ヒトイヌ拘束以上のことはされないうちに『拘束』の授業はなんとか終わった。 (ラテックスボールって、見た目は変で笑っちゃうようなものだけど、全然動けない立派な拘束の一種なんだ……) 体感では一回しか『拘束』の授業は受けていないはずなのに、普通は知りようもない拘束のことにすっかり詳しくなってしまった気がする。 私は短くなった両手両足を必死に動かして、教室移動を行っていた。 ヒトイヌ拘束を施された身体では、普通の拘束をされたクラスのみんなが歩くのについて行くだけでもやっとだ。 目の前でクラスメイトのラバーに包まれたお尻が動くのが見える。 こうして視点が下からに変わると、少しは慣れてきたと思っていた私たちの格好がいかに異常で、いやらしく見えるものかを思い知らされてしまう。 テカテカしたラバーの照りや張りが、一歩歩く度に微妙に変化し、まるで誘うように動いているようにさえ見える。それから目を逸らしたくても、身体の動きを限りなく制限された私は辛抱して四つん這いで歩き続けるしかなかった。 整然と歩く列の中で、一人だけ地べたを歩かされる屈辱や羞恥心は想像以上に強い。 それだけじゃなく、身体を動かす度に、自分に施された拘束の厳しさを思い出させられてしまい、非常に辛かった。 「フゥ……フゥ……フゥ……!」 喉の奥まで貫く張り子のせいで、まったく口呼吸が出来ない。 不自由な身体を動かして呼吸は荒くなるのに、満足に呼吸が出来ないせいで苦しみだけがどんどん増していっていた。 その苦しみに気を取られて、足首から先を動かしてしまったら、さらに地獄を見ることになる。 お尻に差し込まれた尻尾飾り付きのアナルパールは、足首から先を拘束する金属フレームに仕込まれたスイッチと連動している。そのため、足首から先を動かしてしまうと、アナルパールの玉ひとつひとつが徐々に大きくなるという残酷な仕掛けがあった。 入れられた時点ですら、ボールはピンポン球くらいの大きさで、連なった長さは50センチ近かったのに、それがさらに太く、長くなるとしたら。 どれほどの苦しみを与えてくるのか想像もできない。 すでに『拘束』の授業中に何度かうっかり動かしてしまっていて、かなり大きくなっているのが身体の感覚でわかった。自分では見えないけど、お腹もぽっこり膨らんで来ているんじゃないだろうか。 斉條先生は破裂はしないようになっていると説明してくれたけど、それが何の気休めになるのだろう。 いっそお腹を突き破ってくれた方が楽だ、と思えるくらいの苦しみを与えられるかもしれない。 それを避けるために、なるべく足を動かさないよう、努力するしかなかった。 完全に拘束された状態も辛いけど、中途半端な自由を与えられているというのは、余計に辛いものなのだとよくわかる。 さらに、この拘束をいつ解いてもらえるのかもわからない。この苦しみがいつまで続くかわからない状態が、また余計に辛さを倍増させていた。 苦しみに狂う前に解放されるように祈るしかない。 そんな私の切実な祈りをあざ笑うかの如く、次の授業は残酷な科目だった。 その科目の名前は――体育、という。 正直、時間割で見かけていたときから疑問だった。 この訳のわからない、改変された世界において、体育という授業が成立するのかどうか。 私だけでなく、みんな運動に向かない格好をしているからだ。 奇妙なラバースーツを着せられ、踵の高いブーツのような靴で、首に分厚い首輪は巻き付いているし、そもそも後ろ手に拘束されているのだから。 歩くだけなら謎のバランス感覚でどうにかなっているけど、走ったり跳ねたり、ボールや道具を使ったりすることはまずできないだろう。 そんな状態で『体育』で何をするというのか。 体育の授業は、内容によって運動場か体育館で行われる。 今日は運動場の日のようで、私たちは例の鎖によって連ねられたスタイルで運動場へと向かっていた。 朝目覚めてから屋外に出るのはこれが初めてだ。 教室移動の際に窓から外は見えたけど、歩くのに集中しなければならなかったし、学校の外がどんな様子なのかはっきりとはわからなかった。 けれど運動場は外の車道に面している。しきりとしてフェンスがあるけど、外の様子は確実に見れるはずだった。 (この変な世界がせめて学校内で留まっていますように……!) 一縷の希望を抱いてそう願う。脱出するにせよ、何にせよ、この拘束から逃れるためには逃げる先が必要だった。 そうこう考えているうちに、列の先頭が校舎の入り口に到着したみたい。ドアが開かれる音がして、外の風が流れ込んでくる。 眩しい光に一瞬目がくらみ、そして外に出ることができた。 ぱっと見は、何も変わっていないように見える。 よく整備された広い運動場。同じく整えられた藤棚や植え込み。校舎側から見て、右手側にプール、左手側にはテニスコートがある。 そして、運動場の向こう側、その先に外の景色が――大きな道路が見えた。 肝心なのは、道行く人たちがどんな格好をしているか。 昨日までとなんら変わりない姿で生活を送っているのか、それとも私たちのような異様な格好をしているのか、だった。 (お願い……どうか普通でいて……!) そんな私の祈りが通じたのか、一人目の通行人は普通の格好をしていた。たぶんサラリーマンなのだろう。ごく普通のスーツに身を包み、携帯電話を耳に当てながら急ぎ足で歩いている。 普通の格好をしていたことにほっとしたけど、その人は男性だった。さっきまでの授業の中で、普通の格好をした男の先生もいたから、この人だけでは外がまともなのか、それともおかしくなっているかの判断は出来ない。 他の人が通りかかって欲しいなと思っていると、その人が通話を終え、携帯電話をしまった。 そして――こっちを見た。 背中に氷でも付けられたのかと、一瞬思ったほどの怖気だった。 その人は明確に、私を、私たちを見て、楽しげに笑っていた。 (もしか、して……この格好を『そういうもの』だって……認識してる……?) 男の人が向けているのは、そういう好奇の視線であると直感出来た。 私たちの格好が普通ではないことを理解している。明らかに私たちの格好を見て、欲情しているのがわかる笑みだった。 改変の有無に関わらず、私たちくらいの年齢の女子を見て興奮するのぞき魔だということも考えられたけど、どうもそうではないみたいだった。 次に現れた通行人も、同じような視線を私たちに向けてきたからだ。年齢的には50歳くらいの男性だった。歩きながらにやにやと嫌らしい視線を向けて来ている。 まるで野鳥の観察でもしているかのように自然に、私たちに対して欲情した視線を向けてきている。 普通に拘束されたみんなの中で、一人ヒトイヌ拘束を施されている私の姿はよく目立つらしく、視線は必ず私に集中した。 それが恥ずかしくてたまらなかった。けれど動揺して呼吸を乱すともっと苦しいことになるので、必死に堪えなければならない。 「フゥ、フゥ、フゥ」 浅い鼻呼吸を繰り返し、なんとか空気を取り入れる。 みんなが歩くのに合わせて砂埃が立ったていたら、地面に近い位置に頭がある私は地獄だったけど、不思議なことに砂埃はほとんど立っていなかった。 おかげでギリギリではあったけど、なんとか無事に運動場の中心まで移動することができた。みんなが綺麗に並んでいる中、ひとりだけ四つん這いになっているものだから、さっきまでより余計に目立つ。 通りがかった人たちが私を見ている。視線を逸らしたいけど、俯けば苦しくなるのでできなかった。 その中に、明らかに異常な格好をした人が混じっていた。大人の女の人だ。ビジネススーツを着た、胸の大きな人。 その人が着ているのは、ぱっと見は普通のビジネススーツに見えるけど、素材が明らかにおかしかった。ラバーで出来ているのか、身体のラインがハッキリ見えてしまっている。特にパンツルックなために、下半身のラインが丸わかりだった。 私たちの方を見たその人は、なんとも奇妙な表情を浮かべていた。哀れんでいるような、悲しんでいるような、恥じらっているような。 その人自身もすごい格好をしているのに、それはあまり意識していないようだった。 どういう状態にあるのか気になったけど、その人はすぐに歩き去ってしまった。 ただ、ひとつわかったのは、仮に拘束が解かれて、学校から飛び出しても逃げる先がないということだった。 改変は、学校内だけじゃなく、学校の外にも及んでいるのだから。 男の人たちが堂々と覗き見をしていたことを考えると、かえって酷いことになる可能性さえある。 でも、先ほどの女の人が普通に仕事をしていた風だったところを見ると、格好や状態は変わってしまっていても、そこまで酷い扱いはされていないのかもしれない。 というか、そうでも思わなければ、耐えられなかった。 通行人から見られる羞恥に震えながら待っていると、体育の先生が校舎から出てきて、私たちの前に立つ。 「よーし、全員揃ってるな? 授業を始めるぞ」 野外の運動場。 拘束が解かれる様子はなく、この格好のまま一体どんな授業が行われるというのか。 私は逃げ場がなくなってしまったことに関する絶望から逃避するために、その内容に集中することにした。 「さて、今日は前回に続いて……ん? なんだ今日はヒトイヌにされてる奴がいるのか?」 今頃気づいたのか、先生が私を見てそう呟く。目立つだろうになんで気づかないのだろう、と私は思ったけど、これは認識の違いが如実に表れていた。 改変された世界に順応している先生にとって、生徒が拘束されていることは珍しいことじゃない。特にヒトイヌ状態でみんなの間にいると、しゃがみ込んでいるようなものなので、列の隙間を意識しない限り気づけないのだ。 先生は面倒くさそうに頭を搔く。 「あー……罰則じゃないのか。だとすると……いや、まあいいか。みんな着いてこい」 ぶつぶつ一人で呟いたのちに、投げやり気味に結論を出したようだった。 そういって先生がみんなを誘導した先は、昨日までは体育で使う用具が入れられていた倉庫の前だった。 先生が少しさび付いたシャッターを持ち上げると、中に置かれていたものの姿が見えてくる。 倉庫は外見こそ変わっていなかったけど、中の様子は一変していた。何に使うのかわからない道具が山ほど保管されている。 ただ、その中でも目を惹いたのは、入り口からすぐの場所にあった大きな――人力車のようなものだった。 それはよく有名な観光地で見かける人力車と同じで、人が一人乗れるようになっていた。ただ、引き手が持つべき部分がなく、ある程度は自力で座る部分の水平を保つようになっているみたいだった。 前に引く力さえあれば、引っ張って動かせそうな、そんな様子だった。 「まずいつも通り二列になって並べー。それから、水下司はこっちに来い」 先生は私の首輪から鎖を外し、みんなの列から連れ出した。そして、人力車の隣にいるように言われる。先生は準備のためにすぐみんなの下に戻っていった。 いまならみんなの連なりからは外れたから、逃げることが出来る。 けれど、ヒトイヌ拘束を施された状態で、どこまで逃げることが出来るだろうか。それに、逃げたところで、どこにいけばいいのか。 学校の外にも改変が及んでいることを知ってしまった私は、どうしようもなく、その場に居続けることしか出来なかった。 そうしている間に、先生が準備を進めていく。みんなを人力車の前に二列で並ばせ、その腰を太い鎖で連結している。 それで人力車を引かせるつもりなんだろうか。確かに、人数が多いから人力車を牽くことは出来るだろう。テレビで見た犬ぞりレースの光景を思い出す。 見ようによっては奴隷が働かされているようにも見えるのだけど、そう感じないのは繋がれているみんなが協力的だからだろうか。 運動が苦手という意味で気怠そうにしている子は何人かいるけど、本気で嫌がっている様子の子はいない。 そうするうちにみんなの準備が終わったようで、先生が私のところに戻ってきた。 「おまえはこっちだ」 首輪にリード代わりの鎖がかけられ、私はみんなとは逆側――人力車の裏側に移動する。 いったいどうするのかと思っていたら、先生はあろうことか、私の首輪に繋がる鎖の逆側を、人力車の後部に括りつけた。 「ングゥウ!?」 それが意味することを察して、私は声をあげる。 先生はちらりと私を見下ろすと、素っ気なく言う。 「それほどスピードを出すつもりはないが、転ばないように気をつけてしっかりついて来い。転んだら死ぬほど苦しいぞ」 (そんなの、少し考えたらわかるわよ!) 信じられない思いだった。この様子だと先生は人力車の上に乗るはず。そうなると、私の様子は振り返らない限り見えないはずで、もし仮に転んだら気づかれずにしばらく引き摺られる可能性が高いということだ。 ただでさえ苦しい状況で、そんなことをされたらどうなるのか。 本当に死ぬかもしれない。 私は顔が青ざめるのを自覚しつつ、先生に取りすがろうとしたが、先生は軽くかわして人力車に乗り込んでしまう。 「よし、いくぞ!」 先生の号令が非情にも響き、みんなが歩き出すのがわかった。 みんなに牽かれた人力車が動き出し、当然私の首輪も引かれて――地獄の行軍が始まる。 つづく
夜空さくら
2018-10-30 14:18:02 +0000 UTCサイクロンアクセル
2018-10-30 03:28:45 +0000 UTC