SamSuka
夏目なつめ
夏目なつめ

fantia


それは落日(後編)

§ 「で、どうしたいわけ?」  綾がゾッとする声で言い捨てた。  愛猫を肩に乗せ、ストッキングの脚を組んで一言。  しかし、その前には誰もいない。  足指を苛立たしげに上げては落とし、その中に俺を包んでいたのだ。 「ずっとミアにひどいことしてたクズが、今更何の用? 出てく? 踏み潰される? 便所に流したげよっか?」  かつて俺が買ったソファにどっかと腰を下ろして、綾は険しく眉を寄せる。  その茶色の足先に、元人間を下敷きにしたまま。 「しかも? 私に乱暴したくて? それができなかったから? ミアにひどいしたって? はっ、最っ低。そのくせすっかりマゾに開発されちゃって、今じゃミアにイジメてもらう始末」  グリグリと俺を踏みにじりながら、綾は吐き捨てる。重量はミアの比ではない。親指に腹全体を潰され、ギシギシと骨が軋み始める。加減がわからない綾はこれでも載せる程度に留めているはずだ。それがこの圧迫感。指の付け根を蹴飛ばして体を解き放とうとするも、指の股に足を挟まれる始末だった。 「ご、ごめっ、たすけて……死ぬ、死んじまう!!」 「死ねば?」  張り付く茶のベールの先で、足指が冷酷に言う。親指と人差し指の間、俺の顔はストッキングに顔を潰されていた。タイツ生地から吸うも吐くも綾の香り。顔も見えない巨人様の足の中で、俺はペッタリと引き延ばされていた。 「マゾ虫の言葉なんて聞きたくない。話しかけないで。汚らわしい虫ごときが」  足指で俺を摘み上げると、そのまま握りしめるかつての俺の女。濡れ布団できつく簀巻きにされたような重圧は俺を絶叫させるに十分だ。  綾はひとしきり憎々しげに俺を足で握りつぶした。ピンっと足指で俺を弾き飛ばす。  飛ばされたのは綾のルームシューズの中。フカフカと柔らかなブーツの中に受け止められ、轢かれた蛙のような声を一つ吐き出した。  足指で凹んだくぼみに、ズルリと引きずりこまれる。 「そうね、アンタの巣はこれからそこよ。これからも使うから、履き潰されたくなかったらせいぜい気をつけることね」  それから肩のミアを手のひらに乗せると、打って変わって綿菓子のような声を出す。 「ミア、怖かったよね。これからうんと可愛がってあげるから。ソレ、好きにしていいよ。あげるから世話してね。捨ててもいいけど」  そして、立ち去って行った。 §  綾が去ったあと、ミアはニヤニヤと靴の中の俺を覗き込んだ。 「にひひッ♪ ご主人の靴の中はどうだい? コウの力じゃ出られない巨大な牢屋、そうだろう? ボクがいなきゃご主人の足でぺったんこ♪ それがいやなら……ボクに忠誠を誓うことだね!」  ウキウキとして手を伸ばすと、指先に俺をぶら下げる。グッと言いたいことを堪えて、俺は眼前の美少女をねめつけた。それすら猫耳少女は楽しんでいる。そしてぽいっと俺を放り投げると、尻尾で床に跳ね飛ばした。 「い、痛いだろ!」 「あはっ♪ ご主人のでっかい足に踏み潰されるよりかはマシだろう?」 「そうだ、綾……」  ハッして俺は巨人の尻に抗議した。  もうまともには顔を見上げられない俺は、遣る瀬無くもしなやかな尻尾に怒鳴りつけたのだ。 「なんで綾にあんなこと言ったんだ!」 「ふっふーん、おもしろくなってきたでしょ? 褒めてくれていいよ?」 「お前……!」 「なーに? 歯向かうの? もっと酷いこと言って欲しいのかな? もうご主人はコウのことなんか一ミリも信用してない。ボクの言うことは全部信じるのさ。あーんな恥ずかしいところ見ちゃったんだから同然だよね? これからね、もっともっと色々言ってやるつもりなんだ。コウは夜な夜なボクを襲ってたヘンタイさん。ご主人の下着を盗んでヘンなことして、ずっとボクに黙らせてた。そう言ったらご主人はどう思うかな? にっひひー! ずいぶん可愛い顔をするじゃないか。真っ青でビクビク、イジメたくなる♪」 「やめてくれ!」  俺はミアの足首に縋って懇願した。あぐらをかいたミアの足は、寝かせているのに俺の胸元にまで届き、座ったその顔は数十メートルも上にある。俺の頭上でパーカーの紐が揺れていて、どうもこの猫は笑っているらしい。 「それがものを頼む態度かな?」 「ッ! お願いだ! このとおりだから! もう嘘はつかないでくれ!」 「どーしよっかなー♪」  巨大娘にひれ伏し土下座する小人を、飼い猫はニマニマと見下ろしていた。戯れにその素足で頭を踏みにじり、楽しげにゆらゆらと尻尾を揺すっている。ミアの足はもう俺の背中を覆い尽くしていた。ペットの足裏に収まる、小さな人間の土下座だ。  巨大な素足の下で俺は震えた。ミアが聞き入れてくれなければいよいよ俺はどうなるかわからない。本当に捨てられるかもしれない。保健所にでもぶち込まれたら一巻の終わりだ。ひたすら首を垂れて慈悲を乞うしかない。猫娘の足裏に、俺は哀願するしかなかった。  プニプニと弾力ある裸足が重く俺にのしかかる。ペットボトル程度の体重しかなかったのに、そのほんのつま先だけでまるでソファに押しつぶされたも同じだ。ぬいぐるみのようだったミアに今は脛と背比べしたって負けるのだから、今の俺は綾の手にさえ住めてしまうかもしれなかった。 「土下座なんかボクに意味があると思うかい? コウなんて簡単に踏み潰せちゃうんだ。それともこっそりご主人のヒールの中に入れて踏んでもらおっかな? 下着の中に隠しておくのもいいね。キミにとってボクは6メートル3トン、ご主人は30メートル400トンの巨人なんだ、ゴキブリより簡単に潰れるはずさ。そんな虫以下の存在がいくら土下座したって、ねえ?」  ニヤニヤと笑いながら、ミアが足指をくねらせて俺の背中を叩く。トントン、と土嚢ののしかかるような重みに思わず呻き声が上がった。滑らかな足裏は仔猫の代謝でじんわり湿って熱い。はやくどけて欲しいが、従順に土下座を続けるほか俺にはなかった。 「ふふん、しおらしくて可愛いじゃないか。なんだか楽しくなってきたよ。じゃあ……」  足指で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でこする。しっとりと髪が指紋や汗で汚されていき、香りが乱暴に練りつけられていく。その親指だけで俺の頭ほどもあるのだ。その動きに合わせて頭はぐらぐらと揺り動かされ、頰や首元を爪先で触られたならキラリと光る綺麗な爪が肌をこすった。  ひとしきり俺を弄ぶミア。  やっとその素足を退けると、「ダンっ!」と足を俺の前に投げ出した。 「舐めるんだよ」


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