白衣の女03「夜の路地」
Added 2025-03-04 15:00:00 +0000 UTCそれは、白衣の女だった。
街灯の少ない暗い夜道を、女は歩いている。
少し暑いぐらいだが、夜風はある。“上着”を着ていること自体は何ら、不思議ではない。
しかし、女性は他に、誰一人として居なかった。
道端に座り込み、何かを売る者。全身の刺青を曝け出し、ダンスに興じる者。
近寄り難い空気を纏った者が大半で、一般人と呼べる者は皆無。
ここは、“そういう場所”だった。
「よぉ、オネエさん。クスリ、やらねぇかい?」
道すがら、いきなりドレッドヘアの男が話し掛けて来た。
「クスリ、ね。興味ある・・・わ」
「そいつぁ、良い。“こっち”、来なよ」
男はそう言って、明らかに怪しげな路地を指す。
「・・・・・。良い、わ」
「へへっ。話が早くて助かる」
首肯した女を連れ、男は路地へと進んで行く。
「クスリは、これだ」
男は、懐から『小瓶(アンプル)』を取り出した。
「・・・お、っと」
女が受け取ろうとした瞬間、男は小瓶をスッと手元に戻した。
「金が、先だぜ」
男は右手の小瓶を放さないまま、左手を開いて差し出す。
「持って、いない・・・わ」
「あ? 何だって」
ニヤ付いた笑みを浮かべていた男の表情が、一気に曇る。
「オイオイ、オイオイオイ。クスリを買おうってのに、金を持ってねぇだと?」
男は仰々しく、オーバーなアクションで女を問い詰める。
「それは、何か? ここが『貧民窟(スラム)』だからって、恵んで貰おうって魂胆か?」
「本当に持っていない・・・だけよ」
合法か違法か、は兎も角として。
明らかな『売人』と思しき男に付いて行きながら、金銭の所持を否定。
「そういやぁ、見たところ。鞄も持ってねぇな」
引っ手繰りなどの強盗が日常茶飯事なスラムにおいて、敢えて鞄を持たない者は居る。
「ひょっとして、アレか。現金は持ってません、ってことか?」
今の時代、現金を持ち歩かずとも、決済する方法は幾らでもある。
尤も、こういった治安の悪い場所では、多少でも見せ金は持ち歩くべきなのだが。
「じゃあ、良いぜ。スマホ、出しな。持ってんだろ?」
「スマートフォンも、持っていない・・・わ」
「あぁ!? そんな訳ぁねぇだろうが、よっ」
男は、女の同意も得ず。いきなり、胸元をムンズと掴んだ。
「お、お前・・・。この“白衣”の下、まさか素肌か・・・?」
男はてっきり、女が着ている白衣の胸ポケットか。もしくは、その下に着ている衣服か。
少なくとも、何処かのポケットにスマホぐらいは持っているだろうと思った。
「しかし・・・良いモノ、持ってんじゃねぇか」
想定していなかった、柔肉の感触。
男は欲望に任せ、ズブゥッと指を沈み込ませる。
「あ・・・ぁ、ん」
「お、良い声で鳴くじゃねぇか」
暗い路地の奥・・・の更に、奥。
いわゆる、LGBTであったり。コンプライアンスであったり。
そういった、道徳的な何か、ではなく。
至極、真っ当に。正面から、犯罪。
このまま発展すれば間違いなく強姦まで行くであろう、行為。
「へへっ。思った通り、だ。“こういう時”の、俺の勘は当たるんだよな」
「何の・・・こと」
白衣の女は、その豊満な胸を揉みしだかれながらも、抵抗する素振りはない。
「お前、“未経験”だろ?」
「・・・・・」
女は、答えない。
「こんな“ナリ”してて、よ。反応が初心(うぶ)過ぎるぜ」
「“ナリ”っていうのは、服装の・・・事? それとも・・・」
女は両手を広げ、自身の“身体の大きさ”を誇示するように男を見下ろす。
「“この国”じゃあ、お前ぐらいデカい奴は幾らでも居るぜ?」
男は、少なくとも小柄ではない。
この、『自由』をモットーとする国であっても、大きい部類だろう。
「この辺でも、ストリートバスケやってりゃ大きい奴に当たる事も珍しくねぇ」
男は、自分より大きい相手とマッチアップすることは日常茶飯事という。
「でも、私は女・・・よ。怖くはない・・・の?」
「あぁん? 高々、ガタイが良い程度でビビる程、俺は弱くねぇぜ」
現に、男は目の前の大女に臆せず、変わらず胸を揉んでいる。
「“今の状態”でも、『7フィート』を超えてしまったから心配した・・・けど。杞憂だった・・・わ」
「そうかい。じゃあ、支払は“こっち”で良いんだな?」
男は相変わらず右手で女の胸を揉み続けながら、白衣の前ボタンを左手で掴んだ。
「そう、ね。丁度良い【実験】だし、好きにして良い・・・わ」
「~♪」
男は、女から同意を得られたと思い。
どうせやるなら、と両手でボタンを外して行く。
「お、ほぉっ。こいつぁ、凄ぇや・・・」
ボタンが一つ、一つと外されて行く度に、たわわな乳房がダプンッと解放されて行く。
『プレイメイト』でも早々拝めないようなメロン大の爆乳が、窮屈そうにチューブトップブラに収まっていた。
「しかし、こんなブツが良く収まっていたな」
明らかに、体積が増えている・・・ような気がする。
「・・・ん」
更に白衣を掘り進んで行くと、陰になっていたお腹が露わになり。
「何だ、これ・・・っ」
肌着を何も身に着けていない、巣のままの腹部。
そこには、レンガ塀を思い起こさせるような、六つの腹筋が深い谷間を形成していた。
「くそっ。白衣の下、一体どうなってやがんだっ」
女体への欲望より、違和感への恐怖が勝ったのか。
男は、一気に全てのボタンを外し、白衣の全面を強引に広げた。
「う、っそだろ・・・」
研究者然とした佇まいに不釣り合いな、赤いショーツ。
・・・に、男は反応した訳ではない。
腹筋は有れどキュッと縊れたウェストからは想像できないような、太い下半身。
勿論、ただ太いのではなく、大腿四頭筋により膨らんだ太腿。
下肢も、ココナッツがそのままくっ付いたかのような腓腹筋(カーフ)の膨らみ。
「お前、レスラーか何かか・・・?」
「失礼、ね。私はただの研究者・・・よ」
男は、そんな訳があるか、と内心思った。
そんな、“巨大な筋肉を搭載した身体”を持った研究者が居て堪るか、と。
ムク・・・。
「・・・ぁ、ん」
「・・・?」
女が突然、艶めかしい声を上げる。
ムク、ムクク。
「ぅ、く・・・」
嬌声半分、呻き半分と言った所だろうか。
ミチ、ミチチッ。
「・・・っ!?」
男は今、目の前で起きている事が、直ぐに理解出来なかった。
人間の身体が、膨らんでいるのだ。
『パンプアップ』とは違い。どちらかと言えば、『バルクアップ』が正しい、のだが。
空気を入れた風船とは全く別の、中身の詰まった筋肉が大きくなって行く。
異様なのは、それが今、リアルタイムで起きている、ということ。
モリ、モリリ・・・ッ。
「・・・う、ぅん」
「お前、腕が・・・」
両肩と両腕は、未だ白衣の覆われたままだったのが。
肩の三角筋が膨らんだかと思った矢先。
それに呼応するように、上腕二頭筋がバスケットボールを思わせる大きさに肥大化した。
ビリッ、ビリリリィッ!!
「はぁ、はぁ・・・っ」
それはまるで、蛹から孵った蝶、のようでもあった。
精々、『7フィート』“程度”だった筈の、大柄な女が。
今や、『8フィート』は有ろうかという巨女へと変貌していた。
「つい、やってしまった・・・わ。アナタがいけないの、よ。白衣を脱がす・・・から」
「お前。『シー●ルク』か何か、なのか・・・」
男はつい先日、配信ドラマで観たスーパーヒロインの名を挙げた。
「そんな“イイモノ”じゃない・・・わ。どちらかというと、東洋の神秘かしら・・・ね」
女が着ていた白衣には針が仕込んであり、経穴を刺激することで『筋肉収縮』を行っていた。
ただ、『ツボ』の話をした所で、男は伝わらないだろう。
「これが私の本当の身体・・・よ。でも、そんな変わってない・・・でしょ」
「ば、馬鹿言うなっ!」
『8フィート』、推定で『240cm』。
幾ら本場のバスケットボールリーグでも、ここまでの高身長な選手は居ない。
「お前みたいな筋肉モンスターな巨女、居て堪るかっ」
「そう。まあ、良い・・・わ」
「じゃあ、“代金”は支払ったし、クスリを貰おう・・・かしら」
「何、言ってやがる。金がねぇんなら、とっととどっか行きやがれ」
男は、女の胸を揉むだけ揉んでおいて、帰れと言い放つ。
「・・・そう。仕方ないわ・・・ね」
「わかったら、帰れ。二度と来るんじゃねぇぞ」
男はシッシッ、と手をヒラヒラさせて追い払うポーズ。
「クスリが貰えないなら“予定通り”、もう一つの【実験】をやらせて貰う・・・わ」
「あ? 何を言って・・・」
女は、男の左上腕をおもむろに掴むと、一呼吸で“手を閉じた”。
ボギャッ。
「う、ぎゃあぁぁっ!?」
白衣の女の手が如何に大きくとも、男の二の腕は片手で掴み切れる程に細くはない。
むしろ、充分に逞しい腕だと言える。・・・いや、言えた。
「これで、どう・・・かしら」
女が右手を開くと、男の左上腕はか細い小枝のようになっていた。
「お、おまっ・・・え! な、何のつもり・・・だっ!?」
「そう、ね。“理由は何でも良い”んだ・・・けれど」
それはまるで、男に突然襲い掛かった事自体は目的ではない、と言っているようで。
「そう、ね。胸を揉みしだかれた仕返し、って所・・・かしら」
「このクソアマァッ! 舐めた真似してると、タダじゃ済まねぇぞっ!?」
男も伊達に、スラムの裏路地でクスリの売人をやっている訳ではない。
売上の上前を撥ねようとして来る、同業者とやりあったことは何度もある。
「“コイツ”を喰らわせれば、どんな奴でも直ぐに黙る」
“この国”での防衛手段と言えば誰もが思い付く、『道具』。
「・・・っ!」
女はそれを見て、つい目を大きく見開く。
「何だ、その反応は・・・っ」
男は、銃口を突き付けられて尚、ビビるどころか。
目を爛々と輝かせる人間を初めて、見た。
「お前。まさか、俺が撃たねぇとでも思ってんのか?」
“この国”において、撃つ前に警告する人間は居ない。
警官ですら、稀である。危機を感じれば、即座に発砲。
そうしなければ、逆に撃たれて死ぬのは自分自身なのだ。
「あの世で、後悔しな」
男は何故、直ぐに発砲しなかったのか。
その違和感を覚えながらも、直ぐに持ち直し発砲。
パンパンッ!
という銃声が路地に響き渡る。
尤も、この裏路地では銃声など日常茶飯事で、誰も反応しない。
「何で、倒れない・・・」
パンパンッ!
男は、更に二発。女の腹に撃ち込んだ。
「お前、本当にバケモンなのか!?」
男は、今度こそと女の額に銃口を向ける。
「あ、ら。流石に、“そこ”はダメ・・・よ」
「・・・っ!?」
男が引き鉄を引くより早く、女は銃身をクイッと折り曲げてしまった。
それも、たった二本の指で、だ。
「帰り際に襲われても面倒だし、“こっち”も・・・ね」
女は、男右肩に右手を置き、左手で男の上腕を掴むと。
一気に、男の腕を下に引いた。
メリメリメリ・・・ブチィッ!!
「う、ぎゃがぁああぁっ!!!」
何と、男の右腕が肩口から完全に“捥げて”しまった。
「あ、れ・・・?」
女としても、それは想定外だったようで。
しまった、という反応。
「ひょっとして、これ・・・は。アドレナリンなの・・・かしら」
女は、軽く肩を外すだけのつもりだった。
しかし、つい力が入り過ぎてしまい。
男の右腕を引き千切ってしまったの。
「今日は、思った以上に有意義な結果だった・・・わね」
クスリの売人という、裏家業の悪人とはいえ。
男一人の腕を捥いでおきながら、女はそれを放置して結果の考察に興じていた。
【護身サプリVer.2】によって、肥大化した身体。
それが、こういった治安が最悪な場所で、どういう結果を齎すか。
そして、こういった場所だからこそ試せる、銃撃への耐久性の有無。
事前の計算では問題ない、という測定値ではあったものの。
それがもし、計算違いだったら。もしくは、想定外の何かがあったら。
ひょっとしたら、ここで斃れていたのは女自身だったかも、知れない。
それでも、女にとっては死ぬ恐怖よりも、【実験】するという研究者としての欲が上回った。
「【実験】に協力してくれたお礼に、その“クスリ”は貰わないでおくわ・・・ね」
せめてもの手向けに、と男の商売道具のクスリはそのままにしておいた。
無くなった右腕の痕からの大量出血で、男の意識は既に無い。
こんな修羅場でさえ、誰一人として助けに出て来るでもなく。
警察に通報するでもない。そんな、この裏路地も。
白衣の女にとっては、貴重な【実験場】でしかなかったのだった。