今日の絵は、2018年に描いたものに背景を付け足したものです。この絵を仕上げていて、ふとある記憶を思い出しました。そのことについて書いてみたいと思います。(しばらくの期間、全体公開としますが、近いうちに支援者様限定に戻します)
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三島由紀夫の「仮面の告白」ではありませんが、古い記憶をたどると、いくつかの性の原風景のようなものがあります。
私の場合、その一つがこんな光景でした。
幼い頃、1年ほど、小さな山あいの町に暮らしていました。
その町では相撲が盛んで、街の神社には、野外の相撲場があり、アマチュア力士たちがよく練習していました。
私はといえば、相撲に関心がなく、ましてや自分でやってみようという気も、まるでありませんでした。
いや、関心がないというのは少し違うかも知れません。私は、相撲に畏怖のようなものを抱いていたのです。
私の幼い胸には、この頃、もう既に成熟した男性のむくつけき肉体への憧れ、希求があったような気がします。しかしそれは、何と名付けたらよいのか分からない、ほの暗い欲情でした。しかし私ははっきりと、この欲望はこの世界では受け入れられない、とはっきり自覚していました。それは誰にも話してはならず、一生涯、胸に隠しておかねばならないと思っていました。物心ついたばかりの私は、既に人知れず十字架を背負っていたのです。
私にとって、暗い欲望を呼び起こす力士たちの裸体は、魅惑的であると同時に忌むべきものでした。ですから私はそれを遠ざけ、興味の対象を昆虫やら切手やら、別のものに向けていたような気がします。
そんなある日、私は一人で虫取り籠と網を手に、山あいに開けた野原を歩いていました。近くには川が流れ、神社がありました。そこは家から少し遠く、あまり来ることがなかったのですが、この時はなにかにおびよせられるように、ここまできてしまったのです。
虫を追いかけるうちに、私は神社の近くにある土俵のそばまできました。その時、ちょうど数人の大きな男―おそらく相撲部の中学生か高校生―がやってきました。一人だけ、おじさんが混じっていましたが、これは監督だったのでしょう。おじさんは坊主頭で、頬は遠くからでも灰色に見える無精髭で覆われていました。
私は大きな男の人が怖かったので、草むらに隠れるようにして様子を伺っていました。すると、男たちは、平然と服を脱ぎすて、一糸まとわぬ姿になりました。
私は驚きました。脈が早まり、小さな体の芯がうずくのがわかりました。物陰から、私は目を離すことができませんでした。
大きな男たちのたくましい腕、脚、背中、尻・・・それらは完全に私をうちのめしました。そして、腹の下に広がる黒い森・・・。そこには、禁断の果実がたわわに実っています。自分のものと同じような形のものもあれば、少し形が違うようなものもありました。それは、今まで見たどんな昆虫よりも魅惑的で、蜘蛛の巣のように私の心を絡め取りました。
私の握りこぶしは汗で濡れ、喉はカラカラになしました。
やがて、男たちは互いに、たくましい裸体に分厚い廻しを巻き始めました。監督らしきおじさんが、部員の廻しを締めている光景も目にしました。
その時、私の心には、なぜ今、廻しを締められているのが自分ではないのか、という嫉妬のような思いが沸き起こりました。その一方で、私には、あの場にいる資格がない、とも分かっていました。当時の私は体が小さくて体力もなく、あの相撲部員のように堂々とおじさんの前で廻しを締めてもらうことなどできない、という絶望感に襲われました。その感情は、地獄の炎のように私の心を苦しめました。
私はいたたまれなくなり、走ってその場をあとにしました。たぶん、泣いていたように思います。
私には分かっていました。今日感じた激しい欲望と感情は、私の生涯に翳のようにつきまとうだろうと。その暗い炎が、私を一生苦しめるだろうと。・・・
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そして、その予感は、その後の人生で現実のものとなったのです。