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デアカルテ
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女力島

そこは、とある県にある離島だった。


その離島の役場は毎年、ウチの相撲部屋に巡業依頼を寄越して来る。

しかし、先代親方の強い意向もあって、丁重にお断りしていた。


「何だ、凄く良い島じゃないか」

風景も空気も凄く良い。オマケに、諸経費は全て島役場持ちで、謝礼金もタンマリ。

難点は船でしか来れない事だが、多少の船酔いなんて我慢すれば良い。


「先代は何を固辞していたんだか」

しかも、出迎えてくれる担当者は皆、美人ばかり。断る理由なんて、皆無に思える。


「まさか、“美人だ~っ”とかネットに書いて炎上でもしたのか?」

まさか、な。

今の時代なら兎も角、先代の時分はそこまでコンプラに厳しいご時世では無かった筈。


そう。

そんな下世話な心配が脳裏を過るぐらい、この島の女たちは美人で豊満だった。


「ひょっとして…」

お持ち帰り的な事をしてゴシップ誌にスッパ抜かれた、ぐらいは有り得るか。

まあ、それなら俺たちは俺たちで気を付ければ良いだけの事、だ。


「お待ちしていました、鬼島親方」

「えーっと、貴女が・・・?」

島役場に着くと、本土では見た事もないような美女のお出迎え。


「はい。今回の案内役を務めます、『十朱広子』と申します」

センター分けされた、軽くウェーブの掛かったセミロングの黒髪。

女性用のビシッとしたスーツに身を包むも、隠し切れない豊満ボディ。


「・・・・・」

しかし、美女を前にして喜びよりも“得も言われぬ感覚”を味わっていた。


鬼島親方は現役時代、192cm151kgという体格を活かし、大関まで昇り詰めた。

若くして引退したこともあって、体格は全盛期を維持している。


そんな自分と相対している女性が、目線の高さがほぼ変わらないのだ。

実際、道すがら見掛けた女性は皆、背が高く、恰幅も良かった。


「この島は、何かスポーツが盛んで?」

「【すもう】ですね。それ以外、娯楽が無いもので」

だからこそ、やっと巡業で来てくれて嬉しい、と。


「はぁ・・・」

相撲は、品格以上に“体格”を求められるスポーツだ。

バスケやバレーのような高さ、ラグビーやアメフトのような頑強さ。


例え、品格が備わっていても、167cm67kgに満たない者は新弟子にすら成れない。


そして、それは一般的な女性の平均身長や体重を上回る。

言い換えれば、自分たち相撲取りにとって見れば、一般人は小さい筈なのだ。


「バスケか、バレーの経験でも・・・?」

「・・・? いえ、特に・・・。学生時代から運動は余り得意ではなくて」

そう言って、十朱さんは苦笑した。

謙遜ではなく。心からそう言っている、そんな表情。


「それよりも。そちらの方、気分が優れないようですが」

「ああ、コイツですか。どうも、船酔いしたらしくて」

一端の力士が恥ずかしい、と今度は親方が苦笑した。


「では、親方はこちらで少しお待ち下さい」

「・・・え」

そう言うや否や、十朱さんは船酔いした力士に駆け寄ると。


「失礼しますね」

一礼すると、十朱さんはその力士を“抱え上げた”。


「「「・・・っ!?」」」

背が高いとはいえ、“豊満なだけ”の美女が、力士一人を抱き上げたのだ。

正確には、お姫様抱っこ。


「お弟子さんを診療所にお連れしたら、直ぐ戻りますので」

そう言って、タッタッタッと軽やかに走って行ってしまった。


「あの人、『前頭』の平戸関を・・・」

後ろの方に居た新弟子が、そう呟いた。


大相撲に於いて、『前頭』以上を幕内と呼び、立派な『力士』として取り扱われる。

事実、それより下に位置する者は、『力士養成員』という扱いである。


『前頭』であっても、確かに鬼島親方から見れば“弟子”、だろう。

しかし、十朱女史が“そういう意味”で言ったのではないことは、皆わかっていた。


「お待たせしました」

十朱女史は、行き同様にタッタッタッと軽やかに走って戻って来た。

片道だけとはいえ、大きな力士を運んだとはとても思えない。


「十朱さん、本当に運動は苦手で?」

「ええ、そうですよ」

十朱さんは何故また同じ質問を、と言った怪訝な表情。

そうこうしている内に、一行は巡業会場に到着した。


「ここ、が・・・」

「ええ。我が『女力島』で唯一、自慢出来る施設です♪」

そこは、『女力会館』と呼ばれる八角形の大きな建屋だった。

少なくとも、二千人規模のコンサート会場ぐらいの大きさはある。


「すご・・・」

中に入ると、両国を想起させるような巨大な空間。

中央には、盛り土こそされていないものの、見慣れた円形のシメ縄。


「いや、でも何か・・・」

力士たちにとって見慣れた空間、である筈なのに。

そこはかとなく違和感が生じる。


「見ただけでお気付きになるとは。流石です」

十朱女史の説明により、違和感の正体は直ぐに判明した。


この会場は、設備の全てが一回りどころか、二回りは大きいのだ。

椅子や柱だけでなく、土俵も明らかに大きかった。


通常の土俵は、盛り土された土台が6.7m四方の正方形。

その中に俵で区切られた土俵が、直径4.55mの円形。


しかし、土俵だけでも1.5倍ぐらいはあるように見える。


「この島の“住民”は皆大きく。止むを得ず、なのです」

十朱女史はそう、説明した。


「正式な土俵ではないので、細かい部分は御容赦を」

「う、うむ。では、この後は公開稽古の後、特別興行を行います」

幾ら地方の離島とはいえ、曲がりなりにも“土俵”、である。

不要な改造、カスタムは看過出来ない。


そう、言うつもりだったのだが。

十朱女史の、得も言われぬ迫力に気圧され、言葉が出て来なかった。


程なくして、公開稽古が開始された。


「おらぁっ、どうしたっ!」

「うっす」

ドンッ、ドンッと大柄な力士たちがぶつかり稽古を行う。


鬼島部屋は、全員で十五人ほど。

相撲部屋の規模としては、中堅ぐらいの位置付け。


しかし、元大関の鬼島親方を筆頭に、横綱間近と言われる大関の日出野関。

小結の中錦関、関脇の万代関、と“三役”が揃う。


「・・・ウチの稽古は、どうですか」

「大変、素晴らしいです」

一旦、後ろに下がった鬼島親方が十朱女史に話し掛けた。


「そう、ですか」

「どうか、されました?」

何処か含みのある鬼島親方に、十朱女史は聞き返す。


「・・・いえ」

言葉少なに、鬼島親方は答えた。


鬼島部屋はこれまで、何度も地方巡業を経験している。

観客たちは、生では滅多に観られない力士の肉体に沸き立つ。


『巡業』である以上、“見世物”として興行しているのだから、それが自然。

本来、そうあるべきなのに、『女力島』の観客の反応は全く異なるのだ。


先代親方の頃から何度も依頼し、ようやく叶った筈の生の大相撲巡業。

“食い入るように見る”というのは、わからなくもない。


だが、“観る”ではなく、“見る”という感じがしてならないのだ。

一挙手一投足を目に焼き付け、まるで品定めしているかのような。


「明日の『交流相撲』も楽しみにしています」

「え、ええ」

本来の『巡業』には無い、特殊な催し。

謝礼金を上乗せしてでも、『女力島』側が開催を固辞した部分。


「まさか、いや・・・」

鬼島親方は、脳裏に過ぎる一抹の不安を感じる。


「さ、さ。今夜はお疲れでしょうから、タップリとおもてなし致します」

しかし、用意された豪華な食事に、美女たちのお酌。

『女力島』からの歓待に気を良くして、初日の夜は更けて行った。


二日目。


「おい、これはどういうことだっ!」

昨日と同じくして、『女力会館』を訪れた鬼島親方の怒号。

後ろに控える力士たちも、怪訝な表情をしている。


「何、と言われましても。『交流相撲』の準備ですが・・・」

案内役も昨日と同じで、十朱女史が務めている。

しかし、昨日と大きく違うのは、その格好だった。


「だから、“その格好”は何なんだっ」

昨日までの、秘書然としたビジネスウーマンなファッションとは異なり。


「これが、『女力島』の“正装”です」

タンクトップタイプのスポーツブラに、股下までしか丈の無い短パンタイプのスパッツ。

これだけなら、トレーニングウェアでも通るだろう。


「そもそも、運動が苦手って話は・・・」

しかし、十朱の股には、『T字型』の黒い廻しが身に着けられていた。


「私、番付序列で『四十三位』ですので」

だから苦手なんです、と付け加えた。


「黒廻しに四十三位・・・まさか」

鬼島親方は、直ぐに気付いた。

上位四十二人の中に入れないことを嘆いて、“運動が苦手”と嘯(うそぶ)いていたのだ。


大相撲で、『四十二』とは幕内の定員数を指す。

横綱を筆頭に前頭までが幕内の四十二人。それ以下は幕下、となる。

幕下は黒廻ししか許されず。幕内になって漸く、白もしくはカラー廻しが許される。


「女風情が、一端の力士を気取るとは・・・」

「お、親方っ! 今のご時世、その発言は・・・」

いわゆる『SNS』に上げられれば、一発で炎上してもおかしくない発言。


「女とは、【すもう】が取れない・・・と?」

「当たり前だろうが、女人禁制だぞっ!?」

長年、相撲巡業を呼び付けるぐらいの相撲フリークなのであれば。

大相撲が女人禁制なのは知っていて然るべき筈、である。


「我々は古代の【角力】を発祥としています。女人禁制は、江戸時代の後付けルールでしょう」

【角力】と書く相撲は、いわゆる競技してだけでなく、純粋な力比べの意味合いがある。

そこに、男も女も無い。


実際、競技として体系化される前は女性も相撲を取っていた。

胸元を隠さず、悪い意味での見世物としての興行もあった程だ。


「『交流相撲』をやらないのであれば、謝礼金は半額になりますが宜しいので?」

「う、くっ・・・」

謝礼金の話が出ると、途端に親方の表情が曇る。


「噂では、部屋の運営資金を賭博に注ぎ込んだ挙句、経営は火の車だとか・・・」

「う、うるさいっ! そんなものは、根も葉もない噂だ」

週刊誌にすっぱ抜かれた記事を、十朱女子は目聡くチェックしていた。


「それとも、“女風情”に負けるのが怖いので・・・?」

「な、何だと・・・っ!?」

金の話を出され、頭に血が上った親方は、あからさまな挑発に反応してしまう。


「良いだろう。そこまで言うのなら、やってやるっ」

「さすが、鬼島親方。太っ腹ですわ♪」

結局。後腐れが無いよう、対戦形式で『交流相撲』が執り行われることになった。


【鬼島部屋女力島巡業・交流相撲】

・鬼島部屋、女力島より双方、三人ずつの代表者を選出。

・通常の相撲ルールに則って、三番勝負を執り行う。


「親方、初戦は俺が行きやす」

「お、おう。お前か」

昨日は船酔いで精彩を欠いたせいもあってか、名誉挽回と平戸関が名乗り出た。


【平戸関】

年齢:25歳

身長:186cm

体重:161kg

体型:アンコ型

番付:前頭五枚目


オーソドックスな『アンコ型』力士で、硬軟織り交ぜた取り組みが特徴。


「では、私がお相手致します」

「“昨日の礼”もあるし、アンタとはやりたくねぇんだがな」

平戸関に対し、名乗り出たのは十朱広子だった。


【広子関】

本名:十朱 広子

年齢:24歳

身長:187cm

体重:141kg

体型:モデル型

B-W-H:103(81E)-71-101

番付:十両筆頭


「ご心配なく。“心配されるような事”は起こりませんので」

「手前ぇ。・・・ちっ、忠告はしたからな」

仕切り線の東と西に分かれ、二人が対峙する。

上背はほぼ同じなので、体重が重い平戸関が有利か。


アンコ型の力士と、スタイル抜群の長身美女が向かい合うミスマッチな光景。


「はっきよい・・・」

行司の合図で、二人が蹲踞(そんきょ)の姿勢から身体を起こし。


「のこった」

ドンッと、土俵の中心で二人が一気にぶつかり合う。


「何だ。てっきり、“変化”して来るかと思ったが」

がっぷり四つに組み合いながら、平戸関はそう話し掛けた。


「あら、余裕あるのね」

勝負に入ったからか、広子関も丁寧語ではない口調で返す。


「タッパがあるだけじゃダメってことを教えてやる、ぜっ」

このまま、『Eカップ』な巨乳を胸元に味合いながら、電車道で寄り切るか。

それとも、一思いに上手投げで土俵に転がしてやろうか。


廻しを掴んだ両腕に力を籠めながら、そんなことを考えていた。

――しかし。


「どうしたの、かしら?」

「・・・っ!? ぐっ」

投げようにも、寄り切ろうにも。広子関は、一向に動く気配がない。


「何で、っだ。俺の方が重い・・・筈、なのにっ」

「重いだけ、でしょ」

広子関は、そう言い放った。


「その重さも、“こう”すれば意味ないわ」

広子関が、廻しを持つ下手(したて)に力を入れる。


「う、お・・・あっ!?」

すると、平戸関の巨体がググッと持ち上がる。


「う、そだろ・・・」

「マジかよ」

大型力士が、小兵力士を吊り上げるのとは訳が違う。

161kg、つまりは大人の男二人分以上はあろうかという平戸関が吊り上がっているのだ。


「お、下ろせっ」

「ふふっ。昨日もこうやって運んであげたわね」

暴れる平戸関を物ともせず、広子関は土俵を真っ直ぐ突き進む。


「こ、このぉっ」

平戸関は、上手(うわて)で握っていた右手を外し、広子関の腕を極めに掛かる。


「そうは、行かないわよ」

「・・・え? なぁっ!?」

何と、広子関は平戸関の巨体を宙空でクルッと半回転させた。


「はい、っと」

平戸関の背中が目の前に来た所で、改めて廻しを掴む。

161kgの巨体が、まるでお手玉のような扱い。


「や、やめ、ろっ・・・」

広子関の足は遂に、俵を踏んでいた。

いつの間にか、平戸関は土俵際まで追い詰められていたのだ。


幕内力士が女相手に、文字通り手玉に取られている。


「下ろ・・・せっ」

「あら、良いの? じゃあ」

平戸関は、余りの展開に今の自分の“位置”を理解していなかった。

広子関の足が俵に掛かるということは、空中とはいえ既に土俵を割っている事になる。


「ほい、っと」

広子関は、そのまま土俵下に向けて、平戸関を放り投げた。


「うぶ、ぐぇっ!!」

スブシャアッ!と、平戸関は顔面から土俵外に突っ伏した。


【交流相撲・一回戦】

広子関 ○ 吊り落とし ● 平戸関


「うふふっ。鍛え方が足りないんじゃないかしら」

土俵際で腰に手を当てて立つ様は、まるでランウェイを歩くモデルと見紛う程。

しかし、その『くの字』になった右腕にはモコッ、と大きな力瘤が盛り上がっていた。


「これでも私、体脂肪率は『15%』なのよね」

「そのナリで、『15%』だと!? もし、体重の申告が本当なら・・・」

体重が141kgで体脂肪率が15%なのであれば、体脂肪量は約21kg。

『除脂肪量』という数値で表すと、120kg。


骨や臓器を含むとはいえ、187cmの身体に120kg近い筋肉が搭載されている事になる。

一方の平戸関は、力士の平均値の『32.5%』なので、『除脂肪量』は約108kg。


10kg以上も筋肉に差があるのであれば、この結果も止む無し、か。


「平戸ぉ。お前、軽いんだよ。もっと肉付けろ」

161kgの体重を軽いと言い放った力士が、後ろからぬぅっと現れた。


【中錦関】

年齢:28歳

身長:187cm

体重:275kg

体型:アンコ型

番付:小結


「次は、俺がやるぜ」

鬼島部屋の最重量、中錦。

身長は平戸と同じぐらいなのだが、体重は100kg以上も重い。


「じゃあ、アタシが相手してあげるわ」

女力島の二番手は、打って変わって典型的なアンコ型の女力士。


【恵関】

本名:小泉 恵

年齢:29歳

身長:199cm

体重:242kg

体型:アンコ型

B-W-H:159(119L)-139-119

番付:小結


「何だ、あの女・・・」

「で、でけぇ」

身長は恵の方が高く、体重は中錦の方が重い。

一見、対戦相手としてはバランスが取れているように見える。


同じアンコ型なのだが、中錦はどちらかというと脂肪タップリ。

お腹なんて、脂肪の層が段になり、何重にも折り重なっている。


「あら、そんなダブ付いたお腹で大丈夫なのかしら」

「何だと、このアマァ」

恵の挑発に対し、中錦は気丈に返すも。

自分と同じアンコ体型なのに、弛んだ部分が無い締まった体型が醸し出す迫力に気圧されそうになる。


「はっきよーい」

しかし、行司はそんな中錦の逡巡など待ってくれる筈もなく。


「のこった」

内心、クソッと毒づきながら中錦は体重に任せて思い切りブツかった。


「このまま一気に・・・」

今までも、中錦はその重過ぎる体重で以って、多くの勝ち星を挙げて来た。

女で、しかも自分より軽い相手なら楽勝。そう、思っていた。


「のこったー。のこった、のこった」

端から見た立ち合いとしては、中錦が優勢に見えただろう。

実際、立ち合いを制して廻しを取っているのは中錦なのだ。


「一気に、どうなるのかしら?」

「んぅ・・・くっ、何で」

恵の両腕は中錦の脇を差す程度で、廻しには届いていない。

にも関わらず、両者の体勢が膠着しているのだ。


「おい、中錦! 遊んでねぇで、とっとと決めちまえっ」

鬼島親方からの激、ならぬ野次。

公式試合ではないとはいえ、本来であれば力士の野次などあってはならないのだが。


「う、うっす!」

三番勝負の二戦目、まだ一本取られただけ。

そういう思いもあってか、鬼島部屋側は未だ何処か真剣味が無い。


「ふふっ。ですってよ?」

「く、っそぉ!」

中錦は、得意な右下手で掴んだ廻しに力を籠める。


「・・・ぐ。ならっ」

今度は、と左上手で掴んだ腕に力を入れる・・・も。


「くそ、何でだっ」

「ひょっとして、“投げ”を打ってる・・・つもりなの?」

されるがままになって・・・いや、やりたいようにやらせていた恵がそう呟いた。


「“投げ”は、こうやるのよ」

恵は、脇に差していた右腕に力を籠めると、一気に左に振る。


「うぉっ、とっと・・・」

廻しすら掴んでいない恵の腕の“押し”に、中錦は右側に身体ごと振られそうになる。


「左はこう、よっ」

すると今度は、左腕だけで中錦の身体を逆側に振り回す。


「お、おい・・・」

「あれって・・・」

『275kg』という、角界でも最重量の中錦関が、右に左に振り回され。

いつの間にか、土俵際まで追い込まれていた。


「アンタ、ただ重いだけ、なのね」

然も、幻滅したかのような、冷めた物言い。


「もう、良いわ」

今まで、敢えて掴んでいなかった廻しを両腕で掴む。

片腕でさえ大型力士の中錦を振り回す怪力が、両腕で以って発揮された結果。


「うおあぁぁぁっ!?」

オーソドックスな上手投げを打たれた中錦は、宙空で一回転して。

そのまま投げ飛ばされ、右膝から着地した結果。


ドグシャッ!!


「う、ぎゃああぁぁぁっ!!」

右膝が九十度、逆方向に折れ曲がっていた。


「手前ぇ、こんな真似して只で済むと思ってのかっ!?」

「受け身も取れないなんて・・・無様ね」

膝が破壊され、痛みで泣き叫ぶ中錦を、恵は冷徹な眼で見降ろしていた。


真剣勝負をして、負けた側が勝った側を恫喝している。

そういった他の力士たちも含めて、侮蔑の眼差しだった。


「負けて怪我をするなんて、弱い証拠よ」

体重の重い大型力士において、膝は弱点である。

重い体重が常に負荷となり、故障に繋がるのだ。


しかし、女力島の女力士たちに、怪我や故障という概念は存在しない。

正しく鍛えていれば、怪我や故障など起きない、という方針なのだ。


【交流相撲・二回戦】

恵関 ○ 上手投げ ● 中錦関


「それはそれとして、もう勝負付いちゃったわね」

「う、くっ・・・」

三番勝負の内、二戦して女力島の二勝。

算数で計算するまでもなく、女力島の勝ち越し。


「では、こうしましょうか」

十朱女史が、新たなルールを提示した。


【鬼島部屋女力島巡業・交流相撲】※三番目のみの追加ルール

・改めて、各陣営から代表者一人を選出

・鬼島部屋が勝てば、女力島の女力士は二度と土俵に上がらない

・女力島が勝てば、一週間“付け人”になる


「有耶無耶で始まった勝負ですし、商品は明確な方が良いでしょう」

「あんたら、後悔するなよ」

明らかに鬼島部屋に有利なルールなのだが、鬼島親方は其処には触れず。

只々、勝負条件と商品の念押しをした。


「日出野、任せたぞ」

「うっす」

鬼島部屋で初の横綱が間近と言われる、大関・日出野。


【日出野関】

年齢:33歳

身長:204cm

体重:233kg

体型:ソップ型

番付:大関


体重こそ中錦に譲るものの、上背があり、且つ筋肉質な『ソップ型』。

2m超えの長身で厚みがあり、更に筋骨隆々な身体は迫力満点である。


「得意の鉄砲でボコボコにしてやれ」

「うっす!」

その筋肉モリモリな腕から放たれる鉄砲は、多くの力士の顔を張らせ。

大型力士に見合わぬ高回転の突っ張りで、突き出しにより決まり手回数は大相撲随一。


「じゃあ、同じ大関の私が・・・」

「待ちなさい」

恵関より一回りは大きな女力士が出ようとした瞬間、後ろからそれを制止する声。


「私が行きます」

「よ、横綱!」

女力島側の陣営が、ザワッとざわ付く。


「あ、貴女が出張らなくても・・・きゃっ」

明らかに恵関より大きく、重そうな女力士をヒョイッと抱え上げ。


「私にやらせて下さいな」

ストンッと、まるで買い物カゴでも扱うかのように、脇に置いた。


「何だ、あれ・・・」

「で、でけぇ・・・」

「女・・・いや、人間か?」

体格の良い男力士たりより、女力士たちは更に体格が良い。

その全ての、どの力士たちより一回りどころか、二回りは大きな身体。


【菜摘関】

本名:横井菜摘

年齢:22歳

身長:269cm

体重:436kg

体型:ソップ型

B-W-H:256(223I)-121-161

番付:横綱


「一度、男のソップ型の方と手合わせしたかったんです」

菜摘関は、土俵入りしながら日出野関に語り掛けた。


「ソップ型って、あんた・・・」

何を言っている、という台詞を日出野は口に出せなかった。


ソップ型とは一般的に、細見で筋肉質な体をしている力士の事を指す。

肥満体型のアンコ型の対比として、良く用いられるのだが。


相撲において、それはあくまで脂肪で盛られた肥満体ベースでの筋肉質、である。


「ボディビルダーの間違いじゃないのか」

「あら、ビルダー程には絞っていませんわ」

体脂肪率は『15%』程度ですわ、と付け加えた。

アスリートの平均が『10%』程度と考えると、一般人とアスリートの間ぐらい。


「力瘤も、こんな感じですし」

菜摘関は、肩の高さで右腕を折り曲げると。

モゴゴォッ、とスイカと見紛うのような特大の力瘤が盛り上がる。


「それ、何センチあるんだ・・・」

「前に測った時は、“煩悩ぐらい”だったかしら?」

それはつまり、『108cm』ということだ。

ボディビルダーのように血管バリバリでは無いものの、明らかに筋肉によるバルク。


日出野は、ソップ型を謳うだけあって全体的に筋肉質なのだが。

その日出野が自身、自慢に思う上腕の太さが、『61cm』。ほぼ、倍近い差。


「・・・・・」

そして、同じソップ型である筈なのに、菜摘と日出野の一番の違いはお腹。


如何にソップ型とはいえ、アンコ型と比べて引き締まっているものの。

お腹は、廻しに乗るぐらいには脂肪がドンッと出ていて、腹筋は隠れている。


「何かしら? ジロジロ見て」

菜摘のお腹は、六分割された腹筋がブロック塀のような厚みが盛り上がっていた。

脂肪が付いてない訳では無いだろうが、明らかな筋肉による彫りと厚み。


『121cm』というウェストも、全体のバランスで見ればキュッと縊れている。

広子関と同じく、力士らしからぬ女性然としたボディバランス。


「見合って、見合って―」

「・・・・・っ」

蹲踞の姿勢で至近距離で向かい合うと、よりわかる体格の差。

力士の三角形な体型とは真逆の、逆三角形な上半身。


「はっきよい、のこっ・・・」

「っ!」

日出野は低空タックルの要領で、菜摘の左脚目掛けて一気にぶつかった。


ドムン。


「何の、つもりかしら」

「・・・!?」

日出野の身体は、菜摘の左脚に抱き付く形で静止していた。


「あいつ、何してんだ」

鬼島親方は、得意の鉄砲ではなく、ぶちかましを選択した日出野を野次った。


日出野の脳裏には、膝を破壊された中錦の負け様が過ぎっていた。

体重の重い、大型力士全てに共通する弱点、膝。


『436kg』という、今まで聞いたこともないような、超重量級の体重。

肩や腕、腹筋に広背筋。上半身に搭載され捲った、筋肉の物量。


それらの要素から、重心のバランスが悪いと判断したのだ。

確かに、他の力士たちと比べて、菜摘は腰の位置が高い。


しかし、日出野は見誤っていた。


菜摘は、片脚だけで太腿の太さが何と、『135cm』もあるのだった。

成人男子の胸周りよりも太い、超極太の太腿。


実際、立ち合いの最中にも関わらず、日出野は稽古風景を思い出していた。

鬼島部屋の稽古場で、何度も鉄砲を打ち、ぶちかました“大黒柱”を。


「柱、かよ・・・」

そして、頭で思った事をつい、口に出してしまう。


「死にたいの、かしら」

しがみ付く日出野を、菜摘は太腿を軽く左右に振るだけで引き剥がし。


「え、・・・うぶぉっ!!?」

棒立ちになった日出野の顔に、その大きな左手で張り手を放った。


『108cm』という凄まじい太さの力瘤が為せる技か。

それとも、『223cm』というアンダーバストならぬ胸板、つまりは広背筋のパワーか。


「「「うぎゃあっ!!」」」

『233kg』もの高重量の大型力士が、ロケット砲のように水平に吹っ飛び。

土俵を飛び出し、鬼島部屋陣営の力士たちの群衆に突っ込んだ。


「い、痛ぇ・・・」

「ほ、骨がぁ・・・」

『233kg』もの高重量の大型力士が、ロケット砲のように水平に吹っ飛び。

土俵を飛び出し、鬼島部屋陣営の力士たちの群衆に突っ込んだ。


「い、痛ぇ・・・」

「ほ、骨がぁ・・・」

『233kg』の物体を高速で喰らったのだ。

如何な頑丈な力士たちと言えど、無事で済む筈もなく。


「乙女の脚を“柱”だなんて、失礼しちゃうわ」

たった一発で築き上げた死屍累々を見下ろしながら、そう言い放った。


『Iカップ』の爆乳と腰の括れ以外、全身これでもかと盛り上がる筋肉の山。

誰よりも高い上背、メートル超えの腕や脚を持つ巨女横綱。


その身体の何処に乙女要素が?と男たちは思った。勿論、心の中で、だ。

もしそれを口に出そうものなら、日出野と同じ末路を辿ることは容易に想像が付く。


【交流相撲・三回戦】

菜摘関 ○ 突き出し ● 日出野関


「そこの貴方、土俵に上がりなさい」

「へっ? お、俺?」

鬼島部屋の力士の内、十両の力士を指してそう言った。


「後、そこの貴方と・・・、貴方ね」

都合、三人の力士たちが土俵に上がる。


「貴方たち。私を見て、何処が乙女なんだ、と疑ったでしょう」

「なっ!? 何を言って・・・」

図星だった。むしろ、口に出していないのに、何でバレたんだ、と言わんばかり。


「私、わかるんですの。今までずっと奇異の目を向けられて来たから」

横井菜摘は女力島にしては珍しい、島外出身者だった。


弱冠6歳にして、身長が190cmを超え。

弱冠10歳にして、体重が150kgを超えた。


小学生当時は只の肥満児だったこともあり、多くの男子から揶揄(からか)われ続けた。

そのせいか人一倍、他人の目に敏感になってしまい。


そういった様子を見兼ねた両親が何処から聞き付けたのか。

女力島の存在を知り、単身渡ったのだ。


「私より弱い癖に、見下されるのが我慢ならないのです」

「な、何をしようってんだ」

男力士は啖呵を切ろうとするも、菜摘の余りの迫力に身が竦(すく)んでしまう。


「粗相をした付け人にやることは一つでしょう? “かわいがり”よ」

“かわいがり”、とは。


元は、自分よりも立場が下の者に目をかけ、敢えて厳しく接する際に用いる言葉。

転じて、相撲において、躾や心身鍛錬のために厳しい稽古で鍛えることを意味する。


「もし、私に土を付けることが出来れば、付け人を免除してあげます」

「それは、三人掛かりでも、ってことか?」

恥ずかしがる素振りもなく、男力士はストレートに聞いた。


「勿論、よ。何なら、“投げ”は無しでやってあげます」

「投げが無しってことは・・・」

「あ、ああ」

力士たち三人は、お互い向き合って頷いた。


「じゃ、行くぜっ」

三人は同時に、菜摘にぶつかった。

左右の脚にそれぞれ一人ずつ、真正面から残り一人が押し相撲を取る格好。


「・・・・・ねぇ」

「うりゃあ」「おりゃあっ」「そりゃっ」

男たちはそれぞれ、自分の仕事に夢中で呼び掛けに気付かない。


「まさかと思うけど、それで作戦のつもり?」

男たちの思惑は、単純だった。


三人の合計体重は、500kgを超える。つまり、三人合わされば、押し勝てると思ったのだ。

懸念点は、一人一人掴まれて投げられることだったが、投げは封印。

ならば、負ける理由はない、という判断。


「投げは打たないけど、掴まないとは言っていないわよ」

そう言いながら、菜摘はその長く太い腕を男たちの背中に這わせて行く。

左右の脚に取り付いた男を抱き抱えつつ、真ん中の男の後ろ廻しを掴む。


「「「ぐぇっ!!!」」」

男たち三人が、同時に呻き声を上げた。

如何な、巨大な菜摘であっても、懐に力士三人を入れる余裕は無く。


メキメキメキ・・・メギョッ、ベキベキッ、バギョッ!!


「「「がはっ!!!」」」

右脚に取り付いていた力士は左脇腹を、左脚に取り付いていた力士は右脇腹を。

そして、真ん中に取り付いていた力士は全身を。


それぞれ、『108cm』という超剛腕に締め付けられ。

骨ごと砕かれ、膝から崩れ落ちた。


【かわいがり】

菜摘関 ○ 鯖折り ● 力士三人


骨が逝った証拠に、土俵に突っ伏した力士三人の身体には、菜摘の腕の“跡”が出来ていた。

“痕”ではなく、“跡”である。


「電車道・・・」

鬼島親方は、そう呟いてしまう。


電車のレールの跡というにはあまりに太過ぎるが、もし仮に人間が電車に轢かれれば、そうなる。

とでも言わんばかりに、凹んだまま元に戻らない“跡”だった。

人体が凹んで元に戻らないということは、骨も肉も、中身が完全に潰れているということだ。


「まさか、先代親方は・・・」

「何年か前にお見えになった親方は、もしかして貴方のお師匠さんですか?」

然も、先代親方と面識があるかのような口ぶり。


「軽く立ち合うつもりが、つい・・・」

顎に指を当てながら思い出そうとする様は、22歳のうら若き乙女のそれ、である。


「あの頃はまだ十代で・・・。若気の至りで“かわいがり”になってしまって」

申し訳なかったですわ、と悪びれもせず言い放った。


「じゃあ、やっぱり親方はお前が・・・」

先代親方の早い引退、そして女力島に行くな、という忠告。

この島の女力士とやり合うな、というよりは、むしろ。


この目の前の、『横綱・菜摘関』と立ち合ってはいけない、という戒めだったのだ。


「ええ、ですわ。それより・・・」

思い出話はここまで、と言った感じで菜摘の表情が険しくなる。


「付け人の癖に、横綱を“お前”呼ばわりは、いけませんわ」

「な、何を言って。お、俺は・・・」

鬼島親方は、踵を返し『女力会館』の出口に向かおうとするも。

既に、出口は屈強な女力士たちが固めた後だった。


「親方が例外なんて、言ったかしら? どちらにしても敵前逃亡なんて、“かわいがり”確定ですわ♪」

菜摘は、にこやかに鬼島親方に語り掛けた。

表情としては笑っているものの、目は全く笑っていないのだが。


鬼島部屋、総勢十五名。

その内、重症五名、再起不能十名。


無事に島を出るどころか、一週間保った者すら皆無だったのは言う迄も無い。


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