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夜空さくら
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ヒトネコトリップ! ~ヒトネコ横町~ 4


 突然目の前に現れた、見知らぬヒトネコ。

 そのヒトネコを見て最初にわたしが思ったのは。

(白……い……?)

 ということだった。彼女の第一印象はそうとしかいえなかった。

 彼女はとても白いヒトネコだった。

 わたしや美里と同じくらい、下手したらそれ以上に若く見えるのに、髪まで真っ白。白髪という感じの白さではなく、少し現実離れしている。どうやってるのかわからないけど、眉毛や睫も白くなっていた。

 さらに眼は赤色で、髪の毛と対比が利いてすごく目立っていた。たぶんカラコンなのだと思うけど、自然な雰囲気があって、アルビノと言われたら信じてしまいそうだ。

 顔立ちは少し日本人離れしていて、欧米の人の血が流れている感じがする。ハーフなのかもしれない。

 そのヒトネコはわたしのことを、じっと見詰めていた。

 向けられる視線の圧に、わたしは思わず身を竦めてしまう。

(だ、だれなの……? 知り合いじゃない、よね……)

 顔立ちからして特徴的だから、店で働いている人ではないことはすぐわかった。

 それに、彼女は着ている服装もわたしたちとはまるで違う。

 ヒトネコとして最低限必要な要素、猫耳や猫の尻尾、肉球グローブやブーツは共通している。彼女の髪の毛の色に合わせて、それらの装備も白色が基調なこと以外は、わたしの着ているものとそう変わらない。

 一番大きな違いは、大半のヒトネコが身に付けているラバースーツを、彼女は身に付けていないということだった。

 シミひとつない、白い裸身が堂々と晒されている。綺麗な桜色をした乳輪と乳首もばっちり見えてしまっていた。

 だいぶヒトネコとして行動することに慣れ、自分以外のヒトネコを見るのにも慣れてきたわたしでも、そんな姿の彼女を前にすると恥ずかしく感じる。

 もうひとつ違う点は、彼女のしている首輪だ。

 わたしや美里が身に付けているのは金属製で、形状的にはチョーカーという方が近い部類のものだけど、彼女が身に付けているのは普通の猫が身に付けていそうな、完全に『首輪』といえる首輪だった。そこに吊されている鈴がちりんと音を立てる。

 四つん這いをする関係でしっかり護られ、覆われている四肢に対し、彼女の胴体は酷く無防備に見えた。

(それじゃあ寝転がることもできないし、不便なんじゃ……)

 眼を逸らしつつも目が離せない。

 そんな矛盾した状態になっているわたしに対し、その白いヒトネコは視線をじっと向けて来たまま離さない。

 奇妙な硬直が暫く続いた。

「にゃおん」

 それを破ったのは、オブジェの上の方によじ登っていた美里だった。

 相変わらず身軽に、ひょいひょいとオブジェを伝って降りてきた美里は、わたしの側に降り立つと、小さく唸りながら白いヒトネコと対峙する。

 その美里の行動に対し、白いヒトネコもわずかに唸った。

 なんだか野良猫同士の縄張り争いでも見ているような気分だ。人の言葉が抑制されているから身振り手振りで意思を伝えるしかないとはいえ、行動がいかにも猫らしすぎて呆気に取られてしまう。

(美里はノリが良すぎるのよね……この子もだけど……)

 そういえば人がヒトネコを驚かせたら、すぐに警備員が駆けつけていたけど、ヒトネコ同士の場合はどうなのだろう。喧嘩になったら止めに入ってくれるのだろうか。

 もし美里がさっきの人みたいに連れて行かれたら大変だ。

 割って入るべきかどうか、ふたりの間でわたしはおろおろとふたりの顔を交互に見ることしかできない。

 通行人の人たちもヒトネコ同士が対峙しているのを見て、何事かと脚を止めている。

 そうなると注目を集めてしまい、どんどん見物人が増えていっていた。

 緊張感高まる中、美里が動く。

 白いヒトネコと鼻先を突きつけ合うほど近くに寄り、その頬に自分の頬を擦りつけた。

 それを受けた白いヒトネコは、動じることなく、同じように美里の肩口にその頬を擦りつける。その調子で体と体を擦りつけあい始めた。

 猫同士の挨拶、と言わんばかりの行為だけど、それはあくまで普通の猫がやったときの話しだ。

 ヒトネコ同士がやると、なんだかいけないものを見ているような気になってしまう。

(そういえば……最初にヒトネコになった時、美里と同じようなことやったなぁ……)

 お客さんにじゃれ合いを見せるという体で、ラバースーツを着た体同士を擦りつけあったものだ。あのときは恥ずかしかった。体と体が擦れ合う感触はいまでも忘れられない。

「にゃあぅ」

「んにゃあ」

 昔のことを思いだしている間も、ふたりのヒトネコは体を擦り合わせている。

 ラバー同士が擦れる、独特の音が響いていた。

 それがおかしなことに、一拍遅れて気付く。

(ん……? ラバー同士が擦れる音……?)

 美里はラバースーツを着ているけど、相手は着ていないはず。

 そう思ってよくよく白いヒトネコの体に眼を凝らしてみると、その表面が奇妙にテカっていることに気づいた。さっきは気恥ずかしくて視線を逸らしがちだったのと、顔や頭に意識が行っていたので気付かなかった。

(あ……もしかして……透明なラバースーツ?)

 見た目的にラバーというかビニールみたいに見えちゃうけど。

 よく観察してみれば、乳首のあたりものっぺりとした状態になっていて、透明なラバーに覆われているのがわかる。

 尻尾を直接肌に着けているのかと不思議だったのだけど、透明なラバースーツを着ているのならその疑問も解決する。

(恥ずかしいのは……変わらないと思うけど……)

 わたしや美里が着ているラバースーツの方が、恥ずかしさはまだマシだろう。体のラインは同様に出るとはいっても、乳首や乳輪は見られないし。

 だいぶ感覚が麻痺しているような気がした。

 衆人環視の中、美里と白いヒトネコは体を擦りつけ合うようにして、じゃれあっていた。それをすぐ側で眺めていたわたしに、ふたりのヒトネコが目線を向けてくる。

 黒色と赤色の瞳が、まっすぐ見詰めてくる。

「に、にゃ!?」

 思わずびくりと体を震わせてしまった。何か、嫌な予感がする。

 特に美里。明らかに何か悪戯を思いついた時の眼だ。

「にゃおん♡」

「にゃああ♪」

「ふにゃ!?」

 逃げる暇もない。美里がすばやくわたしに向かって突進して来たかと思うと、四つん這いの体をひっくり返されるようにして、背中を柔らかなオブジェに押しつけられた。

 仰向けにお腹に晒すような形だ。体を擦り寄らせてくる美里の胸がわたしの胸に押しつけられ、ぐにぐにと形を変える。

 そこに、白いヒトネコも参戦してくる。

「にゃあん」

 楽しげに啼きながら、美里と同様に真正面からのし掛かってきた。

 三人のヒトネコが組んず解れつして、絡み合う。

「んにゃっ、ふにゃ! にゃっ!」

 ふたりは協力してわたしをくすぐってきた。

 さすがに舐めてくることはなかったけど、手や足をわたしの体に絡めて来て、擦りつけるようにしてくすぐってくる。

 それがくすぐったいやらこそばゆいやらで、わたしはもがき、啼きながら逃げようとした。けれどふたりの連携は見事なもので、いま初めて会ったばかりとは思えない巧みな技でわたしをその場に抑え付けつつ、刺激を与えてくる。

 しばしふたりに翻弄されたわたしは、やがて音を上げて脱力した。もうどうにでもなれ、という気分だ。

 わたしがおとなしくなって満足したのか、ふたりはわたしを挟み込むような体勢で丸まってしまう。

 あおむけに転がされた上、両手両足を押さえられたわたしは、冷静に考えるとすごいあられもない格好にさせられていた。けれどその時はふたりに翻弄されて疲れ果てていて、体を開いたまま、脱力していた。

 あとあとその姿を写真で見せられたわたしが、盛大に赤面したのは言うまでもない。

 しばらくして、ようやく気が済んだのか、白いヒトネコが不意に起き上がり、移動を始める。それに合わせて美里もあとについて動き出した。

 わたしが体を起こしてそれを見ていると、ふたりは振り返って「にゃあ」と啼く。

 どうやらついてこいと言っているみたいだ。

(もう……仕方ないわね……)

 わたしは溜息を吐きつつ、ふたりに呼ばれるまま、ついていった。どれほど弄られてもつい着いていってしまうのだから、わたしもちょっと甘すぎるのかもしれない。

 白いヒトネコは透明なラバースーツを着ているから、四つん這いで歩くのを後ろから見ると、大事なところや肛門が見えてしまい、眼のやりどころに困った。尻尾は普通の猫が歩く時のようにぴんと立っているから、目隠しの役割は果たさないのだ。

 恥ずかしい気持ちも覚えつつ、先導する白いヒトネコについていくと、白いヒトネコは勝手知ったる様子で建物の中に入っていく。

 美里が躊躇いなく続いたので、わたしも恐る恐るそれに続いた。

 極普通の日本家屋、という感じだ。囲炉裏があって、畳が敷いてある。

 そこには、ひとりの男性が座っていた。

「おお、シロ。いらっしゃい。また友達を連れてきてくれたのかい?」

 白いヒトネコだからシロ。安直なネーミングだとは思うけど、いまはヒトネコなんだしそれくらいでちょうど良いのかも知れない。

(わたしたちはなんて呼ばれるんだろう……)

 店はそれっぽい名前で呼ばれることもあったけど、首輪に名前がついているわけでもないし。

 そんなことを考えていると、白いヒトネコ――シロさんは男性に頭を擦りつけ、撫でて貰っていた。

「にゃお」

「ああ、もちろんいいとも。ゆっくりしていきな」

 そう言って店員さんはシロさんを受け容れているようだった。

 シロさんはその言葉を受け、畳の上にあがると、その一角に置かれている座布団の上に腰を下ろした。正座を崩したような座り方だ。

 美里も同じように座布団の上に腰を下ろす。わたしも二人に習って腰を落ち着けた。

 なんだかヒトネコの格好をしていながら、こうして庵を囲んで座布団に座るというのは不思議な感じだ。

「――ヒトネコ横町は楽しんでもらえてるかしら?」

 突然涼やかな声が響いて、腰が抜けそうなほど驚いた。

 見れば、シロさんがニコニコとした笑顔を浮かべている。

「あー、あー。うん! 楽しいよ!」

 美里まで喋り始めた。わたしはそのことにも驚く。

「あ、あー、え? 普通に喋れる……」

 わたしも声を出してみたら、普通に喋れた。どういうことかシロさんに目線を向けると、シロさんはにこやかな笑みで。

「ここはちょっと特殊な部屋なの。こういう場所はいくつか用意されていて、ここではヒトネコも普通に喋っていいことになってるわ。ヒトネコを楽しむ者同士、普通に喋って交流したいこともあるじゃない?」

「な、なるほど……?」

「ただ、電話番号とかここ以外で連絡を取れるような個人情報はダメ。あくまでヒトネコとして、横町での交流だけね」

 どこの店の人間さんがどういう特権を持っているのか、とかね、とシロさんは言う。

「猫の集会って感じ?」

 美里がそう聴くと、シロさんはこくりと頷いた。

「そう。私はそういう有益な情報を新人さんに与える役割も持つ、いわば『雇われのヒトネコ』なのよ。ふたりがとっても気に入っちゃったから、普通におしゃべりもしたくなって」

「や、雇われのヒトネコ……? そういうのもあるんですね……」

 色々考えるものだ。それでこれだけ特徴的な容姿なのかも知れない。

「外から来るゲストのヒトネコたちだけじゃ、協力してくれる人間さん全員を満足させられないからね」

 ヒトネコが好き勝手行動するだけで、人として横町に来ている人たちは満足するのか不思議だったけど、シロさんのような、いわばプロのヒトネコさんもいるわけだ。

「へー、面白いなぁ。じゃあシロさんはこの横町のことを知り尽くしてるんだ」

「そうね。いわばボスヒトネコってところかしら。キャットファイトはめったにしないけど」

 その発言にわたしは驚いた。

 だって、めったに、ということはだ。

「たまにはするんですか!?」

「極々稀にね。同じ雇われのヒトネコと示し合わせて、よく目立つところでやるの。一種のショーみたいなものよ。もちろん怪我をしないようなやりとりよ」

「へぇ……」

 本当に色々なことを考えるものだ。

 わたしと美里はしばしシロさんとのおしゃべりを存分に楽しむのだった。


つづく


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