【4,321字】夏にむけて足裏の角質ケアをするお話
Added 2022-01-23 09:00:00 +0000 UTC※このお話には残酷な表現が含まれています。 [newpage] ピンポーン♪ 『宅配便でーす。』 「やっときた…はぁーい!」 私が通販で頼んだその商品は一昨日届くはずだった。それが、天候や人手不足やらの影響で届いたのが今だなんて。遅すぎると言うべきか、ギリギリナイスタイミングと言うべきか。本当なら昨日のうちに使っておきたかったけど。 『申し訳ございません。お届けが遅れてしまい…』 「いえ。ご苦労様です。」 パパっとサインして見慣れたニッコリマークの段ボールを受け取って、再度家の中へ放り投げる勢いで投げおいた。私にはもう時間がないのだ。 「ママー!私もう出るからー!この荷物私の部屋に置いといてー!」 「わかったわ。気を付けてね。」 「うん。あ、絶対に中開けちゃダメだからね!絶対の絶対だからねっ!!」 「ふふっ。わかってるわよ。」 うーん、本当かなぁと思いながらも、今すぐでないと飛行機の時間に間に合わない。それに何より恋人を待たせてしまっているのだ。些細な心配など意識の外へ追いやって、アプリで配送しておいたタクシーへと乗り込んだ。 ☆ ☆ ☆ 「…っていうことがあったのー!ママってば酷くない?」 「あは。聞いてるだけだと仲良しで羨ましいなぁって思うよ。」 「もう…確かに仲悪くはないけどさぁ…」 日本行きの飛行機に無事乗り込めた私たちは、春休みからコツコツとバイトで貯めておいたお金を使い、念願の日本旅行にやってきていた。平日とはいえ日本でも夏休み期間にあたるのか、観光地は私たちと同年代の子たちで溢れかえっている。 「あ、チュロス売ってるよ!あれ食べよ!」 「チュロス?」 「うん。確か西洋のお菓子なんだけど、ここに来たらこれってくらい名物らしいよ。」 「ふーん。ちょっと並んでるけど、良い匂いだし食欲そそられちゃうね。」 「ホントどこ行っても並んでるもんねー。明日はホテルからだしもう少し早く来よっか。」 せっかく奮発してテーマパーク内にあるホテルをとったのだから楽しめるだけ楽しまなきゃ。並ぶことは多いけど2人でならなんでもない話をしてるだけでも幸せだし全然苦になんてならない。そんな充実した時間を過ごしていた私たちだったけど、その瞬間は突然やってきた。 バリッ!バリバリッ!!バキバキバキッ!! 「な、なにこの凄い音!?」 「雷?いやでもこんなに晴れ……え…なに、あれ………」 天変地異のような轟音とともに、空模様が一変する。そこにあったのは、先ほどまでの雲一つない爽快な青空ではなく、どこまでも見渡す限り広がっている巨大すぎる”足の裏”だった。 [newpage] その少し前のこと。 「あの子、一体何買ったのかしら。あれほど必死に見るなって言われちゃうと…見たくなっちゃうわよねぇ。」 娘を旅行に送り出した後、一通りの家事を終わらせて一息ついていた彼女は、娘の部屋へ運んだ段ボールの中身が気になっていた。普段からイタズラするほど距離感の近い彼女は遠慮なくその封を開けると、その中から梱包すらされていない謎の箱を取り出す。 「何かしらこれ。あ、説明書が…なになに。フットケア用リラクゼーションボックス…?ふぅん。あの子もそんなお年頃なのねぇ。ここが足を入れるところで…へぇ、良さそうじゃない。ちょっとだけ使わせてもらっちゃおうかしら。」 そう言いながら箱を自分の部屋へを持ち帰ると、角質ケア用のヤスリを取り出してくる。主婦業に忙しく足のお手入れを怠っていた彼女の足裏は、夏用のサンダルを履くには恥ずかしいほど角質で硬くなっていてカピカピの状態だった。 「他にも設定があるようだけど…面倒ね。使ってから考えましょ。」 そうして彼女は、その箱の中へと右足を挿し込んだ。その先がどうなっているのかという警告文に目もくれぬまま。 [newpage] 「とてつもなく大きな…足…?」 「なになに、何かの撮影?よくわかんないけどすっごいリアルだね。」 「ねー。汚さまですっごいリアルで自分の足思い出しちゃったよ。」 「いや、20代であんなに汚いのはないわー。ちゃんとお手入れしな?」 私たちの周囲に居る女の子たちは、あれを見上げてもあまり現実感がないからか笑いながら雑談している。それに引き換え、私はといえば、あれが何であるのかを直感的に理解していた。今、私たちはとんでもなく危険な状況下にある。 「ね、ねぇ…」 「はっ!ご、ごめん!あれはヤバいよ!!今すぐ逃げよう!!」 「え?で、でも逃げるってどこに…?」 「どこでもいい!日本から離れなきゃ!!」 余りにも巨大すぎて私たちからは全貌さえ見えないけど、あの足裏の大きさは日本という国にすら匹敵するはず。もしあれが今踏み下ろされてきたら、私たちは1億の日本人と一緒に、あの汚い角質の一部にされてしまうだろう。 「とりあえず落ちついてる間にここを出てタクシーを拾おう!電車はたぶん無理だから!」 「う、うん。」 「それとごめん。ちょっと電話しなきゃだから支払いとかお願いしていい?」 「わかった。」 私の予想が間違っていなければ、あれはきっとママの足裏だ。説明書もロクに読まず、接続先を”異世界”に変更せずにあの箱を使ってしまったんだろう。今、私たちの命は、私のママが握っている。それを止められるとすれば、私しか居ない。 「また何か出てきたよ!あれは…手?何か持ってるけど…」 「くそっ…!間に合って…!お願い、ママ…!!」 なんとかテーマパークから外へ出てタクシー乗り場へとひた走る。その間もママと繋がっているはずのスマホは呼び出し音だけを延々と鳴らし続け、上空でヤスリを握った右手が足裏へと近づいていく。残念ながら、もはや間に合わないことを覚悟するしかなかった。 ガリッ!ガリガリ。ゴリゴリゴゴゴゴリッ…!! 「きゃ、きゃあああ!!!」 「くっ…乗って!!運転手さん!成田空港まで!!」 なんとか間一髪でタクシーへと乗り込んだ私たちは、空から響いてくる爆音と空気の振動に身も心も震わせた。見上げてみれば、想像通り足裏の角質を削り落とすべくヤスリが激しく動いている。人間とは余りにも違いすぎるスケールで行われているその角質ケアは、剥がれ落ちる老廃物の行方を考慮していない。 「怖い、怖いよっ…」 「大丈夫。大丈夫だからね…!」 これから数秒後、日本全土は阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろう。私たちだって他人事ではない。それでも、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせないと、正気を保ってはいられなかった。今はただ、この電話が諸悪の根源に繋がることだけを必死に願い続ける。 [newpage] 「うーん、久しぶりにやるとやっぱり硬くなっちゃってるわねぇ…」 そんな彼女はといえば、リビングのテーブルにスマホを置きっぱなしにしながら、右足の足裏をゴリゴリとヤスリがけすることに夢中だった。暇つぶしにと電源を入れたテレビでは未曾有の大災害に見舞われている日本の状況を緊急生中継しているものの、普段からネット配信のSF作品等を嗜む彼女はそれがまさか現実だとは思いもしない。 「へぇ~。日本を舞台にした隕石モノかしら。最近のCGってホント良く出来てるのねぇ。」 映像の中では、直径数十mから数kmにおよぶ超巨大な角質群が日本の至る所に降り注ぎ、東京や大阪といった大都市の高層ビル群を瞬く間に破壊し尽くしていく光景が映し出されている。個々の異常な大きさに加えて毎秒数百個単位で発生するそれはまさに人知を超えた飽和攻撃であり、慌てて稼働した日米共同のミサイル防衛システムなどはまったくなんの意味も成さなかった。 「あらあら。軍隊の攻撃も全然効いてないじゃない。隕石って怖いのねぇ。」 彼女が他人事のように呑気に呟いている間もゴリゴリと角質を削り取る動きは止まらない。当然ながら報道の優先順位が低い地方や郊外も被害がないはずもなく、日本で範囲外と呼べるのは沖縄や一部の離島くらいだった。足裏のゴミ以下の儚い存在と成り果てた日本の人々は、自分たちの無力さを嘆きながら街ごと角質に押し潰されてしまう。 「それにしても…けっこう生々しいシーンもあるわね…子供が潰されちゃうシーンなんて誰が見たいのかしら…」 街に降り注いだ角質はそこで消えるわけではない。落下の衝撃で砕け散ったりゴロゴロと転がったりしながら、直撃を免れた周辺の建物にまで二次被害を広げていく。そのような地域では避難さえもままならず、建造物に成り代わって居座った角質により悪臭が混じった大気は人体を内部から蝕んでいた。 「ふぅ。まぁまぁツルツルになったわね。それにしても結局これの機能はなんだったのかしら…ゴミは吸ってくれるみたいだけど。って、スマホが鳴ってるわね。はぁーい。今出ますー。」 そうしてようやく右足を引き抜いた彼女は、リビングから自分を呼んでいるスマホを取りに戻る。僅か数分足らずの間に国土の3分の1と国民の半数を失った日本の人々は、”悪魔の足”の脅威から解放された喜びを分かち合っていた。 [newpage] 「あら、あの子から。何かしら…はい、もしもし。」 『ママ!?や、やっと繋がった!!なんで出てくれないの!?』 「ごめんなさい。ちょっと立て込んでて…何か用なの?」 『何か用?じゃないよ!!ニュース見てないの!?日本が大変なことになってるのに!!』 「立て込んでたって言ったでしょ。用がないなら切るわよ。」 『ごめん待って!!お願いだから足裏ケアはもうやめて!?』 「はぁ?何を言うかと思えば…片足だけやっても気持ち悪いから反対もしちゃうわよ。」 『ダメ!!待ってってば!!これ以上やったら私たちも死んじゃう!!』 「はいはい。そーゆーのは帰ったら聞いてあげるから。それじゃ旅行楽しんでね。」 『待って!!ダメ、ママッ!!おねが…』 娘からの電話を途中で切り上げた彼女はスマホの電源を落としてソファの上に放り投げる。彼女の頭にあったのは、かさついたままの左足のお手入れのことだけだった。 「…そういえば、あの子どうして足裏ケアしてること知ってたのかしら…ま、これも帰ったら聞きましょ。」 完