赤鬼伝説 第三話「鬼女伝説」
Added 2023-05-04 15:00:00 +0000 UTCそれは、昔々の話だった。
山深い、土地。その中でも一際、大きな山『赤犠山(あかぎやま)』。
その『赤犠山』の中腹に、とある大岩があった。
鬼を封じていたとされる『大鬼岩』はもう、見る影も無く。
それを護っていた『鬼岩院』すら、今やその跡が残るのみ。
―――。
「はぁ、はぁっ・・・はぁっ」
凛は、全力で山の中を駆けていた。
ボキッ、バキャッ!
「あたし、力を貰っただけじゃなく、本当に【鬼】になっちゃったのかな・・・」
凜は、考え事をしながらも、その脚を緩めることはなかった。
スガンッ、ゴガァッ!
大木があろうと、大岩があろうと、凛の身体は止まらなかった。
『か、怪力っ!』
自覚していたとはいえ、他人から言われると感じ入るものがあった。
今なお、現在進行形でその人間離れした膂力を発揮していることに気付かないぐらい、である。
「・・・あ」
ちゃんと前を見ていなかったこともあり、森を抜けた事に気付くまで少し、間を要した。
「崖・・・っ」
森が切れる、ということは。つまり、山肌が無くなることを意味する。
凛の走る先は、深い谷間を覗かせる渓谷になっていた。
「と、止まらな・・・いぃっ!」
凜は右脚を渾身の力で踏み込んで、止まろうとした。
スゴ、ガァァンッ!!!
「っ!!?」
凛の脚力は、余りにも強過ぎた。
森が切れた地点から崖までの凡そ、十間(18m)はあろうかという山肌を。
凛の右脚は地面をブチ抜き、その広範囲の山肌ごと踏み砕いてしまった。
「きゃあああぁぁぁっ!」
如何に人間離れした膂力があろうと、空中から落下する状況はどうにも出来ず。
谷底が見えないぐらいの高さから、凛は真っ逆様に落ちたのだった。
「ま、いっか・・・」
親も居らず、お世話になったお坊さん達も居ない。
「死んだら、会えるかな」
心残りは、お坊さん達を埋葬してあげられなかった事だろうか。
ドッゴガアァァァンッッ!!!
凄まじい、衝撃音。
それはまるで、空から飛来した隕石が地面に穴を穿つかのような。
そんな、巨大な円形の窪みを谷底に形成していた。
「・・・ぅ、う」
程なくして、凛は目を覚ます。
「・・・あれ?」
空を見上げると、まだまだ明るい。
谷底に落ちてから、ホンの数瞬しか経っていないようだった。
「あたし、生きて・・・」
ここが死んだ後の世界で賽の河原・・・なんて想像すら出来ないぐらいの、実感。
むしろ、谷底に落ちたことにより加わった衝撃で、身体が熱い。
「確かに、頭から・・・」
今の脚力で以てしても、とても一足では跳び上がれないぐらいの壮絶な高さ。
その高さから落ちて、頭が割れるどころか、骨が折れた感じも無く。
「あ、コブ・・・」
頭頂部に小じんまりとした“タンコブ”と、肘や肩に擦り傷が出来ていた。
矢や鉈で傷が付かない、有り得ないぐらいの強靭な肉体。
凜はもう、自分の身体は既に【鬼】に成り果ててしまっていて・・・。
「は、ははっ・・・」
凜は、もう笑うしかなかった。
乾いた笑いしか、出て来ない。
「怪我は、するんだ・・・」
傷を負って、怪我をする。それだけなら、普通の人間と言えるかも知れない。
では果たして、普通の人間が谷底に落ちて掠り傷程度で済む・・・のだろうか。
「あたし。【鬼】、じゃないよね・・・」
凛自身は飽くまで、【赤鬼丸】から力を授かった、だけ。
言ってしまえば、人のままで【鬼の力】を借りたに過ぎず。
自分が【鬼】になった訳では、決して・・・。
「そう言えば、【赤鬼丸】が言ってたっけ・・・」
『お前のままで居たいのなら、自ら命を絶て』
もし本当に、“まだ【鬼】ではない”として。
どうやったら、死ねるのだろうか?
年端の行かない娘には、わかる筈も無く。
「・・・和尚さん達を、弔ってあげないと」
このまま谷底に居て、“何も出来ない”よりは。
落ちても死なないのがわかっていれば、登ることは容易かった。
「え、っと」
右手を“熊手”の形にて、岩肌にガッと“突き刺す”。
「ん、で」
右手が山肌に刺さったら、今度は左脚を足刀の形にして同じように突き刺す。
右手、左足。左手、右足。
誰かに教わったたけではないが、自然に身体が動いた。
最初は、突き刺した手に力を入れ過ぎて、岩を握り砕いたり。
足に力を入れ過ぎて、周りの岩ごと割ってしまい、落ちそうになるも。
「ん、っしょ。ん、っしょ・・・」
落ちても平気、という意識がズンズンと手足を進ませ。
半刻も掛からず、森が広がる高さまで戻って来れたのだった。
――。
野山を駆け回った凜は、何とか明るい内に『鬼岩院』に辿り着いた。
「和尚さん、今までありがとう」
物言わぬ亡骸と成り果てたお坊さん達を、寺の裏庭に埋めた。
「“こんなの”だけど・・・許してね」
そう言って、凛は“大きな木”を墓標替わりに突き立てた。
卒塔婆や墓石などを年端の行かない娘が用意出来る訳もなく。
仕方なく、小枝替わりにと“大木”を持って来たのだ。
お寺の塀よりも背の高い、樹齢数百年ほどの大木。
そんな大木でも、手が回る太さなら引き抜くことなど、容易い。
「これから、どうしよう」
生来の村はなく、両親も居ない。
かといって、人里に入れば、狩人と遭った時のような事態になり兼ねない。
「お寺を綺麗にして、後は・・・」
高い所から落ちて死なないのであれば、後に思い付くのは食べない事ぐらいだった。
動ける内にお寺を掃除して綺麗にし、力尽きればそれで良い。そう考えた。
――それから、数日。いや、数ヶ月が経った。
「う、ぅ・・・く」
空腹感があり、苦しい。
・・・が、一向に動けなくなる気配が無い。
「どれだけ、頑丈なの・・・」
凜は、己の身体の頑丈さが恨めしかった。楽に死ぬことすら出来ない。
いや、死ねないのであれば、空腹に苦しみ続けるだけ地獄でしかない。
「仕方ない・・・」
せめて山菜でも、と凜は山に入ることにした。
草や茸、何でも採って食べた。
もし毒があるなら、それで死ぬのもアリだと思ったのだ。
「美味しい・・・」
しかし、如何にも毒がありそうな茸ですら、美味しく食べる事が出来。
その後、何日様子を見ても、体調に異変を来たす事は無かった。
「今日は、こっちに行ってみよう」
いつしか山菜採りが日課になり、普段入らないような山奥に入った矢先。
「ゴアァァァッ!」
「っ!?」
それは、熊だった。それも、かなりの大きさ。
大きさは『六尺六寸(2m)』、重さは『百貫(375kg)』ぐらいだろうか。
何時ぞやの狩人であれば、矢を射る前に一撃で終わるだろう。
そのぐらいの迫力の、大きなヒグマ。
「熊、か」
凛は、冷静になっている自分を感じていた。
いつしか、死ぬことは頭の片隅から消えていて。
「勝てる、かな」
疑問形ではなく、断定形。
時代柄、大型の動物は貴重なタンパク源である。
言い換えれば、大変なご馳走なのだ。
「グアァァッ!」
ドガァッ。
凜が考え事をしている間も、間髪入れずに熊は襲い掛かって来た。
「ガアァァッ!」
ドガァッ。
しかし、幾ら大きな爪を当てようが、噛み付こうが。
凜の身体は、ビクともしなかった。
「ガ、ガァァ・・・?」
熊は次第に、異変に気付き始めていた。
もしこれが、猪などの中型の猛獣なら、もっと早い段階で逃げていただろう。
しかし、このヒグマは人間の味を覚えていて、見下し舐めていた。
人間は弱く、食べられるだけの存在なのだ、と。
「ごめん、ね・・・?」
凜は両腕を大きく広げ、熊に抱き付いた。
「グ、ッガ、アアァッ!?」
熊はその太い両腕ごと絡め捕られ、抱き締められた。
メキ、メキメキ・・・
鯖折り。後の世で言う所の、『熊の抱擁』。
この場合、正確には『熊を抱擁』になるのかも知れないが。
ゴキッ、ゴキャッ。
「ガ、ガァッ!!」
熊は逃れようと藻掻くも、凛の『三尺四寸(100cm)』の力瘤はガッチリと嵌り。
「美味しく食べるから、ね」
凛は、両の腕に目一杯の力を籠めた。
ボキボキッ、ボゴギャアァッ!!!
「ガアァァァッ!!!」
これまで多くの狩人を返り討ちにして来た人喰いヒグマの最期は、呆気ないものだった。
「ふぅ、美味しかった」
凜は文字通り、骨以外の全てを平らげた。
肉やモツは勿論、毛皮は着物として誂えたのだ。
鬼に虎柄、ならぬ熊柄の着物。
――その時。
「おぅ。凄ぇな、こりゃ。熊を食ったのかい?」
「・・・っ!?」
いつの間にか、境内に大きな人影が立っていた。
「おじさん、誰・・・?」
「うーん、と。歳は“十四か、十五ぐらい”か・・・?」
凜は心底、驚いていた。
身形(みなり)はお坊さんらしいのだが、身体が大きい。
熊より大きく、もしかすると『七尺(210cm)』はあるかも知れない。
腕や脚は筋肉でモコッと盛り上がっていて、かなり逞しい。
「俺かい? 俺は、『豪建(ごうけん)』ていうしがない破戒僧さ』
「お坊・・・さん?」
破戒僧という、聞き慣れない言葉が気になる。
「元は、この『鬼岩院』の修行僧だったんだが・・・まあ、色々あってね」
和尚さんから破門され、寺を追い出されたのだという。
「今、この寺は“お嬢ちゃん”だけ、かい?」
「・・・っ。うん!」
凜は、この寺で起きた事を説明した。『赤鬼党』の行く末だけは誤魔化したが。
「・・・そう、か」
破門されたとはいえ、豪建にとっても大事な和尚だったのだろうか。
「後で、供養として経を上げよう。その代わり・・・」
「・・・わかりました」
豪建は行く当てが無いとのことで、少しの間この寺に居付くことになった。
と言え『鬼岩院』自体、凛の物では無いので、断る理由は無かった。
「そういや、お嬢ちゃん。“喉は乾かない”のかい?」
「・・・え、まあ」
そうかい、と豪建は凜の生返事を聞き流した。
――そして、満月の夜。
凜はいつものように、陽が落ちて暗くなった辺りで、寝床に着いた。
「はぁ、はぁ・・・」
「・・・ぅ、ん」
荒い、息遣い。
「へへっ。こりゃ、堪んねぇな・・・」
豪建は自分の大きな手ですら収まり切らない“それ”を、丁寧に揉みしだいた。
「スイカより大きいんじゃねぇのか。両手でやっとだぜ」
凜が寝ているのを良い事に、何と豪建は凜の巨体に跨(またが)っていた。
『七尺(210cm)』の上背がある大男、である。
凛ほどでは無いにしろ、かなりの重さの筈。
しかし、凛は強過ぎる事が却って災いし、男に乗られていることに気付かない。
「“こっち”も頂いちまう、か・・・」
豪建は跨ったまま、凛の唇を奪うべく自分の口を近付け・・・。
「・・・っ、きゃあっ!?」
ガリッ!
「うぎゃあ、痛ってぇっ!!」
豪建は、余りの痛さで床にもんどり打って転げ回った。
「こいつっ、俺の唇を噛み千切りやがったっ!」
「おじさん、何をしてるの!?」
流石の凜も、事態に気が付く。
仰向けに寝ていた所を跨られ、胸を揉まれた挙句。
唇まで奪われそうになったのだ。
「おじさん、お坊さんなんじゃないの?」
「言ったろ? “破戒僧”だって」
戒律を被るからこその、破戒僧。
現に、豪建は酒も女も、更には博打も嗜む。
それは修行時代からであり、和尚さんが破門するのも止む無しだった。
「どうせ、“退治”しちまうなら。せめて、美味しく戴こうと思ったんだがな」
「何を、言って・・・」
「坊主の仕事は、“死者”の供養。その“死者”には、妖怪や【鬼】も含まれるんだせ」
古来より、人は死んだら鬼になると考えられていた。
『鬼籍に入る』という言葉が、それを端的に表しているだろう。
「尤も、俺は。供養ってよりは、殴って無理矢理にでも平服させるのが得意だけど、な!」
唇のお返しに、と豪建はその太い腕で殴り掛かって来た。
ドガ。
「・・・な」
豪建の右拳は確かに、凛の左頬に命中した。
しかし、凛は倒れるどころか、微動だにしない。
「・・・信じてた、のに」
凜は、涙目になっていた。
勿論、殴られて痛いから、ではなく。
こんな大きな身体になってから初めて、“お嬢ちゃん”と呼ばれた。
そう呼んでくれたお坊さんに、少なからず好感を抱いていた。
気を、許してしまった。
「俺は相手が女なら、人だろうが【鬼】だろうが、選り好みしない主義でな!」
そう言って、蹴りを放つ。
ドガ。
「満月まで待って様子を見たのに、正体を現しやがらねぇ」
「正体・・・?」
狩人が何故、自分の事を【鬼】と断定したのか、気になっていた。
「何だ。お嬢ちゃん、気付いてないのかい。そんな、【赤い眼】してよ」
「赤い、目・・・?」
言われて、ハッと気が付いた。
狩人は確かに、凛の顔を見て【鬼】だと言った。
【赤鬼丸】は、【赤黒い肌】で。
【赤み掛かった髪】で。
【赤く光る瞳】だった。
「【鬼】ってのは元来、血を好む。血を飲み、それを血肉とするせいか“目が赤い”んだよ」
「血を、飲む・・・」
ズキッと、頭が疼く。
「ぅ、うぅ・・・」
何か、思い出し・・・そう。
「血、血の・・・味」
そう、だ。思い出し、た。
『赤鬼党』との大立ち回りで、山賊の男の腕を捥(も)いだ。
“懲らしめる”だけなら、そこまでにすれば良かった筈。
「あたし。確かに、血を・・・」
“飲んだ”。
凛は確かに、その捥いだ腕から滴る血を飲んだ。
幼い頃からどれだけ食べ物に困り、喉が渇いていたとしても。
“それまで”人間の生き血を啜(すす)りたい、なんて思った事は無かった。
「もう一度、聞くぜ。“喉は乾かない”のかい?」
空腹は、猪や熊の肉を喰らう事で、満たされた。
喉も、乾けば小川まで行って水を飲めば、事足りた・・・そう思い込んでいた。
でも、何処か身体の中、心の奥底では、乾いていた。
「そっか。あ、ははっ」
今日は、満月。妖怪、悪鬼羅刹が力を増す、素晴らしい日。
「ようやく、本性を現したな。いや、お目覚めって所か」
少女然としたあどけなさは消え。いつしか、その相貌(かお)には妖艶さが醸し出されていた。
「“私”、そうだったんだ・・・」
凜は、“わかっていた”。知っていた、自覚していた。
悪さをする男達を屠り、その生き血を全身に浴びて、飲み干したい。
その方が、こんな糞坊主と媾(まぐわ)うより何倍も、恍惚を得られる。
「あんた、今の方が俺好みだぜ。もう少し、ゴツくなけりゃあ・・・だがな」
「・・・ふふっ、そうかしら? 良い身体だと思うんだけど」
凛は誇らし気に、魅せ付けるように全身の筋肉に力を籠めた。
ググッ・・・モリ、モリモリッ。
腕を曲げれば『三尺四寸(100cm)』、脚を広げれば『四尺二寸(130cm)』の太腿が。
胸周り『五尺六寸(170cm)』にも及ぶ、スイカ大の乳房が。
身の丈『八尺五寸(260cm)』、身の重さ『九十貫(340kg)』の巨体が、豪建を圧倒した。
「は、ははっ・・・」
豪建は、凛の正体を【鬼】と断定次第、退治するつもりだった。
凛の村『赤犠村』、『鬼岩院』。そして、『赤鬼党』。
それらが滅んだのは一体、誰の仕業か。
そして、誰も居なくなった筈の『鬼岩院』に居座る、“何か”。
凜は、知らず知らずの内に、他の村の住人に姿を見られていたのだ。
遠目でもわかる凜の巨体、風貌。そして、赤く光る両目。
幾ら情報伝達の乏しい、封建時代の人間であっても。
何れ、自分達の身を脅かす“何か”が居るのであれば、対処する。
その結果、呼ばれたのが土地勘のある豪建だったのだ。
「こりゃ、割に合わねぇな・・・」
本来、『大鬼岩』に封じられているのは【赤鬼丸】という、男の鬼だった筈。
そいつが復活したってだけなら、調伏するのは容易いと思っていた。
だからこそ、仕事として引き受けた。請け負った。
しかし、現場に居たのは【赤鬼丸】とは違う、別の大女。
その凛と名乗る大女は、『赤鬼党』の襲撃を隠れてやり過ごした、と言うが。
では、隣の山で全滅していた『赤鬼党』を殺ったのは、誰なのか。
「仕方ねぇ。“こいつ”を使うしかねぇ、か」
いつの間に隠していたのか、豪建は御堂の隅から大きな棍棒を持ち出した。
それは、錫杖(つえ)と呼ぶには余りに大きく、太く。武骨な代物だった。
御堂に差し込む月明かりで薄く黒光りする様は、それが鉄で出来ていることを伺わせる。
「この『破魔錫杖』がありゃ、百人力よぉ」
長さにして『五尺(150cm)』、重さが『二十貫(75kg)』もある、特大の鉄棍。
豪建の剛力だからこそ扱える、特別製の“得物”だった。
「女に“得物”は主義に反する、がっ」
目の前に居るのは、得体の知れない【鬼女】。
徒手空拳が効かない以上、手段を選んでいる場合ではない。
「でりゃあっ!」
豪建は渾身の力を以って、『破魔錫杖』を凜目掛けて振り下ろした。
ガィンッ!!
「・・・なぁ!?」
確かに、手応えはあった。
もしこれが太刀であれば、袈裟懸けに斬り捨てるぐらいの一撃。
「・・・で?」
「う、っそだろ・・・」
凜は只々、立っているだけ。文字通り、棒立ち。
「もう、終わり?」
「・・・っ!? こなくそっ!」
ガンッ、ガキン。
「はぁ、はぁっ・・・く、っそ」
豪建は既に、肩で息をしていた。
ガィン、ガァンッ。
「はぁ、はぁ・・・っ」
それでも、何合も何合も打ち込んだ。いや、打ち込み続けた。
手を止めた時。諦めた時。それはつまり、自分が終わる時。
そんな迫力が、目の前の【鬼女】には在った。
「何で、効かねぇんだ、っよ!?」
「・・・さぁ?」
バシィッ、と凜は鉄棍を左手一本で受け止め。
ガギョッ、と左手を握るだけで極太の鉄棍は折れてしまう。
「・・・あ、ぁっ」
人であれ、妖怪の類であれ。
今まで色々なモノを調伏して来た鉄棍は憐れ、中折れしてしまった。
「わかんない」
それは凜の、心からの感想であり、回答だった。
弓矢や鉈では傷を負わず。深い谷底に落ちてさえ、掠り傷程度。
屈強で頑丈な筋肉で覆われた、巨大で豊満な肉体。
「“こんな物”じゃ・・・私をどうにかなんて出来ないのは、確か」
グギャ、グギャリ。
「あ、あ・・・あ、ぁっ・・・」
まるで、泥団子を捏ねるように、鉄の棒が“丸め”られて行く。
グニャ、グギャギャッ。
「はい」
鉄球になった“それ”はゴガンッ、と大きな音を立てて床に落ちた。
「・・・あんた。一体、どんだけ強いんだ?」
半ば、諦めたかのような表情で、豪建はそう問うた。
僧兵として、男として。全ての尊厳を失い、豪建は心が折れていた。
「逃げようとしてるおじさんを後ろから潰せるぐらいには強い、かしら」
「・・・へへっ。糞ぉっ!!」
肚を括って殴り掛かる・・・と見せ掛け、豪建は一目散に駆け出した。
ズボォッ!
「・・・へぁ!?」
自分より一回りは大きな右手が、“胸から生えていた”。
「は、が・・・ぁ」
豪建の胸の中に納まっていた筈の“それ”は、ドクッドクッと波打っている。
「“こっち”はどう、かな?」
ズボボォッ!
「う、が、あぁ・・・ぁ」
豪建の土手っ腹から、今度は左手が“生えていた”。
「あ、はは。はははっ」
凛の両腕で胸と腹を貫かれた豪建は、百舌鳥の早煮えのように宙空高く抱え上げられていた。
「はぁ~ん、んぅ~♪
大量の赤い血液がビチャビチャビチャ、と凜の全身に降り注ぐ。
豪建は、全身の血を飲み干されるまでもなく、絶命した。