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ヒトネコトリップ! ~ヒトネコホテル~ 3


 両手両足を縛られたまま、作業員に全身を丸洗いされた。

 お店のイベントで美里と体を絡ませあうなど、相応に恥ずかしいこともやって来たわたしだけど、今日のそれは『恥ずかしい』という言葉じゃ言い表せないほどのことだった。

(うう……見ず知らずの人に全部見られた……触られたし……)

 係の人に手伝って貰ってラバースーツを身につけながら、わたしは熱くなっている頬を自覚していた。

 いま着ているようなラバースーツ姿を見られるのとは訳が違う。

 生まれたままの姿を、胸や股間も含めて、余すことなく全身見られたのだ。

 恥ずかしくて恥ずかしくて顔から火が出そうだった。

 幸い、体を洗ってくれた作業員の人はすぐにまた次のヒトネコを洗いに行ったようで、また会う可能性は少ないと思われたけど、恥ずかしいという事実は変わらない。

 その恥ずかしさから逃れるためにラバースーツを着ることに集中していたわたしは、ふとラバースーツの感触がいつもと違うことに気付く。

(ん……今回のラバースーツは、妙に薄い……ような?)

 店を出る時に着せられたラバースーツに比べ、いま着ているラバースーツはかなり薄手のもののようだった。乳首の形が出るほどの薄さではないけど、ぴっちりと張り付くその薄さはラバースーツというよりタイツみたいだ。材質自体はラバーだから、ラバースーツであることは間違いないのだろうけど。

 さっきまでのラバースーツも十分体のラインは浮かび上がっていたけど、このラバースーツは、それにも増して体のラインを強調する。

 あまりに体のラインが出るので、人前に出るのも躊躇われるレベルだった。

 そう思っていると、わたしの首輪が一端取り外され、ラバースーツの背中にあるジッパーが、腰のあたりからうなじのあたりまで、つまり一番上まで引き揚げられていく。

 ジッパーがあがるにつれて、十分体に張り付いていたと思っていたラバースーツが、さらに体に密着してくる。

 ぴっちりと体を覆うラバースーツによって、わたしの体は黒く彩られた。

 ラバースーツの首元を覆うように、首輪がつけられる。抵抗なくそれを受け入れている自分を自覚して、わたしは少し愕然とした。

(なんだか、すっかり慣れちゃったなぁ……旅行が終わった後が心配になる……)

 ヒトネコとして行動することに躊躇がなくなり初めているのは、あまり良くないことのような気がする。

 わたしの理性はそう思って気を引き締めようとするのだけど、まだ旅行中なのだからヒトネコでいることを受け入れないといけない。

 変に冷静でいるとその方が辛くなるので、難しいところだった。

(美里はどう考えているのかな……)

 ヒトネコとして順応しているといえば、美里ほど順応している子もいないだろう。

 わたしがそうひとりで悩んでいる間にも、ヒトネコの装備の装着は進めてくれていた。

 肉球グローブとブーツを着けられる。ブーツは靴底に当たる部分が絶妙にバランスを乱す形になっていて、わたしは自然と四つん這いにならざるを得なかった。

 最後に尻尾飾りを着けられて、ヒトネコの完成。

 わたしは作業員の人が身振り手振りで誘導するのに従って、部屋の外に出た。その先は広い廊下だった。高級ホテルの床のように、柔らかな絨毯が敷かれているから、膝にサポーターがなくても、床についている膝は痛くならなかった。

 伸びをして強ばっていた身体を解す。

「むぅ、にゃ……っ」

 体を動かしてみると、実感する。

 やはりラバースーツの素材はかなり薄いらしく、いままでのものと比べて、空気の流れのようなものまで敏感に感じることが出来た。床に触れている箇所からはふさふさとした絨毯の毛先の感覚まで掴めそうだ。

 これは触られた時の感触がかなり強烈そうな気がする。

 これからどんなことが待ち構えているのかわからないけど、覚悟だけはしておいた方がよさそうだった。

(でも……これからどこにいけばいいんだろ?)

 周りを見渡してみる。隣の部屋からヒトネコが出てきた。見知らぬヒトネコだ。店の人ではない。切れ長の眼がクールで、表情も引き締まっているから、なんだか少し怖い印象も受ける。

 ばっちりと目があってしまったので、思わず会釈する。向こうも同じように会釈だけ返して来て、優雅な足取り――四つん這いだけど――で動き出す。

 とりあえず追いかけてみようと、わたしはそのヒトネコの後ろについて歩き出した。

 慣れているのだろう、そのヒトネコさんは優雅な歩き方でありながら、かなり速い。ふりふりと揺れるお尻にも、無駄な揺れは一切無く、洗練されたものを感じる。尻尾はピンと上を向き、猫らしい動きを見せていた。

 一方、こっちはついていくので精一杯だ。

 時折バランスを崩しつつも、なんとかくらいついていく。

 そうして歩く中で、わたしは早くも薄いラバースーツの素材の効果を実感していた。

(これ……想当……来るんだけど……!)

 体を動かす度に、空気が体を撫でていくのを感じる。まるで裸で動き回っているような感覚がして、思わず視線を落として何度も自分の身体を確かめてしまうほどだ。

 うっかり自分の腕や足で自分の体を擦ってしまうと、裸の時とはまた違う、ラバー同士が擦れる奇妙かつ明瞭な感覚が走る。

 そしてそれは決して嫌な感覚じゃない、というのが問題だった。どちらかというと気持ちのいい感覚だ。

 ラバースーツを着て人前に出る時、ドキドキして恥ずかしいということはあったけど、気持ちいいと感じたことはない。いま気持ちいいと感じているのは何かおかしい。

(このラバースーツを着る時に、妙な潤滑油を塗られたけど……もしかして、あれのせいなのかも……?)

 そんな風に考えた。考えたものの、それが正しいかどうかなんてわたしにはわからない。

 なぜか気持ちよくなるのを堪えながら、前のヒトネコさんを追いかけるしかなかった。

 そうしてたどり着いた先は、なにやら広そうなホールの入り口だった。ホールの中から賑やかな人の気配を感じる。

(他のヒトネコたちもみんなここにいるのかな……?)

 ホールの入り口は分厚く大きな扉だったけど、クールなヒトネコさんが肩を押し当てて押すと、重そうな扉はあっさり動き、空いた隙間から滑り込んでいった。

 わたしも試しにドアを頭で押してみると、ほとんど抵抗なく扉が動く。どうやら力が加わるとそれに応じてドアが開くようになっているみたいだ。

 それならいっそ自動ドアにすればいいと思うのだけど、無駄な技術力を発揮している。

 とりあえず中に入ってみる。


 体育館くらいのホール一杯に、ヒトネコが溢れていた。


 色んな背格好、色々な姿をしたヒトネコが、ホール中にいる。

 ヒトネコになりたがる女性がこんなにいたのかというくらい、多数のヒトネコがそこにはいた。ヒトネコ横町でもかなり多かったのに、ここだけでその倍くらいはいそうだ。

 平然と他のヒトネコとじゃれているヒトネコもいれば、わたし以上に恥じらってホールの隅で縮こまっているヒトネコもいる。

 いずれのヒトネコにも人語発声抑制機能が着けられているのか、聞こえてくる声はすべて猫のような啼き声ばかりだった。

 それが大合唱を奏でているので、うるさいといえばかなりうるさい。

(ええと、美里は……)

 これだけヒトネコが集まっているのだ。まだ洗われている最中でもなければ、この中に美里がいる可能性は限りなく高い。

 わたしは美里か、もしくは店の人たちを探して、ホールの中程まで進んだ。ヒトネコ状態だと視点が低いし、周りにヒトネコがたくさんいるから探すのは骨だ。

 と、思っていたら。

「にゃーん!♡」

 聞き覚えのある啼き声と共に、脇から誰かの頭が突っ込んできた。

「ふぎゃっ!」

 横から頭突きというか体当たりを受けたわたしは、横向きに転がされてしまう。加減はしてあったのか痛くはなかったけど、びっくりした。

 すってんころりん、と吹っ飛んで仰向けにひっくり返ったわたしの視界に、悪戯を成功させた子供みたいな美里の顔が入り込んでくる。

「にゃにゃっ、にゃーん♡」

 実に楽しそうにけらけらと笑いながら、美里がわたしの体に覆い被さり、すりすりと体を寄せてくる。

「みにゃっ! にゃははっ!」

 お互いのラバースーツが薄いのもあって、全身を擦りつけられるとくすぐったくて溜まらない。

 笑いながらもがくわたしの体を的確に御しながら、美里は頭をわたしの肩口に押しつけてぐりぐりと回してきた。

「ふにゃにゃっ!」

 美里のじゃれつきに翻弄されるわたし。そんなわたしと美里のじゃれつきは周りのヒトネコたちからじっと見られていた。

(ちょ、ちょっと美里、恥ずかしいって!)

 美里のじゃれつき攻勢に抗議するわたしだけど、美里はじゃれつくのを止めようとしない。このままじゃ、衆人環視の中はしたないことになりかねなかった。

 焦るわたしを掬ってくれたのは、周りのヒトネコではなく、ホールに響いたアナウンスだった。

『えー、皆様。本日は当ホテルを御利用いただき、誠にありがとうございます』

 久方ぶりに聞こえた人間の声に、思わず動きを止めてしまう。それは美里も同じだったみたいで、不思議そうに天井を見上げていた。

 わたしたちの頭には猫耳つき耳当てが着けられていて、それによる人語抑制機能はいまは働いているはずだった。少なくとも体を洗ってくれた作業員やラバースーツを着せてくれた作業員の言葉は全く理解出来なかった。なのに今のは普通に人の言葉として聞こえてきた。

 いつのまに人語抑制機能が切られたのだろう。

『あ。このアナウンスは皆様が内容をご理解できますよう、特別な波長で流しております。人語抑制機能は稼働し続けておりますので、ご安心ください』

 疑問の答えはすぐにアナウンスが与えてくれた。

 わたしは納得し、美里と中途半端に絡み合った体勢のまま、続けられたアナウンスに意識を集中する。

『当ホテルではヒトネコの皆様に快適に過ごしていただけますよう、環境を整えております。入れる場所、行ける場所ならばどこに行っても構いません。翌朝までどこでどう過ごされても自由です。個室がご所望なばあいはホールを出て左手側にカウンターがございますので、そちらでルームキーをお受け取りください』

 要はどこにいってどう休もうと自由というわけだ。ヒトネコらしい自由さというか、アバウトさというか。

(個室かー……個室で寝てもいいかもなぁ)

 今日は色々あって疲れたし、早めに寝るというのもありかもしれない。

 わたしはそう思ったのだけど、美里は眼をキラキラさせていた。どこにいってもいいと言われたので、張り切っているようだ。いまにも飛び出しそうなほど、心惹かれている。

(ゆっくりしたいけど……ダメそう)

 巻きこまれるのは眼に見えていた。

 アナウンスはその後もホテルの説明を続けていたけど、わたしはそれに反応する余裕もなく、ただ美里に巻きこまれてホテルを歩き回ることになるんだろうな、と半ば諦めつつ覚悟していた。

『――以上です。何かご不明な点がございましたら、カウンターへお越しください。それでは良い一夜をお過ごしくださいませ』

 色々と説明をしていたアナウンスが締めの言葉をいい、沈黙する。

 それと同時に、美里はわたしの上から退いて、頭で押してわたしの体を反転させた。

「にゃにゃ! にゃー!」

 探検に行こう、という意味なのは言葉が通じなくてもわかる。

 体を起こして溜息をひとつ。こうなった美里は人のいうことを聞きやしない。

 わたしはしょうがないなぁ、という気持ちを全力で込めて「にゃー」と啼く。承諾の意味だと美里にも伝わったのだろう。嬉しそうに体をすり寄せてきた。

 そんな美里が可愛く思えてしまうのだから、わたしは彼女に勝てそうにない。

 美里は四つん這いなのに、器用にスキップのような足取りでホールの外へと向かう。他のヒトネコたちも動き出していたから、移動するのも中々大変だ。

 美里とはぐれないよう、注意しながら一緒にホールを出る。

(まずはどこにいく?)

 そう美里に問い掛けようと思ったら、美里はためらいなくホールから出て右方向に向かった。

 左側には案内カウンターがあって、個室を求めたヒトネコたちが多く移動していたので、右側から行くのは正しい。

 美里は壁に出ていた案内板を示す。

 そこには『(人との)ふれあい体験場)』とか『ヒトネコサロン(マッサージ)』とか、その先にある施設の名称が書いてあった。

 美里はまずそのふたつに行ってみようとしているようだ。


つづく


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