「健ちゃん、学校行こう」
「うん」
僕たちは中学三年になり、同じクラスになった。
「制服、新しくしたの?」
春休みに入る前と同じ冬服とは思えない。そのぐらい、ゆったりとした余裕のあるシルエット。
「うん。長袖は次の冬も着るから」
真理奈の身体は、二年生の冬時点で『Lサイズ』の制服では収まらなくなっていた。
厚手の冬服なのに、いつハチ切れるか心配だったぐらい。
「サイズは?」
「・・・・・」
真理奈は、大きな身体をモジモジさせて言い淀む。
「笑わないでね? ・・・『XXXL』」
「・・・へ? え・・・?」
いわゆる、『3XL』。女モノとはいえ、身長180cm超えの人用だ。
「え、じゃあ。身長は・・・」
「180cmなんて無いよっ。177cmだもん」
真理奈としても、余りノッポにはなりたくないのか、180cm未満なのを強調。
「“177cmも”あるんだ・・・」
僕は、『ザ・平均マン』よろしく、165cm。真理奈は、僕より12cm高い。
「ちょっと、健ちゃん!“も”って何よ、“も”って」
真理奈はプンプンッと顔を膨らませ、腰に手を当て怒りのポーズ。
ミチッ。
「・・・ん?」
『くの字』に曲げられた腕は、必然的に上腕二頭筋が収縮する。
それはつまり、二の腕に力瘤が盛り上がることを意味する訳で。
「あ・・・」
真理奈は、腕周りがキツくなったのに気付いた様子で。
慌ててパッと両腕を広げて、解すかのようにバタバタと振った。
「袖だけは、油断すると直ぐにキツくなるの」
そりゃあ、そうだろう。
最大で、46cmにもなる力瘤。僕の太腿並みの剛腕なのだ。
実際、サイズで言えば、女子のトップボディビルダー並らしい。
中学生用の制服に通すことがおかしいレベル。
「もう直ぐ、『測定』だっけ」
「そうらしいね」
三年生は受験の事もあってか、下級生と違ってイチ早く『測定』があるらしい。
それは勿論、『身体測定』と『体力測定』だ。
去年、真理奈が驚異的な記録を叩き出したアレ。
「握力以外は、頑張ってみる」
「あー、うん。まあ、握力は・・・ね」
真理奈の身体が凄いのは、周知の事実になりつつある。
普段は、真理奈の運動神経の無さが影響して目立たないものの。
夏休みの市民プールだったり、帰り道の軟球投げだったり。
そして、この前の握力『170kg』。
去年の時点で、ロートルなアナログ握力計をカンスト。
握力計の加重限界が幾らかわからないけど、要手加減。
そう、僕たちは心配していたんだけど・・・。
「おい、紅世。何、手ぇ抜いてるんだ」
握力計を持った真理奈に、測定係の体育教師がそう咎めた。
因みに、僕は『3-1男子』グループで、真理奈は『3-1女子』。
偶々なのか、進め方を変えたのか、今年はどちらも体育館スタート。
なので、僕は握力計測の一部始終を同じ体育館で見物出来た。
「それに、こんな“イタズラ”しおってからに・・・」
そう言って、先生は『100』を指していた目盛りを戻した。
「ほら、これでもう一回やりなさい。ちゃんと、全力でな」
どうやら先生は、真理奈が手を抜きつつ、イカサマしたと思ったらしい。
「全力で、ですか」
「ああ、そうだ」
この体育教師は三年生で初めて担当になったんだけど、頑固で融通が利かないタイプらしい。
真理奈もそれを感じ取っていて、半ば諦めムード。
“諦めた”のはつまり、“なるようになれ”と思ってしまった訳で・・・。
「ん、っと。じゃあ・・・」
真理奈は、右手に握力計を握り込み。
「んぅっ!」
渾身の力を籠める。
ギュンッ!!
「「・・・っ!?」」」
真理奈の前腕がボンッと太くなり、一気に目盛りが進んだかと思うと・・・
「・・・あ」
バキャッッ!!!
「「「っ!!?」」」
握力計の取っ手は、グシャグシャに潰れていた。
「あ、はは・・・」
“こうなっちゃいました”的な感じで、真理奈は握力計を掲げた。
プラスチック部分の破片が、パラパラと床に落ちる。
「すげ」
「うっそ」
周りのクラスメイト達も、真理奈の余りの怪力振りに唖然としている。
「ま、まあ、ウチの備品はボロいからな。きっと、壊れ掛けていたんだろ」
先生は、まさかの事態に状況を飲み込めていないようだった。
それとも、信じたくないだけなんだろうか。
「ほら、これでやりなさい。右手はもう良いから、今度は左手でな」
そう言って、倉庫から比較的新しい握力計を持ち出して来た。
勿論、製品としての型番はさっきと同じ、アナログ式の握力計。
「“本当に良い”んですか?」
「あ、ああ」
真理奈から先生への、最終確認。
先生としては、“力を入れて良いかどうか”を聞かれたと思ったんだろう。
しかし、真理奈としては、“潰れても構わない”という意味で聞いた。
「ん、ぅっ!」
ギュンッ、バギャッ!!
「「「・・・・・」」」
『まあ、そうなるよね』的な諦観。
真理奈の握力は左が少しだけ弱いんだけど、二回目ということもあってか。
迷いなく全力を発揮したこともあり、取っ手が綺麗に真っ二つ。
「これで、良いですか?」
「・・・あ、ああ」
幾分か、さっきよりは“綺麗に壊れた”握力計を見せると、先生は黙り込んだ。
次の測定は、『垂直跳び』・・・なんだけど。
「ねぇ、どうなると思う?」
ざわ・・・ざわ・・・
「メッチャ跳ぶんじゃね」
ざわ・・・ざわ・・・
握力計を握り潰す、という派手なパフォーマンスがあったせいか。
次はどうなるんだろう、という期待の眼差しが真理奈に集まっていた。
「うーん、やり難いなぁ・・・」
体育館の舞台横の壁に沿って、真理奈が立っている。
右手にチョークの粉を付けながら、そう呟いた。
縦長の黒板が立て掛けられていて、立った状態で右手を挙げて印付け。
後は、その場で跳んで。最高点辺りで再び、右手で黒板を触るだけ。
「・・・んぅっ」
真理奈が、その場でしゃがむ。
握力計の時の前腕に対し。今度は、ボボンッと太腿が大きく膨らむ。
「っ・・・と!」
押し込んだバネを解放するかのように一気に跳び上がり、バンッと右手を付いて着地。
「どう、ですか」
真理奈の『垂直跳び』を見て、先生ばかりか記録係のクラスメイトも呆然としていた。
「う、っそ・・・」
「え、マジ・・・?」
チョークの付いた位置が余りに高過ぎて、誰も手が届かないのだ。
因みに、僕の記録は『54cm』。
立った状態で付けたチョークの高さがだいたい、床から2mぐらいの位置。
そこから跳んだので、2.54mの高さが僕の最高到達点。
真理奈の最高到達点は黒板の縦幅では足りず、体育館の壁に直に付けられている。
その高さは、推定で3.6m。
「世界記録は確か、『122cm』だぞ・・・」
先生は、そんな豆知識を披露してくれた。
真理奈は、単純計算で『150cm』近く跳んだことになる。
非公式ながら、『垂直跳び』の世界記録更新。
「す、ご・・・」
僕もつい、声が漏れてしまっていた。
同い年の幼馴染の女の子が、実に三倍もの脚力を持っている事実。
バタ足だけで25mを泳ぎ切ったのを目の前で見ていたので、知ってはいた。
だけど、こうやって記録として見せられると、改めて驚く。
『垂直跳び』でダンクシュートどころか、バスケットゴールの上端に届くのだ。
そして、その驚異的な筋力は、グラウンドでの測定でも発揮される。
「あれは、紅世さんと・・・」
男子グループは去年同様、持久走でトラックを何周も走らされる中。
真理奈たち女子グループが『50m走』用のレーンに集まっているのを見掛けた。
「相手は、橋本さんかな?」
外周トラックの内側にある、二人用レーン。
その左側にバスケットボール部主将の橋本さん。そして、右側に真理奈。
橋本さんは何と、身長180cm超え。上背だけなら真理奈より高い。
体操着の短パンから伸びる太腿は、バスケ部らしくガッチリと太い。
一方の真理奈は去年と同じく、長袖長ズボンのジャージ姿。
『XXXL』に新調したせいか、ゆったりめのシルエット・・・なんだけど。
胸周りや二の腕、太腿周りがパツパツなのは気のせい、ではなく。
運動部女子と並んで立つとより、真理奈の逞しさが目立つ。
『よーい・・・』
グラウンド担当の先生がストップウォッチを掲げて、合図を送る。
『・・・スタート』
真理奈も橋本さんもクラウチングではなく、前傾姿勢でスタート。
「どっちも速・・・」
「・・・・・え?」
去年と違い、真理奈は“ちゃんとしたフォーム”になっていた。
「練習は、してないよな」
しかし、それは練習した、というよりは。
発達した筋肉が自然とそう動いた、そんな感じだった。
それだけ、真理奈の50mダッシュは早かった。
陸上部ではないにしろ、バスケ部の橋本さんも充分に速い。
だけど、その橋本さんがグングンと離されて行く。
「『5.15』!?」
ストップウォッチを止めた先生が、その数値を見て驚きの声を上げた。
「え、うそ」
「マジかよ」
運動部所属のクラスメイト達が、ザワ付き始める。
「・・・え、っと。橋本は、『7.51』」
橋本さんは二秒近く遅れて、やっとゴールした。
とはいえ決して、橋本さんが遅い訳ではない。
中学三年生女子の平均は、『8.62』秒。
僕は男子平均の『7.70』だったので、僕より速い。
50m走の世界記録は、『5.56』。
中学三年生にして、真理奈はこれまた世界記録を更新。
因みに、時速に換算すると、約『35km/h』。
原付バイク並みの速さってことになる。
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
「うぅ、やり難い・・・」
真理奈の一挙手一投足を見ようと、終わったグループが皆、遠巻きに集まっていた。
真理奈所属の『3-1女子』は、最終種目のハンドボール投げに移行。
何人か投げ終わり、真理奈の番が回って来たところ。
去年は確か、超山なりボールで『55m』の記録だった。
“軟球の一件”を思い起こす限り、ちゃんとした投げ方は真理奈もわかってる筈。
――と、なれば。
「えいっ!」
真理奈は軟球の時と同じように、ちゃんとした投球投フォームでハンドボールを“射出”した。
ボヒュッ!!という風切り音は、人の投げたそれではなく。
バッティングセンターにあるピッチングマシーンのそれだった。
「何、あれ・・・」
真理奈が投げたハンドボールは、地面とほぼ水平に真っ直ぐ飛んで行く。
野球で言うところの、ライナーボール。
「え? うっそだろ・・・」
人間の投擲でも、キャッチボールや投手の投球みたいに水平に飛ばすことは出来る。
ただそれは、硬球や軟球のような手に収まるサイズのボールで、距離も数十メートルが関の山。
「何処まで行くんだ・・・」
真理奈のボールは、角度が付かなかったホームランボールのように。
ギュオッと勢いを落とすことなく、凄まじい速度でグラウンドを縦断して行く。
ハンドボールは直径18cm、外周59cm。重さは、350g。
比較するとすれば、硬球は直径7.4cm、外周23cm。重さは、145g。
硬球より重く、空気抵抗も大きなハンドボールが有り得ない直進軌道を描く。
そして遂に、ガァンッ!!という音と共にグラウンド端の金網を揺らしてやっと着地した。
ざわ・・・ざわ・・・
ざわ・・・ざわ・・・
「あれ、記録どうなんの」
「さぁ・・・」
クラスメイトから聞かれるも、帰宅部の僕が回答出来る筈も無かった。
目算でも、百数十メートル。
「確か、ウチの学校で野球の試合やる時さ。金網に当たるとホームランなんだ」
野球部経験者のクラスメイトが、ローカルルールを教えてくれた。
ライナーであそこまで飛ばした人は誰も居ない、という注釈付きで。