SSとある 白井黒子 9
「中二病患者なだけの筈の学生が、突然神懸った超パワーを得てヤンチャするとか。一体、この学園都市はどうなってるんだ?」
9月某日夜10時過ぎ。上条当麻は制服をボロボロに、髪もいつも以上にボサボサにしながら男子寮の自室へと戻って来た。
「お帰りなさいですの、当麻さん」
玄関まで出迎えたのは恋人の白井黒子だった。彼女は自身の能力であるテレポートを活かして常盤台の寮を抜け出しては当麻の部屋をよく訪れていた。というか、度々お泊りしていた。今日もその予定だった。
「レベルアッパー事件然りインディアンポーカー事件然り。現状に不満を抱く学生たちに甘い夢を見せては騒動を起こさせる事件はこの学園都市では近年だけでも何度も起きていますわ」
「学生を巻き込むとは面倒な話だな」
「学園都市の総人口の8割は学生ですのよ。広域犯罪で学生が関与しない方が難しいですわよ」
2人は並んで歩いて居室へと場所を移した。
ジャッジメントである黒子にとっては、学生が犯人であり同時に実験台という被害者でもある学園都市内の事件をよく知っていた。けれど、過去の事例と全てが全く同じというわけではなかった。
「もっとも、今回の件では過去の類似した事件とは決定的に異なる点がありますの」
「異なる点?」
「様々な事件を引き起こしている奇妙な言動の学生たちの力が学園都市の最先端科学でも解明できないもの。言い換えれば超常パワーによる犯行だということですわ」
黒子は目を瞑って大きくため息を吐いてみせた。
「これまでの類似した事件では、特定の科学者が未発表の最先端技術を応用して起こしたものでした。ところが今回は違いますの」
「科学サイドの科学技術ではないし、魔術サイドの魔術でもないと」
黒子は行き詰ったと言わんばかりに重苦しい雰囲気で頷いてみせた。
「私は魔術にはあまり詳しくありません。ですから食っちゃ寝シスターやそのお知り合いの方々に今回の件について尋ねてみましたの」
「で、魔術ではないと言われたと」
「魔術も科学と同じで高度に体系化されていないと大きな力は発動できないそうなんです。ですが、今回の件は魔術的に見るとデタラメとしか言い様のない力なんだそうです」
「さすがはジャッジメント。裏取りが早いな」
「私は事件解決の為に早く真相に辿り着きたいんですの」
黒子は更に肩を落として小さくなってみせた。
「なので、アンチスキルやジャッジメントが現在盛んに行っている怪しい研究施設へのガサ入れが時間の無駄遣いに思えて仕方ありませんわ」
黒子は口からはため息が止まらなかった。
「学園都市は公式ではいまだに魔術も魔神も認めてないからな。未知の力の存在なんてもっての他。だからどうしても科学サイドの中の怪しい奴の中に犯人がいるって思って行動してしまうのも仕方ないさ」
「その視野狭窄に付き合わされて時間と体力とメンタルを消費させられるこっちの身にもなって欲しいですわ」
黒子は目を固く瞑ってみせた。
今回の件で、当麻と黒子はほとんど一緒には活動していない。当麻は最初から未知の勢力が絡んでいると睨んで学生たちの噂話などから地道に尻尾を掴もうとしている。一方で黒子はジャッジメントの一員として怪しい研究者住居や研究施設を捜査して回っていた。
手掛かりは乏しく、捜査を続けている2人は共に摩耗していた。だが、摩耗の方向性が違っていた。
「黒子の苦労も分かるけどさ。俺や佐天さんなんか、怪しい事件に首を突っ込む度に困窮の度合いが進んで行くんだぜ。今回も大赤字だ」
当麻はボロボロになった制服を改めて黒子に見せ付けた。治療費、制服代金。聞き込みしながら不良や中二病学生たちとのバトルが絶えない当麻の創作は金が掛かっていた。
「世界の危機を幾度も救ったヒーローであるにしても、当麻さんや涙子は学園都市の公式見解的にはただの一般人です。危険手当も物資の支給もありません」
「金はなくても良いからさ。せめて制服や金属バットの現物支給ぐらい認めてくれても良いんじゃないかと思うんだよ」
「ですから、ただの一般人相手には何も出ませんのよ」
「畜生~っ」
黒子の説明は当麻を切なくさせた。実際、恋人の説明の通りだった。
当麻は全ての超常の力を打ち消す右手。佐天涙子は強敵限定でその強敵を更に上回る力を発揮できるようになるチート能力『都市伝説』を操る学園都市唯一のレベル7。2人は幾度となく学園都市のみならずこの星の危機を救ってきた。
学園都市にとっては最強の切り札とも言える2人だったが、あくまでも非公式なジョーカー扱い。能力や戦い方は秘匿され、公的な治安維持装置には含まれていないただの一般人扱い。組織に加わっておらず、従って最低限の支給さえ受けられなかった。授業を休んでも公欠扱いにならないなど当麻にしてみれば踏んだり蹴ったりだった。
「ならせめて、単なるレベル0扱いだけは何とかして欲しいんだがなあ。レベル0の奨学金なんてただでさえ少ないのに、治療費だの制服代だの…遠からず破産するぞ、俺たちは」
「学園都市の能力分類は今でもレベル0からレベル5までの6段階のみ。そして当麻さんや涙子の様な規格外の力を測定する新しい基準も装置もないので公的にはレベル0のまま。仕方ありませんわね」
レベル4で奨学金が豊富でお嬢さま学校に通い、実家が超の付く裕福な家庭である黒子には当麻の語る貧困がピンとこない部分があった。
「借金取りに追われて夜逃げなんて展開になっても知らないからな~っ!」
切なさが喉から込み上げて当麻は叫んでいた。
「その時は私も連れて行ってくださいましね。どこまでも付いて行きますわ」
「えっ?」
黒子のさり気ない一言に当麻はドキッとさせられた。
「常盤台に通うお嬢さまで実家は超の付く大金持ち。そんな黒子が俺と駆け落ちなんてあっさり言って良いものかね?」
「最も大切なものの為に他の全てを投げ打つ。その程度の覚悟なら中学入学時にはとうに完了済みですわよ」
黒子は当麻をジッと見つめてみせた。当麻の頬が赤く染まった。
「もっとも、当麻さんは私が幾ら勧めても逃げないでしょうね。この学園都市に理不尽な力のせいで困っている人が一名でもいる限りは」
「…………それって結局、俺に貧乏なままでいるって言ってるようなものなんじゃ?」
感動した当麻だったが、黒子の言葉の意味を再考して拗ねてみせたのだった。
「例え当麻さんにお金がなかったとしても。食事であれば私が毎日作って差し上げますから。少なくとも飢え死にはありませんわ」
「この部屋があるから雨風を凌げる。黒子の差し入れでご飯もあるから後のことは目を瞑れってか。それはさすがに欲のない小市民な上条さんでも我慢の限度が……」
「何を言ってるんですの? 当麻さんには可愛い可愛い彼女がいるじゃありませんの」
黒子はウィンクしてみせた。当麻は全身からモヤッとした黒い感覚が抜け出ていくのを感じ取っていた。
「…………まあ、そうだな。俺には他の全てを投げ打っても惜しくない可愛い彼女がいるんだよなあ……」
当麻は不満のガス抜きの愚痴は終わりだと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「ご飯は出来ていますわ。一緒に食べましょ♪」
「だな」
当麻は大きく頷くと2人の遅いディナーが始まりを告げたのだった。
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夕食を終えた2人は一緒に入浴していた。
黒子が中1だった昨年から付き合っており既に肉体関係を持って久しい。そんな2人にとっては一緒に入浴自体は特別なことではなかった。
浴室内での会話も色っぽいものではなく、超常パワーの事件に関するものだった。
「学園都市内でヤンチャを起こしている学生たちの力の源が、アーキファクトと呼ばれるアクセサリの類であることはハッキリしているんだ」
当麻は自分が遭遇した学生たちがネックレスやブローチから未知の力を発揮していたことを語ってみせた。ただ、その情報はジャッジメントである黒子の既に知っているところだった。
「アーキファクトならジャッジメントの方でも捕まえた犯人から押収していますの。ただアレは、犯人以外にとっては本当にただのアクセサリですの。第三者には力が使えないというだけでなく、その成分がごく一般的な装飾品と何も変わりがありませんの」
「つまり選ばれた使用者だけが、アクセサリを通じて異世界の謎の超常パワーにアクセスできて、この世界に不思議な現象を引き出すことができる。そういうことか」
「学園都市的には異世界の力にアクセスして引き出す云々が不可能ですの。だから、当麻さんの仮説を科学的には支持されないでしょうけど。多分そう言うことなのでしょうね。アクセサリは謎の力にアクセスする個人専用キーと見て間違いないかと」
2人の入浴しながらの会話は長時間に及んでいた。抱えている案件が特殊で厄介過ぎ、互いが持っている情報を擦り合わせていくだけでも長い時間を有していた。
「つまり、個々のキーを押収だけして回ってもあまり意味はない。キーを配ってる奴を抑えない限り、超常パワーによる事件はいつまでもなくならないと」
「その通りですけど……アンチスキルやジャッジメントが真犯人に至れる可能性はほぼ0と考えて頂いてよろしいかと」
「一般人が草の根の聞き込みで真相に近付いていくしかないってわけか。はぁ~」
当麻は大きなため息を吐いた。
「ジャッジメントである私は当麻さんと一緒には操作できませんの。ですが、目を与えることはできますの」
「目を与える?」
当麻が聞き返すと、黒子はテレポートしてスマホ端末を取って来てみせた。
「初春には学園都市内の各種カメラをハッキングしてもらい、アーキファクト絡みの事件が起きたらすぐに当麻さんにこの端末で知らせますの。現場に直行できますわ」
「確かに事件現場が分かるならありがたい。けれど、随分ヤバイ橋を渡るように思えるんだが……俺に情報流して大丈夫なのか?」
「バレなければ良いんですのよ♪」
黒子はあざとくウィンクしてみせた。
「初春の情報は私の予備スマホに送られるだけですの。それを当麻さんが偶然見てしまった。これなら大丈夫ですわ」
黒子は佐天涙子や御坂美琴たちと重要事件の情報を共有しても罰せられなかった過去のことを思い出しながら頷いてみせた。
「そうだな。俺たちにとって大事なのはアーキファクト事件を一刻も早く解決してみせることだ。罰せられるのを気にするよりも黒子がくれた目を有効に使わないとな」
「そうですの。学園都市に一刻も早く平和を取り戻しましょうですわ」
当麻は拳を握り締め、黒子はその拳を上からそっと手を重ねてみせたのだった。
その夜、2人は何度も何度も激しく愛し合った。
「今夜の当麻さん……いつも以上に情熱的で……いいっ♡」
「体が燃え上がって仕方ないんだ」
2人は本能的に察していた。
アークファクトによって引き起こされる今回の件に深入りすれば当面平穏な日々とは無縁な生活を送ることになると。
だからこそ今夜の内に愛し合っておきたかった。
「当麻さん……愛してますの」
「俺も、だよ」
2人は踏み込む対価の危機を察知していた。
だが、その危機とはどんなものであるのか具体的なことまでは分からなかった。
学園都市が未知なる力と悪意で覆われようとしていた夜のことだった。
了