魔女狩り03「魔法学校」
Added 2023-07-04 15:00:00 +0000 UTC魔女・・・いや、魔法使いの素養は、生まれ持った資質に左右される。
逆に言えば。それ以外の点においては、他の人間との差異は無いに等しい。
サーラは特に、不幸な生まれなどではなく。
どちらかといえば裕福な家庭で、我が子の為と両親は魔法学校に入れてくれた。
入学当初のサーラは、同年代と比較しても小さく、華奢だった。
しかし、端正な金髪に翡翠色の瞳は、周囲の注目を集めた。
いわゆる、美人を模した『お人形』と比べても誰もがサーラが上だと思う程に、紛うことのない美少女。
「あら、アナタ。魔法使いも体力を使うのよ」
そのせいか、先輩たちの嫉妬の対象になり。
「そんなナリじゃ、全然ダメね」
特に、容姿で劣等感を抱く女生徒たちに、良く苛められた。
「はぁ、はぁ・・・」
サーラは、先輩たちから何度も、体力的な運動を強要された。
運動場を走らされたり、重い石を持ち上げさせられたり。
「ふふん、酷いわねぇ」
「あら、アナタこそ♪」
先輩たちは、運動場を何周もしてヘトヘトなサーラを尻目に、そう談笑した。
「まだ足りないわ。もっと、精進なさい」
自分たちでは絶対にやらないような課題を課していれば。
こうやってシゴキを続けていれば、いつか自主退学する。
先輩たちは、そう高を括っていた。
「わかりました。先輩方」
しかし、サーラは他人より、少しだけ独特な感覚・視点を持っていた。
魔法の修練には肉体の強化が不可欠だ、と思い込み。それを受け入れ、実践したのだ。
「おい、あれ」
サーラが魔法学校に入学して、数年が経ち。
「ああ、サーラだ・・・」
サーラは、“色々な意味”で衆目を集める存在になっていた。
魔法学校の制服越しでもハッキリとわかる、豊満な胸元。
胸周りで足りなくなった布地の帳尻を合わせるかのような、キュッと縊れた細い腰。
セミロングの金髪に、何処か幼さの残る美貌は更に磨きが掛かり。
幼年期の華奢さは鳴りを潜め、大人の女性を思わせる凹凸の激しい肉体へと成長。
「す、っげ・・・」
サーラは、左手で大きな辞書を抱えていたのだが、二の腕辺りの袖が丸く膨らんでいた。
――そう。
サーラの“変貌”は、それだけではなかったのだ。
「あれが女の腕、かよ・・・」
「僕のパパより太いかも」
男子生徒たちは身近な大人と比較して、そう揶揄した。
弱冠十二歳にして、大人と比べてもほぼ変わらないぐらいの身長になり。
更には、制服の肩や袖がはち切れそうになるぐらい、逞しくなっていたのだ。
「サーラ君。君はその、何だ・・・。騎士にでも、なるつもりなのかね・・・?」
学長に呼び出され、サーラはそう詰問された。
「いえ。私は、魔法を極めたいだけなのですが」
「うぅむ。しかし、だな・・・」
学長はチラッ、チラッと会話の度にサーラの“腕の膨らみ”を見遣った。
「“これ”が、何か?」
人の顔ほどもある分厚い魔法辞書を片手で摘まみながら、左腕を折り曲げた。
「・・・っ!?」
モゴォッ、と二の腕にリンゴがそのまま載ったかのような、大きな力瘤が隆起する。
ミチチッ、とゆったりと余裕のある筈の袖が、悲鳴を上げていた。
「“そんな事”に感(かま)けているようでは、主席どころか卒業も危ういぞ」
「何故、ですか?」
岩より硬いと揶揄される魔法辞書がミシッ、ミシシッと軋む音を立てる。
「『学課』や『実技』で、他の生徒より劣っているとは思わないのですが」
これはサーラ自身の自惚れではなく、実際の成績でも示されていた。
『学術考課』や『魔法実技』等の課程において、既にサーラは主席レベルだった。
単純な試験の成績だけで言えば、間違いなく主席と言って良い。
「大人でも両手でやっと持てる“それ”を、そうやって片手で握り潰す腕力は必要ないと言っている」
魔法学校においては古くから、魔力と体力は相反するモノという固定観念がある。
明らかに身体を鍛えているサーラは、評価点においてマイナスを下されていた。
魔法とはあくまで、何かをする為の手段。強いて言えば、楽をする為に使うモノ。
例えば。重い物を持ち上げるのに、わざわざ身体を鍛える必要など無く。
単純に、魔法の力でその重い物自体を持ち上げてしまえば済む話。
より重い物を持ち上げたければ、より強い魔法を編み出せば良い。
魔法使いにとっては本来、そう考えるのが普通であり、至極当然の理(ことわり)だった。
そして、魔法使いにとって、騎士や戦士のような身体を使う職業は脳筋扱いで、卑下すべき対象だった。
表立って対立するようなことはないものの、自分たちが一番優秀である、という自負がある。
「そう、でしょうか」
サーラは、大きな辞書を片手で保持し、パラパラとページを捲って見せた。
「人の手で出来る事は、そのまま人の手でやれば良いのではないでしょうか」
左手で辞書を扱いながら、学長室の本棚から別の辞書を魔法で浮かせたまま引き寄せた。
「うぅ、ぐ・・・」
離れた所にある特定の物体“のみ”を手元に引き寄せるのは、簡単に見えて難易度の高い魔法である。
下手な者だと、近くにある別の物にも魔法が作用し、地震が起きた後の如く崩してしまう。
「と、とにかく! 改めるようにっ」
小言は終わりと言わんばかりに、学長は話を打ち切った。
「・・・さて。どうしたものでしょう」
如何に相手が学長とはいえ、一方的に言われるだけなのは納得出来ない。
「・・・よぉ」
そう思案していたサーラに、一人の男子生徒が話し掛けた。
「・・・ジョルジュ」
サーラは、その男子を見上げながらそう言った。
大人顔負けの身長のサーラより、更に頭一つ分は大きい。
「いい加減、俺の女になれよ」
ジョルジュは背が高いだけでなく、身体つきもガッシリとしていて体格が良かった。
豊満で逞しいサーラと比べても、見劣りしない。
「そうすりゃ、俺が口を利いてやるのに」
ジョルジュは学校の理事会、その内の理事の一人のドラ息子だった。
学校運営の立場で言えば、理事会は学長より上、である。
勿論、権力が有るのはジョルジュの親であって、ジョルジュ自身が持つ訳ではない。
しかし、ジョルジュはそれを笠に着て、学校内でやりたい放題だった。
「・・・別に。私は、“成績そのもの”には興味ありません」
学長・・・いや、学校側からすれば、身体を鍛えるサーラはあたかも脇道に逸れているように見えた。
成績を下げたくなければ、魔法にのみ注心しろ、と。
しかし、サーラにとっては、その成績すら只の手段でしかなかった。
魔法を極めること。それこそが目的であり、最終目標。
そこに、成績の良し悪しなど、関係しない。
「俺の女になりゃあ、よ。無駄に身体を鍛えたって、何も言われなくしてやるのに」
「・・・“無駄”、ですって?」
まるで、趣味に興じて修練を怠っているかのような、不遜な物言い。
「だって、そうだろ? 身体なんか鍛えなくたって、【強化魔法】を使えば済む話だ」
災害や盗賊の襲撃に遭った時など、緊急時用として【強化魔法】はちゃんと体系化されている。
「尤も。俺様レベルになりゃ、他の魔法でヤラれる前に撃退しちまうけどな」
【火球魔法】などの遠距離攻撃、【念動魔法】などの遠隔操作・・・など。
対象に接近される前に撃退する魔法は、幾らでもあるのだ。
「何なら、試してみるかい? 胸を貸してやるぜ」
「面白そうですね」
魔法学校ということもあり、通常の座学も含め、授業内容は多岐に渡る。
その中で、『魔法実技』という授業があるのだが・・・。
「条件は・・・、そうだな。魔法での攻撃、防御は禁止、だな」
「ええ、わかりました」
『魔法実技』授業で月一回の頻度で実施される、『魔法模擬戦』。
文字通りの、魔法を用いた模擬戦。実戦を想定した、魔法による対戦勝負である。
「どれ。先ずは、ほぅらっ」
ジョルジュは手始めに、と【火球魔法】を放つ。
ボゥッと拳大の火球が、サーラの肩口に直撃した。
「・・・ふぅん、こんなものでしょうか?」
「けっ、強がりを」
ジョルジュは更にドン、ドンッと【火球魔法】を連発。
サーラを中心に、辺り一面に煙が立ち込める。
「おお、すげぇっ」
「ちょいと、やり過ぎたかな」
取り巻きの生徒たちの沸く様に、ジョルジュは不敵な笑みを見せた。
「もう、おしまいでしょうか?」
「・・・なぁっ!?」
サーラには特に変わった様子はなく、開始時の位置のまま立っていた。
いや、肩口や二の腕、脇腹にスカートの裾。
サーラの着ている魔法衣のあちこちが焦げ、破れていた。
「す、っげぇ・・・」
破れた服の隙間から覗くのは、ガチガチに鍛え込まれた筋肉だった。
魔法衣を焦がす程の【火球魔法】の連発にも、ビクともしない肉体。
「次の手が無いなら、今度は私の番ですね」
「く、くそっ」
ジョルジュは杖を構え、高速で魔法を唱える。
「・・・?」
サーラは特に何も感じることはなく、スタスタとジョルジュに向かって歩み寄る。
「何で、効かねぇっ!」
実は、ジョルジュは【念動魔法】を放っていた。
【念動魔法】は、言ってしまえば透明の手をイメージして、離れた物体を掴む魔法である。
魔法力で射程距離や手の大きさ、持てる強さが変わるのだが。
「い、いや、何て重さ・・・だっ」
人間一人ぐらいなら楽に掴み上げ、遠くに放り投げられるだけの実力はある。
しかし、サーラはビクともしないどころか、物ともせずに向かって歩いて来る始末。
「重い、なんて」
「ひぃっ!?」
いつの間にか、サーラはジョルジュの目の前に立っていて。
「・・・失礼です」
サーラは、おもむろに右手を開いた状態で、ジョルジュの顔面目掛けて打ち払った。
パァンッ!
「うべらっ!」
まるで、何かが炸裂したかのような衝撃音と共に、ジョルジュの大きな身体はバウンドしながら吹っ飛んだ。
「今の、ビンタ・・・か?」
「み、見えなかった・・・」
取り巻きたち周囲に居た者ですら、ほとんど目で追えない程の、凄まじい速度の高速ビンタ。
「く、くそっ。お前、まさか【強化魔法】を使ってるんじゃ・・・うぼぁっ」
「ただの、平手打ちですよ」
ジョルジュが言い終わらない内に、回答と言わんばかりの高速ビンタが飛び。
ジョルジュの大きな身体は再び、運動場をバウンドした。
「おい、お前ら! 試合を止めろっ、ルール違反だっ」
「いや、でもよぉ・・・」
実は、取り巻きは開始時点から既に【強化無効】の魔法を施していた。
もし仮に、サーラが命の危険を感じて魔法を使用しても、それを阻害出来るように、と。
「そいつ、“素”ですぜ」
「そんな、馬鹿なっ・・・うぼぉっ!」
【火球魔法】で傷すら付かず、【念動魔法】では止まらないサーラの剛腕。
「おい、やめ・・・ぶぼぉっ!」
バチィンッ!!
「く、くそぉっ!」
防御替わりに、と杖を構えるもバキィッと一瞬で折れる始末。
「お、俺の大事な杖が・・・」
樹齢数千年の霊樹から取ったと言われる高級木材を用いた、特別製の魔法杖。
一般庶民の家ぐらいは軽く買えてしまうぐらいの、非常に高価な杖である。
「アナタの杖より、私の腕力の方が強かったみたいですね」
魔法使いの杖は基本、常に魔力を帯びている。
その強度は、只の木の杖の比ではない。
「魔法も効かず、杖も折れた訳ですが・・・」
サーラは、左手一本でジョルジュの大きな身体を持ち上げる。
「う、ぐ、ぐぅ・・・っ」
顔が既に倍ぐらいまで腫れ、ジョルジュは視線も定まらない。
「そ、そこまで!」
取り巻きが先生を呼んで来たのか、中止の声が掛かる。
「命拾いしましたね」
そう言って、吐き捨てつつジョルジュの身体をズザァッと放り投げた。
「うげぇっ」
「ジョルジュさんっ」
もんどり打って倒れ込むジョルジュに、取り巻きたちが駆け寄る。
「お、覚えてろよ。このままじゃ、済まさねぇ・・・」
そう呟くジョルジュの声は、サーラには届かなかった。