蝶屋敷の廊下を、栗花落カナヲは静かに歩いていた。午前の任務を終え、書庫へ薬草の記録を取りに行こうとした、その時――
不意に下腹部を鋭い痛みが走り抜けた。
「……っ」
眉が寄り、冷たい汗が額に浮かぶ。カナヲは思わず片手で腹を押さえた。
その感覚はただの空腹などではない。腸の奥を強くひねられるような、重たく鋭い差し込みだった。
廊下に響く自分の足音が、途端に頼りなくなる。
「ぐるる……」
みぞおちの奥から、湿った音が鳴り響いた。体の内側が訴えるように暴れている。
痛みに耐えながらも姿勢を保とうとするが、膝がわずかに震え、脚先から力が抜ける。
「……大丈夫、です……」
声に出しても、説得力はない。吐息は荒く、呼吸は浅い。廊下に射し込む昼の光がやけに眩しく感じられた。
前へ進もうと、一歩。
「タタッ……」
靴音が二度響いたところで、再び波が押し寄せる。今度は耐えがたいほど強い。腹をぎゅうと締めつける痛みに、カナヲの肩が震えた。
「……っ……」
奥歯を噛みしめ、唇をかすかに震わせながら、カナヲは壁に手を添える。
背筋はまっすぐを保とうとするが、指先から伝わる冷たい木の感触が、彼女の身体の不安定さを際立たせた。
「きゅるる……ぎゅぅ……」

再び、腸が音を立てて訴える。廊下の静けさに、その音がやけに大きく感じられる。
――今は、誰にも気づかれたくない。
それがカナヲの心に浮かんだ唯一の願いだった。しのぶやアオイに見られてはならない。訓練に励む隊士に気づかれてもならない。
彼女は歯を食いしばり、視線を床に落としたまま、ひたすら痛みの波が収まるのを待った。
「……動けない……」
小さな声が、熱に濡れた唇からこぼれる。
額から流れる汗が、頬を伝って雫となり、木の床に落ちた。
蝶の髪飾りが微かに揺れる。
普段は決して感情を表に出さぬカナヲの瞳が、今だけは苦痛に揺らいでいた。
蝶屋敷の廊下を、栗花落カナヲは足早に進んでいた。下腹部を締めつける痛みはすでに限界を迎えつつあり、一刻も早く厠へ辿り着かねばならなかった。
だが――「カナヲちゃん、これを運んでくれない?」と、使用人に声をかけられてしまう。
返事をする余裕もなく、カナヲは小さく首を横に振った。声を出せば、腹の奥から今にも漏れてしまいそうで。
「……っ」
膝をわずかに震わせながら歩を進める。けれど、すでにお腹の中は暴風雨のようにかき乱され、腸の奥からぐるるる……っと不穏な音が絶え間なく響いていた。
汗がこめかみを伝い、髪の根元を濡らす。呼吸も乱れ、喉の奥から浅い息が途切れ途切れに漏れた。
「ハァ……ッ、……も、もう少し……」
しかし、次の瞬間。
身体の芯を突き上げるような鋭い痛みと共に、堰を切ったような感覚が走った。
「やっ……だめ……っ!」
カナヲの声は廊下の静けさに吸い込まれる。けれどそれと同時に――
ブチュゥゥゥ……ッ! ビチャビチャビチャッ……!

抑え込んでいたものが、一気に下着の奥から噴き出した。
泥のように重く、しかし水気を多く含んだ液体が、布を通して温かく広がり、太腿を伝ってしたたり落ちていく。
ドロロロロロ……ッ パシャァ……ッ
音は無情に廊下へ響き、滴りが床板を濡らした。
「……っ……見ないで……」
カナヲは背を震わせながら振り返る。頬は赤く染まり、瞳は羞恥と涙で揺れている。
普段は無表情で感情を見せない彼女の顔に、これほどまでの絶望と恥じらいが浮かぶことはなかった。
「ごめんなさい……止まらない……」
囁き声がかすかに漏れる。
それでも、身体は止まらない。汗と涙と共に、彼女の意志とは関係なく、熱く臭う流れがなおも脚を汚し続けていた。