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夜空さくら
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学園島 その3


 一昔前のギャルのような姿で、家畜のような耳標に鼻輪を着けた、真辺晶が連れてきたその人物は――四肢が半ばから切断されているようにしか見えない姿であった。

 手足の肘と膝、それぞれの少し先あたりですっぱりとその先がなくなっているように見える。先端は犬のような肉球付きのグローブで覆われているため、切断面自体は見えない。

 あるいは巧妙に折りたたまれて収納されている、という可能性も有り得たが、それを見た井塚葵は彼女の手足がそこで切断されているのであろうことを確信していた。

 それくらいのことはこの島でなら、普通に有り得ることだったからだ。

 真辺晶が身に付けている耳標や鼻輪なども、とても外すことを前提としていないような作りである。

 取り返しのつかない状態にされるというのは、この島に好き好んで集まってきた彼女たちのような人間にとって、夢見たひとつの形ではある。

 四肢を切断されていると思われるその少女は、女性としてもかなり小柄な方で、セントバーナードなどの一般的な大型犬と比べても小さいかも知れない。

(たぶん……だからこそ、なのよね)

 葵はそう感じた。彼女が四肢を切断され、犬のようにリードを引かれて歩いているのは、彼女を犬のようにしようという何者かの思惑に則ったものであると。

 実際、彼女が犬のようにされているのは、四肢を切断されていることや首輪にリードということだけではなかった。

 頭部には犬の耳があり、腰の少し下の辺りからはふさふさとした毛並みの尻尾が生えている。手足の大部分は露出しているが、それが繋がっている胴体は逆にレオタードの形で毛に覆われていた。

 顔や手足は露出しているとはいえ、枷や首輪以外はオフショルダーの上着しか身に付けていないように見える晶や、肩から体を包んでいる毛布のみを身につけている葵より、むしろ露出面積は少ないというのが不思議だった。

 そんな彼女は、晶にリードを引かれて歩かされていたが、嫌がっている様子は一切無く、散歩に連れ出されて喜んでいる飼い犬のように、しきりにその尻尾を振っていた。

(あれ……どうやって動かしてるのかしら……? 自分の意志で動かしているように見えるけど……)

 葵はそんなことが気になった。

 尻尾の生え際は、毛皮のレオタードのようなものに紛れて見えなかったが、少なくともお尻の穴に刺さっている様子ではない。

 腰を振っているわけでもないのに、尻尾だけが独立して、しきりに左右に揺れていた。なにかしらの仕掛けがあるのはわかるが、葵の観察眼ではそれがどういう仕掛なのかはわからなかった。

 葵が尻尾に気を取られている内に、晶がその犬の姿をさせられた少女のリードを軽く引き、葵の目の前まで移動してくる。

「ごめんだし! 他の子も連れてくるつもりだったんだけど……たぶん、ちょっと移動してるだけだと思うから、すぐ来ると思う! とりあえず、まずはこの子の紹介していいし?」

「え、ええ。もちろ――っ、ひゃっ!?」

 葵の口から、素っ頓狂な声が発せられた。体を竦め、何やら毛布の裾を抑えている。

 晶が何事かと思って視線を下げると、犬の姿をした少女が、鼻を「ふんふん」と鳴らしながら、葵の体臭を嗅ごうとしていた。

「わっ、わわっ、ちょっと!」

 その鼻先が嗅ごうとしているのは、葵の股間であった。葵が肩から羽織っている毛布の内側に入り込もうとしている。

 葵が咄嗟に毛布の裾を抑えて逃れようとしたのも無理からぬことだった。

「あー、ごめんだし! こら、モモっち! ステイだし!」

 待て、と晶が少し強めに命令すると、犬の姿をした少女――モモっちは不満そうにしながらも大人しくその場に腰を落とす。ぺたりとお尻を地面につけ、開いた両足の間に、半分になった腕を突いている。股を大きく開くことになるその姿勢は、普通の女子ならば避けるべき姿勢であったが、彼女は全く気にした様子を見せない。

 その表情はあくまで自然体で、だらけた犬のような姿勢を恥ずかしく思っている様子はまったくなかった。

 そんな身も心も犬のような少女の頭を撫でながら、晶が葵にその少女を紹介する。

「この子はモモっち! 本名は……確か、梅垣胡桃(くるみ)、だったし?」

 晶がそうモモっち――胡桃に確認すると、彼女は晶の顔を見上げ、そして。

「わんっ」

 犬のような鳴き声をあげた。声をあげた時の表情はニッコリとした笑顔だったため、晶の言うことは正しい、と肯定しているのだろう。

 よしよし、と晶が胡桃の頭を再度撫でると、胡桃は犬のように胡桃の体に頭を擦りつける。そんなふたりの様子を見ていることしか出来ない葵に対し、いままで黙って控えていた学長秘書が補足で説明する。

「梅垣胡桃さんは所有者様のご意向により、常に犬として扱われる生活をされています。私たちのいうことはちゃんと理解出来ていますし、声帯を潰しているわけではないため、本当は話すことも出来ますが、人の言葉を発することは禁じられています。……ちなみに所有者様の許可無く人間の言葉を喋った場合、首輪に搭載された電気ショック機構が肉を焼くレベルで発動するため、無理に喋らせようとしないであげてくださいね」

 素知らぬ顔でとんでもないことを口にする学長秘書に対し、葵は少し顔を引き攣らせる。

 ただし顔を引き攣らせた理由は、胡桃の扱いを可哀想だと思ったとか、そういった一般的な感覚ではなく――自分にもいずれはそういった『取り返しのつかない』未来が待っているかも知れない、という想像をした上で、その未来を渇望してしまったからだ。

 その彼女達にとっては、甘美な未来予想図に思わず心を捕らわれかけてしまったのである。

 頭を振ってその想像を振り払った葵は、気を取り直して口を開く。

「そう、なのね。……じゃあ、さっきから私の臭いを嗅ごうとしているのも、そういう犬らしい振る舞いの一環ってわけね」

「いや、それはモモっちの趣味だし」

「ですね。元々匂いフェチな方なので」

 即答する晶と学長秘書。

 思わず葵が胡桃の顔を見ると、彼女達のやりとりの意味を理解しているはずの彼女は、わざとらしく「なんのこと?」とばかりに首を傾げていた。

(さ、さすがは学園島に来ようって考える子ね……色々頭おかしいわ)

 無論、それは葵自身も含んでのことであるし、頭がおかしいは貶す言葉ではなく、褒め言葉であった。

「よ、よろしくお願いするわね、梅垣さん?」

「モモっちでいいと思うし」

「胡桃さんの、犬としての名前は『モモ』となっておりますので、そちらで呼んだ方が良いかと。……いえ、あえて他では捨てられた、人間としての名前で呼ぶという高度な責めなのでしょうか」

 したり顔で指摘する学長秘書の言葉に、晶が乗っかった。

「わー、あおいさん鬼畜だしー」

 ニヤニヤと笑いながら悪乗りするふたりに、さらに胡桃が乗っかる。

「くぅ~ん……」

 器用に涙目になり、チワワのような目で葵を恐れるかのように見上げる。

 彼女達の悪乗りであるということは葵にもわかったものの、悪者にされてしまった彼女は焦る。

「ち、違うわよ!? モモちゃん! モモちゃんって呼べばいいのね!」

 慌てて膝を突き、視線の高さを胡桃に合わせ、彼女の頭を撫でる葵。

 わざとらしい涙目をしていた胡桃は、すぐに笑顔になった。

「わんっ、わんっ」

 楽しげに鳴いて、体を葵に擦り着ける。四肢が半ばから切断されているとは思えない。悲壮感など欠片もない、無邪気な様子だった。

 それを受け取めつつ、葵は視点が近付いたことで改めて胡桃の状態を見て、驚くことになった。

(よく見たら、手足以外も凄いことになってるっぽいわね……)

 まず、胡桃の頭に着けられた犬耳。

 髪の毛に紛れて根元付近がどうなっているのか、見えていなかった葵だが、視点が近付くとそれがよくあるパーティグッズであるような獣耳とは全く違う構造になっていることに気付いた。

 それは、本当に頭から生えているようにしか見えなかった。頭の皮を一度剥いで、そこに移植したとしても信じてしまうかも知れない。

 それくらい胡桃の頭とその犬耳が一体化していた。

(それに……耳もこれどうなってるの?)

 胡桃が頭を擦り付けてくるため、葵もその部分を意識してしまう。

 人間の耳があるはずの場所は、厚手の布のような物が覆っていて、本来の耳が全く見えなかった。

 ヘッドセットや耳当てで抑え付けて覆い隠しているのとは、明確に違うことを示すように、その耳があるはずの場所を覆う当て布は厚みがほとんどない。

 明らかに本来の耳がそぎ落とされてなくなっているように感じるのだ。

(声、というか音は聞こえてるみたいだし……耳を完全に塞いじゃっているわけじゃないと思うんだけど)

 そう葵は予想した。

 その予想は大体正解であり、胡桃の耳の穴は塞がれているわけではなく、ちゃんと存在している。単なる布の耳当てのように見えるそれは、実は頭の上に移植された犬耳から音を拾い、彼女に周囲の音を届けるスピーカーの役割を果たしていた。

 元々あった彼女の耳は根元から削ぎ落とされており、存在しなくなっている。

 この島では、犬の姿に近づけるためならば、その程度の人体改造は序の口なのだ。

 胡桃の体に施された処置の数々を、まだ明確には知らない葵だったが、四肢切断が当たり前に行われている様を見て、容赦のない人体改造はあって当然なのだろうと察していた。

(この服……なのかしら、この、毛皮の下の体もどうなっているのやら)

 胡桃の体の大部分を覆っているレオタードの形をした毛皮。

 触る分には柔らかくて気持ちのいいものだが、その内側がどうなっているのか、葵は想像し、背筋にぞくぞくとした快感が走る。

「とりあえず、お茶でも飲むし?」

 晶がそう声をかけてこなければ、思考の渦に没頭していたかもしれない。

 葵は名残惜しいような気持ちを堪えて、胡桃から手を離して立ちあがる。

「その前に、体を洗いたいんだけど」

 一応程度に水で洗い流されたとはいえ、汚物塗れになっていた事実は変わらない。

 調教者によって強制されているならともかく、まだ壊れきっていない葵としてはちゃんとシャワーを浴びてさっぱりしたいという気分だった。

 葵がその可否を窺うように学長秘書の顔を見ると、彼女は特に反対することなく、頷いて見せた。

「構わないと思いますよ。調教は明日からも続きますが、吹田様からはひとまず治療と洗浄はしておくように言われています。朝には拘束した状態にさせていただきますが、それまでは――今夜の夜は自由に過ごしてくださって構いません」

「それなら、あたしがあおいさんを大浴場に案内するし! あたしもちょうどお風呂に入りたかったし、たぶんお風呂に行ってる他の子にも会えるとおもうし!」

 そう晶が主張すると、学長秘書はぺこりと頭を下げた。

「それでは、ここから先の案内は晶さんにお任せします。私はこれから接待の仕事がありますので……」

「接待?」

 葵が首を傾げると、学長秘書はなんということはない様子で応えた。

「はい。私は学長の秘書兼性奴隷という設定ですので。これから吹田様を性的な格好とサービスでもてなすのが仕事なのです」

 淡々という学長秘書に対し、葵は顔を歪める。

「それは……大変ね」

「場合によっては大変なこともありますが、吹田様は対応が楽な方ですけどね。なにせ裏の事情を理解してくださっていますし、無理なことはさせないでいてくださいますから」

「逆に物足りないくらいなんじゃん?」

 ケラケラ、と笑いながら指摘した晶に対し、学長秘書は少し顔を歪めた。

「私も本来は皆様と同じ立場でしたからね。残念ながら、規定の年数が経過しても、誰にも購入していただけませんでしたが」

 拗ねたように言う学長秘書。

 そんな彼女の肩を、晶は慰めるように優しく叩く。

「拗ねないで欲しいし! 結果として、あたしやモモっちと違って五体満足なんだしー」

「それが必ずしも嬉しいことではないのは、あなた方がよくわかっているでしょう」

 学長秘書はそう言い捨てると、さっさと踵を返して地下の広間から出て行ってしまった。

「……怒らせちゃったんじゃない?」

「大丈夫だし。いつものやり取りだから。……さっきのも嫌味のように聞こえたかもだけど、実際永久奴隷になっても、あたしみたいな所有者様だと、放置プレイの方が長いじゃん?」

「それも、そっか」

 自分だけの所有者を得られなかった学長秘書ではあるが、島に来客があれば出番があり、客ごとに違った責め方をされるという利点もある。

 逆に晶や胡桃のように自分だけの所有者を得られ、取り返しの付かないことも含めたハードなプレイをされてはいるものの、所有者が居ない時は基本暇していなければならないというタイプも、それはそれで辛いものがあるのだった。

 つまり、隣の庭の芝生は青いのである。

「まあ、それはいいし! あおいさん、大浴場いくし! あ、モモっちはここで待っといて」

「うー」

 不満げに唸る胡桃を置いて、晶は葵の背を押して広間から出る。

「モモちゃんは連れて行かないの?」

「あの子の入浴はちょっと特殊だから、あたしたちじゃ入れてあげられないんだし。それに、誰かにリードを引かれないとその場を動けないから」

「なんだかちょっと申し訳ないような気もするわね……」

「大丈夫だし! いつものことだし!」

「それはそれで可哀想ね」

 葵と晶はそんな話をしつつ、長い廊下を進む。

 幾つもの分岐を経た、その先に大浴場はあった。

「迷宮みたいね……迷いそう」

「慣れたら大丈夫だし。そこかしこに標識もあるし」

 ふたりが入った大浴場は、まるで有名な温泉地の旅館の如く、立派なものだった。何十人もが同時に入れそうな、そんな広さだ。

「これが学園島の裏側を知る、私たちのためだけに存在するっていうのがびっくりね……」

 どんな規模でお金や人が動いているのかと、なんとなくわかってはいたが改めてそれを実感した葵は目が眩むような想いだった。

 そんな葵の姿を、初々しい者を見る目で、晶が見ている。

「ふふっ、驚くのはまだまだこれからだし! ……あ、やっぱり誰か先客がいるみたいじゃん?」

「先客?」

 そんな会話を交わす二人の元に、奇妙な音が近付いてきた。

 葵と晶はまだ大浴場の脱衣所にいたが、浴室の方から『何か』が脱衣所の方に近付いてきているのだ。

 脱衣所と浴室を隔てる曇りガラスの向こうに、おかしなシルエットが映し出される。

 そのシルエットを見た葵は――晶や胡桃で実感させられた学園島の本質を、さらに深く実感することになる。



つづく



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