清艶カタストロフ
Added 2021-05-31 11:54:32 +0000 UTC§ 生徒らは、暗闇の中を這いまわる。僅かに湿っぽく、埃っぽく、華やかな香りと、うだるような蒸れの中を。 その空気は異様そのもの。或るものはうなだれ、或るものは涙を啜り、壁を叩いては出してくれと叫ぶのだ。 地面には「23.5㎝」の文字。わずかなへこみや汚れは総じて、足の形に似ていて。 「出して、出してよぉ……!!」 ──それが、靴の形をしていることは、一目で明らかだった。校舎が入ってしまいそうな巨大な靴、それも、“誰かが今しがたまで履いていた”かのような。 「なんでこんなことするの?! 私たち、何もしてないのに……」 涙ぐむ女子と、それを慰める男子生徒。 だが、そこに響いたのは爆発的な音量の少女の声だった。 『まだ、終らないの?』 ビリビリと耳をつんざくそれに、誰もが耳を塞ぎうずくまる。 『はやく出てきなさいな。それともこのまま履かれたいの?』 続けて「埃を取るのも忘れずにね~」とヘラヘラ笑って見せる女子高生。そしてしゃがみ込み、中で蠢く小虫たちをせせら笑うのだ。見上げれば、目に飛び込むのは少女の真っ白なショーツと肉付きの良い太もも。畳まれせめぎ合う脚肉同士がむっちりはみ出して、あらぬところを見せつけているエロスが漂っている。そんな痴態を見せているというのに、彼女は顔色一つ変えはしない。小人たちなど、砂粒程度にしか思っていないのだ。 『どう? 私の靴の中に閉じ込められた気分♪ 同い年なのに小っちゃいってだけでこの扱い、惨めだよね~♪ でも逃げられないよ? だってあんたたち、1㎝しかないんだもん♪』 輝くルビー色の瞳。身長150㎝を越える途方もない大きさと、現実離れした美しさ。そのどれもが上位種であることを主張し生徒たちを見下す。 『これも“お勉強”なのよ? 落第生はまとめて踏みつぶしちゃうからね~。それとももっと縮めちゃおっかな? もともとちっちゃいアンタらがお友達に潰される姿、また見たいな~♪』 どこか耽美な靴の中を、惨めに這いまわらされる屈辱。「学習」と称しているがなんの意味もなく、ただ気まぐれに、手慰みに、小虫たちを弄んでいるだけだった。ちょっとしたお遊びのつもりで、小人をどこまでも追い込むのだ。 『ほらほら、早くしなさいよ~』 ケラケラ笑いながら、足先で靴を突く巨大娘。それだけで生徒らはローファーの中でシャッフルされてしまう。その様が、少女にはおかしくてたまらない。 挙句の果てには。 『……え~い♪』 思いっきり靴を蹴り上げてしまうのだ。 「「「きゃあああ!!?」」」 舞い上がる巨大な空間。それが地面に叩きつけられ、コロコロと転がれば、中にいた小人たちは零れ出てしまう。 もちろん、そんな脱出を巨大女子高生様が認めてくれるはずもない。 『逃げていいなんて言ってな~い』 そう言って生徒をまとめて掴むと、あろうことか再び靴の中に放り込んでしまう美少女。そして憐れな奴隷らは、あの過酷な空間に逆戻りされてしまうのだ。 『自力で出ろって言ったよね? 命令も訊けないわけ? そんなゴミどもは……』 それから、ソックスを履いた足を掲げると── 『オシオキが必要、ねっ!』 ”ずむっ!”と、足を突っ込んでしまうのだ。 「やめてえええ!!」 なだれ込んでくる紺色の巨塊。膨大な量の足肉が、あの広大な空間を埋めてしまったのだ。30人もの小人を難なく収容していた巨大なコンテナのようなローファー。それが、たった一人の少女の片足に悲鳴を上げている。 「「「わあああ!!?」」」 小人らは少女のつま先に貼り付き、靴の奥底まで押しやられていた。しっとり貼り付く靴下は蒸れていて、その呼吸さえ虐げてくる。そしてもぞもぞ蠢いては、足指の先端にくっつく小虫を圧し潰そうと舌なめずりするのだ。 その最前線にいた小人など、想像を絶する重圧だった。 「~~~~ッ!!!」 死ぬ。 足なんかで履き潰される。 憐れな小人はそう思いながらも、指一本動かせないまま骨格が歪んでいくのを感じるばかり。 もう、ダメだ。 「……ですか!?」 だが、聞こえてきたのはか細くも清純な少女の声だった。 「大丈夫ですか!? 待って、今助けます……!」 足指の間に挟まった、女子が彼に叫んでいた。そしてなんとかこちらに近づこうと、もがいているのだ。 「奥宮……っ、無理するな……!」 「大丈夫、私は大丈夫です……っ」 そして手を伸ばすと。 「大丈夫、まだ、私たちは頑張れます……!」 細く冷たく、けれど血の通った手でその手を握ってくれた。少女は、その善性にどこか神々しくさえ思えた。 ⁂ 事実としてはたしかに、彼女が大きいというより生徒らが小さいのかもしれなかった。 とはいえ、規格外の存在であるのは寧ろ彼女らのほうだったのだ。 巨人種、或いはものの大きさを変化できる力を持つ少女たち。能力を持つのは決まって女性で、万物の上に君臨する権力を手中にしている。わざとらしく縮んだ、1.5㎝。屈辱を与えるための、15cm。絶望を与えるための、150cm。好きな時に好きな大きさで現れる彼女らは万能で、高貴で、特権的で。”向こう側”にいる絶対的な強者に他ならなかった。 一方の小人種らは、1cmスケールから少しも抜け出せないまま彼女らのおもちゃにされるばかり。いかにも作り物の空色に塗られた”家畜部屋”の中ミニチュアの街に住まわされて、おもちゃとして、道具として、子種として、選別される日を待ち続けるのだ。 ケーキを踏みつぶし、足を舐めさせられる食事の時間。 巨体を誇示する無理難題をつきつける、「お勉強」の時間。 夜には全身に侍らせて、自分の性欲を満たさせるのがお決まりだった。 突如現れては巨大な体を見せつける巨大美少女たち。連れ去られ、帰ってこなかった者も多い。 高貴な巨大娘達は、彼らの恐怖の的だったのだ。 もちろん、過酷な環境の中では人間模様も様々だ。 同病相憐れむこともあった。我先にと他人を蹴落とすこともあった。ただ万人の万人に対する闘争と場当たり的な協働だけが、小人たちの全てだった。 ……けれど、あるクラスだけは違っていた。 どんな状況でも、人間には奪い去れない気高さがある。どれほど惨めな状況でも、どのようにそれに伍するかまでは規定されることがない。それを身をもって知っていたのだ。 それを体現してくれる、少女がいた。 「おはようございます、皆様」 教室に、細く、けれどよく通る挨拶の声。見やれば、暗い教室を照らすように笑う少女の姿があった。華奢な体で凛と背筋を伸ばす姿は大和撫子然として、着物を着ればさぞ似合うに違いない。艶やかな黒髪を後ろで丸く結い、制服姿ながら奥ゆかしい気品にあふれている。 奥宮なる娘は、彼らの隠れた希望だった。 「おはよう、奥宮」 「おはようございます」 清楚な少女が、ぺこりと、丸いお団子を弾ませ礼をする。茶道でもしているような礼儀正しさだ。荒んだ精神に滋味のように沁みるその清らかさに、誰もが深く心惹かれるのは当然のことだった。 会うだけで心が弾む。 一緒にいれば勇気が湧く。 そんな少女に駆け寄ったのは、昨日助けられた学友だった。 「昨日は……」 言わなければと思うあまり、告白の言葉さえ飛び出してきそうな勢い。 だが、言葉を繋げようとした、その時。 俄かに教室がざわついた。 教室の屋根が、不意にこじ開けられたのだ。 「な、何!?」 「瓦礫が……!」 「おい、早く逃げろ!!」 一挙に阿鼻叫喚となる教室内、それを覗くのは昨日彼らを弄んだ美少女だった。 『おはよう、ウジ虫たち。今日も気持ち悪いわね。そんなあなたたちに悪いニュースを届けに来たわ♪』 彼女にとっては文庫本半分程度の教室を、憐れむように蔑むように見下ろしながら少女は言う。 そして、告げて曰く。 『この部屋に仲間外れがいるわ』 「な、仲間外れ……?」 曖昧な言葉で翻弄する、それもまた一興らしい。 ニヤニヤと、当惑する姿を楽しむ巨大娘。 それから、どうすればより劇的に事実を突きつけられるか考える。 『……そうね、こうすればわかるかしら?』 何か思いついたのか、そう言って剥がした屋根を指先で摘まむと。 『受け取りなさいな♪』 小人たちへ、ぽとりと落としたのだ。 「……は?」 それは、8m四方はある巨大なコンクリート塊、それが落下してきたのだから、もう小人たちは呆気にとられるしかなかった。吸い込まれるように降ってくる巨大な瓦礫、それは正確に一人の少女へと向かっていて──! 「奥宮……っ!!」 けれど。 次に彼らが目撃したのは、小さな少女が肉片に代わる姿ではなかった。 今まさに奥宮を叩き潰そうとしていた巨塊。 それが、忽然と姿を消したのだ。 「…………え?」 大和撫子は蒼白になって頭を抱え、ふるふると震えるばかり。そして自分が生きていることを信じられず、ぺたりとその場にへたり込んでしまった。 その足元に、小さくなった屋根が落ちているのにも気づかずに。 『見てのとおりよ。この子、あなたたちのお友達じゃなかったようね』 「ど、どういうことですか? 私、知らない、そんなの知らない!!」 『ふふっ、自分がどういう存在か、今まで気づいてなかったのね♪ 力の使い方を知らないのかしら? おバカさん♪』 それから、指を振って見せると。 『おおきくなあれ♪』 奥宮の体を、無理やり本来の姿に戻してしまったのだ。 ──それは、爆発にも匹敵する光景だった。へたり込んだ少女の姿、それがグンッと拡大したと思えば天井に頭を打ち、伸ばした脚は机も生徒もなぎ倒して反対の壁を蹴っ飛ばす。そして太ももの間にクラスメートを取り囲み逃げ場もふさいでしまうと、一気に教室を突き破って百倍まで膨れ上がったのだ。 「きゃっ!? に、逃げて!! 私、ダメ、止められない、逃げてええ!!」 友人らの目の前で、巨大化していく美少女。 その黒スト太ももが迫ったと思えば。 むにっと柔らかなものが彼らに触れ、襲い、圧倒し。 むちむちの津波となって呑みこんで──! 『いや、いやあああああ!!』 響いたのは爆発音。 一瞬遅れて爆風があたりへ吹きすさび、小人たちをまとめて吹き飛ばしてしまう。そしてミニチュア模型のような校舎を半壊させると、その瓦礫の中に尻もちをつき圧倒的な巨体を誇るばかりだった。 『あはははははっ♪ ぜ~んぶ壊しちゃった♪ お友達、きっと貴女の下敷きよ?』 濛々と立ち込める土煙の中、空気を揺さぶったのはもう一人の巨大娘の声だった。 『それ、貴女にあげるわ。足りなくなったらまたあげる。ふふっ、たっぷりそれで自分のことを知ることね♪』 ようこそこちら側へ、とでもいうような声音で語り掛ける少女。一方100倍サイズとなってしまった奥宮は、友人らを体にまとわりつかせ呆然としたまま。 それをクスリと笑うと。 『じゃ、後はごゆっくり~♪』 そう言って巨大娘は、部屋を後にしてしまったのだった。 § 土煙が立ち込める中、生徒たちはただ何が起こったかもわからず辺りを蠢くほかなかった。 歩けば柔らかな黒壁にぶつかり、空は薄布に覆われたまま。それが取り去らわれても見えるものと言ったら巨大な壁ばかりで、どこに行けばいいかすら分からない。何より、行く手を阻むのは周囲を取り囲む巨大な黒壁。或るものはよじ登ろうとし、或るものは下敷きにされたまま、けれどそれが何かは分からなかった。理解するにはそれは、あまりに巨大過ぎたのだ。 けれど、 『いたたた……、み、皆様はどこに……?』 響いてきた声は、奥宮のそれ。同時に横倒しの塔が持ち上がっていけば、ようやく生徒はそれが少女の黒スト太ももだと気付くに至った。 「奥宮! 動くな、瓦礫が……!」 「これが太ももなの? やめて、落ちちゃう!!」 あちこちから湧き上がる悲鳴や叫び、それも奥宮の耳には届かない。ただ、下半身にまとわりつく異物感に眉をひそめ、自身の黒ストの表面をなぞってみる。そうすれば、手にびっしりとまとわりつく小虫たちの矮躯。思わず“ひっ”と声が出るのも仕方のないことだった。 『な、なんですかこれ!? 気持ち悪い……!』 ほっそりした手に乗せられ、仲間らを覗き込む直径2mもの瞳。それがほかの巨人種と同じ、ルビー色に輝いているのに気づけば、トラウマ的にこれまでの巨大娘たちの視線が重なってしまう。瞬きの度巻き起こる風、手のひらから立ち上る、暖かな体温。その掌の教室より大きなその面積に圧倒され、奥宮に本能的に嫌悪感を抱かれることに傷つけられる。体の大きさが違うだけで、もう意識は友人らを汚物と認識してしまうのだ。 それでも、小人たちは悲観してはいなかった。 「奥宮! 俺だ! 俺たちだ!」 「気づいて、奥宮さん!!」 「動かないでくれ、潰れる、潰れちまう……!!」 大きくなっても奥宮は奥宮だ。縮められた屈辱も恐怖も知っている彼女なら、自分たちの希望になってくれるかもしれない。彼らは、ありったけの声で叫んだ。 そんな想いが伝わったのか、目を凝らしていた奥宮はハッと小粒の正体に気づいたようだった。 『皆様なんですか……? これが? このちっちゃいのが、本当に、クラスメート……?』 そう言いながら、指先を近づけ軽く突いてみる巨大娘。白魚のような指先は大木のようで、男子の一人がそれに踏みにじられてしまう。 「やめろ、奥、宮……ッ!」 「ダメ、潰れちゃう!」 何とか指を生徒からどかそうと、4人もの学友が群がり救出を試みみる。けれど巨柱のようなそれはきっと100人でも敵うまい。だって奥宮の指は一本だけで10トン以上。柔らかな手のひらがなければ、まとめて全員破裂していただろう。 『すごい、私の指にも敵わないんですね……。これが巨人の体……』 ようやく指を退け、感嘆したように漏らす奥宮。 それから、ほぉっとと息を漏らすと。 『素敵……♡』