SSS 俺いも 五更瑠璃 2025年秋クール
「今月から始まった秋クールの新作アニメ。グッとくるものが少なくて難儀してるのよ」
10月後半の某日の夕食後の高坂家の夫婦の寝室。JK人妻高坂瑠璃は背の低いテーブルの上にノートパソコンとタブレットを広げてイラストを描きながら大きなため息を吐いてみせた。
「どうした、急に?」
妹である高坂桐乃が描いた日本語表現が稚拙なシナリオを一般人に分かるように翻訳し直している京介が机から振り返って妻へと聞き返した。
「沙織から請け負っているこのゲーム作りが終了したら、次は冬コミで私たちが個人的に出す同人誌の原稿に取り掛かるでしょ。二次創作本を出すにしても元ネタにするアニメに困っているわけよ」
「桐乃が締め切りを破ってしかもシナリオを勝手に変えてしまったせいで作業の遅れが深刻だっていうのに。その先を見据えて瑠璃は偉いなあ」
京介は桐乃の原稿を見て、何を言わんとしているのかうなり声を上げながら瑠璃を褒め称えてみせた。元々がクリエイター志望ではない京介は目の前の仕事が手いっぱいでその先のことを考えて作業しているわけではなかった。
「元ネタアニメに困ってるって言ってるが、ウマ娘シンデレラグレイとかSPYxFAMILYとか僕のヒーローアカデミアとか二次創作的に人気作はあるわけだろ」
「そうね。でも、今京介が挙げたのはいずれも続編。今季初めて放送を開始した新規アニメではないわ」
「新規アニメの中に瑠璃にしっくりくるものがないと」
瑠璃は即答はせずに天井を見つめた。
「かつての私であれば、世間の評価に迎合なんてしない。作った本が売れなかろうと、不良債権と化して大赤字になろうと関係なかった。でも、今の私は貴方の妻で、高坂家の嫁だもの。赤字を生むことを当然視なんてできないわ」
「で、自分の好きと世間の好きを擦り合わせる作業が必要となると」
瑠璃は小さく頷いて見せた。だが、それからすぐに小さなため息が漏れ出た。
「今期の新規アニメの場合……私の好みが少ないというだけでなく、世間的な高評価を得ている作品もよく分からないということよ」
「pixivとかで投稿イラストの傾向を調べればわかるんじゃないのか?」
瑠璃は首を横に振ってみせた。
「pixivはAIイラストが溢れるようになってから、新規アニメはほとんどの場合AI18禁イラストが占めるようになってしまった。代わりに手で描くクリエイターは以前と比べて新規アニメに手を出すことが減ってしまい、pixivにおける新規アニメの二次創作投稿数や閲覧数は作品人気を推し量るにはもはや適切な指標とは言えなくなってしまったわね」
「AI絵のおかげで、どんなマイナーアニメでも美少女ヒロインのエロイラストが簡単に拝見できるようになった代わりに、推し絵師の新作アニメ作品は見られなくなってしまったと」
瑠璃は目を瞑って頷いて見せた。
「そもそもアニメ、特に深夜アニメのコンテンツとしての魅力、人を惹き付ける力がどんどん目に見えて落ちている」
「昨今のアニメ映画はかつてないぐらいの興行的成功を収めているのにか?」
「そこが厄介なところなのよ。鬼滅の刃は言うまでもなく、コナンやドラえもんも過去最高の収益を更新する状況を迎えている。一方で地上波放送の視聴率は振るわず、深夜アニメに至っては、スマホの普及以降多様化するエンタメコンテンツの中の一分野に没落してしまっている。深夜アニメが特別な価値、力を持つコンテンツだった時代はもう終わったと言っても過言ではないわね」
「ソシャゲだと、全世界何千万ダウンロードとか景気の良さそうなCM出してるもんな」
「まあ、ポイ活目当てで目標を達成してポイントをゲットしたらアンインストールされてしまう作品が多いのだろうけど。でも昨今、同人ショップに並んでいる薄い本の元ネタは大概がソシャゲよ。新規アニメはあまり見ないわね」
「大手中堅どころは新規アニメをもはや魅力的な元ネタとは思っていないということか」
「心の内は分からないけれど。同人誌の傾向だけ見ればそうなるわね」
瑠璃は大きなため息を吐いた。
「コンテンツとしての魅力が衰え、実際にヒットするか分からない新規アニメを題材に見切り発車な同人誌制作はリスクが高い。一方でソシャゲは数年間という長期にわたって安定的な人気を得ている。原作にもいつでも接することができる。新規アニメではなく、ウマ娘、ブルーアーカイブ、艦これなどのソシャゲが原作に選ばれるのも納得だわ」
「でも、深夜アニメにもっと人気があれば、ソシャゲに食われていくってこともないわけだろ?」
「アニメ作品を取り巻く厄介な環境があるのは確かね」
瑠璃はタブレットを動かすペンをテーブルの上に置いた。
「お風呂、入りましょう。少し疲れてしまったわ」
「おっ、おう」
夫は妻に促されるまま、作業を一時止めて入浴タイムへと移行したのだった。
****
「俗に言うアニメファン、深夜アニメが好きな層のニーズがよく分からない。又はニーズと合致しないことを理解しながらアニメが放送されている。そういう状況はあると思うわ」
「深夜アニメファンのニーズが分からない。プロデュースする側にとっては深刻な問題だな」
「ほとんどのアニメがインターネット上で話題にもならない。特に原作のないオリジナルアニメで無風になってしまう場合が多い。詰んでいる状況を端的に表していると思うわ」
「原作ナシは当たり外れのギャンブル要素が強いとしてもだ。人気原作なら……」
「俗に言うなろうアニメ。もっと広く言えば、インターネット上で公開された小説を原作にした小説の場合、話はもっと複雑になる」
「なろうアニメ……シリーズものになってシーズン3、4とか続いている人気作がある一方で、毎クールたくさん発表されている作品のほとんどはパッとしない印象だなあ」
「なろうアニメのほとんどは、異世界転生モノであっても、恋愛であってもアニメ的にはあまり好評を得ていない。一方で、原作の権利を得た出版社的には売上的に有効なコンテンツなのよ」
「どういうことだ?」
京介が首を傾げてみせた。瑠璃は夫へは振り返らずに前を見つめて答えた。
「アニメ的には成功したとは言い難い。でも、アニメを放送することで宣伝効果は出て、原作小説、文庫、更にはコミカライズ作品の売り上げが伸びる。アニメに投資して、アニメの円盤やグッズ等の利権で回収するのではなく、出版社の売り上げで還元されるという形が鮮明になっている。だから、アニメファンのニーズとは合致しないことが予測されても、出版社が原作を抑えている作品のアニメ化は重要というわけね」
「裏を返せば、ニーズはよく分からず、お財布のひもをどう緩めてくれるのか分からないぼんやりと大きなアニメファン層よりも、出版社的にはお金を落としてくれることが大いに期待できる層へ向けてCM的な意味でアニメが放送されていると」
「私はその様に解釈しているわ」
瑠璃は視線を下げて胸元をじっと見つめてみせた。
「アニメに出版社の売り上げを伸ばす効果が見込める。その前提が失われた瞬間にアニメ産業の地盤自体が崩壊して、新規アニメが激減。制作会社の倒産ラッシュなんてことにならなければ良いのだけど……」
「それは確かに怖い事態だが。俺たちが考えても仕方ないだろう」
「そうね」
妻は夫の言葉に首を縦に振ってみせた。
アニメ業界の先行き不透明性は以前からずっと懸念の種となっている。制作現場に関しては幾つも作品化されてきた一方で経営に関してはほとんど明らかになっていない。倒産や合併に関する話はニュースとなるが、個別アニメの収益構造に関しては謎。分からない以上、考察を続けても仕方ないことでもあった。
「まあ、今は大きな単位の話よりも冬コミの本をどうするかって話だよな」
「そうね。当座の問題を解決することに集中しないといけないわね」
瑠璃は湯舟を出て体を洗い始めた。
「新規アニメも始まってまだ3週間。作品を再評価しながら冬コミの題材を探すとしましょう」
「かつて流行った3話切りならぬ、3話活だな」
「そうね。これからは昔みたいに、一度は面白くないと判断した作品を見直すことが増えるでしょうね」
「ネット配信のおかげでほとんどの作品はいつでも見直し可能だからな。見つけようぜ」
瑠璃と京介は冬コミの薄い本制作に向けて決意を新たにしたのだった。