「仁美、もうこんな時間」
「今日はもう、帰ろっか」
その日は結局、何だかんだでウェイトリフティング部に長居してしまい、帰る頃には陽が暮れていた。
「じゃあ、またね」
「うん、またー」
『○×スイーツ』はまた今度、ということになりそのまま帰宅。
「さて、と」
帰宅するなり、『DQ』を起動。
「ま、そうだよね」
レベルはあれからちょくちょく上げて、というか上がっちゃって。今ではもう、『レベル75』。
普通のRPGなら、もうクリア出来ていてもおかしくないレベル。
・・・なんだけど、新大陸に入ってから、敵が強いのなんの。
晴井さんの件もあって、フレ枠を借りずにやってるんだけど、それもあって中々先に進めない。
ソロプレイなので、ミスって死んでしまわないかという恐怖。
そして、仲間が居ない分だけ経験値が入る割合が多いのか、未だに“普通に”レベルが上がってしまう。
通常、高レベルになればなるほど必要経験値が多くなり、相対的にレベルアップ速度は遅くなる。
「・・・・・」
フィールドの広さ的に、もう少しでラスボスという感じはしない。
そして、あまり落ちないレベルアップ速度。
「カンスト、あるのかな・・・」
いわゆる、カウントストップ。
どんなゲームであっても、大抵は設けられているステータスの上限値。
某有名RPGならレベルは『99』、ステータスは『999』が上限。それ以上は何をやっても上がらない。
「まさか、ね・・・」
私は考えるのをやめた。
この『DQ』という悪魔のゲームは、取説も攻略サイトも存在しない。
ステータスに上限があるかどうかは、自分で確認するしかない。ゲーマーとして、それは正しい。
「もし、レベルが・・・」
裏を返せば、確認するということはどんどんレベルを上げて行かなきゃならない訳で。
そもそも、この新大陸ってゲーム的に“何合目”辺りなんだろう。
この、普通の人間感覚だとバグッてるとしか思えない身体データ。
アバターも、十頭身ぐらいあって何かバランスがおかしい。尤も、今のリアル体型もそうなんだけど。
もし、これがまだ“途中”でしかないとしたら・・・。
「じゃあ、ヤメる・・・?」
私は敢えて、声に出して自問した。
ここまで大きくなった身体が、まだまだ大きくなってしまうジレンマ。
かと言って、レベルを上げずに放置していると、誰かに借りられて死んじゃったりしないか、という恐怖が付いて回る。
「重田君の先輩。あれ多分、180cmぐらいあったよね」
今日、ウェイトリフティング部で見た重田君の先輩は凄く大きかった。大きいだけじゃなく、逞しかった。
「・・・・・」
自分の腕や、脚を見てみる。
それでも、私と比べれば大人と子供だった。いや、巨人と人間、そのぐらいの差があった。
130cmにまでなった超極太の太腿は、早々に私からズボンという選択肢を無くした。
今日は更に、力瘤マックスで119cmにまで肥大化した二の腕も、既に通せる袖の衣服が存在しない。
腕と脚が強烈過ぎるけど、胸元もおかしい。
アンダー141cm、トップバスト183cmのMカップの超爆乳。バスケットボールが二つ、胸に載ってる。
ヒップも、アンダーバストと同じ141cmで、地味にスカートの腰回りが逼迫していた。
アンダーバストとヒップが同サイズだとドラム缶体型に思えてしまうが、ウェストは87cmと身長を考えればキュッと縊れている。
因みに、87cmの内、数センチはゴリッゴリに盛り上がる腹筋の隆起によるものだ。
「こんなに小っさかったっけ・・・」
私は、車庫にある車の前に立っていた。
車庫と言っても屋根などはなく、一軒家に良くあるタイプの、青空車庫。車庫には、オーソドックスなセダンが鎮座している。
両親はまた、仕事で出掛けて行った。今度は遠方に出張らしく、車を使わずに公共交通機関で行っちゃった。
「やっぱり、私の身体のサイズっておかしいよね・・・」
持ち主の居ない車の前に、私は立っていた。お腹あたりに車のルーフ(屋根)がある。
前は、車の高さと私の背の高さは同じぐらいだった筈なのに。
「・・・んっ」
フロントバンパーに両手を差し込むと、徐々に車体を持ち上げて行く。
フロントエンジンなので、車の前半分は重い筈なんだけど・・・。
グガ、ガァッ。
リアのバンパーが地面と接触して、嫌な音を立てている。
あっという間に、セダンの大きな車体が斜めに立ち上がった。
「この辺、かな?」
車の下面に手を這わせながら進んで行き、重心のあるポイントを探し・・・。
「ぬぅんっ!」
両腕に一気に、力を籠める。
モリモリモリッ!
肩や腕に、これでもかと筋肉が盛り上がる。
もし今、上半身を包んでいるのがタンクトップでなければ、あっという間に破けていただろう。
学校では試せなかった、“重量”挙げ。
車体重量1050kgの、超高ウェイト。それが、地面から2m以上の高さに、浮いている。
ギュギュギュ。
「・・・ん?」
聞き慣れない音が、下半身から聞こえて来た。
車庫の傍に家の縁側のガラス扉があるんだけど、そこで今の現状確認。
「太腿、すご」
今まで見たことが無いぐらいに太腿が太く、大きくなっていた。
下半身から聞こえたのは、太腿同士が擦れ合う音だったのだ。
「そっか」
重量挙げって、身体全体の筋力を使うのだとこの時、知った。
「・・・・・」
ガラス扉に写る、自分の全身を見て絶句してしまった。
首から肩に掛けての僧帽筋が分度器のように扇型に盛り上がり。
肩の三角筋、上腕二頭筋の大きく丸々として筋肉の山が連なり。
自動車をリフトアップしているのが女子高生とは思えないような、肉肉しいシルエットをしていた。
地球を支えるアトラス神は、地球の重みを何とか肩で支えているが。
一方の女子高生の私は、車体下部を両手のみで支えている。
その重量を請け負う下半身も、肥大化して隙間の無くなった二本の大理石の柱が土台となっていた。
「自動車挙げ・・・なんちゃって♪」
誰も聞いていないのに、独り言でボケた。
そんな変な空気になってしまう程、今の自分の光景は異様と言わざるを得なかった。
グァンッ、グァンッ。ギュギュ。
「ふ、ぅんっ」
ついでに、というか。試したら、出来ちゃった・・・。
グァンッ、グァァンッ。ギュギュギュゥッ。
軽自動車ではない、一般乗用車を持ち上げたままの、『スクワット』。
後から知ったけど、バーベルを持ちながら負荷を掛ける『バーベルスクワット』なるトレーニングがあるらしい。
私は、それを思い付きでやってしまった。しかも、バーベルの代わりに自動車で。
「・・・あれ。何か、“イイ”かも・・・♪」
私は、初めて味わう恍惚感のようなモノを感じていた。
筋肉を苛める負荷。それは、トレーニング未経験の私が知る筈のない感覚だった。
まして、いきなり超怪力をゲットしてしまったのだ。
今日のウェイトリフティング部でのバーベルですら、重さを感じなかった。
そんな私にとっての初めての、“適度な抵抗”だった。
ゲーム的に言えば、歯応えのある難易度ってところだろうか。
『DQ』の新大陸の強ザコ敵が、正にそんな感じなんだけど。
「ふぅ、良い汗を掻いたぁ」
喉が渇いたので、コップを手に取・・・
グシャッ。
「・・・あ」
“ステンレス製”のコップが、一瞬でグシャッと潰れてしまった。
「うわぁ、びちゃびちゃ・・・」
コップに入れてたのが、ミネラルウォーターで良かった。
「何だろ、力加減が・・・」
ガラス製のコップを手に取ってみる。
バリンッ!
「きゃ」
ガラス製のコップは、一瞬で粉々になった。
割れて手を切るとか、そういうレベルじゃなく。文字通り、粉々。ガラス片すら残ってない。
「もしかして・・・」
考えたくない。考えたくないけど・・・。
今まで、“無意識に手加減”してた、ってこと・・・?
“自動車挙げ”で筋肉に負荷が掛かって即、パワーアップなんてのは流石に有り得ないと思う。
けど、今まで筋肉の使い方がわかってなくて、セーブされてたところに。
負荷を掛けたことで、私の身体がパワーをセーブするのをヤメて、“普通に筋力が発揮された”ってこと・・・?
「や、まさか。ちょっと身体が興奮しちゃってるだけよ。きっと、そう」
クールダウンすれば、きっと大丈夫。
「・・・そ、っと」
バリンッ!
「・・・・・あ」
また、ヤッちゃった。
ウチにあるガラス製のコップは全て握り潰しちゃった。陶器製の茶碗も、みんな握り潰した。
箸は勿論、シャーペンやボールペンなんて、言うに及ばず。片手に収まるモノは例外なく、“脆く”感じる。
背が高くなり、筋肉が尋常じゃなく大きくなったせいで、着られる服が激減して。
今度は、超怪力と思ってたのはまだ手加減した状態で。実は、更にマシマシの超々怪力だった、なんて。
「今、握力ってどのぐらいなんだろ・・・」
握力に関しては、あの研究所にでも行かない限り、現状の数値を測りようが無かった。
ハンドグリップを一瞬で握り潰してしまうことからも、推定で200kgオーバーは間違いないんだけど。
だが、“200kg程度”で済む筈が無い、のは実感していた。
「腕相撲なんて言ったけど、もう冗談でも絶対に言えない・・・」
下手をすれば、相手の手を握った時点で、グシャッとコップのように握り潰してしまう恐れがある。
握手も、出来ない。
この件は、スマホに対しても例外ではなく。スマホも何度か握り潰し、その度に買い替える羽目になった。
『DQ』は地味にバックアップ機能に対応していて、事なきを得たのは不幸中の幸いだろうか。
――次の日。
「なぁ、昨日のことなんだけど」
「あ、重田君。おはよう」
朝の挨拶も漫(そぞ)ろに、重田君が話し掛けて来た。
「昨日のって、全力だった? ってか、何割ぐらい本気出してた?」
「あー、うん。・・・いや、どうだろ」
そっか、と重田君は何か得心が行ったようだった。
「普通、全力出してれば覚えてるもんだからな。覚えてないってことは、まあ・・・」
もし、昨日のバーベル挙げで“全力を出せる程度の力しか私に無かったら”どれだけ良かったことか。
つい、興味本位で『自動車挙げ』やら『自動車スクワット』なんてヤッちゃったせいで。
その結果、チャクラが開いたというか、力の扉が開放されちゃった、というか。
「昨日のバーベル、“手形”が付いてたんだよね・・・」
「へっ、手形?」
『手形』っていうのは勿論、社会の授業とかで出る『通行手形』ではなく。
文字通り、“手の形の跡”って意味で。
「しかも、シャフトが『V字』に折れ曲がってた」
「え、うそ」
バーベルの鉄の棒・・・シャフトって言うんだっけ。それに、私の握った跡が付いてて。
更に、そのシャフトが曲がってた、ってこと・・・?
「いや、誤解しないでくれ。別に弁償しろとか、そういう話じゃないんだけど・・・」
どうやったのか、気になってる口振りだった。
ってか、そんなこと“全く気付かなかった”。
「じゃあさ、手形は無理にしても、曲がったのは戻そっか?」
「え。そんなこと、やれんの?」
無料クーポン貰った手前、無下にも出来ないし。まあ、そのぐらいなら。
「その代わり、もし“もっと酷い事”になったら・・・ゴメンね?」
「ん? あ、ああ、大丈夫」
重田君は、何言ってんだろ、という表情をしていた。
――放課後、再びのウェイトリフティング部。
「ほら、これ」
確かに、昨日私が触ったバーベルは、丁度真ん中に手形が付いていた。更に、『V字』に湾曲している。
「これ、戻せば良いんだよね?」
「あ、ああ」
私はラックに置かれてるバーベルの折れた部分を避けるように、両手を添えた。
そっと持ち上げると、昨日以上に何の抵抗も無く、バーベルが持ち上がる。
「あ、ウェイト付けたまんま・・・っ!?」
「・・・あ」
グニャリ。
バーベルが、『∩字』に折れ曲がった。
折れたというか、逆方向に完全に二つ折りにしてしまった。
「ゴメン、戻すね」
「お、おいっ」
グニャリ。
「あ、あれ・・・?」
今度は、『V字』方向にピッタリと二つ折りになった。
「嘘、だろ」
「マジかよ・・・」
傍で見ていた他の部員も、信じられないモノを見るような目で見ていた。
10kgもの鉄の棒が、粘土を捏ね繰り回すように、あっちに折れ、こっちに折れ。
私としては、昨日と違うのは“制服の着こなし”ぐらい。
右袖がお釈迦になったとはいえ、直ぐに同サイズ以上の制服は用意出来ず。
仕方なく、ノースリーブ状態で【8XL】の制服を着ていた。
「・・・ねぇ。君の腕、昨日より太くなってない? 事前にウォームアップしたりした?」
他の部員が、余りの事態を見兼ねて私に話し掛けて来た。
「いえ、特には・・・」
“今日は”何もやっていない。
「腕周り、昨日みたいに測ってみても良い?」
「あ、はい」
一旦、二つ折りになったシャフトを床に置いて、再びの力瘤測定。
「123cmあるよ」
「・・・え?」
昨日の今日。たった一晩経過しただけで、プラス4cm。
「誤差、ですよね・・・?」
「うーん、確かにパンプアップしてないけど・・・」
「じゃあ・・・」
「だからこそ、これって筋肉増えてるよ」
パンプアップではなく、バルクアップ。瞬間的な筋肉膨張ではなく、恒常的な筋肉肥大。
「もし昨日のが測り間違いとかじゃないなら、普通は一日で4cmも増えないよ」
「そん、な・・・何で」
何もしてないのに、何故。
「・・・・・あ」
「何か、やった?」
いえ何でも、と誤魔化した。
今日やってないだけで、昨日は思いっ切りヤッてしまっていた。
昨日、勢い余って自宅で“自動車挙げ”してました、なんて言えない。
別に隠す事じゃないし、話したところで冗談扱いされるかも知れないけど。
だけど、もし普通に事実として受け止められたら、それはそれでショックなのだ。
まして、“自動車スクワット”やったなんて、口が裂けても言えない。
「何か、ゴメンね。ホントにそういう病気なんだね」
「ああ、いえ。お気になさらず・・・」
何か、病人扱いされてしまった。
確かに、方便として『筋肉成長症候群』で通したのは私自身なんだけども。
身体が筋肉の使い方を覚えた影響が、ホントに有り過ぎる・・・。
昨日ちょっと負荷を与えただけで直ぐに、私の筋肉はこのままでは足りないと肥大化したのだ。
「すみません。もっかいだけ戻したら、今日は帰りますね」
せめて、今日出向いた目的だけはやってしまおうと、つい“力が入って”しまった。
ブチィッ!!
「「「っ!!?」」」
「あ、あれ・・・」
何度も折り曲げ、折り曲げを繰り返したシャフトは馬鹿になってしまっていたようで。
鉄製の棒は、折り目の所で真っ二つに破断されてしまった。
「え、うそ。え・・・」
鉄を、引き千切っちゃった・・・?
「はは、こうやって見ると“ダンベル”みたい、です・・・よね。ははは・・・」
私は、半分こになったシャフトに付いたままのウェイトプレートをダンベルに見立て、挙げ下げして見せた。
結局、私が千切っちゃったバーベルは“老朽化してた”事になった。
勿論、その後、重田君が私に声を掛けて来ることは無かったのだった。
デアカルテ
2021-07-02 05:52:36 +0000 UTCデアカルテ
2021-07-02 05:51:26 +0000 UTCokita
2021-07-01 07:22:03 +0000 UTC名無しです
2021-07-01 07:02:50 +0000 UTC