アプリの対価は…【case:成美】
Added 2024-03-22 15:00:00 +0000 UTC私の名前は、成美(なるみ)。
先日、友人3人とファミレスに集まった時のことである。
そのうちの1人、渚から『 “ The Mission(ミッション)” 』と言うアプリを貰った。
何やらこのアプリはその名前にもあるように、“ミッション” と呼ばれる様々な課題を達成すれば報酬……つまりは “お金が” 支払われるという類のものらしい。
私も何度かアプリは開いてみたが、如何せん “勉強が忙しく” 、ミッションを受けることは無かった。
私の親はいくつかの会社を束ねる社長である。
先代…いや先先代、そのまた先代から引き継いで代々社長は私の家族が就いていた。
私は一人っ子であるが、うちの会社の社長は “優秀であれば” 男である必要もないらしく、わざわざ養子を迎え入れようとは考えていないようだ。
だから私は、優秀に成るべく小さい頃から嫌になる程の勉強をさせられ、今日に至っても学期末の試験に向けて勉強に追われていたのだ。
「………(……みんな、今どこで何してんだろ…)」
こんな考えが頭を過ぎるのは、成美が塾や家に篭って勉強をしている他にも理由があった。
あのアプリを紹介して貰った日から段々と渚は学校に来なくなり、遂には連絡すら返ってこなくなった。
もともと勉強三昧で友達が多いわけでも、コミュニケーションが得意なわけでもなかった私を、クラスだって違うと言うのにグループのリーダー的存在である渚が遊びに誘ってくれたのだ。
友人の一人も何だか最近様子がおかしいし、私がテスト前で勉強に追われているのもあるが、それでも渚が居なくなってしまった穴は大きく、私たちが一緒にいる時間は以前よりも確実に減っていた。
そうして塾や家だけでなく、学校でも1人孤独に戻った私は友人のことを思うのである。
ーーーーー
ようやく学期末の試験が全て終わった。
しかし残念であるが、これで成美の勉強の日々がキッパリと終わりを迎えるわけではない。
高校生活で何度かある学期末試験のうちの一回にしか過ぎず、卒業し大学を出るまで……いや、優秀であるのを保つためには…大学を出てからも一生学び続けなければいけないだろう。
けれども試験前がそうであったように、試験期間よりはゆったりとした “以前のような生活” を送る余裕が生まれるのは確かである。
「やっと試験が終わった。明日が終業式で、その後はようやく春休みだ……渚、どこ行っちゃたんだろ…またみんなでバカやって楽しい思い出作りたいよ…」
しかし私とって時間の余裕は生まれても、渚が居なければ “以前のような生活” では無かった。
「…少しだけど時間はあるし、渚を探し出す」
そう決心をした私は、この日からさっそく情報集めに奮闘した。
まずはもちろん、残る一人の友人を訪ねた。
「……渚のことなんだけど…」
「ごめんなさい、成美の求める答えを私は用意は出来ない。けど思い当たることならある。成美だってそうでしょ? あのアプリだよ。私はインストールすらしてないけど、成美はしてたでしょ? 何か変わったことはないの?」
「勉強が忙しくて使っては無いの」
「そうなんだ。でも、それなら尚更だね」
「どういうこと?」
「あのアプリで変わったのは渚だけじゃ無いでしょ?」
「そっか」
「うん。渚に紹介して貰った時、あの子は誰よりも食いついてたから…」
「じゃあ直接聞いてみれば…」
「それがね、あの子も試験が始まってから学校に来てないの。元から勉強が得意では無かったけど、試験をサボるような子でも無かったのに……成美は渚を探すんでしょ?」
「え、渚だけじゃ…」
「いいのよ。私たち3人のことを同じように大切だと思ってくれてるのはわかってるけど、それ以上に成美が渚に対して思う気持ちも知ってるから……大丈夫! 私も手伝うから!! 手分けした方が効率的でしょ? あの子は私に任せて!!」
少しばかり押し切られるような形で決定し、私は友人と別れた。
その後、クラスの子や先生にも聞き込みを行ったが、期待するような情報を得ることは叶わなかった。
「……まぁ原因があのアプリだとすれば、先生たちが何も知らないのも仕方のないことか…」
そんな状況の成美が、斯くなる上はと向かったのは渚の家であった。
「先生が言うには何度か電話をしたけれど、両親が出るだけで渚とは話せてないみたい。それどころかこの頃は、その両親さえも “すみません、渚のことはもう” と電話に出てもすぐに切られてしまうって……会ってもらえるかなぁ…」
……ピーンポーン…
……ピーンポーン…
………。
「…出ない。居ないのかなぁ〜 まぁ流石にいきなり過ぎたよね、また明日…」
そう思って、出直そうを振り返った私の前には一人の人物が立っていた。
「渚っ!…って、あれ? 違う???」
渚にそっくりのその人物を見て、私の頭は混乱した。
「あら? もしかしてあなた、渚のお友達???」
結論だけ話すと、それは渚の母親であった。
「あ、はい。渚さんには “とても良くしてもらって” …」
「…そう。渚が……」
次の瞬間、渚の母親は膝から崩れ落ち、その場でかがみ込みながら涙を流してしまった。
そのまま家にお邪魔し、落ち着くまで一緒に居た私に渚の母親は言った。
「突然ごめんなさいね。成美さんの話を聞いたら過去の、素直で優しかった頃の渚を思い出してしまって……そしたら急に涙が止まらなくて……まったく、大の大人が恥ずかしいわね…」
そう言って先ほどの失態を詫びた渚の母親は、小・中学校のアルバムを見せてくれたり、小さい頃の話をしてくれたりと、私の知らない渚をたくさん教えてくれた。
渚の母親が把握している、まだ自分の子供であった頃の渚のことを話す姿はとても楽しそうであった。
しかし最後に、当然避けることの出来ない話題に差し掛かった時、渚の母親はその様子を一変させた。
「あの時は強く当たってしまったけど、何の理由もなく渚があんな風に変わってしまうはずは無いと思って、夫と一緒に色々と調べてみたの。そうして何とかたどり着いたのは、ミッションと言う怪しいアプリの存在だけで、結局それ以上は何も分からなかった。警察に行っても、“事件ならまだしも家庭のいざこざには介入できない” と取り合ってもらえなかったし、もう私たちの言葉は渚には届かないみたいだから……でも友達の成美さんなら…こんなこと、本来であればお願いすべきでないことは分かっているけれど…渚を見つけ出して、説得して、連れ戻して欲しいんです」
そもそも警察は “アプリの存在” に懐疑的であり、渚は家出をしているに過ぎないと判断をしたようだった。
「……(アプリを持っている人は限られているし、そう言われてしまうのは仕方のないことだけど、警察も先生と同じような反応か……やっぱり実際にアプリを持っている “私にしか” 渚を救えない)わかりました。できる限りのことはやってみます」
「えっ!? アプリのことを話しても信じてもらえないと思ったし、こんな突拍子も無いお願いなんて断られること前提で……」
「藁にもすがる思いだったんですよね?」
「…ええ、でもどうして渚のためにここまで?」
「実は……」
私を暗く孤独な世界から連れ出してくれたこと。
もともと渚を探すつもりでここに来たこと。
そして、私もそのアプリを持っていることを伝えた。
「……そうだったのね、成美さんもアプリを…ここは大人としては止めるべきなんだろうけど…」
「大丈夫です! 危険だと分かってますから、無茶なことはしませんよ!!」
「そう。少しでも危ないと感じたらすぐに…」
「はいっ! ご心配には及びません ……それよりも、今日は渚のことをたくさん知れて嬉しかったです。突然の訪問だったのにありがとうございました!!」
他の誰でも無い渚の家族である母親からのお願いに私は、個人的な活動でなくて、正式にお墨付きを得た活動のような気がしてやる気に満ち溢れていた。
こうしてはと、居ても立っても居られなくなった私は、お礼を済ませて渚の家を後にしたのだった。
ーーーーー
終業式を終え、春休みに入った私はさっそくアプリを起動する。
「春休みなんて2週間くらいしか無いし、急がないと…」
そんな私を “狙ってか” 、一度もミッションをしていないと言うのにアプリからは、一件の “特別な通知” が届いていた。
〈 初心者歓迎キャンペーン 〉
〈 このミッションは、通知の届いたあなただけが受けられる “特別なミッション” です 〉
〈 ※ くれぐれも “他言無用” でお願い致します 〉
〈 ご了承していただけた方のみ、以下のリンクより特別なミッションのページへとお進みください 〉
いかにも怪しい通知に、これが渚のためでさえなければ無視して閉じていただろう。
しかし、一つづつ丁寧にミッションをこなしていては、ランクを上げるのにどれくらいの時間がかかるかも分からない。
それに、ただミッションをこなしていても、渚に繋がる手がかりが見つかるとも限らない。
そうであれば、少しでもこのアプリの核心へと迫れるように、この通知がたとえ罠であったとしても乗るしか無いと考えたのだ。
「……それはそうと受ける受けないは別としても、内容の確認くらいはしないといけないよね…え、これだけ?」
成美がそう感じるのも頷ける。
〈 提供される衣装を着て、そのレビューをお願いします 〉
リンク先のページには、それだけしか書かれていなかったのだ。
「 “提供される衣装” ってのが何なのか気になるけれど、衣装って書いてあるんだし服には違いないわよね? …にしても、物のレビューなんて通常ミッションと同じ……」
正直、何と言うか拍子抜けだった。
こんなことで渚が変わってしまうとは思えなかったし、これが本当に特別なミッションだとも思えなかった。
〈 ミッションを 受ける / 受けない 〉
〈 ※ 特別なミッションは、一度受けると完了するまで他のミッションを受けることも、またキャンセルすることもできません 〉
「特別感のある事と言えば、この注意書きくらいね。まぁ危険はなさそうだし、レビューを達成できないはずもないか」
私は “受ける” をタップした。
〈 ミッションを受注しました 〉
〈 衣装を発送しました 〉
〈 受け取り次第、着用しレビューを送信してください 〉
〈 なおレビュー終了後、衣装はそのままご利用いただいても、破棄していただいても構いません 〉
ピーンポーン、ピーンポーン。
「玄関のベルが鳴った時にはまさかと思ったけれど “もう” 届くなんて…」
あれから1時間もしないうちに荷物は届いたのである。
「私宛てだけど、差出人は不明……これ、ミッションからの荷物だよね? “こんな物” を買った覚えはないし…」
届いた荷物の中身は “黒色のラバースーツ” と潤滑剤や光沢剤、それから説明書等々。
「これはゴム? 戦隊モノの悪役やコ〇ンくんの犯人が着ているような……ラバースーツって言うのかな??? …あ、意外と重い。え〜と、これを中に塗って……足から…うっ冷たいっ!! ……それと結構キツイ…」
キュッ! キュッ!
「……なんかいやらしい音… でも徐々に覆われてく “この感じ” は何だろう… ポカポカとした温もりと、包まれたことで感じる “安心感” … おかしいな、“変な気分” になってきた… これ以上は… はやく脱がなきゃ」
ヌチャ、ゴトッ!
少し興奮した様子の成美は、すぐにそのラバースーツを脱ぎ捨てる。
「……はぁはぁ…」
ヌチャヌチャ
「うわぁ。全身が “潤滑剤” でヌルヌルだよ…」
そう考える成美だったがその実、成美の体で一番の水音を立てていたのは股だった。
しかし、少しドロッとしたローションのような潤滑剤のせいで股から流れる粘性の液体には気づけなかった。
それから成美はレビューを後回しにして、先にシャワーを浴びることにした。
「……ふぅ、すっきりした。…着た時の圧迫感もそうだけど、反対に脱いだ時の開放感も “悪く無かった” 」
シャワーを浴び終えた私は、そんな感じでレビューを書いた。
〈 初めてのミッション達成おめでとうございます!〉
〈 追加の特別なミッションをお届けです 〉
「…追加のミッション?」
〈 衣装の着用画像を送ってください 〉
〈 衣装の破損や潤滑剤が無くなった場合は、再配達も可能ですのでアプリを操作してください 〉
こんなことを言うのもあれだが、成美はとても “顔がいい” 。
そして、モデルにスカウトされたこともあるくらいには “スタイルもいい 。
また、社長令嬢としてメディアに露出したこともある。
だから顔の写った画像が世に出回れば、学校で少し騒ぎになる程度では済まないのである。
「…衣装とかの方は大丈夫だけど、またあれを着るのか。それと必要なのは衣装の着用画像だよね。ラバースーツ自体は首までしか無いし、顔は写さなくても平気だよね……」
追加のミッションは受けることにした成美だが、ラバースーツを着用して、再びシャワーを浴びるのも面倒なので、この日はミッションはせずに寝ることにした。
しかしどう言うわけか体が疼いた成美は、珍しく寝る前にオ〇ニーするのだった。
ーーーーー
次の日になって、自撮りの着用画像を送った成美の元には “新たなミッションの通知” と “新たな荷物” が届いた。
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 継続チャンスが発生しております 〉
〈 続けて24時間以内にミッションが達成された場合、自動で次のミッションが開始されます 〉
〈 継続すればするほど報酬もアップしますので、何回まで達成できるか、この機会にぜひ挑戦してみてください!!〉
〈 現在の継続数:2 〉
「…これが次のミッションのための荷物ってことか」
一見すると同じ黒色のラバースーツだが、広げてみると今度のスーツには首から上の部分が存在していた。
「……と言うことは…やっぱり、ミッションの内容は “全身画像” か。他の人が見てもマスクで誰だかは分からないだろうけど……いや、そんなことよりこの “継続チャンス” を逃す方が問題か。ちょっとでも渚に近づくためには、よりヘビーユーザーにならないと」
新規ユーザーへのキャンペーンやミッションを達成する者への優遇などから、アプリの運営が一般ユーザーとは別でヘビーユーザーに対して何かしらの意図を持っていると判断したのだ。
だから成美は渚のこと知るために少しでも多くミッションをこなし、アプリの運営に気に入られることを第一の目標に置いていた。
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 現在の継続数:3 〉
〈 提供された衣装を着て半日を過ごす 〉
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 現在の継続数:4 〉
〈 提供された衣装を着て1日を過ごす 〉
そうして春休みが終わる頃。
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 現在の継続数:8 〉
〈 提供された衣装を着て出かける 〉
遂にはラバースーツを着て外出するミッションが届く。
「……この姿で生活をすることには慣れて来たけど…さすがに外へ出るのは…」
20時間以上悩み、期限ギリギリで実行する成美だった。
ーーーーー
そして休み明け、事件が起きた。
…と言っても、それはアプリに関してでは無く、成美にとっての事件である。
学年が一つ上がり、受験本番とも言える年の始まりとしては最悪であった。
期末試験の結果が発表されたのだが、初めて学年に2位に陥落したのだ。
無意識ではあったが成美は、渚を心配してか今回の試験勉強に気持ちが入り切っていなかった。
「……嘘でしょ。どうしよう…」
こんな状態では渚を探すことは出来ない。
これは物理的な話である。
ショックなどと言う心理的な話ではなく、ここには例の成美家の事情が絡んでくる。
「…ただいま」
「担任の先生に聞きましたよ。どう言うつもりなのですか?」
「…ごめんなさい」
「謝るようには言ってません。どう言うつもりかを聞いているのです。それとも、それすらも理解できないほどに “無能” なのですか?」
成美が結果を伝える前に、学校から家に試験結果が伝えられる。
成美家ではこれが “普通” だ。
家に帰った成美をすぐに母親が問い詰める。
“優秀な” 人間に育てるために、必要な教育を施すために、原因を突き止めるのである。
「………(どう言うつもりも何も、私だって頑張った。頑張った結果がこうなのに)」
「黙っていても解決はしません。まぁ大方の予想はついていますが…最近 “何をしているのか知らない” けれど、勉強をサボっているようだし、それが原因なのでしょうね」
「………(知らないのでは無くて、知ろうともしていないくせに)」
「今のあなたに必要なのは遊ぶことじゃ無くて、勉強して優秀になること。あなたには優秀な社長になってもらわないと、“私が” 困るのよ。周囲から白い目で見られて……ごにょごにょごにょ…」
「………(結局重要なのはそこ。大切なのは自分自身。だったら私も “自分のために” 生きたって)」
母親が喋り続ける中で、成美はこの “理不尽な” 人生を変える決意を固める。
この時、成美のなかで “渚のため” という行動原理がズレた。
「明日からは学校が終わり次第、放課後は真っ直ぐ家に帰って来て、寝るまで勉強をしなさい。次の試験でも同じようなことがあれば、これくらいの注意では済みません。最悪の場合はこの家を出て行ってもらいますからね」
「………(これは脅しだ。一人娘の私が家を出たら困るのはそっち。むしろ私の方からこの家を出てやる)」
「聞いているの? 返事くらいしなさい」
「………(けれど、今はまだその時じゃない。生きていくために “お金が必要” 。幸いなことに “手段” はある)……はい」
「随分と反抗的な返事のようだけどまぁいいわ。分かったのならさっさと部屋で勉強して来なさい」
こうして成美の、野望に向けた生活が始まった。
ーーーーー
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 現在の継続数:9 〉
〈 提供された衣装を着て1週間過ごす 〉
記念すべき、10回目のミッションは何と長期に渡る日を跨ぐものだった。
「……春休みだったら良かったのに…でも悩んでても仕方ない。もう決めたんだから、自立するためにお金を貯めなくっちゃ!」
当然成美は、学校でも制服の下にラバースーツを着て過ごした。
“寒いから” と無理な言い訳をして誤魔化すも、制服の着用規定は違反をしていないので、注意などはされずに済んでしまった。
しかし動くたびにキュッと音が鳴り、手や足などから露出した黒く光沢したゴムは周囲の目を引く。
初日のうちに噂がうわさを呼び、瞬く間に広がった。
「……(やっぱり恥ずかしいけど、これも “お金のため” )」
そう自身に言い聞かせるが、ラバースーツの中には緊張や恥ずかしさによる汗以外の液体も大量に分泌されていたのであった。
キュッ、キュッ、キュッ、キュッ。
何日かして、廊下を歩く成美の姿は以前よりも堂々としていた。
「………(見てぇ、私を見てぇ)」
体を締め上げる圧迫感と擦れる音にゴムの匂い。
男子生徒からのねちっこく、性的な視線。
間違いなく成美は、それらに “興奮していた” 。
「………(私、ラバースーツが好きなんだ)」
そうして成美は自覚のである。
渚のためでも、お金のためでも無い。
ミッションを続けてるは自分自身のため、延いては快楽のためであると。
そうと分かってからは早かった。
ミッションとは関係なくてもラバースーツを着て過ごしたり、親の目を盗んではその姿のまま夜の公園を散歩したりもした。
都合よくラバースーツを使ったミッションばかりだったのもあって、次々と届くラバースーツや潤滑剤のおかげで、成美は報酬を得ながら趣味に必要なものを無料で手に入れることが出来たのだった。
ーーーーー
〈 ミッション達成おめでとうございます!〉
〈 現在の継続数:19 〉
〈 提供された衣装を着て、パーティに参加する 〉
キリのいい20回目で再び、一つハードルを超えるようなミッションが届いた。
学校という公共の場でラバースーツ姿を披露しているわけだから、人目につかないミッションだけを受けているのではない。
しかし言ってしまえば、これまでは成美のことを知っている人の前でのみ、その姿を晒して来た。
いくら男子生徒が欲情し、成美に嫌らしい視線を送ろうとも、知り合いが多く居る場であれば手を出されないという安心感があった。
けれども今回は、知らない土地で知らない人たちとの集まりである。
何かあっても成美と知って助けてくれる人は存在しない。
今の世の中、完全なる善意によって助けてもらう他、厄介ごとに進んで介入してくれる人は居ないのだ。
そんなことは成美だって分かっていると言うのに、ふとした瞬間に溢れたのは参加を希望する言葉だった。
「……行きたいなぁ…」
そして成美は自身の行動を正当化するために、勝手に都合のいい方向へと思考する。
“ラバー好きに悪い人は居ない”
そんな謎の理論で武装しても他の誰にも勝てはしないが、成美の行動を決定するのには役に立つ。
ーーーーー
指定された日、指定されたいつもの格好で、指定された場所に、成美の姿はあった。
会場として指定されたのは普通の見た目をした、いわゆる商業ビルだった。
「こんなところでパーティ?」
中へと入ってもいいものか。
そもそもこのビルで合っているのか。
そう思いながらビルの前でキョロキョロとしてると、明らかに成美と “同じ目的” でここを訪れたであろう人物が現れる。
そのヒトも全身をラバーで覆い、15cmはあるピンヒールをカツカツと鳴らしてこちらへと向かって歩いてくる。
そして成美をチラッと一瞥すると、まるで “こっちよ” とでも言うかのように今度は顔をクイッと動かし、ビルの “地下へ” と誘った。
「(……このビル、地下があったんだ…)あっ、待って…」
そのヒトを追いかけるように成美は慌てて階段を降りる。
降り切ったその先、扉の前には黒いスーツを来た男性が立っており、ガタイのいい身姿からバウンサーであることが見て分かった。
「……(招待状とか持ってないけど、アプリを見せれば平気かな?)」
そんな心配をする成美よりも先に、当然ではあるがピンヒールの女性がそこを通る。
成美は少しゆっくりを歩を進め、それの様子を観察することにした。
しかし成美の思惑通りにはいかず、女性は顔パスかの如くバウンサーの横を素通りしたのである。
「(えっ、嘘!? あ、もしかして常連さんとか? 入り口も知っていたわけだしあり得ない話では……)」
なんて考えているうちに成美もバウンサーの前に辿り着いてしまう。
「………」
「……あ、あの…」
「…? ああ、通っていいぞ」
どうして止まってるんだ? という様な視線を浴び、何かを感じ取ったバウンサーが入場の許可を出す。
それからポカンとする私に、言葉を続けた。
「…見ればわかる。そいつを着ている奴は、ここのお客さんさ」
バウンサーは成美の着ているラバースーツを指して言った。
「(なるほど、このラバースーツが招待状の代わりなんだ。まぁそうだよね。わざわざビルの地下に来る時点で大方の目的は知れているし、その上でラバースーツを着ている人なんて、関係者か招待客くらいのものか)」
カランコロンカラーン♪
成美はパーティ会場の扉を開けたのだった。
ーーーーー
商業ビルの地下だと言うのに、扉を開けた先はテニスコート2面分ほどの空間が広がっている。
「……うわぁ凄い…♡♡♡」
その広さに驚くとともに、成美の鼻を襲ったゴムの匂いに思わず声を漏らしていた。
会場にこもる熱気と、それによって発生する汗とゴムの匂いが、成美の開けた扉を唯一の逃げ道として流れ出す。
一瞬、立ちくらむ様な感覚に陥った成美だったが、後ろから入って来た別のお客に押されて正気に戻り、会場の中へと歩みを進める。
「…これは、マネキン?」
服屋によくあるディスプレイ用のマネキンの “ような” 全身像や、胸像が並んでいる。
しかしそれらの表面は全てがゴム質であり、服屋のそれとは異なっている。
「…どれも同じ様に見えるけど、よく見るとお腹の辺りが動いているし、形や大きさも違う……あ、これは生きた人間だっ!!」
頭の先からつま先までラバー素材で覆われているマネキン像たちは、量産された個性のない物のようだがその実、一つ一つが違う存在であることを示していた。
「………(あれはまだ子どもかな? あっちのはすごく胸が大きい。これは…)」
熱心にマネキンを観察する成美に、ある一人の人物が話しかけて来た。
床まで届く金色の髪とゴムの塊のようなその人物は、“声” から判断するに女性であろう。
ただ、“あろう” と推測の形なのはその声がさながら “電子音” であったからだ。
「ねぇそこのあなた? 随分と熱心に見ている様だけど、このマネキンたちを見てどう思ったのか教えてくれないかしら???」
突然の質問に成美は、反射的に本心をそのまま答える。
「えっと…拘束がきつそうだけど、とても気持ちよさそうに見えます」
「いい答えね♪ それじゃあ、あなたも」
そう “音” が聞こえ、この人物は自分がつけてるのと同じデザインのラバーマスクを成美に差し出す。
「これは? ……っ」
これは何か、これをどうするか。
成美が続く言葉を発しようとするが、この人物のただこっちを見ている “ような” だけの不気味な雰囲気に言葉を詰まらせ、有無を言わせない様子にマスクを顔へと近づける。
そのマスクは頭全体を覆う、いわゆるアナトミカルマスクであり、口に咥える部分や鼻に差し込む管が存在していた。
「………(私の知ってる目出し帽のような全頭マスクじゃなくて、もっと本格的なやつだ)」
しかし普通のアナトミカルマスクと呼ぶには異様で、口に咥える部分は人の “モノ” では無く、馬の “それ” を型取った太く長い筒状になっている。
また鼻に差し込む管は先が塞がれており、呼吸をするという本来の用途とは真逆で、強制的に広げられた喉を通して口でのみ呼吸が出来るよう制御をする。
「……(こんなの口に入るかなぁ。それにもし入っても苦しそう)」
けれども、無言でこちらを見つめる人物の気迫に負け、マスクを受け取ったその流れで頭に被る。
鼻がツーンと痛み、刺激された喉からは “馬チ〇ポディルド” がオエっと吐き出されそうになる。
慣れない刺激に成美は苦しそうに咽せるが、そのタイミングを待っていたかのように目の前に人物がマスクを深く、しっかりと被せて来てかと思うと、首筋のマスクとスーツの重なる部分に “何か” を塗りつける。
また、それに続いて成美の首へ “小さな機械” の付いたチョーカーを嵌めた。
「!?(…マスクの所為で喋れないし、何も見えない。一体何をされてるの!?……)」
成美はマスクによって、視界も嗅覚も聴覚も奪われていた。
そんな落ち着かない様子の成美を気にせず、今度はバイザーのあるフルフェイスのヘルメットのようなものを頭に乗せる。
そして、カチッと何かが締められた音がしてヘルメットが固定されると、まるで先ほどまでの真っ暗闇が嘘だったかのように視界が晴れ、それと同時に脳へと直接 “あの電子音” が響いた。
『初めまして、“13番目の私” 』
「ん"ん"っ"!?」
『無理に話そうとする必要は無いわ…と言うより、話せないと言った方が正しいわね。ちなみに “私” の疑問は説明せずともいずれ分かるから、それよりも今の状態を見てもらおうかしらね』
いつの間にか用意されていた姿見には、“全く同じ姿の人物が2人” 映っている。
それは “金色の髪をしたゴムの塊” と評した、あの成美に話しかけて来た人物である。
「………( “どっちかが” 私のはず…)」
試しに動いたりでもしない限り、当人である成美がそう思うほどに遜色のない見た目をしていた。
『そこに居る “10番目の私” は、私とそっくりなのだけど…… “私” も “十分に” 私ね♪♪ 私の目に狂いは無かったみたいで安心したわ』
再び、ヘルメットから電子音の声が聞こえ出す。
『 “私” には、これから自分の足で私の元まで来てもらうのだけれど…』
まるで決定事項かの如く話す電子音。
成美が言い返せないと言うのもあるが、一方的に業務連絡のように淡々と話を進める。
『① 私は…そして私たちは、“私” と同じでラバーに魅入られた者である。』
『② そのヘルメットはロックがされているし、ラバーマスクとラバースーツは “先ほど塗った” 特殊な接着剤によって貼り付けたから、今頃は完全に継ぎ目が溶けて固まり、鍵と特別なリムーバーが無ければ外すことも脱ぐことも出来ない。』
『③ その鍵とリムーバーは、目的地である私の元にある。』
そこまで話したところでミッションのアプリが反応し、地図アプリさながらに自分の位置と目的地、そしてそこに至るルートが表示された。
『それじゃあ、待ってるわね。“わ・た・し” ♪♪』
その言葉を最後に電子音は聞こえなくなり、静寂が成美を包みこんだ。
パーティが終わったわけでは無いが、ヘルメットに搭載されているノイズキャンセリング機能が、周囲の音を完全に拒絶していた。
話すことも、話を聞くことも出来ず、そのうえ説明によればスマホに表示された目的地に行かないとこの状態から解放もされない。
「………(目の前の、私そっくりのこの人も、まるで電源が抜けたみたいに動かなくなっちゃたし、あの声に従って目的地とやらに行くしかないのか…)」
成美は会場を後にして、私と名乗る人物の待つ目的地へと向かう。
会場から目的地まではさほど離れておらず、20分程度歩いただけで辿り着くことが出来た。
しかしそれは、ナビゲートされたルートが駅前や商店街などの人目も多い場所ばかりで、その当てられる視線に私は学校で得ていた何倍もの興奮を感じながらも、足早に歩を進めた結果であった。
そうして着いたのは門があり、豪邸と言えるほど大きなお屋敷。
成美が来たのをどこかで見ていたのか、中へ招き入れるみたく門が開いた。
「………(入れってことだよね。お邪魔します)」
誰に聞こえるでも無く心の中でそうつぶやき、成美は屋敷に入った。
屋敷の中はと言うと、床も、壁も、天井も、そして家具に至るまでも、その全てがラバー素材で作られた異様な空間である。
しかし他の何より “異様に” 感じたのは、成美を迎えるように左右に列を成して並ぶ、あの “金色の髪をしたゴムの塊たち” だった。
「………(同じ人が何人も……いや違う、それで言ったら私も同じ…そうだ、私も含めて “同じ格好” の人が何人も居る)」
成美が一歩足を踏み入れたところで、左右の人たちが一斉に礼をする。
それに続いて、ヘルメットからも電子音が聞こえた。
『ようこそ。そしてお帰り、“私” 。来てもらって早速で悪いけれど、“1番目の私” に案内してもらって私のところに来てくれるかしら?』
意味のない問いかけがされ、声を出して否定のできない成美は肯定と見なされる。
すると列から一人が前に出て来たため、それが “1番目の私” なのだろうと成美は思った。
『着いて行きなさい』
成美は最上階の突き当たり、一番奥の部屋へと連れて行かれた。
『入りなさい』
そう言われて入った部屋にはシルエットこそ成美と同じだが、黒とは対極の白いラバースーツ姿に蛍光ピンクの色のウィッグをしたゴムの塊が、これまたラバー素材の椅子に座っていた。
ギチギチッ!
ゴム同士が擦れる独特な音が鳴る。
椅子から立ち上がった白いゴムの塊が、黒いゴムの塊である成美に近づく。
そして次の瞬間、いきなり抱きつき、ゴムの体を擦り合わせてきた。
ギチ、ギチギチッ!
キュッ、ギチギチ!!
ゴムの塊同士が絡み合う奇妙な状況だと言うのに、成美はここでも興奮をしていた。
しかしなぜ、成美はラバースーツを着るといつも発情したメスのようになるのか。
その秘密は一緒に届いていた “潤滑剤” にあることを成美は知らないでいる。
そう、“媚薬入りの潤滑剤” とは知らずに体やラバースーツに塗っているのだ。
けれどもそれを知りも、疑いもしない成美は、あたかも自信がラバー好きのラバージャンキーであると錯覚をしていた。
「………(ゴムの匂いにゴムの音、締め付けられるゴムの弾性。ゴム♡ ゴム♡♡ ゴム♡♡♡ ……最っ高♡♡♡♡)」
すっかりゴムに陶酔した成美。
その様子を見た白いゴムの塊が成美のヘルメットを弄ると、パーティ会場で “10番目の私” と呼ばれた者が電源を抜かれて動かなくなったのと同じように、成美の意識がシャットダウンしたみたいに落ちた。
ーーーーー
『こんばんは〜♪ …って、今は “意識がない” んだった』
ヘルメットの中から発せられる電子音はとてもクリアに聞こえる。
頭の中へで広がり、その言葉以外には何も感じない。
さらには骨を伝わり体全身へ響く。
体と精神を包み込み、世界には電子音しか存在しない。
『今から “成美ちゃん” は〜 正式に “13番目の私” に成ってもらいま〜〜す♪ ……はぁ、つまらねぇな。誤魔化すためにテンション上げてみたけど、やっぱりこの瞬間は “何度やっても” 味気なくてつまらない』
ぴくりとも体を動かず、否定の意思も肯定の意思も示さないただの肉の…ゴムの塊。
それ相手に話し続けるのは、ラリーでは無く壁打ち。
スピーチの練習をしているわけでも無ければ、好き好んですることでは無いだろう。
ではなぜ、こんなことをしているのか。
それには理由があるからだ。
『今の成美ちゃんは真っ白なキャンバス。生まれる前の存在。無なの。だから成美ちゃんと言うより、“ ” ちゃんかな? そんな空の容器である “ ” ちゃんに新しい人格を与えてあげる。私の声、“ ” ちゃんに染み渡るでしょ? 私の声で “ ” ちゃんをいっぱいに埋め尽くして、植え付けて、形作ってあげるから、目が覚めたらその時は……』
ヘルメットのバイザー部分がチカチカとカラフルな光を放つ。
意識はないと言うのに目は力いっぱい開かれており、光を失った瞳は新たな光を吸収せんと一心に、目を悪くしそうなカラフルな光を見つめる。
耳元のスピーカーからは砂嵐のようなザーザーとした音がする。
しかし電子音の、私の声だけはハッキリを聞こえる。
『 “私” は “ご主人様” 』
『 “ 番目の私” は “私たち” であって、私たちはご主人様の “コレクション” 』
『 “ ” は “13番目の私” 』
『つまり私は、13番目の私のご主人様』
『そして13番目の私は、私の “奴隷” 』
『奴隷はご主人様の言うことを聞かなければならない』
『だから13番目の私は、私に絶対服従』
ーーーーー
どれくらい時間が経ったのだろうか。
何度も何度も繰り返され、意識せずともそれが常識であると思えるほどに馴染んだ頃。
ヘルメットの電源が入れられて、新たに “私たちの人格” をインストールした “13番目の私” が再起動を始めた。
「………(……ん、あれ? “私” は今まで何を??? …そう言えば、“他の私” はどこでしょうか…あっ♡ ご主人様だっ♡♡♡ いえいえ、今はそんな場合では早く私たちに合流して…でもっ♡♡♡)」
一気に押し寄せるタスクを処理し切れずに、もしくはご主人様と言うウイルスに侵されたかのように、私の回路はショート寸前であった。
『こちらに来て躓き、“私” への服従を誓って、御御足に口付けをしなさい』
そこに、何事よりも優先される最高レベルの命令が下される。
私の頭の中は、一瞬にしてすっきりした。
「………(はいっ♡♡♡)」
その他の事柄は全て後回しにされ、私の今すべきことが決定する。
ご主人様である “私” に従うことこそが、私に与えられた至上命令なのだ。
キュっ、キュっ、キュっ、キュっ。
「………(失礼します)」
すっ。
「………(ちゅ♡♡♡)」
儀式を終え、正式に私は “私” のコレクションの末端に加わった。
ーーーーー
私たち奴隷は普段、メイドとしてご主人様に仕えている。
もちろん常に “あのゴムの塊” の状態で、だ。
金髪のウィッグにラバーマスクとラバースーツ。
さながらラバーメイドと言った方が、本職のメイドさんには迷惑を掛けなくて済むだろう。
なぜなら私たちはガラスケースで保管され、パーティ会場にあった全身像や胸像のマネキン人形みたく飾られたり、時折ご主人様のおもちゃとして使われたりと、およそご主人様のお世話や屋敷の掃除などをするメイドとは違うのだ。
今日もまた1から順に番号の振られた専用のガラスケースに、同じ背格好の私たちが “眠っている” 。
ガラスケースの中の私たちは皆、ヘルメットの後ろにチューブが接続され、お尻や股にも同様のチューブが接続されていた。
チューブを通して空気や栄養が送られ、チューブを通して排泄物が出される。
コールドスリープとも、仮しとも言えるような状態で、自分の意思とは無関係に生かされ続け、ご主人様の気分によってのみ開かれるガラスケースの中で、次の機会を待ち続けるのであった。