「特に、異常は見られませんな」
「いや、そんな筈は・・・」
剛一郎より歳上と思われる、精悍な顔付きの白衣を着た男。
白髪を見るからに、医者としてもかなりの年配者。
小さかった我が子が、一晩で大柄な自分とタメを張る程に成長。
小夜子の身体に、何か良からぬ事が起きているのではないか、と思い。
方々の病院に電話を掛け捲り、ようやく検査に応じてくれる大学病院に行き着いた。
そんな親の心配や焦りを、大学病院の医者先生は一蹴した。
「筋肉に、骨。内臓に消化器官、呼吸器系。全て問題なしの、健康優良児ですな」
「でも、一晩で・・・」
「その話ですが、本当に一晩で大きくなったのですかな?」
「・・・な」
あろうことか、医者は小夜子の成長過程を疑っていた。
「では聞きますが、前日の身長や体重は? 一週間前は?」
「・・・あ、いや。それは・・・」
剛一郎は、口籠ってしまう。
身長も体重も、定期的な記録を採っていたりはしない。
「毎日顔を合わせていれば、日々の変化には気付かんもんです」
身長も体重も、徐々に増加していて。
それに気付いていなかっただけではないか、というのだ。
「でも! 八歳で『188cm』なんて、どう考えても異常ですよ」
「自分の娘さんに“異常”、なんて言葉を使うものではないですな」
遂には、窘(たしな)められてしまう始末。
「・・・では。あの筋肉は一体、どういうことなんです」
身長だけならまだ、『発育が良いだけ』で済むかも知れない。
しかし、『147kg』という超ヘビー級の筋肉ボディは、やはり異常としか思えない。
「体質、としか言いようがないですな」
「そんな、乱暴な・・・」
遺伝子やホルモンバランスにも、異常は全く検知されなかったという。
「ミオスタ・・・ナントカっていう、症例を聞いたことがあるんですが」
「おや、お詳しいですな」
一昔前、『ミオスタチン関連筋肉肥大』という症状が話題になった。
『ミオスタチン』という蛋白質は、筋肉の過剰発達を抑える役割を持つ。
しかし、その『ミオスタチン』の量が少ないと、異常な筋量になってしまう。
「食事量が多いと伺ったので検査しましたが、正常値でしたよ」
小夜子の成長は、正常な範囲での発育だというのだ。
異常に見えても、体調面での不具合は皆無で。
結果、小夜子の現状を表す言葉が、『体質』しかないということだった。
「私としては、むしろ貴方の方が重症なんですがね」
「私が、ですか」
実際、剛一郎は右肩に『腫れ』を起こしていた。
原因は勿論、亜脱臼を無理に修復した事による三角筋の炎症反応。
「幾ら肉体年齢が若いとは言っても、過信してはいけませんな」
「は、はぁ・・・」
その重症の原因を作ったのが、年端も行かない愛娘なのだが。
剛一郎は、今ここでそれを説明しても無駄だと感じた。
「まあ、娘さんに関しては、少し“育ちが良い”程度ですな」
経過を見守るよう伝えると、医者は診察終了とばかりに退室を促す。
「ありがとうございました」
剛一郎は礼を述べつつも、ここには二度と来るまいと内心思った。
実際、身体面で何も無い以上、大学病院でやれることはもう無かった。
小夜子の“肉体面”については追い追い、別の機関で調べるしかない。
「あなた、どうでしたか」
「異常なし、だそうだ」
待合室で待っていた妙子に、苦虫を噛み潰したような顔で伝える。
「ママー、疲れたぁ」
「っ!? 小夜ちゃん、ちょっと待っ・・・」
小夜子は疲れを感じると、いつも剛一郎か妙子に寄り掛かるのが癖だった。
しかし、今の小夜子は妙子が支えられるような体格ではない。
「小夜子っ! 自分・・・で、立ち・・・なっ、さいっ」
慌てて、剛一郎が妙子の背中を支える。
結果、大人二人掛かりでやっと、愛娘を受け止める事が出来た。
「あ、ごめんなさい」
小夜子は倒れそうな二人を支えようと、背中に両腕を廻し。
スクッと立ち上がった。
「うぉっ!?」「きゃっ」
膝を曲げた状態だったとはいえ、二人の足が床から完全に浮いていた。
「お、下ろしなさいっ」
「・・・?」
当の本人は事態がわかっていないのか、はてなマーク。
「小夜ちゃん、手を放して」
「はーい」
小夜子は、持ち上げていた両親をストッと床に下ろした。
「あなた、今・・・」
「ああ・・・」
言わずもがなの体格な剛一郎に、肉付きの良い妙子。
二人を合わせれば百キロ台後半、二百キロ近い重さになる。
「小夜子、重くなかったのか?」
「ん-、何がー?」
愛娘は、二百キロ近い高重量を持ち上げたことすら、認識していないようだった。
「私って、チカラモチなのかなぁー」
小夜子は、おもむろに右腕を肩の高さで折り曲げる。
覚えたばかり、覚え立てホヤホヤの『バイセップスポーズ』。
ミチチッ・・・ビリ。
「「っ!?」」
「・・・あ」
軽く曲げただけにしか見えない小夜子の二の腕は、こんもりと膨らみ。
体型を隠す為に着せていた厚手のジャケットの袖を、破いていた。
ドッジボール並に大きく丸みを帯びているにも関わらず、綺麗な球体ではなく。
上腕二頭筋と三頭筋がそれぞれ隆起し、ゴツゴツとした岩石を思わせる頑強さ。
「パパ、ごめんなさい。破けちゃった」
小夜子は、剛一郎の驚きがジャケットを破かれた事に起因するのだと思ったようで。
「あ・・・いや、違うんだ。気にしなくて良いんだよ」
剛一郎は慌てて、それを否定した。
剛一郎は勿論、自分のジャケットが着れなくなった事に落胆した訳ではない。
小夜子には、家のクローゼットの中で一番大きなジャケットを着せていた。
剛一郎が着ていてさえ、大柄な体型を隠してしまう程の大きなサイズ。
最初に着せた時、裾の丈は合っていたので、サイズは問題ない。
そう、思っていた。
しかし、冷静になって見てみれば、太い頸は隠し切れておらず。
肩は丸く競り上がり、袖に至っては無事な左腕もパツパツに張っている。
「あなた。一先ず、車に戻りましょう」
「ああ、そうだな」
小夜子を、衆目に晒さない為のジャケットだったが。
思った程の効果が得られていないのは間違いなく。
小夜子は、いつの間にか周りの注目を集めていた。
流石に病院内ということもあってか、携帯で撮影するような不逞の輩が居ないのは幸いか。
「・・・ふぅ」
駐車場に停めてあった車に戻るなり、剛一郎は一息付く。
いや、溜息といった方が正しいだろうか。
家から遠く離れた大学病院まで慌てて、車を走らせ。
数時間掛けて精密検査を受けさせた結果が、『異状なし』。
『異常なし』という結果そのものは、歓迎すべき所なのだが。
検査結果と、後部座席で寝息を立てている小夜子の肉体が、どうしても結び付かない。
「やっぱり、緊張して気が張っていたんですね」
「そうだな。興奮気味だったのも、慣れない事をしたせいだろう」
破れたジャケットを脱がせて、後部座席に座らせたところ。
落ち着いたのか、小夜子は直ぐに眠ってしまった。
ジャケットの下は、これまた剛一郎のシャツを着せていたのだが。
まるで暴漢にでも襲われたかのような、酷い状態だった。
太い頸に耐え切れず、襟筋は裂け。肩口は幾つも穴が空いていた。
胸元のボタンはいつの間にか弾け飛び、妙子のブラが露わ。
袖に至っては、右だけでなく左腕も力瘤の部分が大きく破れていて。
薄く血管が走る上腕二頭筋が、腕の可動に合わせて隆起していた。
「くー、くー」
「寝息はこんなに可愛いのに・・・」
ミチッ、ミチチ。
寝息を立てる度に肺に空気が溜まると、それに釣られて胸元が膨らむ。
その只の呼吸で、剛一郎のシャツは悲鳴を上げる。
「くー、くー」
ミヂ、ミチチッ。
「ふがっ」
鼻が詰まったのか、小夜子が身を捩ると・・・。
ビリッ、ビリリッ。
「・・・っ、あなた」
「・・・ああ」
ボタンが飛んで、胸に張り付いているだけの生地を。
小夜子は寝ながら、胸の前後運動だけで破いて行った。
「一先ず、服を買いに行かないとな・・・」
掛け布団かわりにジャケットを被せてあげると。
半ば、問題の先送りから目を逸らすかのように、小さく呟いた。
デアカルテ
2024-12-22 22:40:02 +0000 UTCokita
2024-12-19 06:05:00 +0000 UTC