肉の日の喪女01「喪女の憂鬱」
Added 2024-04-28 15:00:00 +0000 UTC「ただいまぁ・・・っと」
私は、誰も居ないとわかっている自宅の鍵を開け、そう独り言ちた。
「今回もダメだったぁ・・・」
半年ばかり在籍した会社に出勤するのも、今日で終わり。
有り体に言って、“クビ”だった。
「はぁ~~」
つい、大きな溜め息が漏れる。
・・・グニュ。
「・・・あ」
私の手の中で、鉄製の鍵がグニャリと『U字型』に折れ曲がっていた。
「“また”、やっちゃったぁ・・・」
もう何度目か、わからない。また、大家さんに怒られてしまう。
「ん、っと」
無理矢理、指で戻そうとするも上手く行かず。
鍵の先端が、波を打ったようにグニャグニャ。
「まぁ、いっか」
どうせ盗られる物も、無し。当面は鍵なしで良いだろう、と。
一人暮らしの独身女性らしからぬ思考をしてしまう。
「取り敢えず、晩酌・・・っと」
堅苦しいスーツの上着を脱ぎながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
「無職祝いに、カンパーイ」
一人空しい、乾杯の音頭。
「んっ、んっ。んくっ、くっ・・・ぷはぁっ」
『350ml』缶を一気飲みすると、ホンの数秒で空っぽになる。
私はおもむろに、空き缶の飲み口に中指を掛け、底を親指で押さえる。
そのまま一呼吸で、縦方向にクシャッと“圧縮”した。
あっという間に、厚さ数ミリの“アルミ煎餅”の出来上がり。
こうやって薄く圧縮すれば、『瓶・缶(ゴミの日)』の手間が少なくなるのだ。
「種も、仕掛けも。なーんにも、御座いませ~ん」
誰も居ない、無観客な一人部屋。只一人、喪女な演者が居るだけ。
「・・・なんちゃって」
お道化る様は最早、空しいだけ。何だか、やってて悲しくなって来る。
いわゆる『スプーン曲げ』みたいな、手品をやる高等技術なんて持ってなくて。
テコの原理なんて一切働いていない、万力要らずの純粋な力技。
「だって、ねぇ・・・」
私からすれば、アルミ缶なんて紙細工も同然。
文字通り、“片手間”でパッとやれちゃう。
でも、実は。これでもまだ、手加減していたりする。
以前、缶コーヒーのスチール缶を、両手の平で挟んで圧縮したところ。
厚さ1ミリまで薄くなってしまい、お手製『コンパクトディスク』が完成。
ゴミ出しの時に、『どうやったらこうなるんですか?』と気味悪がられてしまった。
「何を頑張って、“こんなの”着てたんだろ」
私はスーツの下に、男物のワイシャツを着ていた。
全く可愛げのないデザインで、サイズは【XL】。
私の身長は、一般的な成人女性の平均より少し高い、『170cm』。
それでも、女物のブラウスは入る・・・と思っていた。社会人になるまで、は。
「どうして、“こう”なんだろ・・・」
ビールを飲み干して、手持ち無沙汰になった右手を握り込み。
肩の高さで、右腕をグググ・・・と折り曲げて行く。
「・・・ん」
少し“力(リキ)む”とグモモッ、とワイシャツの袖が急に膨らみ始め。
「・・・んぅっ」
そこから更に力を籠めるとモリリィッ、と砲丸と見紛うような大きな力瘤が盛り上がり・・・。
・・・ビッ、ビリィッ!
袖を引き裂きながら、ゴツゴツとした上腕二頭筋が姿を現した。
「女の腕・・・じゃ、ないよねぇ」
一見すると女性的な太さの上腕にドンッ、と砲丸が乗ったような状態。
男物とは言え、伸縮性の乏しいワイシャツでは抑え切れる筈もなく。
「何か、普通に脱ぐの面倒になって来た・・・」
正装勤務の会社だったので、仕方なく着ていたスーツにワイシャツ。
私が“その気”になれば、脱ぐという動作なんて必要ない。
「こう、かな・・・?」
昔、テレビか何かで観たボディビルダーを思い出し、『ポーズ』を真似る。
身体の前で両腕を『くの字』に曲げて、力を籠める。
首から背中に掛けて、一気に力を開放するイメージ。
「んんぅっ!」
首(僧帽筋)から背中(広背筋)に掛けての筋肉が、地殻変動した地面のようにモリィッと隆起。
私の背中は一回りどころか、二回りは大きくなり。
・・・ビリ、ビリビリリィッ!!
と、ワイシャツの背面を完全に弾き飛ばしてしまった。
「こんな事出来たって、何の得にもならないよね・・・」
二十代も半ばを過ぎた喪女による、秘技。
『筋肉シャツ破り』。
履歴書の特技欄に書こうものなら、引かれるか、気味悪がられるかのどちらか。
サーカスか雑技団を紹介されそう。今なら、動画配信者って線もあるのかな。
「単純に筋肉が凄いってだけなら、まだマシだったんだけどなぁ」
筋肉が凄いのは、あくまで間接的な原因。
会社を“クビ”になった直接の理由は、『備品の壊し過ぎ』だった。
意識せず、鉄製の鍵を圧し折り。
一瞬で、空き缶をペシャンコにする怪力。
それは、職場でも如何なく発揮された。
・・・いや、されてしまった。
ボールペンを圧し折るなんて、日常茶飯事。
職場のエアコン操作を頼まれ、リモコンをグシャッと握り潰す。
パソコンのキーボードを指で貫き、マウスもリモコン同様に破壊。
デスクの引き出しを開け閉めするだけで、拉(ひしゃ)げさせ開かなくなる始末。
「幾ら、筋肉女だからって、何も“こんな日”にクビにしなくっても良いじゃない」
『XX月29日』付けで、退職。飲食業界で俗に言う、【肉の日】。
勿論、語呂合わせで辞めさせられた訳じゃないんだけども。
「まあ、実家(ウチ)でも同じ事やってたんだから、しゃーないか」
職場環境だけでそうなっていたかというと、実はそうではなく。
そもそも、日常生活でやれていなかった。
それをいざ、会社でやれるかと言えば、まあ出来る訳がない。
「お父さんと、お母さん。元気でやってるかな」
私の両親は、今も健在。
実家で何不自由なく、普通に暮らしている。
ウチの両親は肉体労働に従事していたりとか、そういった事はなく。
親戚やご先祖様に至るまで、体格や身体的に秀でた者が居た、という話も聞いた事がない。
「何で、私だけが・・・」
一人っ子なので、蝶よ花よと育てられてはいたんだけど。
箪笥を壊し、畳を踏み抜き。引き戸は、粉砕。
木造家屋な一軒家での生活が、私に出来ないのは明白だった。
「可愛い一人娘を、単身で行かせるってどうなの」
そう、両親に問い質すも。『お前なら大丈夫』と太鼓判を押される始末。
『賃貸マンション』とは名ばかりの、六畳プラスキッチンにユニットバス。
そんな、現代社会の牢獄のような箱部屋に、私は放り出されたのだった。
Comments
感想、ありがとうございます。 社会人モノは久しく書いてなかったので、ゆるい感じで書いて行こうと思っています。 成長要素は、他作品と被らない程度に描く予定です。
デアカルテ
2024-05-07 04:27:27 +0000 UTC更新お疲れ様です。 筋肉先生が好きだったので、社会人筋肉娘とても楽しみです。 勘違いした男性に力を魅せつけたりするのでしょうか… 筋肉成長のタグも有るので更なる成長も期待しています。
okita
2024-05-07 02:49:11 +0000 UTC