秘めごとサイズフェチ(1)
Added 2022-02-28 10:19:08 +0000 UTC「さ、帰りましょうか」 夕さりつ方、黒髪の少女は俺に言った。 午後5時半、下校の折である。 「ゆきとさん、……雪人さん?」 それは、夕焼け空を背負った美少女の姿。赤銅色に燃える一面のうろこ雲を背景に、制服少女の姿は神々しささえ感じさせるほど。黒曜石のように艶やかな黒髪を豊かに腰元まで伸ばし、瞳を紅茶色に輝かせ。完成された姿の女子高生は、女神の名にふさわしい。 「お疲れみたいですね。早く帰って休みましょう」 「あ、ああ……」 思わず見惚れる俺の顔を怪訝そうにのぞき込み、それからふっと微笑んで見せる清楚美少女。柔和なその微笑みに現実へ引き戻されると、途端に気恥ずかしさが襲ってきた。だって、クラスメートの美しさに見惚れていた、だなんて。それも、毎日会っているはずの少女なのに。俺は何を言うべきかしばらく探し、ただ一言、 「……行こうか」 とだけ言って教室を出た。 通学路の景色は秋一色だった。 「だいぶ秋も深まってきましたね」 ゆったりとした歩幅。楚々とした歩き姿。秋雲の情景と相まって、日本画の趣すらある。目前で黒タイツの美脚が伸びる度、スカートが揺れる、髪がなびく。歩く姿は百合の花。みるだけで美しい立ち姿を追って、俺もいそいそとついていく。 「今日も疲れたんじゃないですか? さっきもぼんやりして……」 「そうでもないよ」 「病気なのに?」 「病気なのに」 俺を気遣う、ゆったりとした歩幅。 そんなブレザーの背中を追いながら、俺は二人の時間を噛みしめる。まさか、こんな風に一緒に帰れる日が来るなんて。 そして、ついに詩織が自宅にたどり着くと。 「おかえりなさい、雪人さん」 ──俺も、家へと入り込んだ。 温かく俺を迎えてくれる清楚美少女。 それが同居人であることが、どんなに嬉しいか。 そう、詩織は俺を、選んでくれたのだ。 俺が、身長65㎝しかないにも関わらず。 「ただいま、詩織」 縮小病になり、はや半年。 相対的に400cmとなっても、詩織は美しかった。 ⁂ 男女の友情を信じるかと言われれば、俺はイエスと答える。男女を意識しなければ、そこに何の障害もないはず。それが俺の持論だった。もちろん、小説の受け売りだ。 男子高校生の、なんとも根拠の薄い男女観。けれどそれを何より勇気づけてくれる存在があった。 詩織だ。 この娘、敬語を使う割にまったく屈託がなく、その雰囲気とは裏腹に親しみやすい。 丁寧な物腰で敬語を使うものだからマブダチといった雰囲気ではなかったが、気の置けない仲なのは確かなこと。居心地の良い関係は俺を温めてくれて、「詩織」としか言いようがないたった一人の存在を俺に与えてくれたのだった。 ……その気は、ないわけではなかった。こんな美少女を前に、甘い引力を感じない者などいるはずもない。だが、この恋人でも単なる友人でもない関係が、あまりに快くて。有体に言えば、変化を生んでしまうのが怖かったのだ。 でも、卒業したら、きっと。 自分で自分を裏切るようだけれど、もっと詩織のことを知りたいという気持ちも確かだった。 ──俺が縮小病になったのは、そんなことを思っていた矢先のこと。 奇病も奇病、読んで字のごとくそれは慎重を蝕む不治の病。死にこそしないが、発症すればどう頑張っても60㎝からもとに戻ることはない。 こんな病気、目立たないわけがない。 悪い意味で縮小病は、衆目を集める病気だった。 縮小病は射精で小さくなる、そんな情報だけ独り歩きして、縮小病者は悪質の性病患者のような扱いを受けていたのだ。実際は無理な運動や発熱、怪我、とにかく肉体を消耗することが引き金となるのだが、世の無理解は常のこと。半ば軽蔑するような視線で女子たちに見下ろされる日々は辛かった。だが見上げる訳にもいかない。そうすれば、視界に林立するのは眩い少女らの太もも、尻、そして大人びたショーツたち。そんな不逞を潔癖な少女らが許すはずもなく、俺は下を見て過ごす毎日を送ることになった。イジメられなかったことが奇跡のようだ。或いは、もうその対象とすら見られなくなったのかもしれない。いずれにせよ、それは灰色の日々だった。 理解されない日々。 閉ざされてしまった未来。 けれど、僥倖と言えば僥倖だった。 少なくともこの身の上に、拾い手が存在したのだから。 縮むこと既に60㎝。それもまだ縮むと来た。 そんな縮小病者を詩織は、快くも引き受けてくれたのだ。 「心配ありません、大丈夫、大丈夫ですよ」 途方に暮れた帰り道。黒髪を揺らしクルリとターンして、詩織は言った。 「私がもらってあげます。……ほかの人よりは安心、ですよね?」 大きな細指で、俺の手を握ってくれたのだった。 「おはようございます、雪人さん」 まさに光だった。毎朝、目を開ければ隣に詩織がいるようになったのだ。縮小病者を迎え入れる、その意味は想像以上に重い。だって縮小病者は生ける不良債権なのだ。もはや結婚相手とすら呼ばれない、被後見人がその地位だった。そんな俺の姿を祝福するように、パジャマ姿の詩織は小さな頬を指の背で撫でてくれた。 「ん──っ♪ 良い朝ですね♪」 むくりと起き上がり、背伸びをする清楚美少女。ただの友人だったら決して見ることの叶わないその寝間着姿は愛らしく、無防備で、思わずドギマギしてしまうほど。強調される胸がはるか頭上で存在を主張すれば、なんて恩知らずをと俺は目を反らした。もう詩織は唯の友人ではない。俺の、救世主と言ってすらいい存在だった。 「今日も頑張りましょう♪」 夢のようだった。 何より大切な美少女と、共同生活を送ることができるのだ。誰だってその響きだけでときめきを隠せないはず。そんな日々へと、詩織は誘ってくれたのだった。 無論、巨人の部屋での生活は困難だらけ。結果俺は、万事に渡って詩織の力を頼ることになる。第一、一人では手も洗えないのだ。美少女に生活のすべてを援助してもらう、それが今の俺の生活だった。 ……それが、更なる懊悩を生むことになるのだが。 例えばそれは食事時。 「ほら雪人さん、どうぞこちらへ」 そう言ってぽんぽんと太ももを叩いて見せる大和撫子。そうすればふっくら柔らかそうな脚がふるふると揺れ、その柔軟性を強調してくる。思わず座りたくなるその肉厚さ。けれど膝にお座りだなんて、子供扱いされているも同然のこと。 「……やっぱ、それじゃないとダメか?」 「ごめんなさい、でも他に方法がないですから……」 申し訳なくされると却ってこちらの立つ瀬がない。俺は顔が熱くなるのを感じながら、高さのある太ももソファによじ登る。そして背中をお腹に預ければ、頭は下乳の間にすっぽりだ。慌てて身を起そうとすれば、大きな腕が抱きしめ俺を逃がさない。そして、あとは餌付けの刑。身じろぎするたび揺れる乳がむにんむにん俺をからかって、とてもじゃないが落ち着かない。ただ一つ、詩織が楽しそうなのだけが救いだった。 「ふふっ、赤ちゃんができた気分です♪ ほら、あ~ん♡」 ……本当に、本当に詩織は楽しそうだった。 やや暴走するきらいのある詩織だが、とまれそれは幸せな生活といって相違あるまい。 小人の身の上に、親友の清楚美少女との共同生活が待っていたのだ。これほどの贅沢は他にない。俺は、嬉々としてその生活を享受した。 ただ一つ。 ただ一つ、一つの懸念を胸にして。 ほかでもない。 不自然に、体が縮んでいることがあったのだ。 「どういうことなんだ……?」 寝て起きて、何もしてないのに1cm縮んでいる。そんなことが数日に一度起きていた。だが、寝ている以上何をしているはずもない。既に身長は60㎝。日に日に大きくなっていく詩織の姿を見て、自分がいよいよ常人の4%の重みしかないことを実感してしまう。 「詩織は何かしらないか?」 「うーん……」 睡眠前のホットココアに口を付けながら、詩織は小首を傾げる。かわいらしい。疑念も忘れ、俺は微笑ましくその姿を眺めた。 「……? ココア、飲まないんですか?」 「あ、ああ……」 促され、俺もカップに口をつける。お猪口に入れてもらっているとはいえ、その大きさはどんぶりのよう。持ち上げ、飲み、下ろすという一連の流れも、ずいぶん面倒に思われた。 「このまま小さくなったらどうなるものかね……」 「大丈夫、どんな大きさになっても私がお世話してあげますよ」 そう言って、“このくらいになっても”、とわずかに指で隙間を作って見せる。ありえなくはない大きさだった。 「そんな大きさになったら、もう詩織の指先に住めるだろうな。踏みつぶされても気づいてもらえないだろう」 何気もなくそんなことを言って、思わずドキリとしてしまう。頭上を覆い尽くす何十メートルもある巨大なおみ足。その途方もない造形美が一帯ごと俺を粉砕し、何食わぬ顔で通り過ぎていく。崇高ささえ喚起するようなその光景が、恐ろしいのか、それとも……。 思わずかぶりを振って妙な想像を吹き飛ばす俺。対する詩織は、恥じらったように頬に朱を染めると、 「そ、そんなことしませんよ!」 「まあ、骨くらいは拾ってくれ」 「雪人さん!!」 顔を赤くする詩織を笑う俺。それから、もう一度お猪口に手を伸ばそうとした、そんな折。 ぐらぁ……っと、急に体が重くなってきた。 「あれ、なんか急に眠く……」 「疲れちゃったんだと思います。一応、病身ですし。今、ベッドの準備してきますね」 そう言って俺を抱き上げ、寝室に連れ立つ詩織。 そして俺をベッドに寝かせると。 「今日も、よく頑張りましたね♪」 暗転する意識の中、そんな温かな声が聞こえたのだった。