―――――。
・・・・・・・ミヂ。
「・・・・・」
・・・・・ミチッ。
「・・・・・・・」
・・・ミチ、チ。
「・・・・・ぅ」
・・・・・ミヂッ。
「・・・うぅ、ん」
ミリ・・・ミリリ。
「・・・・・ん?」
・・・ミチチッ!
「・・・え」
モリッ。
何その、『モリッ』ってのは。夢にしたって、もうちょい擬音ってもんがあるでしょーに。
「うぅーん・・・」
変な夢・・・
モリィッ、モリリッ!
「夢じゃない!?」
私はガバァッと布団から飛び起きた。
ある意味、“それ”が切っ掛けであり、トドメだった。
「・・・あ」
ビリッ。
モリモリモリモリッッッ!!
ビリビリビリィッッッ!!!
「あ、あぁぁ・・・」
恐らく、私の身体はギリギリまで『6XL』の寝間着に収まろうと、頑張ったに違いない。
でも、身体の底から溢れ出る、力の奔流。筋肉の躍動を抑えることは、到底出来なかった。
「何、これぇ・・・」
もしかすると、私は初めて、リアルタイムで“身体が成長する様”を自分の眼で見たのかも知れない。
寝間着のあちこちは既に破けていたが、無事な部分も被害は免れず、徐々に身体がその範囲を広げて行った。
「はぁ、はぁ・・・」
その間、別に無呼吸ということは無かった。
例えばだけど、息を止めてる間だけ成長するとか、止めてる間は成長も止まるとか、そんなことも無く。
身体に栄養を供給する酸素の一呼吸ごとに、身体は徐々に肥大化して行った。
「む、胸・・・限界」
グググ・・・バァンッ!!
寝間着の胸元のボタンが、全て弾け飛んだ。中に着ていた寝間着と同じ『6XL』サイズのブラも、散り散りに飛び散った。
抑えの無くなった乳房が、ポロンと前方に押し出る。それまでの『Gカップ』より、明らかに大きくなってる・・・。
「ふぁ・・・」
あ、ダメ。欠伸が、出そう。
「あぁ~~あっ」
モリモリリッ。バリバリッ!!
つい力が入って曲げられた腕には、こちらもこれまで以上に大きくなった力瘤が、袖を完全に弾き飛ばしていた。
「あー・・・」
寝ていて、夜中に目が覚めた。私としては、本当にそれだけ。
ちょっと、悪い夢を見た。日常的には、ホンの些細な出来事。
「夢だと、良いなぁ」
本当に、悪い夢ならとっとと醒めて欲しい。
「今、何時・・・」
私はいつも枕元に置いてある、目覚まし時計を手に取る。
・・・ミシッ。
「え・・・」
私の手が、目覚まし時計に“喰い込んだ”。プラスチック製の時計にピシッ、と罅(ひび)が走る。
「うわ、わ」
私は慌てて、時計を枕に向かって放した・・・つもりだった。
ビュッ・・・ガシャンッ!
「あ・・・」
投げたつもりなんて無かったのに、時計は一直線に飛んで行った。
時計は物凄い勢いでベッドの端っこにある枠組みに当たり、砕け散った。
「もしかして・・・」
力が物凄く、強くなってる・・・?
「・・・・・」
私は、借り物の『No.3』のハンドグリップを手に取った。
グ。
「・・・!?」
あっという、間。一瞬で、グリップは閉じてしまった。
鉄製なので、プラスチックの時計みたいに一思いに握り潰しはしなかったけど・・・。
それでも、このまま力を入れ続けたらどうなるか。そう思えるぐらい、今の私には力が漲った感覚がある。
結局、何度か試して、“指三本”で『No.3』を閉じることに成功した。指三本で、127kg。
「でも、どうして・・・」
昨日、寝る前に身長を測った時は、確かに174cmだった。朝測った時と変わらず。
勿論、明子の提案通り、『DQ』は一度も起動していない。
部屋の柱を背に立って、恐る恐るペンで印を付ける。“恐る恐る”なのは、ペンを折ってしまわないように。
・・・というか。もう既に、二本ぐらい折っちゃったんだけど。今って、握力何kgぐらいあるんだろ・・・。
「うっそ、でしょ・・・」
『2m』の巻尺をフル回転させて、何度目かの真夜中の計測。
少々のことじゃ驚かないと思ってたけど、それでもやっぱりあちこちの数値がバグってた。
上腕は、力を入れずにダランと伸ばした状態で、36cmもあった。
因みに、ウェストは70cm。ウェストの半分の太さがある上腕、ってことになる。
そして、目一杯に力瘤を盛り上げると、二の腕周りは62cmにもなった。成人女子のウェスト並・・・。
上半身は、トップバストが132cm。これだけでも充分凄いけど、アンダーバストが・・・。
下胸・・・というか、胸板が99cm。女子高生の胸板が、99cm・・・。まあ、胸筋プラス背筋で、ってことか。
それでも、アンダー差が33cmあるので、堂々のJカップ。
そのJカップに成長したバストに比べると、ウェストの70cmは細い。超、逆三角形な体型になってる。
むしろ、ウェストの増えた4cmって、腹筋がぶ厚くなった分なんじゃ・・・。
「う、わぁ・・・」
残る、部位。私は一呼吸置いて、“それ”に巻尺を巻いた。
股下から膝上までの間の、寝間着のズボンの生地を全て弾き飛ばした、太腿。
身長を測ろうと、“気を付け”立ちした時。生まれて初めて、ギュギュという筋肉同士が擦れ合う音を聴いた。
普通、人間って両足を揃えて立つと、両膝が隣り合って当たる。真っ直ぐ立てば、基本的には“そう”なる。
だけど、今の私の場合、太腿に盛り上がる大腿四頭筋の隆起が凄過ぎて、腿同士が当たって膝が付かないのだ。
その数値は実に、82cm。成人男子の胸板並。
「・・・・・」
立て鏡で改めて、自分の立ち姿を見てみる。
海外コミックの某水夫のような、大きな力瘤。格闘ゲームの某女刑事キャラのような、極太の腿。
三度目ならぬ、四度目の正直。
もし、『DQ』が原因じゃないとしたら・・・一体、何が・・・。
本当に、“成長期”ってだけで“ここまで”になるんだろうか・・・。
――翌日。
セカンドオピニオンならぬ、サードオピニオン。病院としては、通算で三か所目。
「うーん。異常なし、ですね」
「そんな・・・」
三か所とも、同じ検査結果。
短期間でここまでの成長を繰り返したにも関わらず、検査結果は変わらず異常なし。
偶然は三度、続かない。この成長には、何かしらか原因がある。
ただ、その原因は“身体の異常ではない”、というのだ。
「どうしても、と言うなら“こちら”を紹介しますよ」
そう言って、病院の先生は一枚の名刺を手渡してくれた。
【麻隈スポーツ医学研究所 麻隈探】
「マスミ・・・・・タン?」
人名?にしては、普段見掛けない漢字が並ぶ。
「マクマ、サグル。そう読みます」
「・・・はぁ」
変わった、ってのは失礼だけど、珍しい名前・・・。
「トレーニング理論から、最新のスポーツ医学まで、幅広い分野を研究してる第一人者です」
精密検査で異常の無かったこの身体も、スポーツ医学の観点なら何かわかるかも知れない、とのこと。
――更に、翌日。
都合、二日連続で学校はお休みしちゃったけど、背に腹は代えられない。
「・・・ふむ。貴女が件(くだん)の・・・。お話は伺っていますよ」
麻隈探(マクマサグル)先生は、白髪交じりの中年の先生だった。白衣を着た、良くも悪くも本当に普通な先生。
「よ、よろしくお願いします」
白衣の下は恐らくスーツな先生と比べて、私は非常にラフな格好をしていた。
Tシャツに短パン。
まるで体育の授業を受けるみたいな格好だけど、そう指定されたのだから仕方ない。
「まあ、そう身構えないで下さい」
血液や細胞を採ったりはしないので、と先生は話した。
確かに、その辺の検査はもう散々やった。もうこれ以上、やれることが無いぐらいには。
「・・・しかし、確かに凄いですな」
先生は、私の姿を見て、そう言った。
一言でTシャツに短パンと言っても、サイズは『7XL』。しかも、『メンズ』。
女物のレディースではなく、男物のメンズサイズ。『7XL』ものビッグサイズになると、レディース自体が無いのだ。
『7XL』は、身長2mオーバーの人でも着られるかなり大きなサイズ。なので、丈は凄く余裕がある。
Tシャツの胸周りは何と、170cm。普通の人の身長レベル。私のJカップバストを収めても、まだまだ余裕がある。
短パンも、ヒップ周りが150cm。胸もお尻も40cm近く余裕がある計算。
首周り、肩幅。胸周りに、お尻周り。どの部分も、余裕。
逆に言えば、これだけ余裕があるのに、下のサイズだとダメな理由。それは勿論、二の腕と太腿のせいだった。
「こう言っては何ですが、腕も脚も何をやったらそんなに? スポーツでも?」
「いえ、特には・・・」
先生は驚く、というよりはどちらかというと『ご冗談を』といった表情をした。
まあ、その気持ちはわからなくもない。むしろ、冗談で済めばどれだけ良いか。
「・・・ふぅむ。ま、取り敢えず測ってみましょうか」
巻尺による目分量じゃない、ちゃんとした測定。身長、体重。身体の各部位の正確な周囲。
「次は、“これ”を握って下さい」
「これ、何ですか」
レバーというかグリップが付いた装置。グリップから太いチューブが伸びて、大きな機材に繋がっている。
「これは、特製の“筋力計”です」
「筋力計・・・」
既視感があると思ったら、グリップ部分は握力計のそれだった。
付属している機材が余りにゴテゴテし過ぎてて、却って気付かなかった。
「先ずは、右手で思いっ切り、目一杯これでもかと力を入れて握って下さい」
「あ、はい。じゃあ、んぐ・・・っ!」
私は先生に言われるままに、グリップを右手で握り、渾身の力を込めた。
「次は、左手。終わったら、今後は背筋力を測りましょう」
左右それぞれの手で、グリップを数回繰り返し握った。
その後、グリップ部分の自転車のハンドルバーのような物に付け替え、背筋力を測った。
アタッチメントを付け替えることで、色んな筋力を測定出来るらしかった。
「最後に、“腕力”を測ってお終いです」
「腕力、ですか・・・」
腕力測定、は聞いたことがない。
「まあ、バーベルカールみたいなものです」
「・・・はぁ」
『バーベル』は物体としては知ってるけど、“カール”なるモノが何かは知らなかった。
「カールをご存じない、か。いやはや」
何か、私の知らない所で先生は呆れていた。
台に両肘を載せて、固定。背筋力測定の時とは逆に、“逆手”でバーを持つ。
バーを手前に引くように、思い切り力を込めた。バーが上方に引かれるのに比例して、モリモリっと力瘤が盛り上がる。
ピチッ、ピチチッ!
「え・・・っ」
余裕があった筈の、Tシャツの袖がいつの間にかパンパンに張っていた。
「あー、“それ”はパンプアップという現象ですね」
「“パンプアップ”?」
トレーニングとかに精通してなくても、聞いたことぐらいはある単語。
筋肉に負荷が掛かると、体内物質が筋肉に送られ、筋肉が膨らむ作用のことを言うらしい。
「これが、パンプアップ・・・」
二の腕が一回りは大きくなり、上腕二頭筋のあちこちで血管が浮き出ている。
只でさえ大きな力瘤が更に膨らみ、袖回りはもうギッチギチになってる。
ジジ、ジ。
「ようやく、測定結果が出ました」
程なくして、プリンタから印刷物が出て来た。
パンプアップ収まれ~、と私が自分の腕と格闘している内に、測定が終わったようだった。
「・・・・・」
巻尺によるどんぶり勘定ではなく、かなり細かく正確な数値が出ていた。
「先ず、最初に言っておきます。貴女は、病気ではありません。疾患なども無く、異常はありません」
「・・・やっぱり」
町の医者から大学病院まで、色んな病院で診て貰った結果と、同じ診断。
「もう一度、確認します。スポーツや運動経験、それにトレーニング経験は?」
「ありません。学校の体育の授業ぐらい、です」
何を今更、な質問。
「で、あれば。計測結果は、充分に“異常”と言えるでしょう」
「・・・!?」
医者から“異常”と告げられたのに、心の底から喜んでいる自分が居た。
「実際、筋肉が付き易くなる“症状”の方は居ます。ですが、貴女はそういった症例でも無い」
通常、人体は筋肉が付き過ぎないよう、抑制が掛かるようになっている。
遺伝子異常などにより、そういった抑制が掛からない場合、異常な筋肥大となってしまう。
「また、当然ながら特殊な薬物を摂取した訳でも、異常な量のトレーニングを積んだ訳でもない」
ボディビルダーの中には、薬物で自発的に筋肉を抑制させる、いわゆる『ドーピング』する人も居るらしい。
勿論、私は“そんなこと”してないし、ましてやトレーニング経験も無い。
「第一に・・・こう言っては何ですが、“そこまで”筋肉が付くぐらい鍛えると、普通は乳房は小さくなるんですよ」
「そう、なんですか?」
男女問わず、筋肉を付ける為にはどうしても脂肪を落とさざるを得ない。
脂肪を落とさず鍛えると、それこそプロレスラーや相撲取りみたいな体型になる。
「貴女みたいに体脂肪率が8%まで削ぎ落されてるのに、胸の脂肪が落ちて無いのは通常、有り得ない」
体脂肪率8%は、ボディビルダーとまでは言わずとも、一流のアスリート並・・・らしい。
「人為的な努力では作り得ない凄まじいプロポーションなのに、“自然な肉体”なのが“異常”なんですよ」
それこそ、“神”か“悪魔”が齎した、かのような。
「まさ、か。はは・・・」
“そこ”はつい最近、否定された・・・筈。
「更に・・・」
「・・・更に?」
まだ、あるんだろうか。
「もし仮に百歩譲って、その筋量が有り得たとして・・・」
実際、男性のボディビルダーには劣るし、女性のトップビルダーなら今の私以上も、居るには居るらしい。
「トレーニング経験の無い女性が、握力200kgに背筋力560kg。こんな筋力持ってること自体、異常でしょう」
そりゃ、そうよね・・・。尤も過ぎて、グゥの音も出ない。
男性ビルダー未満な筋量なのに、ギネスに載り兼ねない怪力。握力の世界記録は、192kgだとか・・・。
大昔から、人体が発揮出来る筋力は、500kgが限界だと言われて来た。骨や腱が耐えられないらしい。
ここ数年でようやく、『デッドリフト』というバーベルを挙げる競技で500kg超えが達成された、ぐらい。
因みに、腕力の255kgという測定結果は、片腕換算。両腕で行った腕力測定の結果は、510kgだったらしい・・・。
「お相撲さんを片腕でリフトアップ出来る女性は、世界広しと言えど、貴女一人だけでしょう」
「あー、はは・・・」
お相撲さんなんて持ったことないし、今後も持とうとは思わないけど・・・。
「身体面以外・・・例えば、精神的な部分で何か心当たりは無いのですか?」
「心当たり・・・」
私は精神科を紹介される覚悟で、『DQ』のことを話した。
「・・・ふぅむ。俄(にわ)かには信じ難いですが、一つ挙げるとすれば『プラシーボ効果』でしょうか」
『偽薬効果』や『プラセボ効果』と呼ばれる、いわゆる・・・
「“思い込み”による効果、ってことですか?」
「その可能性がある、って話ですね。精神と肉体って、想像以上に密接に関わっているのです」
プロスポーツ選手の『ルーティーン』に、『イメージトレーニング』。
『幻肢痛(ファントムペイン)』など、精神ありきで肉体に効果を及ぼす例は枚挙に暇が無い。
「ただ、貴女が言う『ゲーム』の効果も、否定された訳ではありません。なので・・・」
“次”何かあった時に、改めてここを訪れることになった。
“その時”の数値と、今日計測した数値との比較で何かわかるかも知れない、ということらしい。
「念の為、今日帰ったらその『ゲーム』のステータスを確認してみるのも良いかも知れません」
その数値も、次の時との比較になるから、と麻隈さんは言った。
「うーん、一度も起動してないんだから、何も変わってない筈・・・」
帰宅して一息付いた後、私は久々に『DQ』を起動した。
「・・・・・・・・・っ!!?」
私は、自分の眼を疑った。
「・・・え、嘘。どうし、て・・・・・」
数週間振りに見る、ゲーム画面。アバターとステータス。
アバターの頭身と、ステータスの数値。その二つとも、明らかに“増えて”いた。
デアカルテ
2020-09-01 12:46:55 +0000 UTCデアカルテ
2020-09-01 12:45:37 +0000 UTCokita
2020-09-01 07:18:35 +0000 UTC名無しです
2020-09-01 00:09:16 +0000 UTC