「キツくて泣いちゃっても、助け舟は出さないよ?」
「うん、大丈夫」
何度も念を押したが、ミイコさんの決意は変わらない。
長かった髪も、肩口に届かないぐらい短く切ってしまった程。
車で向かっているとはいえ、スッピンにジャージという出で立ち。
体格(ガタイ)の良さもあって、一端のレスラーに見えなくもない。
しかし果たして、体格や筋力だけでレスラーが務まるのか。
「社長、連れて来ました」
「おう、来たな」
今日“やる”という事で、社長には先に入って貰っていた。
ウチの団体の興行の都合で、あれから数ヵ月が経ってしまったが。
ようやく、その時を迎えた。
『BJW』という看板が掲げられている、ウチの団体の練習場。
普段、仕事場として通っている所に、妻同伴で入るのは凄まじい違和感。
「お久し振りです。あの、その節は・・・」
「おっ・・・ぉ、おう。まあ、入りなさい」
ウチの社長とミイコさんが会うのは、結婚式以来になる。
イコール結婚生活歴、って事になるで数年振りの対面。
「しかし、その・・・なんだ」
社長が一瞬、ギョッと目を見開いたのも無理はない。
結婚式の時は、綺麗な純白のドレス。
今は、レスラー御用達の無骨なジャージに身を包んでいる。
「大っきく、なったね・・・」
「そう、ですか?」
社長は、ウチの嫁をシミジミと“見上げた”。
衣装違いだけではない、“存在感”の違い。
「ガタイは良さそうだが・・・」
ミイコさんは、かなり大きめのジャージを着込んでいる。
パッと見た感じ、“着膨れ”して太って見える。
「嬉しいです♪」
ミイコさんが身をモジモジと捩る度にモリッ、モリッとジャージが膨れ上がる。
「・・・っ!?」
もし、中身が肥満ボディなら起き得ない、布越しな筋肉の主張。
鍛え込まれた肉体が、その下に隠されている証拠だった。
「ふむ。ウチの虎雄をやり込めたってのは、本当みたいだな」
「ちょっと、社長っ」
練習場には、他のレスラーたちも大勢、居る。
先輩レスラーならまだしも、後輩たちにバレてしまっては示しが付かない。
「おう、お前ら。今日は話した通り、“お客さん”が居るからな」
余計なチョッカイを掛けるなよ、と他のレスラーたちに釘を指す。
「「「う、うっす!」」」
事情を知らないレスラーたちは、やや渋々な返事。
社長と俺、そして一部のレスラーしか“本当の事情”は知らない。
表向き、『体験入門』の体裁でミイコさんを連れて来たのだ。
いきなり、一般女性に入門テストを受けさせる、なんて言っても混乱を招く。
(お、おい。何だよ、あれ・・・)
(どうやったら、あんなにデカくなれんだ?)
ざわ・・・
ざわ・・・
(何処かの団体の、女子レスラーじゃないのか)
(いや、あんなゴツいの女子格闘でも見たことねぇよ)
ざわ・・・
ざわ・・・
明らかに皆、『体験入門』レベルではないミイコさんに気が気ではない。
「おい、お前ら! 練習に集中してろ」
「「「へ、へい」」」
社長の叱る声も、何処かトーンは弱めだった。
社長自身ですら、“ここまで”とは思っていなかった様子。
「えー、っと。事前に、種目は聞いてるんだったかな」
「は、はいっ」
ミイコさんは、緊張しているのか“気を付け”の姿勢。
しかし、両脇に隙間が出来て、腕がピタッと付いていない。
「・・・・・」
上腕二頭筋が大胸筋に突っかえる筋肉体型あるある、ではある。
それが女性且つ、ジャージ越しで起きてしまう程の体型ということ。
「取り敢えず、“脱いで”貰えるかな」
「はい」
社長の指示通り、ミイコさんはそそくさとジャージを脱ぎ始める。
ジャージの下には、スポーツタイプのタンクトップとスパッツ着用。
「「「・・・っ!!?」」」
「・・・えっ」
ミイコさんの肉体を見て、俺まで驚いてしまった。
「なん・・・っだ、その身体・・・」
「はい! 絞って来ました」
普段から見慣れている筈の、俺ですら驚いてしまった。
身長は変わっていないので、デカさはそのままなのだが・・・。
相変わらずの筋肉量なのに、以前より“シュッ”とした印象。
「体脂肪率も、『10.5%』・・・」
確か、前は『12%』とかじゃなかったか。
体重を『7kg』も落としつつ、体脂肪率がそれ以上に下がった。
単純計算だが、筋肉量は殆ど変わっていない。
「どうやった、の・・・」
どう見ても、いわゆるボディビルダー的な絞り方ではない。
明らかに、競技者(アスリート)が目的を持って、絞った肉体。
「シュートボクシングとロードワークだよ」
「・・・え? ロードワークは兎も角、シュートやってたの!?」
シュートボクシングとは、キックボクシングに投げ技を加えた競技だ。
ロードワークも含めた、有酸素運動を中心に鍛えていた事になる。
シュートボクシング上がりのプロレスラーも多い。
逆パターンもあり、レスリングとの親和性は高い。
「それに、したって・・・」
関節部分の脂肪が減った為か、サイズ以上に筋肉そのものが大きく見える。
女性らしいフォルムなのに、プロ格闘家並みに仕上がったアンマッチ感。
「しかし、この握力は・・・。俄かには信じ難いが・・・」
社長は先ず、握力『127kg』が気になったようで。
実際、俺もミイコさんの握力値を今、初めて知った。
「シーオー・・・っていう名前の、えっと。・・・あ」
ミイコさんは、何かを見付けたようで。
「“これ”、同じ物です。触っても良いですか?」
ミイコさんは、その辺に転がっていた『ハンドグリップ』を手に取り。
「え、“それ”は・・・」
「えい」
ガチャ。
「「「っ!?」」」
右手で握ったそれを、一瞬で閉じてしまう。
(う、っそだろ。マジかよ・・・)
(おい、“あれ”閉じてんの初めて見たぞ)
ざわ・・・
ざわ・・・
周囲がザワ付くのも、無理はない。
『CoCグリッパー No3.5』。
片手で握る『ハンドグリップ』なのだが、必要握力が『146kg』。
握力自慢が、やっとの事で閉じる事が出来る超高難度グリップ。
「「「・・・・・」」」
恐らくだが、この場で気付いていないのはミイコさんだけ。
多分だけど、ミイコさんが事前に閉じたのは、一つ下の『No3.0』。
それなら、確かに必要な握力は『127kg』で、間違いない。
「林檎ジュースなら、ジューサーより早く作れますよ♪」
「な、成る程・・・。はは・・・」
林檎を握り潰すのに必要な握力は、『80kg』程度と言われている。
「・・・ん、んんっ。次は、カールを試して貰おうかな」
切り替える意味合いで、社長は咳払いを入れつつ。
ミイコさんに、『カール』運動を指示。
これは、プロフィールの記載に嘘偽り、誇張がないか。
『カール』が何か、を知っているかどうかの確認も含んでいる。
「はい。じゃあ・・・」
俺やミイコさんの周囲にある、トレーニング器具の数々。
ミイコさんは、その内の一つに照準を当て、近付く。
「“これ”、使っても良いですか?」
ミイコさんは、ベンチプレス台に置かれた『バーベル』を右手に取り。
「え、ちょっ・・・」
「ん、っしょ」
スッ、と事も無げに持ち上げてしまう。
モゴォッ。
「「「っ!!?」」」
社長も含め、またしても周囲が一気にザワ付く。
「っしょ」
ミイコさんが、リズミカルにバーベルを上げ下げする。
モゴゴォッ。
軽やかな所作とは裏腹に、スイカのようにこんもりを膨らむ二の腕。
「み、右腕しか、使わないのかい・・・?」
「左も、やった方が良いですか?」
俺を除く、周囲が絶句した。
ミイコさんが片手で挙げたのは、言うまでもなくベンチプレス用のバーベル。
『20kg』プレートが左右で、計八枚。ウェイトは締めて、『170kg』。
「いや、社長。あの、ですね・・・」
俺は、社長に小声で説明した。
家でも普通に、ワンハンドカールで『150kg』を挙げてるんです、と。
「い、いや、良い。もう、その辺で」
わかりました、と言いつつ物足りなさ気なミイコさん。
ベンチプレスの『420kg』は、確認不要という事でスルーされた。
「と、とにかく。書類に不備がないことはわかった」
このまま、ミイコさんの怪力ショーが続けば、続くほど。
練習生たちがドン引きして、練習意欲を削ぎ兼ねないとの判断。
「き、筋力はわかった。後は・・・」
筋力だけで熟(こな)せるほど、プロレスは甘くない。
パワー自慢たちが格闘技に参戦して、『即ノックアウト』されたのを何度見た事か。
『レバー相撲』の時、ミイコさんは殴られるのを嫌がった。
俺は、そこがずっと引っ掛かっていた。
幾ら、何度も俺を遣り込めたとはいえ、力勝負に限定した話であって。
飛んだり跳ねたり、殴ったり蹴ったりして、強いとは限らない。
「スパーなら、俺にやらせて下さいよ」
「お前は・・・ウルフ」
名乗り出たのは若手のホープ、『ウルフ斉藤』だった。
身長200cm、体重150kg。
元力士出身で、素行が悪く破門になった所をウチの社長に拾われた。
悪役(ヒール)で売っているが、力士時代に培った押しの強さと技はピカイチ。
「しかし、先に体力テストを・・・」
「体力テストでヘトヘトになった状態で、それこそスパーは難しいでしょう」
ウルフの言う事は、確かに一理ある。
プロレスは一試合辺り、短くて三十分。長いと、一時間。
それだけの時間、リングで動き続けるのだ。
そして、ウチの『入門テスト』は三十分の試合形式で実施される。
後半動けなくなり、入門が叶わなかった者たちも多い。
「その・・・いきなりだが、スパーでも良いかい?」
社長も、無理な提案なら突っ撥ねていただろう。
しかし、ミイコさんの想像以上な肉体に魅せられて、見てみたくなったのだ。
ミイコさんの旦那としては、体力テスト辺りで落ちる事を願っていた。
惜しい所まで行ったが駄目だった、を期待していた。
だが、ミイコさんは俺が思った以上に、ガチで仕上げて来ていた。
筋トレ部屋を強請ったのも、今日この日を思って事だったのだろうか。
実際、ウチの入門テストには年齢制限があって、ミイコさんはギリギリのライン。
一度やって駄目だったら、また挑戦・・・とは行かないのだ。
「はい。私は大丈夫です」
「そうこなくちゃ」
ウチの妻と、ウチの若手ホープが揃ってリングイン。
まさか、そんな光景を見る事になるとは、思っていなかった。
デアカルテ
2025-10-31 00:03:53 +0000 UTCNogi_(°Д°)
2025-10-29 13:54:08 +0000 UTC