どうにか脱出できないだろうか。  拘束を解いて、外に飛び出せば、あるいは。  そこまで考えて、この変化がこの学校内だけとは限らないことに思い至る。  もしかすると、世界中どこに行っても女性は拘束され、管理されている世界になっているかもしれないのに。 (とにかく、情報……せめて拘束が解かれて自由になる時間さえあれば……時間?)  遅刻対策なのか、廊下には色々な場所に時計が置かれている。その内のひとつを見ると、始業時間が近付いてきていた。 (遅刻……しない方がいいよね。教科書……は、どうせこの姿じゃ持って行けないし……)  美夜も食堂から寮の入口に直行していたみたいだし、急いで教室に向かうことにする。  うちの寮は学校の敷地内にあって、校舎までは歩いて数分かかる。  敷地内とはいえ、この格好で野外を歩くのは嫌だったけど、歩かないと校舎までいけないのだから仕方ない。  私は踵の高いブーツで転ばないように注意しつつ、急いで寮の入口へと向かった。  結論からいうと、野外は歩かずに済んだ。  寮の入口に行ってみると、いままで下駄箱が置いてあったスペースが丸ごと何かの作業場みたいに改装されていたからだ。  その作業場は壁一面に棚が用意されていて、大きな黒い箱のようなものが入っていたり入っていなかったりしているようだ。  そして、なぜか寮の管理人さんが出入り口のところに立っていた。  出入り口、とは言ったけど、その出入り口は私の記憶にあるものじゃなくなっていた。  昨日までの寮の入口はいかにも洒落た洋館という感じの、雰囲気ある重厚な扉が特徴的だった。けれど、今はその扉がない。  いや、扉がないというか、出入り口自体がその場所に見当たらなかった。 (ええ……? どうなってるの? ここが玄関じゃなくなってるの?)  そう思って立ち尽くしている私を、管理人さんが手招きする。 「何してるの? 早くこっちこっち!」  言われるまま、管理人さんに近付いた。管理人さんは相変わらずの格好で、身体のラインがくっきり出る全身スーツを纏って平然としていた。  管理人さん以外にも、大人の女性が何人かこの場にはいるのだけど、その人たちも皆一様に管理人さんや私たちが来ているようなラバースーツを身につけている。  基本的な装備は管理人さんと同じで、重そうな首輪に金属製のパンツを身につけていた。  その内のひとりが、管理人さんの傍に立った私の傍に、壁から持ってきたと思われる黒い箱を置く。側面にキャスターが付いているので、その気になれば転がして運ぶことも出来そうだった。いまは動かないように側面になっているけど。  箱、というよりはスーツケースの方が形状的には近いのかもしれない。  外出用の靴でも入っているのかと思ったけど、それにしてはその箱は大きすぎた。  管理人さんがその黒い箱を手に取り、横倒しにして蓋を開く。  何が入っているのかと身構えたけど、私の緊張に対してその中には何も入っていなかった。がらんどうな中身が晒される。荷物を抑えるためか、ベルトのようなものがいくつもあるのは見えた。  これを持ってきてどうするのだろう、と私が思っていると、管理人さんは不思議そうに私を見る。 「どうしたの?」  そう言われても、私にはどうすればいいのかわからない。  戸惑う私に向け、管理人さんは信じられないことを口にした。 「ほら、早く――中に入って?」  その大きなケースの空洞を、管理人さんは指し示すのだった。 つづく


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