ヒトネコトリップ ~ヒトネコホテル~ 1
Added 2019-10-25 14:36:48 +0000 UTCヒトネコ横町の入り口に停められたトラックの傍には、すでに多数のヒトネコたちが集まっていた。
ママさんがひとりひとりの様子を確認し、点呼を取っている。
わたしと美里もその中に加わった。
「ミヤちゃん、ミサちゃん、おかえりなさい。楽しかったかしら?」
そういって膝を突き、視線を低くしてわたしと美里の頭を撫でてくれるママさん。
楽しかった、といえば楽しかったのだろう。見知らぬ男の人に胸を掴まれたのにはびっくりしたけど、それ以外はおおむねヒトネコとして楽しめたような気がする。
「ん、にゃあ……」
そんな風に考えながら神妙に頷くわたしに対し、美里は満面の笑みで「にゃあにゃあ♪」と啼きながら楽しかったことを全身で表している。確かに美里は存分に満喫してた。格好自体は限りなく性的なのに、うっかり本当に猫なのかと思ってしまう程度には。
わたしたちの反応を見たママさんは、嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「それならよかったわ。企画した甲斐があるというものだもの。――さて、そろそろ時間ね」
わたしたちに合わせて膝を突いていたママさんが立ち上がり、手を叩いてわたしたちの注意を引き寄せる。
「それじゃあこれから宿に向かうわよ。何人かいないけど……その子たちは別ルートで合流するから大丈夫よ。心配しないでね」
そういえば横町についた時に、そんなことを言っていた気がする。別ルートというのがどういうものなのか気になったけど、旅行が終わった後にでも聞いてみればいいだろう。
ママさんがトラックの扉を開くと、どこからともなく作業員の人たちが出てきて、無言で長いスロープを準備してくれる。
わたしたちはそのスロープを通って、トラックの中に入っていった。
相変わらず、トラックの荷台の中とは思えない、ホテルの一室みたいな内装がわたしたちを出迎えてくれる。
壁にヒトネコが入るケージが並べられていなければ、快適なキャンピングカーと言えるのかもしれない。
ママさんがヒトネコを一頭ずつ、ケージに収めていっていた。
外を四つん這いで移動するためにつけられていた膝のプロテクターを外し、手に持ったタオルで手早く全身を拭いている。ヒトネコ横町は驚くほど綺麗に整えられていたとはいえ、全く汚れていないかといえばそうじゃないからだろう。
高いところにあるケージには、降りるときにも使った猫タワーみたいな、移動できる台を伝って入り口まで登らせていた。
どんどんヒトネコたちがケージに収まっていき、わたしたちの番もすぐに来た。
「さ、ミヤちゃん。おいで」
優しく呼びかけてくれるママさんに近づく。
ママさんは手早くわたしの膝のプロテクターを外した。久し振りにプロテクターから膝が解放される。そこまで動きを阻害していたわけじゃにけど、あるのとないのとではやはり違って、わたしは足を伸ばしたり曲げたりして存分に自由を実感した。
そんなわたしの体を、ママさんが柔らかなタオルでさっと撫でていく。あくまで汚れを取るのが目的だから、そう強い力じゃない。
けれど全身くまなく触られるのには変わりなく、くすぐったくて思わず体を捩ってしまう。
「ふにゃぁ……」
喘ぎ声のようなか細い声が出て、恥ずかしかった。
そんなわたしの様子を見ていたママさんは、優しく笑って頭を撫でてくれる。
「オッケーよ。ケージに入って」
そういってママさんが扉が開かれたケージを指し示す。わたしは落ちないように慎重に台に登り、それを伝って少し高い位置にあるケージの中に入った。
ケージの大きさは変わっていないはずだけど、わたしはその中で簡単に方向転換をすることができた。最初に乗った時は結構苦労していたような気がするのだけど。
(うーん、ヒトネコとしての行動に慣れてきたから……なのかな)
普通に生きていたら慣れるどころか、することもないはずの行動だけれども。
そんなことを考えながら、入り口の方に顔を向けたわたしの前で、ママさんがケージの扉をゆっくりと閉める。
目の前に壁が迫ってくる感覚は、閉所恐怖症の人なら耐えられない感覚だろう。
しかしわたしはかえってこういう空間の方が安心するのだった。元々が根暗気味なのだ。
扉が閉まると、わたしと外界を繋いでいるのは扉に取り付けられた小窓しかない。ママさんがその窓からわたしの様子を見た後、次のヒトネコをケージに収めるため、姿を消した。
「ふにゃ……んぅ……」
ケージの中に収まると、はやくも眠気がやってくるあたり、ヒトネコの扱いにもほとんど抵抗がなくなっていた。
あまり馴染み過ぎると日常生活に支障が出てしまいそうだ。
(旅行の間だけだし……まあいっか……)
わたしは、わたしらしからぬ能天気さでそう考え、ウトウトと船を漕ぎ始めた。
心のままにヒトネコに扮する美里に影響されたのかもしれない。
ケージの外で、すべてのヒトネコをケージに入れたママさんが何か話しているような気がしたけど、わたしは眠気に抗うことが出来ず、体を丸めてそのまま眠りについてしまった。
程よく暗いケージの中の心地よさもあって、意識があっという間に沈んで行く。
そして次にわたしが目を覚ましたとき――わたしは全裸で縛られ、床に転がされていた。
寝かされた体の半身から感じるのは柔らかな絨毯のような感覚で、その反対側の体から感じるのは、素肌に直接空気が当たる感覚だった。
わたしの体を覆っていたはずのラバースーツの感触はどこにもなかった。
「んー……?」
寝起きでぼーっとする頭で、そのことを把握し、目を見開く。
「うにゃ!? ――んぎにゃっ!?」
慌てて起き上がろうとしたら、手足が全く動かなくて悲鳴をあげる羽目になった。
視線を体に落としてみれば、わたしの四肢は全部まとめてひとつに括られていて、わたしがどんなに力を込めても拘束が緩む気配は微塵もない。
例えるなら、昔話で狸とか狐とかが猟師に仕留められ、棒から吊るされて運ばれるときのような形だ。
わたしは目が覚めたらそんな状態になっていた。
(な、なんでこんなことに……!? みんなは? 美里は? ママさんは?)
状況がわからず、混乱するしかない。
(何かのトラブルで、悪い人に拐われてしまった……とか? それともまさか――最初からこれが目的で……?)
そんな最悪の想像が頭を過る。そんなわけがない、と思いたい。
お店やママさんを信じてはいたけど、状況が状況だ。
(と、とにかくママさんか美里に話を……!)
なんとか拘束が解けないかと暴れてみたものの、わたしの四肢を拘束している革のテープのようなものはびくともしなかった。
一ミリも緩まないおかげで、擦れて傷になりそうにないのは、良いのか悪いのか。
どうにかしようと悪戦苦闘していたわたしは、すぐ傍に誰かが立ったことに気づいて、周囲に意識を向けていなかったことを思い出す。
恐る恐る見上げた先には――ウェットスーツらしきものを着た、見知らぬ女性が立っていた。
顔の半分を覆うマスクを着け、髪型を覆い隠す水泳キャップみたいなものを被っているせいで、個性というものが全く読み取れない。ただ、ウェットスーツ越しに出ている体のラインから、女性だということはわかった。
傍に立った人が、見ず知らずとはいえ、女性だとわかって一瞬ホッとする。
いまのわたしは手足を拘束され、全く動けない状態で、何も身に付けていない全裸だ。
もし傍に立ったのが男の人だったとしたら、隠したいすべてを見られてしまうところだった。手足で隠そうにも、手首と足首がひとまとめにされているせいで全く動かせない。
まだまともに男性とお付き合いしたこともないのに、いきなりこんな格好を見られるなんてことを考えたら、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
その点、同性ならまだマシだ。
もちろん見知らぬ人にこんな姿を見られるということ自体は恥ずかしいのだけど、同性ならまだなんとか我慢出来る。
わたしはその人に向かって、状況を尋ねようとして。
「にゃ……にゃ、あ……っ」
猫のような啼き声しか喉から出ないことを思い出した。
どうやらラバースーツは脱がされたものの、首輪や耳当てはそのままのようだ。ラバースーツに張り付けるタイプの尻尾は外されているようだったけど。
わたしの啼き声をどう解釈したのか、そのウェットスーツを着た女の人は、わたしのすぐ傍に跪くと、優しく頭を撫でて来た。
優しい手つきだった。少なくとも乱暴する気はないようだとわかって、もう一つ安堵できた。
その人の表情はよくわからない。けれど、優しい目つきを為ているのはわかった。
マスクに覆われた口が動いているのがわかった。何か声をかけてくれているみたいだけど、耳当てのせいで何を言っているのかわからない。
声音からすると、悪意はなさそうなのだけど。
とりあえず大人しくしている方がいいのかな、と思っているとその人が不意にわたしの身体に手を回し、ふわりと持ち上げた。わたしの体重がそう重くない範疇であるとはいえ、すごい膂力だ。
「に”ゃ!?」
驚いて変な声がでてしまった。
お姫様抱っこというには、服をはぎ取られて拘束されたわたしの姿はそれに相応しくなかったけど、抱えられている形としてはその形だ。
女の人の着ているウェットスーツの感触が素肌越しに伝わってくる。その感触は少し恥ずかしかった。
(女の人なのに、力持ちだなぁ……)
現実逃避気味にそんなことを考える。女性でも格闘家やボディビルダーの人の体つきはすごいし、この人もそういう力持ちの部類なのだろう。
その人はわたしを抱えて、移動を開始する。
どこに移動するのかと思ったら――運ばれた先は、シャワールームのような場所だった。
そこでは、わたしと同じような格好で拘束された女性たちが、身体を洗われているところだった。
ひとつひとつがブースのように区切られていて、その中で泡立てたスポンジによって体中を磨かれ、洗い流されている。
作業員の女性たちは淡々と洗っているようだけど、体中を弄られる女性たちの方は、とても平静ではいられないようで。
「はふゅ……っ♡ ああっ、はぁっ♡」
「んぁっ♡ んんんぁっ、うにゅうぅ……♡」
いたるところから嬌声の喘ぎが響いていた。場所がタイル張りの部屋だから、響いて回ってえらいことになっている。
そこに連れて来られたという事実を認識し、わたしは顔が真っ赤に染まるのを自覚した。
(ま、まさか……っ、や、やだっ)
咄嗟に暴れようとした体を力強い腕がぐっと抑え込む。
「んにゃっ、ふにゃあ!」
わたしの姿は、お風呂を嫌がる猫のように映っていたのかもしれない。
女の人は特に動じることなく、他の人たちが出て行った後のブースに、同じように入る。
タイルの床にそっと降ろされた。前の人が使ったお湯で多少温まっていたけど、タイルであることに違いはなく、いっしゅんひんやりとした感触が走って、身体を振るわせてしまう。
(じ、自分で洗うからっ、ほどいて!)
そう主張したくて、ひたすら体を揺すった。
けれど女の人はそれをほどいてはくれず、むしろ暴れようとしていると判断されたのか、立ちあがり、天井付近にあったフックのようなものを引っ張って降ろして来た。
そしてそのフックを、わたしの四肢を拘束するベルトに接続してしまう。フックは鎖で天井から釣り下がっていて、ある程度の力で天井に向けて引っ張っているようだ。
つまりそれを四肢を拘束しているベルトに繋げられたわたしは、身体が浮きこそしなかったものの、天井からぶら下げられている狩りの獲物のように、背中のわずかな範囲だけが地面についた状態で、吊るされることになった。
これではどれほど暴れてもどうにもならない。
女の人はスポンジにボディソープらしきものを塗り、十分に泡立てたそのスポンジを使って。
わたしの身体を無造作に洗い始めたのだった。
つづく