§ 巨女神リーベラは、情に厚い少女だった。 この地に降り立ってこの方、一度として街人の好意に報いないことがなかったのだ。 『おはようございます~♪ 今日もいい1日にしましょうね♪』 丘に腰かけ街を見守る銀髪娘は、手を振られれば小人のそれでも見逃さず手を振り返す。100mを超す巨大な姿は聖性さえ思わせるほどで、その期待を裏切らなかったことは一度もない。気安さでも知られた少女神で、縮んで街に入れば住人との触れ合いも忘れなかった。超然と君臨する神聖を厭うリーベラは、人間臭ささえ漂わすほどに街の象徴だ。 『何か困ったことはありませんか?』 「いえ何も。何不自由なく。本当に、リーベラ様あっての私たちです……」 『ダメ、ダメですよ~! 私は偉そうな神様にはなりたくないんです!』 敬服する街人をリーベラはたしなめる。すべてを許す少女だったがただ一つ、崇敬だけは許さなかった。人間との懸隔を持ちたくないために、わざわざ服を現代的なものへあつらえ直したほどだ。 その顛末もまた、彼女らしいといえば彼女らしい。 『あの、似合っているでしょうか……?』 「リーベラ様、そのお姿は……?」 『はい! 雑誌を読んで勉強しました! 長靴下が流行ってるんですよね? シャツも仕立て直しました!』 それはニーソックスというんです……と、伝えたはいいものの街人の困惑はぬぐえない。素朴なドレスから一転、フリルシャツに“長靴下”、もちろんスカートも短めだ。その姿はさながらゲームの美少女キャラ。人間には特異な銀髪姿も相まってどことないエキゾチックさは否めないが、異様なものが異様でないことの方がむしろ異様だ。 第一、彼女は何を着ても似合う美少女のこと。 「よ、よく似合っておいでです」 その言葉に嘘はなかった。 『本当ですか!? よかったぁ!』 胸をなでおろす無邪気な姿に、一同は一瞬呆気にとられ、それからやれやれと苦笑した。 ……以降、半ばファッションリーダーになりつつあることをリーベラは知らない。 とまれ、神に嘉された街に平穏な時は流れ、少女は見守り続ける。 そんな彼女に、山奥の醸造所からお声がかかったのは春先の頃。 曰く、 「ウィスキーをどうぞ、熟成が仕上がってきたんです」 とのこと。 そこは神の常。 彼女は酒に目がなかった。 思わず生唾を飲むリーベラ。琥珀色の液体は美しく色づき、樽のバニラ香が香ってきそうだ。 だが。 今の彼女は10倍サイズ、バレル程度であればあっという間に飲んでしまうかもしれない。彼らにだって商売がある。人間大まで縮めない自分を恨んだが、これとて努力したほうなのだ。 『けれど、これほど貴重なお酒私なんかが飲んでも……?』 その言葉に一同は破顔した。 「女神さまが何を言うんです! それにこの樽はもともとリーベラ様のためにと思って詰めたものですよ」 そして、蔵の扉を開いて見せると、 「大丈夫、遠慮なさらなくてもまだまだありますよ」 隠されていた、樽の数々を見せたのだった。 それが決め手だった。 いつもなら過大な敬意に照れたり謙遜したりするところだったが、何ぶん目の前には酒がある。何より街人の饗応を断れるリーベラではない。 「で、では、遠慮なく……」 リーベラは、おずおずとバレルを摘み上げた。 ⁂ 街は夕暮れを過ぎ、夜更けにはまだ今少し、といった頃。 人々は、微かな揺れに気が付いた。 「……ん?」 目を落とせば、カップの水面が揺れ、棚がカタカタとなっている。 地震か? 身構えるも、一向に本震は訪れない。 訝しんだ住人達。 そこへ響いたのは、 『み~なさ~~ん♪』 少女の、少し間延びした声だった。 『かえってき~まし~たよ~♪』 見れば窓外には、上機嫌に千鳥足、見るまでもない、明らかに泥酔状態の少女の姿があった。 頬を赤く染めふにゃふにゃと笑顔を浮かべて、その様を見れば愛らしい。ほんのり汗ばみ、色っぽいほどだ。素行の悪い男なら今夜のお供にと手を伸ばしたほどだろう。 だが、それが100倍娘ともなれば。 『うふふふっ♪ ちっちゃい街かわい~~♡♡』 もはや、街人に余計なことを考えている余裕などあるはずもなかった。跳ね上がる地面、大揺れする室内。少女の細い足が地面を踏みしめるたび、とてつもない激震が走るのだ。 「な、なんだっ!?」 相手がリーベラということはわかる。だが状況が呑み込めない。普段の彼女であれば、巨大な姿で街に踏み入ることなどあろうはずもなかったからだ。異常事態なのは明らかだった。 窓に駆け寄る小人たち。 そして、一瞬あたりが暗くなると── 「うわ゛っ!?」 目の前に降ってきたハイヒールに、吹き飛ばされるのだった。 ヒールがアスファルトを貫通し、吹きあがる水、跳ね上がる舗装路。風圧だけで一帯の窓が粉砕され、リーベラの加護がなければ大惨事だったところだ。 『み~なさ~ん♡ た~~だいま~~♡』 だが、そんなものどこ吹く風。ただの酔いどれ娘と化したリーベラは、おぼつかない足取りで大通りに足を踏み入れる。どこへ行くつもりなのか。たぶんどこへでもないだろう。酔っ払い美少女と化したリーベラは、気ままに我が道を行くだけ。 それが、とてつもない激震を立てていることも知らずに。 『あは~~♡ いい気持ち~~♡』 少女が足を踏み下ろせば、倒れ吹き飛ぶ街路樹、一斉に鳴る車のクラクション。それも次の瞬間には、艶やかなハイヒールに踏みつぶされている。そして後に残るのは女性的な靴の足跡と、陥没した道路にべったり張り付く残骸だけ。 「リーベラ様、ダメです、その大きさじゃ、……いやあああっ!?」 街人には加護と祝福が施されている。ゆえに怪我とは無縁だ。そのことはリーベラも覚えているだろう。 だが、恐怖心を手放させてはいなかった。 「リーベラ様! 止まって、やめてぇ!!」 振り下ろされる足、粉砕されるトラック。100倍のおみ足は6車線道路をまるごと占領し、一踏みで何台もの車が圧縮されていった。 それが、千鳥足。まさに、ヒールおみ足の爆撃だった。