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メランコル
メランコル

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転がる石みたいに

昨年の後半からわりとスランプ気味で、スランプが深まるにつれあまり個人的な事は(どんよりした話題ばかりになるから)書かなくなっちゃったのだけど、販売作品をただ淡々と先行公開するだけじゃ味気ないな・・・とも思ったりする今日この頃で`~`


昨年おもむろに「めらんこる・・・実はちんこ無いんすよ」宣言したものの、相変わらずツイッターとかでは一人称僕のままだったりして、数ヶ月に1度くらいの頻度で「結局あんたどっちやねん。どっちな前提で接すればいいのか対応に困んねん」的なご質問をいただく事があって。


性別・・・それはいわばある種のグラデーションのようなもので、一言では語れぬ難解な・・・とかそういう話が求められてるか求められてないかは不明だけど、読むも読まないも各々の自由だから、書くのもまあ自由だよなみたいな。


単純に肉体って話なら普通に雌だし、ゆえに多くの男性がデフォルトで装備してるような種類の性欲はめらんこるには無いし、「君らが語ってくれるエロのニュアンスがめらんこるにはイマイチ掴めんのですよ・・・申し訳ない」みたいなアレは同人活動を続けてく上でやっぱり常に付きまとうもので。


「多分こうゆうのがエロいんやろ?知らんけど」みたいなノリで描いたものがサクッと2000本売れちゃったり、「これは・・・かなりエロいぞ!諸君!パンツを脱いで備えよ!」くらいの意気込みで作ったものが無残な爆死を遂げたり、ほんと難しいよね。エロって`~`


更に言えば、誰かにとって超滾る描写が、別の誰かにとっては激萎え要素だったりもして、多くの人から好評を頂く作品ほど、批判やお叱りの声も増えるっていう。


「誰かにとっての滾る描写」を片っ端から詰め込もうとするとシチュや展開がカオスになりすぎて、作品としての一貫性や説得力がこぼれ落ちて、全てのステータスに全振りしたはずなのに総合搾精力はウンコになりました・・・みたいな残念な結果になったり。


そういうなんやかんやがあって、半分自暴自棄気味に「めらんこる、実はちんこ無いもんで、エロってもんがイマイチよく分かんねーんすよ・・・」発言に至ったわけなのだけど、そうすると今度は熱心なファンの方から「あの・・・今まですんませんっした!まさか女性とは知らず・・・自分の今までのメッセージ、アレ、完全にセクハラっすよね・・・マジ反省してます・・・」みたいなわりとガチの謝罪メッセージを頂いちゃったりなんかもして。


そのくらいならまだ「ええんやでw」で済むからいいのだけど、めらんこるの性別が、ごく一部の方のある種の情動を掻き立てる事も稀にある、ということを今更ながらに痛感して、我ながらちょっと迂闊な発言だったなって反省したりもする今日この頃です`~`


ヤバげな人に言い寄られたとかストーカーされたとかって話じゃなくて、逆。


性にまつわる事柄で、めらんこるという物体が不必要に善良な一般人を傷つけてしまうような場面が出てきてしまった、みたいな話。


そこは本当に反省。

圧倒的にめらんこるの思慮が足りなかった結果だし、「自分が損をする」なら自業自得で済む話だけど、情報に右往左往させられた誰かが不本意に傷つくっていうのは本当にすごく申し訳ない。



性。



前述の通り物理的なチンコはめらんこるの股間には無いわけなのだけど、じゃあ普通に完璧に身も心も超乙女なのかと問われると回答に窮するのもまた事実で、ひとつだけはっきりしてる事があるとすれば、心が完全に乙女だったなら多分もう普通に結婚して7歳くらいの子供とかいると思う。


そういう機会は今まで何度かあったし、そういう相手も何人かいた。


けどそうならなかったのはやっぱり性という要素がネックになってる。



僕が自分を「僕」っていうのには幾つか理由がある。



まず一人称に限らず、あらゆる「女性らしさ」みたいなものが子供の頃からなんとなく漠然と苦手だったこと。


でも別に男になりたいとかそういう感覚とも違って。


正直なところ「男性的なもの全般」も苦手だったりする。


苦手というか、怖い。


「女性らしさへの抵抗感」はいわば「僕にそういうの求められても・・・多分女性らしい感じにはうまく振る舞えないし、そうしたい気持ちも正直無い」みたいな感覚。


音痴だから人前では歌いたくない・・・みたいなのに似てる。



男性に対する恐怖は、ちょっと説明が難しい。


例えるなら、あなたの友達に元イスラム国兵士がいたとする。


その元イスラム国兵士は、ほんの少し前まで平気で人を殺して女性をレイプしてた。


けど今はイスラム国やめて、普通に一般人として、あなたの友達としてあなたの隣にいます。


「そんなやつと友達にならねーよ!」って大概の人が言うと思うけど、めらんこるにとっては男性全般が「元イスラム国の兵士」のように感じられてしまう。


今は無害・・・信用したいけど・・・漠然と怖い。


みたいな感覚。


少なくない男性は「性的な場面」になると人が変わる。

別人みたいになる。


本人に自覚があるかないかはめらんこるにはわからないけど、めらんこるeyeでみると、本当に別人みたいになる。


性行為が一切絡まない場面の彼と、性行為を致す場面の彼。


瞳の輝き方というか、顔の筋肉の挙動というか、その人の存在感がなんだかさっきまでと全く別のもののようになる。


部屋の電気を消して、ベッドの上で服を脱いで、そういう場面でね`~`



「眼の前の相手が変異する質感」みたいなものがずっと恐怖としてめらんこるの心の中に根付いてて、その漠然とした恐怖心は性行為に絡まない場面でも常にあって、だから基本的にめらんこるは家族や親戚を含む全ての男性が怖い。


「豹変」そのものは男女問わず往々にして起こる現象だと思う。


感情的な豹変という事に限定すればむしろ女性の方が遥かに多いと思う。


だけど相手が女性ならそこまで怖くないんだ。

「うん。それで?」もしくは「勝手にすれば?」で大概どうにかなるから。

相手は黙るか余計に怒るかのどちらかだけど、取り合わずそっと離れればいいだけ。

それで話は終わる。

日本国内で女性相手に「身の危険」を感じたことは人生を通して多分1度も無いと思う。



相手が男性だとそうはいかない。

「豹変した状態の男性」というのは女性のヒステリーとは性質が違って、「待てやめろ」で止められるものじゃない。

そもそも女性と違って元来的に理性的で自制心の強い男性が、その堅牢なリミッターを振り切って「豹変」してるような状態。


こっちが大声で怒鳴っても、泣いて謝っても、絶対に止まらない。

どうやっても止められない。

「力」じゃまず敵わない。

怖い。


満員電車の中で、隣の男性がつり革に掴まろうと手を伸ばす。

それだけで反射的に身構えて自分の頭を手でガードしそうになるくらいには、怖い。

なんだかもう本能のレベルで恐怖心が沸き上がってしまう。


怖くてお腹が痛くなるから満員電車には余程の事情がない限り乗らない`~`


この「漠然とした恐怖」が、一人称に「僕」を据える理由のひとつだったりする。


恐怖の対象と同化することで、恐怖心を軽減できる。


皆から「めらんこるは男」って思われてる限りは、あの薄暗いベッドの中で必ず感じる「食う側と食われる側」みたいな恐怖に襲われる事はない。


性転換して男になりたいとか、男性として逞しく生きたいとかは思わないけど、「女として在る事が怖い」みたいな感覚は10代の頃から常にずっとある。


多分その延長で「女らしい振る舞い」とか「女らしい仕草、言葉遣い」みたいなもの全般に抵抗を感じてる節もある気がする。


いい年して「僕」とか言ってると、「中二病卒業するタイミング逃したの・・・?」みたいな扱いを受けがちだけど、僕みたいな理由で一人称に「僕」を使う子は少なからずいる気がする。



以前ツイッターで


「全ての男性は、全ての女性が漠然と好きだけど、


全ての女性は全ての男性が漠然と嫌い」


みたいなのが回ってきたけど、僕はこれ、少しだけ違うと思ってて、正確には「全ての女性は、全ての男性が漠然と怖い」が正解なんじゃないかなって。


怖いから吠えて威嚇して遠ざける。


ある種の女性が男性全般に対して過剰なほどに辛辣なのは、多分好きとか嫌い以前に「怖いから」なんじゃないかなって思う。

僕の目にはそういうふうに映る。


僕はネット世代だから「自分も男という事にしちゃえば怖くない」という方法論に至ったけど、普通に女性として生きてて日々恐怖に晒され続けてたら、僕もやっぱりいずれ限界が来て過激派フェミの方々みたいに「男は全員敵!!!早く消滅しろ!!!」みたいになってたかもって思う。


この「多分少なくない女性が、男性に対して漠然と心の奥底で感じてる恐怖」みたいなものって、あまり語られる場面が無いように思う。


少なくともめらんこるはそういう話ってあまり耳にした事がない。


そしてめらんこるが接してきた多くの男性は、この「女性が男性に対して漠然と感じてしまう恐怖」についてほとんど全く知らない場合が多い。


けど「あなたという個体が悪いとか嫌いとか憎いとかそういう事じゃなく、男性全般に対してこういう漠然とした恐怖が常にあって、拭えなくて・・・」と説明すると、多くの男性は「なるほど・・・そういうもんなのか」って理解を示してくれる。


女性からすれば「当たり前でしょ」って話でも、男性からすれば「ちゃんと言ってもらわないと分かんねーよ。理解って欲しいならちゃんと説明してくれよ」って話なんだろうなと思う。


この「女性が男性に対し漠然と感じる恐怖」みたいなものを、多くの男性が「そういうのがあんねんな」ってやんわり汲んでくれる感じになったら、昨今悪目立ちする男女間の対立も大分軽減されるんじゃないかって気がする。


女性は男性を「嫌いなんだ」と勘違いしてて、

男性は女性に「嫌われてるんだ」と勘違いしてる。

だから何かというたびにいちいち喧嘩になる。


そうじゃなくて、嫌いとか憎いとかじゃなくて、ただ怖いだけ。


覆し難い物理的な体力差ももちろんあるし、それだけじゃなくて、僕が上に書いたような、性が絡む際の、ベッドの中で男性の瞳の輝き方が不自然かつ急速に変化する、みたいなそういう恐怖も。


性欲がそうさせるんだっていうのは分かる。

男性の性欲というのはそういう性質のものなんだって理解ってるつもり。


頭で、理屈では分かるけど・・・その「性欲に突き動かされる情動」を感覚として理解してあげることができないから、恐怖という形になるんだと思う。


これはもちろんめらんこるの個人的な吐露でもあるんだけど、あわよくば読んでくれた誰かにとって、少しだけ女性への理解が深まるお話になったらいいなとも思う。


愛を必要としてる人はたくさんいるのに、愛に触れられないまま生きてる人も沢山いて。


もちろん「愛なんて必要ない」って人はそれで全然いいと思う。


だけど「愛が欲しいのに、愛に触れられない」っていう人はきっととても孤独で辛いと思う。


なぜ孤独な人がこんなに多くなってしまったのかって考える時、めらんこるは上に記した「恐怖」というファクターに行き着く。


女性は、本当は独りが嫌で異性と親密になりたくても、怖いから拒絶してしまう。

恐怖を「嫌い」と錯覚してしまう。

だから「嫌いな男性を遠ざけて幸せ」なはずなのに、なぜか孤独で寂しくて辛い。


男性も本当は独りが嫌で異性と親密になりたいけど、どうせ嫌われて拒絶されるだけだからと諦めてしまう。

性に付随する本質的な恐怖を見つけられず「自分が」怖がられ嫌われてるんだと錯覚してしまう。


「あなた」の事が怖いんじゃないよ。


自分より大きくて強くて揺るぎない、自分が本気になってもきっと勝てない存在がただ漠然と怖いだけなんだ。


「怖い」と「嫌い」は似てるから、「怖い」より「嫌い」のほうが楽だから、怖いままで怯えながら生き続けるのは本当にとても苦しくて辛いから、「嫌い」という事にしてしまう。


嫌いだから、いなくても辛くない。いないほうがいい。


そう思い込んで生きたほうが楽。


無意識的な自衛。


本当は居て欲しい、独りは辛い、寂しい、だけど怖い。


どんなに優しくされても「豹変」を知ってしまってるから、やっぱり怖い。


めらんこるは遺伝性の肌の病気があったり、年だってもう30代半ばだし、正直恋愛とか結婚とかもうそういう欲求もほぼ無いからいいんだけど、もしあなたの周りに男性を「嫌ってる」女性がいたら、その子は本当に男性が「嫌い」なのか、怯えてるだけなのか、その子の本当の気持ちを見つけてあげて欲しい。


もちろん女性サイドからの、男性にばかり一方的に負担を強いる、不公平で不平等なお願いだと自覚してる。


だけどこの、自分の力だけではどうしても乗り越えられない「恐怖」をどうにかして乗り越えたい、誰かと本当の意味で繋がりたいと思ってる子が世の中には少なからず存在して、それにはきっと助けが必要なんだ。


ヒーローが必要なの。


あなたがヒーローになるかならないかはもちろんあなたの自由だよ。


だけどその権利はあなたにもちゃんと有るんだ。


ヒーローが振りかざすべき最強の武器も無敵の盾も特別な異能も才能も何も持って無くても、怯えてる子に「どうすれば僕は君を怖がらせずに済むだろう?何かに怯えず、誰かに怖がられず、一緒に生きていける方法がもしあるなら、僕はそれを模索してみたい」って言葉にして伝える事ができたら。


もちろん現実はドラマでも漫画でもないから、その子が都合よくあなたを好きになってくれるかなんて分からない。


きっと多分報われない事の方が多いと思う。


でも、理想通りのハッピーエンドには至れなくても、きっとその言葉に、姿勢に、心に、やんわり救われる子、癒やされる子は少なからず存在すると思う。


男性を「敵」としないで済む子が増えれば、今みたいな本質的にズレた不毛な男女の対立構造から世の中は少しずつ脱却していける気がする。


そんな日がいつかもし来たら多分きっと「僕」も。


単純に腐の業を拗らせた影響も大きいから、僕に限っては「僕」って言い続けるだろうけどw


でもそうなったらいいよね。


孤独で辛くて寂しい人同士が、恐怖の壁に阻まれず、温かい気持ちで繋がれる世の中になってほしい。


人を好きになったり、人から好きって言ってもらうのってとても素敵なことだから。


「誰も俺に好きとか言ってくれる子いねーよ!」って人がもし居たら、僕で良ければ僕が言ってあげる。


僕はペニスを所持する君たち全員ナチュラルに怖いけど、「嫌い」じゃないんだぜ。


もし「嫌い」ならそもそもこんな仕事してない。


別に「性的なモノが好きだから」エロい絵とか描いてるわけじゃない。


お金になるから描いてる・・・のは正直あるけど、お金のためだけだったら多分とっくに飽きて辞めて他の事してると思う。


僕にとって「性」は恐怖の対象で、未知の領域で、だけど「女性にとっての漠然とした恐怖」と同じように、「汲むべき男性特有の性質」なのだと捉えてる。


女性ってのは男性が根本的に怖いんだよ。そこは分かって。


そのかわり男性の性欲、性質、怖いけど、怖いなりにちゃんと受け止めるから。


性を否定しないよ。


だって、薄暗いベッドの中で、服を脱ぎ捨ててマヌケな裸を晒して僕の眼前10センチで「豹変」する男性たちはみんな、必ず、心のどこかで自らの業を恥じてるような、いたずらがバレた子供みたいな心許ない顔をするんだ。


手の負えない獣の性に囚われた、罪に怯える小さな子供。


しょうがないんだよな。


生物学的に、遺伝子レベルで備わってるんだもの。


その獣じみた欲求と衝動が。


恥じても、悔いても、自分のそんな姿を全く望まなくても、目の前の裸体に自ずと欲情して豹変してしまう。


そういう葛藤みたいなものも僕は確かに目撃してきた。


だから男性の性欲を僕は否定しない。


性欲とは違くても、僕の中にだって卑しい欲望や浅ましい考えが常にひしめいてるもの。


自分の内側に渦巻く仄暗い欲望の数々、いっそ全部捨てて、後ろ暗い恥部を有さない、徹頭徹尾高潔で純粋な真人間になりたいとどれだけ強く願っても、抱える欲望の多くは完全には捨て去れないまま、汚れた心のまま自分をやんわり恥じながら生きて、折々無難な方法でガス抜きして、そんなの所詮一時しのぎだと理解しながら、結局一時しのぎでごまかす。


そうやって皆生きてる。


男も、女も、みんな。


今、これを読む君は知ってる。


自分より弱い誰かを害する事無く、自らの欲望を鎮める然るべき方法を。


生きて感情を持つ誰かを害し傷つけ蹂躙して場当たりの欲求を慰めるより、

僕なんぞが作る粗悪な代替品で自らを満足させる事を選ぶ人達。


僕は君たちから幾らか程度でも慕われてるらしい事を誇りに思ってるよ。本当に。


三十路も過ぎて一人称が僕な、エロい絵描いて生計立ててる羊水腐りかけの行き遅れババアに愛とか囁かれても1ミリもキュンとこないよな。


それでいいんだよ。


愛情なんて大概理想通りの形で駆動なんてしないんだ。


一方通行だったり不格好だったり滑稽だったり無様だったりで、青春ドラマみたいに綺麗事の範疇にピタッと収まってはくれない。


じゃあ想う事は無為?


思い描く理想の形から外れた想いは全部不正解?


多分そんなこと無いよ。


報われなくても届かなくても叶わなくても疎まれても捨てられても馬鹿にされても嘲笑されても、想いはただ想いとして想った分の質量を淡々とそこに、ここに積み上げて、やがて僕らが想像する以上の何かを形成する。


絵を描き始める前、わりと辛い事があったんだ。

もうこのへんで死んで終わりにしたいなぁって思う程度には辛いこと。


でも、もし君たちの誰一人僕の絵に価値を見いださず、誰も僕を支えてくれなくても、多分僕は自殺したりしないし、淡々と、しぶとくあざとく今日を生きてると思う。


だけど生きることを楽しめてたかどうかは別。


僕は楽しいよ、わりと、今。


絵を描いて、売り上げやら評価やらに一喜一憂して、売り上げも評価も文字にすると無機質だけど、でも売り上げは「買ってくれた一人一人の人間の人生」が創出するものだし、評価だって同じ。


そこに人がいなければ、人生がなければ、僕の作品なんて1個も売れないの。


誰かが生きて、その人なりの人生を生きて、人生の中で何かを感じて、何かを感じながら生きて、お金を稼いで、稼いだお金を払って、そうやって僕の作品を買う。


1。


そんな風に誰かが作品を買って、販売数が1増える。


販売数500とか1000って、ただの数字じゃないよ。


人間の数なんだ。

それだけの人がそれぞれの人生を生きてて、その中で僕の作品を自分の選択で手にとってくれる。


トイレットペーパーやお米みたいに「無いと困るから。食べないと死ぬから」手に取るわけじゃない。


僕の絵なんて別に無くても誰も死なないし誰も困らない。


ただの娯楽品。嗜好品。


僕の作品をカートに入れて「決済」をするまでに、その人の人生、年月、感情がちゃんとそこにあったんだ。


生まれて、育って、多分学校に行って、バイトとか就職とかして、お金を稼いで、欲しい物を買う。


欲しい物。

欲しいと感じる心。


幸か不幸か、僕の作る粗末な画集を欲しいだなんて感じる感性に育っちゃった人。


一体どんな人生だったんだろうなって、勝手に想像してみたりする。

そういうの妄想するの、好き。


数字が1増えれば嬉しいのは当然じゃん。


僕の口座に入ってくる卸値400円が嬉しいわけじゃない。いや、普通に嬉しいけど。


それより嬉しいのは「一人の人間」がそれを選んでくれたこと。


1000本売れたら、それはつまり1000人の人間が買ってくれたってことで、1000通りの人生のその一部に僕の作品が微妙に入り込むわけじゃん。


なんかもうとんでもない事じゃん。


僕が君たちに「ありがとう」とか「愛してるぜ」とか言う時、どんな気持ちでそれを言ってるか分かる?


君が自分を誇れなくても愛せなくても別にいいよ。


僕は勝手に感謝するし勝手に愛してるとか言うし、勝手にするだけ。


だって、君のおかげで僕は今日が楽しいんだもの。


当然の感情が心に湧いて、当然の感情をそのまま言葉にするだけ。


なんかもう書いてるうちに内容どんどん移り変わり過ぎだけど、人生も大概そんなもんだしね。


状況は日々常に変化して、気持ちも、有り様も、なにもかもね。


転がる石みたいに。


ありがとう`~`


転がる石みたいに

Comments

どもども`~` ものすごい力になってるしこっちこそありがとうですよ! 必要としてくれる人達がいるから絵でご飯食べれてるわけですしね`~` これからも自分なりに頑張ってこうとおもいます🌟

メランコル

まあ💦ボクがメランコル先生の力になることは100%不可能なのだけど メランコル先生の作品がボクらにとって必要なのは、100%揺ぎ無い事実です💦 とりあえず、いつも、創作活動ありがとうございます。 ボクは男の子(男の娘じゃない)も好きです。

ニコ・C

ありがとう🌟

メランコル

ありがとう✨

デビル


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