カゴノヒト 第1話 「十和野カゴメという転移者」
Added 2020-10-30 14:26:18 +0000 UTC■ 新シリーズ「カゴノヒト」開始です! ……え、一度見たことがある? き、キノセイデスヨーw-;
■ あらすじ:拘束プレイ愛好者の十和野カゴメは、ある日自縛プレイのミスにより死んでしまう。その寸前、異世界の神によって加護を経て異世界転移を果たした。異世界で冒険しながらも、貰った加護で拘束プレイの追及に余念がないカゴメ。その周りには徐々にその意思に賛同する仲間が集まって行って――ありがちというにはあまりに異質な異世界冒険奇譚。
■ こういう異世界転移ものがみたい!という願望を形にしてみました。欲望に忠実すぎてとんでもない内容になりそうですが、読み物としても面白いものにしておく予定です。
■ 本編は全体公開で連載していく予定ですが、それ以外で書きたくなった「おまけ」シーンは支援者様向けに公開予定です。そちらも合わせてお楽しみいただければ幸いです。
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その少女が彼に連れられて冒険者ギルドに入って来た時。
百戦錬磨の冒険者たちの間に、動揺を表すざわめきが広がった。
冒険者というと、正規の職業に属せなかったごく潰し、だなんて言われることもある職業ではあるものの、常に危険と隣り合わせの仕事であることには変わりなく、そこで生き残ってきた冒険者たちは、それだけありとあらゆる状況に対処する能力に長けている。
だから滅多なことでは動じないし、困難であったり理解不能であったりする状況も人によっては楽しんで、少なくとも余裕を持って受け入れることが出来る者が多い。
しかしそんな彼らをして――その少女は困惑するしかない格好をしていた。
歳はかなり若く見えた。
十八歳の女性としては平均的な身長である私が、少し目線を下に下げなければならないくらいに小柄であることもあって、下手をしたら成人していないのではないかとさえ思える。
背中に届くくらいの長さの髪はまっすぐ艶やかで、綺麗な黒色をしていた。黒髪自体は皆無ではないものの、彼女くらいの漆黒はかなり珍しい部類だ。
儚く感じるほどに線は細く、とても鍛えているようには見えない。私も滅多に見かけたことはないけれど、広いお屋敷でぬくぬくと育てられている貴族のお嬢様のようだ。
少なくとも村人からギルド職員になった私だったり、冒険者になるしかなかった複雑な経歴を持っていたりする女の子たちが持つ雰囲気とは全く違った。
吹けば飛びそうだし、押せば倒れてしまいそうな弱さを感じる。荒くれ者揃いでごつい冒険者に囲まれると、そり一層その印象は深まる。
けれど、当の彼女は口元には穏やかな笑みを浮かべており、周囲から好奇の視線を向けられていることに全く動じていないようだ。
それだけなら、冒険者たちは動じなかっただろう。世間知らずのお嬢様が冒険者に興味を抱いて覗きに来たとか、もっと偉い立場として視察に来たとか、そういう風に想像出来る範疇で解釈が出来るからだ。
歴戦の冒険者たちが思わず困惑してしまっている理由、それはその少女が高貴な身分と見紛うほどの容姿と、余裕さえ感じる大物な態度を漂わせていながら。
その体が無骨な拘束具によって、戒められているためだった。
なんといっても目立つのは、その眼を覆う目隠しだろう。
それは光が透過しないであろう分厚い金属のようで、彼女の視界は完全に閉ざされていることが見て取れる。不思議な文様が刻まれているため、何らかのマジックアイテムかもしれないけれど、眼を覆ってしまう魔法の道具など聞いたことがない。
その目隠しがあるために少女の顔立ちのほとんどは隠されており、その人相がどういうものかは実のところハッキリとはわからない。顔の下半分は普通に見えていて、その部分に関しては間違いなく整っているのだけど。
そして目隠しと同様に、はっきりと目立つ特徴として、彼女の首から下の体を覆っている不思議な服の存在があった。
色は黒い。金属ではなさそうだけど、不思議な光沢を放っており、私がこれまで見たどんな服の構造とも違った。
その服が金属で出来ていないことがわかったのは、その服が少女の体にぴったりと張り付いていたからだ。その細い首から鎖骨の凹凸、膨らんだ乳房の形や、腰の縊れ、お尻の張りや細い手足、そしてお臍の僅かな窪みすら見て取れるほどに――その服は彼女の体に張り付いていた。
それはとても金属では再現出来ないものだ。もし金属でやろうとすれば、高温で溶かした状態で体を覆うくらいしかないし、そんなことをしたら冷えて固まった段階で動けなくなる――以前に命が無事ではすまないだろう。
だからそれが金属ではなく、布か皮のような材質で出来ているというのはわかったのだけど、具体的にどんな材質でどういう縫製をすればそうなるのかは全く想像できなかった。
ただ、その体の線を明確にする服は、娼婦が身に着けるような過度な露出の服とは対極にありながら、見る者にどことなく卑猥な印象を与えるものだった。素っ裸で目の前に立たれているような居心地の悪さを感じる。
彼女の放つ神秘的で堂々とした雰囲気がその印象を軽減していたけれど、普通に考えて裸並みに――あるいは単なる裸以上に――恥ずかしい格好であることは否めない。その服は手足の先まで覆っているから、肌の露出は極端に少ないのにも関わらず。
乳房の膨らみや腰の縊れ、お尻の張りなどを明らかにしているのがその印象を与えている原因として大きいのだろう。
ただ、そういった格好にも関わらず、卑猥な印象だけで終わっていないのは、顔の上半分を覆う目隠しだけではなく、他にも彼女の体には拘束具が取り付けられていたからだ。
目立つのは、手首。細い彼女の手にそぐわない程分厚い金属製の手枷が嵌められていた。
左右の金属の枷は、短い金属の棒で繋げられている。彼女は両手を体の前で揃えた状態で動かすことが出来ず、罪人が衆目の前に引きずり出されるときに取り付けられる木の手枷のようだった。材質が金属だから重量も相当なものがあると見え、彼女の細腕では満足に持ち上げることもできないはずだ。
さらに彼女の足にも似たような枷はついていて、そちらは金属の棒ではなく、鎖で左右の足が繋がれていた。鎖を構成する輪の一つ一つが親指程の太さをしていて、見るだけで重量感が感じられる。足枷自体の重さも考えると、足を引きずるようにしてしか歩けないはずだ。鎖の長さは肩幅より少し広いくらいだから、どんなに頑張っても、走ることは出来なさそうだった。
手枷や足枷にはそれぞれ左右を繋ぐ鎖とは別に、各枷を繋いでいる鎖もあった。
その鎖は上へと伸び、彼女の首を覆う太い首輪に繋がっている。そちらも金属のようだったけれど、やたらと分厚い手枷や足枷と違い、首輪は薄い金属で出来ているようだ。
首の細さが強調されている。その首輪には手枷や足枷へと鎖が繋がっていた。行動自体には影響を与えないだろうけど、鎖同士が擦れ合ってじゃらじゃらと音を立てている。
そして最後。
彼女の腰には――というか股間には――貞操帯が嵌められていた。
腰を一巻きする腰帯から、彼女の前の穴だけを覆うように三角形の金属の板が垂れ下がり、鎖で繋がれることで、彼女の体にそれを固定しているようだった。
後ろがどうなっているかはわからないけれど、前から見る限り、逆三角形の頂点にあたる部分に繋げられた一本の鎖が、股間を通して後ろの腰帯に繋げられているはずだ。
体にぴったり張り付く謎の服を着ているとはいえ、鎖が股間に食い込んでいるかもしれず、どんな感覚なのか同じ女性としてはあまり想像したくない。
彼女が歩くたびに鎖の鳴る音がして、相当悪目立ちしている。
その彼女の首輪からはもう一本鎖が伸びており、その鎖は彼女の前を歩いている彼が握っていた。
なるべく引っ張らないように意識している様子で、奴隷を牽きまわす悪趣味な行為というよりは、馬の手綱を慎重に牽いて誘導しているようだった。
彼女の放つ貴族令嬢のような雰囲気と、自由を剥奪された罪人か奴隷かといった状態の差異に、さすがの冒険者たちも困惑しているのだった。
じゃら、じゃら、と歩く旅に音を立てながら、少女が受付に近づいてくる。
少女を連れている彼――私の幼馴染でもある『銀翼』のリーダー・ワジムは、なんとも表現し難い顔で私にいつもの挨拶をしてくれた。
「ただいま」
彼はゴブリンに襲われた村を救援するべく、依頼を受けて出かけていた。
彼の率いる『銀翼』はゴブリン程度に遅れを取るようなグループではなかったけれど、魔物の討伐に出る以上、不測の事態はいつだってありえる。
だから彼はいつも無事に帰ってきたことを示すために、いの一番に「ただいま」と言ってくれるのだ。
普段なら私も笑顔を浮かべて「おかえり」というのだけど、今回はさすがに顔が強張った。
「……おかえり。で、どういうこと?」
間髪入れずにそう聞いてしまう程度には、私はその彼女が気になっていた。
彼は私と同じで村人出身だ。生まれ育った村が魔獣の被害を受け、やむを得ず放棄せざるを得なくなり、町に移住することになった。
私は幸運もあって職員として冒険者ギルドに雇ってもらえたし、彼は彼でそれ以前から鍛えていた体を活かし、そこそこの立場の冒険者になれた。同じ村の出身者の中には浮浪者や奴隷の身分に落ちてしまう人も多かった中、私たちはかなり運がよかったと言える。
流民という身分から這い上がったからこそ、私たちは浮浪者や奴隷という身分が存在することに対して――より正確にいうなら彼らに対する貴族などの上流階級の扱いに――あまりいい感情を持っていない。
一歩間違えば自分たちもそうなっていておかしくなかったからだ。
だから、そういった人たちを助けることは出来ずとも、自分がその売買に関わろうという気はないはずだった。
そんな彼が奴隷のようにも見える女の子を連れている。憎からず思っている彼の行動に対して、私が複雑な感情を抱くのは仕方のないことだろう。
彼もその認識は本意ではないのか、鎖をほとんど離しそうなほど緩く持ちながら――それを持つのは本来不本意であることを示すように――弁明してくれる。
「最初に断っておくけど、彼女は奴隷でも罪人でもない。こういう風に扱っているのにも理由があるけれど……端的に言うと『特秘事項』なんだ」
周りで聞き耳を立てていたのだろう。冒険者たちが一斉にざわめいた。
私も思わず目を丸くしつつ、隣の受付の子と視線を交わす。意を汲んでくれたその子は頷き、急いで建物の奥へと駆けていった。ギルマスに連絡しに行ってくれたのだ。
「……わかった。ギルマスが詳しい話を聞くことになると思うから、ワジムは彼女と一緒に応接室に向かってて」
ワジムは頷くと、後ろからついてきていた仲間たちを振り返った。
「元々の依頼の処理に関しては、エゴーにお願いするよ」
サブリーダーくらいの立ち位置にある、彼の所属するグループメンバーの男性がそれを了承したのを確認してから、ワジムは手に持った鎖を牽いて少女を誘導する。
「じゃあ、君は行こうか。こっちだよ」
「はい。わかりました」
落ち着いた、とても落ち着いた声だった。
とても珍妙な服を着て、罪人のような拘束具を身につけさせられているとは思えない。
(もしかして、彼女にとってはその格好で普通なのかしら……『特秘事項』である限り、それもありえなくはないけれど)
でもよく観察すると柔らかそうな頬がほんのり赤く色づいているようにも見える。注目されるのが恥ずかしいのか、その格好自体を恥じているのかはわからなかったけれど。
歩き出しかけた彼女はふと立ち止まる。鎖を引っ張ってしまわないよう、ワジムも慌てて立ち止まった。そして、目隠しで見えていないはずなのに、私の方に正確に顔を向けてきた。
思わずびくっとしてしまう。
「貴女がカチューシャ……エカテリーナさんですか?」
どうして私の名前を、と一瞬思ったけれどワジムが依頼で向かった村は、ここから徒歩で半日はかかる場所にある。
仮にその村から連れてきたのだとすれば、『銀翼』のみんなと話す時間は十分にあっただろう。ワジムの幼馴染で、ギルドの受付職員をしている私の話をすることもあったかもしれない。
初対面なのに愛称で最初呼んだのはワジムがカチューシャと呼んでいたからだろう。彼に引っ張られたと考えればわからなくもない。
彼女は問いかけてきたにも関わらず、私がエカテリーナであることを確信しているらしく、ふっと微笑みを浮かべた。
「ワジムさんたち『銀翼』の皆さんには、ここまで連れてきていただいただけですので、安心してくださいね」
安心して、という言葉に、私のワジムに対する想いまで見透かされているような気がした。見透かされているというか、文字通り『見られている』ような。
彼女の顔を覆う目隠しに刻まれた不思議な文様が、わずかに発光している気がした。
なんと応えればいいのか悩んでいると、ワジムがため息交じりに間に入ってくれた。
「カゴメ……そういうのはいいから。いくよ。ごめんねカチューシャ」
最後ワジムが歩き出すと、少女――カゴメさんも今度は大人しくその後に続いていった。
私はなんとも言い難い感情を抱きつつ、二人がギルドの奥へと消えていくのを見送ることしか出来なかった。
応接室へは建物の中の廊下を少し歩く必要がある。
俺たちが保護した『特秘事項』に関わる少女――カゴメさんは、その特殊な服装のためにゆっくりとしか歩くことが出来ないため、その足取りに合わせていると少し時間ができる。
だからか、歩きながらカゴメさんがゆったりとした口調で話しかけてきた。
「いまの方が、ワジムさんのおっしゃられていた幼馴染の方なんですね。可愛らしくて良い人じゃないですか」
「んー……まあ、うん。そうだね。カチューシャはいい子だよ。村にいるときから、何かと世話を焼いてきて……兄弟姉妹みたいに育ったかな」
そう応えると、カゴメさんはなぜかおかしそうに笑った。
「ふふっ……なるほど、鈍感系主人公なんですね」
「どん……? どういうこと?」
言葉の意味がわからないわけじゃないけど、そう言われる意味がよくわからない。
「いいえ、なんでもありませんよ」
カゴメさんは俺の疑問に応えてくれなかった。まあなんとなく悪い意味で揶揄してきているわけではなさそうなので、気にしないことにする。
(……確かに変わった人なんだよなぁ……これがあの『特秘事項』って奴かぁ)
話には聞いていたけど、まさか自分がそれに遭遇するとは思っていなかった。
少なくとも程よくいい関係を築けたようなので、よしとする。
そう考えて自己満足しているうちに、応接室にたどり着いた。
「失礼します。『銀翼』のワジムです」
「おお、入れ」
呼びかけると、部屋の中からギルマスの声が返ってきた。
ことが『特秘事項』だからか、いつもは後から入ってくることが多いギルドマスターも迅速にやってきていたようだ。
応接室の扉を開けると、中ではさっき受付で奥に走った職員さんと、ギルマスが待っていた。
「おぅ、ワジム。ご苦労だったな。そっちの嬢ちゃんが……なるほど。簡単な報告はすでに受けていたが、なんとも珍妙な格好をしとるなぁ。それ、見えてるのか?」
ギルマスはまじまじとカゴメさんを見ていた。彼は荒くれ者も多い冒険者をまとめる立場だからか、強面で言動が多少荒い。
ここまでの道中でカゴメさんの性格は大体把握していたけど、見た目は成人してなさそうなほど儚い少女だ。
果たして大丈夫なのか少し心配したけれど、カゴメさんは特に臆することなく、俺より前に進み出てギルマスに向けて正確に頭を下げた。位置を把握しているというアピールも含めているのだろう。
「初めまして、ギルドマスターさん。私はトワノカゴメと申します。こちらにも普通に日本人のような名前をしている地方はあるようですが……私のことはどうぞ、お気軽にカゴメと呼んでください」
名乗りに続けて、彼女は自分が『特秘事項』である理由を口にする。
「異世界からの転移者で――その際、神様から特別な『加護』を頂戴しています」
この世界には昔から異世界から転移してくる者がいる。
物理法則や技術体系、様々な文化が違う世界からやってくる彼らは、独特の知識を持っていることが多く、それがこの世界に与える影響は大きい。
ゆえにこの世界では転移者のことを『特秘事項』として扱っていて、その扱いは徹底して管理されている。
その人物が世界にとって危険な存在か否かを判断し、その転移者がもたらす知恵や技術などの情報は、秘匿せずに全体で共有するという世界規模の取り決めがあるのだ。
万が一転移者の恩恵をひとつの国で独占しようというのなら、それ以外のすべてが敵に回ることになる。
いまのところこの試みは上手くいっていて、転移者の性質にもよるが転移者は程よく世界に受け入れられる傾向にあった。
ギルマスは乱暴に頭を掻きながら、カゴメさんの言葉に頷く。
「じゃあそうさせてもらおう。カゴメ、単刀直入に聞くが――神様からもらったっていう加護がどんなものなのか説明してもらってもいいか?」
それは非常に大事なことだった。転移者がどんな能力を持っているのかは、転移者をどう扱うかを左右する。
ゆえに確認は大事だ。ふと、俺がギルマスの背後に目を向けると、彼の体に隠れて職員さんがマジックアイテムを用いているのが見えた。恐らく嘘を見破るためのものだろう。
カゴメさんが本当のことを言っているかどうか。それを推し量ろうとしている。
(でも、あれは本当のことだとしても嘘に聞こえるんじゃないかなぁ……)
ここに来るまでの道中で、俺は彼女から加護のことを教えてもらっていた。
彼女が嘘をついているようには思えなかったのだけど、正直巧妙に嘘を吐かれていると考えた方がしっくり来る内容だった。
「私が得た神様の加護ですが――」
当然、カゴメさんはギルマス相手にも同じことをいう。
「『一人でも拘束プレイ可能な拘束具を作り出す』――というものです」
その言葉を聞いて、思わずギルマスは後ろを振り返っていた。
職員さんは盛大に動揺した様子で、青く光るマジックアイテムを示している。たぶん、カゴメさんの言った内容が真実だと出たのだろう。
それを確認したらしいギルマスは、再びカゴメさんの方に向き直り。
「……すまんが、一から詳しい話を聞かせてもらってもいいか?」
そうお願いするのだった。
大繁殖したワイバーンが大挙して街に襲い掛かってきた時でさえ、楽し気に笑い飛ばして迎撃の音頭を取っていたギルマスが、心底困った顔で二回りは小さいカゴメさんに対して説明を求める姿は、こう言ってはなんだけど、とても可笑しかった。
俺たち『銀翼』は、娘たちが攫われた村から情報を得て、奴らがアジトにしている古代遺跡へと向かった。
罠や奇襲を警戒しながらその古代遺跡の中に入ると、そこには地獄絵図が広がっていた。
至る所にゴブリンの惨殺死体が転がり、床は血に塗れた場所の方が少ないほどだった。
その地獄絵図の中心に、彼女は立っていた。
最初、思わず俺たちは彼女を警戒してしまったが、その警戒はすぐに解けた。
彼女の周囲には浚われた村娘たちがいて、ゴブリンの死体を一か所に固めたり、ゴブリンに破かれたと思われる服を修繕していたり、忙しなく動き回っていたためだ。
中央の彼女のことをどう判断すればいいのかはわからなかったが、少なくとも娘たちにとって、彼女は警戒する相手ではないことはわかったのだ。
村娘達は俺たちが想像していたよりは元気そうで、ゴブリンに乱暴された後のような着衣の乱れこそあったものの、浚われた娘がよく陥る状態、つまりは意気消沈している者は一人もいなかった。
どう声をかけたものか入り口で俺たちが迷っていると、娘の一人が俺たちのことに気付いた。
その顔に喜びの笑顔が浮かぶ。
「冒険者だ! みんなっ! カゴメさまっ! 冒険者の人が来てくれたよ!」
その呼びかけに、村娘たちは一斉に沸いて喜びを露わにする。
一人だけ名指しで呼ばれたカゴメというのは、中央の少女で間違いないようだった。
「えっと……冒険者ギルドから派遣された『銀翼』のリーダー、ワジムだ。えっと、みんな無事……でいいのかな。ええと……」
俺はそう名乗りながら村娘たちに近づく。
ゴブリン討伐兼浚われた女性の救出任務は何度か受けたことがあったけれど、こんな特殊な状況は初めてだったので、どう対応したものか迷ってしまった。
そんな俺に向かって、中央の少女が呼びかけてくる。
「ワジムさん、私から説明しますので、こちらに来ていただけますか?」
妖しげな少女の呼びかけに応じるのは本来危険なのだが、村娘達がまったく警戒していない様子もあって、俺はメンバーに離れたところで警戒するように合図を送りつつ、彼女の側に近づいた。
近づく前から彼女が珍妙な格好をしていることには気付いていたが、改めて近づいてその肌に張り付いているような不思議な衣服や、首や手足を戒める枷がハッキリ見え、余計に困惑させられた。
彼女はぺこりと頭を下げてくる。目隠しをしているはずなのに、正確にこちらの位置を把握している様子だった。
「私の名前はトワノカゴメと言います。どうぞ気安くカゴメとお呼びください」
「……あ、ああ、うん。俺はワジムだ。近くの街の冒険者ギルドから派遣されてきた。一応確認だけど、カゴメさんがゴブリンたちを倒して娘達を救ってくれたのかな?」
その俺の問いに対し、カゴメさんは首を曖昧に傾げた。
「助力はしましたが、ゴブリンを倒して自らを救ったのは皆さんの力ですよ」
「どういうこと?」
「その説明をする前に、私のことをお伝えします。ある意味ではそれが答えでもありますから……」
カゴメさんはそういうと、こともなげに言葉を続けた。
「私は異世界からの転移者です。転移の際、神様から加護を授けていただきました」
転移者。
世界の停滞を嫌う神が、手っ取り早く世界をかき混ぜるために投下する一石。
多くは不思議な力や知恵を持ち、転移させる際に神が加護を与えることもある存在。
実在するものとして認識されているけど、出会うことは稀のはずだ。
「神様に加護をいただいて転移させてもらったまではよかったのですが……それがたまたま、すでに遺跡となって、ゴブリンの住処になっていたこの建物だったんです」
ゴブリンたちが戦利品――要は村娘たちだ――を味わおうと乱痴気騒ぎを繰り広げようとした瞬間、彼女は転移してきたらしい。
「なるほど、加護でゴブリンたちを倒したってわけか」
「はい、でもあるし、いいえ、でもあります。私が得た加護は『一人でも拘束プレイ可能な拘束具を作り出す』というものですので」
「なんて?」
俺が思わずそう聞き返してしまったのも無理はなかっただろう。
転移者が持つ加護には、人智を超える。
例えばとある商人となった転移者が得た加護は『なんでも入る異空間に繋がる扉を開けることが出来る』というものだった。その中に入れられたものは入れられた時の状態が維持されるため、海で得た新鮮な魚を山間部までいってそのまま提供することが出来、後にその加護を参考に作られた『アイテムボックス』という魔法は物流の常識をめちゃくちゃに変えてしまった。
なお、猜疑心の強かったその商人の転移者はやがてありとあらゆるものを異空間の中に放り込むようになり、最後には自分自身もその中に入ってしまって二度と出てこなかったそうだ。いまもまだ異空間の中で暮らしているのか、時が止まって永遠に終われなくなったのかは定かではない。
ともかく、神が与えてくれる加護というのは、世界に影響を与えるくらい、反則的で人智を超えたものであるはずなのだ。
まさかこちらの常識というか、思考を飛び越えるとは思っていなかった。
「私は元の世界では自縛マニアでして、自縛を失敗して首が締まって死んでしまうところだったんですよね」
「…………は、はぁ……?」
こともなげに成される意味不明な経緯。
俺の理解力が劣っているというわけではないらしく、周りに村娘たちも、少し離れたところで聞き耳を立てていた仲間も、理解できないという顔をしていた。
村娘達はすでに一度聞いた内容なのか、理解することを放棄しているようだったが。
「ただ、神様曰く『いや、それだけだと世界に影響を与えられんから』とおっしゃられまして……『拘束の度合いによって、それに見合った加護が付加される拘束具を生み出せる加護』としていただいたのです」
「加護が付与される拘束具を生み出せる加護……?」
加護を生み出せるのだとすれば破格の能力だが、それが拘束具限定とはどういうことなのか。
例えば、とカゴメさんは説明を続けてくれた。
「いま私の手足を戒めているこの拘束具は、その場で固定することで私が認識している敵意のある存在の動きを止めることができます」
要はカゴメさんも動けなくなるが、ゴブリンたちの動きを止めてしまえるのだという。
「止まった対象に触れたら、その対象は動けるようになりますが」
「村娘たちは自由に動けるわけだもんな……」
つまりことの真相はこうだ。
村を襲撃したゴブリンたちは村娘たちを連れてアジトにしていたこの遺跡まで戻ってきた。そして戦利品である村娘たちを味わおうと手を出しかけたとき、タイミングよく――ゴブリンたちにとっては悪く――カゴメさんが遺跡の中央に転移してきた。
いきなりアジトの中心に現れたカゴメさんをゴブリンたちは警戒し、全員で取り囲んだだろう。しかし相手が女で、拘束されていることを理解したゴブリンたちは、カゴメさんも犯そうとしたはずだ。
そこでカゴメさんは防衛のために拘束具の加護を発動する。
その場で動けるのは――ゴブリンに攫われてきた村娘たちである。
ゴブリンは小柄ながら力が強く、素手での戦闘になれば村娘たちに勝ち目はない。だが、まったく意味がないほどの差があるかといえば、それは違う。
武装した複数人で一体のゴブリンと戦うことがもしあれば、普通に村娘たちが勝つ。
だから村娘たちは協力して、ひとりひとりが武器を持ち――ゴブリンを一体ずつ滅多打ちにして屠っていったのだ。
村娘たちが触れた時点でゴブリンは動けるようになるが、その時点で四方八方から武器を叩き込まれている。ゴブリンは成す術もなく、目を潰され、腕を折られ、背骨を砕かれ、何も出来ないまま血に沈んだだろう。
敵性存在である以上、同情の余地は一切ないのだが、その光景を想像するとさすがに少し哀れだった。
特に順番が最後になったゴブリンなどは、仲間が一匹ずつ肉塊になるのを見せつけられていたわけで。さぞ恐怖のどん底のまま死んだことだろう。
(村娘たちの表情が浚われた直後にしては晴れやかなわけだよ……)
乱暴してこようとしてきたゴブリンに自らの手で報復出来たのだから、さぞかし爽快だったに違いない。
(に、しても……反則的な力だよなぁ……)
生きるか死ぬかの戦いに反則もなにもないのだが、ひとりが動けなくなるという代償だけで複数の相手を実質封殺出来るのは強すぎる。
冒険者として考えるなら割と欲しいマジックアイテムだ。
後衛の魔法使いが使えばデメリットを最小限で抑えられるし、相手の動きさえ止まれば俺のような前衛が格上を一撃で仕留めることもできる。
そんなマジックアイテム――拘束具ではあるけれど――を生み出せるカゴメさんは、なるほど確かに。
世界を変えうる『異世界転移者』だ。
俺は起きた状況に納得した。
「ゴブリンたちを殲滅したカラクリはわかった。でも殲滅できたなら、なんで村に戻らなかったの?」
そうカゴメさんに尋ねると、彼女は少し曖昧に笑う。
「私がいま身につけている拘束具の中に、鎖つきの首輪がありますよね。これは私の喋る言葉をこの世界のものに変換し、皆さんの喋る言葉を私が理解出来る言語に翻訳する機能があるのですけど……これにもデメリットがありまして。誰かに魔力を込めて鎖を引いてもらわないとその場から一切動けないんです」
どんな言語でも翻訳出来るとすれば非常に便利で欲しいアイテムだけど、誰かの手を借りなければ動くことも出来ないというのは辛い。
「外すことはできないの? 言葉は通じなくなるけど、先に説明だけしておけば……」
「そんなに簡単に外せる拘束具にしていると思います?」
そう返されてしまった。そもそも外せないのかもしれない。
ともあれ、とカゴメさんは言葉を続ける。
「残念ながら、魔力を使える人は、この場にいる皆さんの中にいなかったんです」
「それはまあそうだろうね」
無意識に魔力を使えている者は村人の中にもいるが、稀な存在だ。能動的に使える者はさらに絞られる。ただの村娘たちに求めるには酷な力だった。
「私をここにおいて村に帰ってくださっても構わないとはお伝えしたのですが、皆さんお優しくて」
「命と尊厳を助けてもらった大恩人を、こんな場所にひとりでおいていけると思うかい?」
気風のいい村娘のひとりがそういい、周りの娘たちも頷く。
確かにゴブリンの死体や血だまりで汚れたこの場所に、かなり若く見える女性のカゴメさんを一人おいていくのはあまりにも非道だろう。
村に戻るまでの道のりが不安だったということもあるのだろうが、いずれにしても彼女をひとりに出来なかったのだ。
ともあれ、俺たちが来た以上はもうこんな場所にいる必要もない。
「わかった。とりあえず俺が鎖を持って街まで連れて行くよ。加護持ちの転移者をそこらに放置するわけにもいかないし、きっと悪いことにはならないと思うから、ついてきてくれるかい?」
「わかりました。お世話になります」
あっさりと頷くカゴメさん。
もしかすると彼女にはまだ奥の手があるのかもしれないとふと思った。彼女には余裕がありすぎたからだ。世界に影響を与える危険人物として処理されるとしても、対処する自信が――奥の手があるから、余裕なのだと。
道中話をしたあとでなら、余裕だったのは単に彼女の性格で、仮に幽閉されようがなにをされようが、転移されてもなお拘束されたがる彼女にとってはあまり関係がなかった――というのが理解できたけど。
そんなこんなで、俺たち『銀翼』はカゴメを連れて街まで戻ってきたのである。
一連の話しを聞いたギルマスは、なんとも形容しがたい顔をしつつ、納得は出来たようで頷いた。
「わかった……うん。いまいち理解できない範疇の話しもあったが、そういうことならまあ納得だ」
ギルマスに上り詰めただけあって、理解しがたい事態にも慣れっこなのだろう。
それはそれ、これはこれとして、わかる部分で決めるべきことだけを決める。
「とりあえず、うちの国では……というかほぼすべての国での話だが、転移者への対応は決まっている。その転移者の意志によるが、冒険者、商工、錬金、いずれかのギルドに所属してもらい、その力や知恵を貸してもらいたい。カゴメの場合はその拘束具の持つ生み出す力の提供だな。身分はそのギルドが証明するし、基本的な衣食住は提供される。それ以外は基本自由だ。好きなところに行って好きなように過ごしてくれて構わん」
ただし、とギルマスは続ける。
「ギルドのルールは守ってもらいたい。堅苦しいことは言われないが、国同士の戦争に参加・協力するのはどのギルドもご法度だ。基本ギルドは魔物や魔族への対処のために存在するからな。人間同士の戦争には介入しないのが取り決めで決まっている」
「それでいいんですか? てっきり、国に協力しろとかそういう話しになるのかと」
「転移者の持つ力……いや、どっちかというと知恵だけどな。それは一種の劇物なんだよ。仮にひとつの国がその恩恵を独占したら、世界のバランスが乱れる程度には」
ギルマスはため息を吐く。
「かつては転移者のもたらす利益を独り占めしようとした国がいたらしいけどな。結果、周りの国から攻められ、その争いが広がりに広がって、世界を巻き込む大戦になっちまった」
だからこそ、転移者の扱いは慎重にされ、その転移者のもたらした恩恵は広く多くの国が共有することになっている。
「そこで橋渡しになるのが、大抵の国と国境を越えて繋がっている俺たちギルドってわけさ。どこのギルドに所属するかはお前さん次第だ。どこでも歓迎されると思うがね」
無論、冒険者ギルドだって悪いようにはしないぜ、とギルマスは悪そうな顔で笑顔を浮かべて見せた。
(その笑顔は逆効果だと思うよ、ギルマス……)
「なんかいいたげだな、ワジム」
睨まれてしまった。俺は慌てて他所を向いてごまかす。
カゴメさんはその答えを決めていたようだ。
「実はワジムさんとこの街に来る道中話をさせていただいておりまして……やりたいことができたんです」
ギルマスの視線が鋭くなる。
カゴメさんの真意を見極めようとしている眼だ。
「ほぉ? そいつはなんだい?」
一瞬こっちにも視線を向けられたけど、俺にもわからない。
俺が冒険者になった経緯とか、冒険者になった後しばらくは既存のパーティやグループに所属したとか、ある程度経験を積んだあと自分でグループを作って活動しているとか、そういう話しかしていないはずなのだけど。
俺とギルマス、そして職員さんが見守る中、カゴメさんはその『やりたいこと』を口にした。
「私を中心とした冒険者のパーティを作って――この世界を冒険してみたいんです」
第2話につづく