奇妙な隣人 12
Added 2021-10-10 02:25:05 +0000 UTC12異世界人の事情 「俳優さんであんな人いたよね? お忍びでの仕事なの?」 「ちょっとちょっと~、誰なの、あのイケメンさん~」 「あそこまでスタイルも立ち姿も完璧な人ってそう居ないよね? 日舞の師範かしら?」 『京土産・三条巴屋』のバックヤードに入ると早速先輩スタッフたちの質問攻めに遭った。 もちろんそれは勝手について来たブルームさん、いや、ブルームのせいだ。 「こちらの責任者の方はいらっしゃいますか? 私、『椿 咲夜(つばき さくや)』と申します。 俊太の身内の者なのですが、少しお願いしたい事がございまして」 「え? 藤原君の身内? うっそだぁ~? どこにも似た要素が無いじゃない。本当は何者なのよ?」 バイトスタッフの中でも一番経験の長いリーダーがブルームを店長に引き合わせるべく奥に連れて行った。 「はは、は、み、身内? いやまぁ、俺も正直言ってなんて言えばいいやら……」 ブルームの正体は自称・異世界人などと言える訳もなく(信じてもらえるとも思わないが)、ともあれ開店準備で忙しい時間帯でもあるためレジ内の釣銭補充や商品の品出し、清掃作業へとやるべき作業へと戻って行った。 数分後、店長がニコニコしながら俺のそばにやって来た。 「藤原君、聞いたぞ? ウチで働いてくれるそうじゃないか? 忙しい時期に実にありがたい! 大いに歓迎するぞ!」 「へ? い、いいんすか? 履歴書も面接も無しで」 「大丈夫だ。藤原君の身内の方なんだろう? 身元保証人が目の前に居るのだから問題無い。何かあった時は藤原君が後始末をしてくれるんだろうしな! はっはっは!」 齢70を超えているのにまったく老いを感じさせない店長の、唯一年齢を感じさせる薄い髪の毛が笑い声に応えてひらひらと揺れる。 「それって、ブルーム、じゃなくて椿がへまをしたら俺の給料から差っ引く、ってことじゃぁ……」 「ま、そうとも言うな。なので、へまをせんようみっちり、きっちり教えてやってくれ。何でも急に決まった研修が、『実店舗で販売業を行う』事だそうじゃないか? その研修先にウチを選んでくれるなんて目が高いってもんだ。 しがない土産物屋とはいえ高価な清水焼や京友禅も扱っている老舗でもあるんだからな!」 店長が奥に引っ込むと同時に俺に年の近い女性スタッフが俺の耳元で囁いた。 「聞いたわよ~? なんでも現場研修の上に急なお願いだから無給で働くそうじゃない。店長それ聞いてすっかりご機嫌なんだから。 にしても、こんな土産屋には場違いなほどのイケメンよね? 絶対彼女の一人や二人は居そうだけど、もしフリーならアタシもアタックしてみようかしら?」 いや、アイツは俺の精液を欲しがる異世界人らしいのでアタックはお控えください、と言いたいのをぐっとこらえて曖昧な微笑で返しておく。 どうせ玉砕すると分かっていても止められないのが恋心ってなもんだろうし。 ◇ 一時間後。 「いらっしゃいませマドモアゼル。旅の思い出に当店の魅力的なアイテムなどいかがでしょうか? もちろんお嬢さんの魅力に比べたら塵芥のごとし、ですが」 「買います! お兄さん買います! おいくらですか!」 「はは、私に選択をお任せして頂けるんですね? では、先日から抹茶フェアを行っておりますので、抹茶チョコクランキー、いかがでしょう? サクッとした歯触りと風味豊かな抹茶の香りが至福のひと時をお嬢さんに約束しますよ?」 「は、はい~! 買います! 買います! 抹茶でもホワイトでも買います! いっぱい下さい~」 「ねぇ、藤原君、。あの椿さんって人、どこかでホストやってた? 名のあるジゴロに間違いないでしょ? あの女の子すっかり椿さんにメロメロじゃない」 ガイドブックを手にした若い女性がブルームにほだされて抹茶チョコクランキーを4箱も買っている。 さらに一時間後。 「どうですか? サングラスの似合う粋なお兄さん。甘いもので疲れを取りませんか?」 「――ああん?」 やべぇ! ブルーム! 見て分かんねぇのかよ! そいつは客じゃなくてただのチンピラだろうが! 難癖付けられたらヤバいってんで他のスタッフが全員スルーしてたってのに、なに呼び止めてんだよ! 「てめ、何、いきなり話しかけてんだコラ? 舐めてんのかぁ? ああ゛?」 オールバックにした前髪とサングラスの隙間からギラついた目を覗かせブルームを鋭く睨みつける。 「おお、些細な事で怒りを感じるのは糖分が不足し疲れている証拠。当店の土産菓子はどれも美味でひと息入れるお供として最適の品ばかり。 お兄さんに気持ちをふんわりとときほぐす癒しの甘味としてこちら、抹茶チョコクランキーをおすすめいたします」 「てんめぇ! ふざけてんのかコラ! なぁにがときほぐす、だ!? バカにしてんのか野郎!」 チンピラの手が出る五秒前。これ以上はもう無理だ。ブルームに代わって俺が平謝りしよう。 と、店頭のブルームのそばに行こうとしたら――「バカになど、どうしてするんでしょう? 私のココは先ほどからお兄さんの魅力でジンジン痺れているくらいですよ? 公衆の面前ゆえ控えておりますけれどお兄さんとでしたら私、濃厚且つ熱い夜を過ごしてみるのもやぶさかではないと思っているのですが」 甘いセリフと共にチンピラの耳元で吐息を吐いたブルーム。 チンピラは顔を真っ赤にして盛り上がった股間を押さえながら店の前から去って行った。 「椿さんやるじゃない! アイツにぐうの音も言わさず追い払っちゃうなんて!」 時を置かずスタッフたちから拍手が湧き起こった。 しかしブルームは曇った表情だった。「お買い上げ頂けなかったのは痛恨です。販売の道は奥が深いですねぇ」 俺もまたホッと息を吐き、取りあえず難を逃れられたことに胸を撫で下ろした。 そうして股間を押さえたまま去ったチンピラに同情の言葉を送っていた。 「あのチンピラも災難だったな。ブルームのせいで性癖がねじ曲がらなければいいけど」 さらに五時間後。 「今日は椿さんのお陰で殊の外お客さんの食い付きが良かったよね~! 動きの鈍い商品までどんどん売れてっちゃうんだもの! 店長ってばますます上機嫌よ!」 見た目は良いけど仕事はどうだろうか、と訝しんでいた他のスタッフにも絶賛を浴びながら一足早く上がらせてもらえることとなった。 「初日から頑張り過ぎてバテちゃったら大変ですものね! 今日は先に上がって早めに休んで! 明日もお姉さん、椿さんを待ってるから!」 お姉さん、と言う年齢ですか? と言おうものなら「黄金の右」が飛んで来そうなので言わなかった。 お目付け役だった俺も早く上がらせてもらえることになったのはラッキーなんだけれど、明日もこの調子だとすると先が思いやられる。 「どうでしたか? 私の仕事ぶりは。お役に立てていましたか?」 帰る途中、ブルームは屈託ない笑顔を俺に向けた。 思わずドキッとしたけど、違うぞ、これは気のせいだ。なんかの勘違いに決まっている。 「……いましたか、じゃねーよ。お役に立ち過ぎだっつぅの。売り上げは普段の三倍だしチンピラはあっさり追い払うし、ずーっと売れ残ってた茶釜まで売るとか。店長の顔が10歳は若返ってたぞ?」 ブルームのお陰で50万もする茶釜が売れたのだ。買ったのが茶道の師範をやっている人だから後で返品します、ってな事にはならないだろうけど、 茶道に無関係な客だったらと思うと末恐ろしい。 まぁ、あの茶釜は店長が言うには「かの人間国宝、木村善之助先生の手になる美術館に収まっていてもおかしくない逸品」らしいので訴えられることも無いとは思うけど。 通りを行く人がちらちらブルームを見る。何度も振り返る者もいるし通り過ぎてから戻ってわざわざ見に来るヤツまでいる。 まぁ、ここまでスタイルも顔も超絶カッコイイ男がいたらいやでも見ちゃうよな。 「――で? 詳しく説明してくれるんだろ?」 すれ違う人影が居なくなった頃合いを見て切り出した。 「ああ! お土産品の販売が思いの外忙しいのですっかり後まわしになってしまいましたね。申し訳ありません」 「いや、それは別に構わねぇけど」 「さて、どこからお話いたしましょうか?」 「俺の精液がどうして必要なんだ?」 「こちらの世界の人間ではないと申しましたが、私を含め私たちは、植物から人間に進化した存在『プランティアン』と申します。恐らくこちらには同じような存在はいらっしゃらないかと」 居ないだろうな。こっちじゃ猿から人間に、ってのが進化論の常識だし。 「そして、私たち『プランティアン』は雌雄同体。男性機能と女性機能の双方を体に宿しております」 見た目はまるで「オトコ」だけど。その辺りはツッコんでも仕方がないので先を促す。 「実は、私たちプランティアンの住む世界は絶滅の危機に瀕しておりまして……」 「絶滅?」 「ええ」 微笑を絶やさなかったブルームがここで初めて顔を曇らせた。 空には一筋の飛行機雲が暮れ行く赤い夕陽に照らされ、丹塗りの紅い矢のように天を貫いていた。 今から30年前、プランティアンの住む地球の近傍に大きめの暗黒ガス雲が接近、衝突こそしなかったものの地球の重力にとらわれ常に並走するような公転軌道を獲得してしまった。 「そのガス雲の位置が問題でして、地球よりもやや内側。太陽の光を遮る様なカタチになってしまったのです」 一年中日食のようにガス雲が太陽の光を遮断した。 完全なる闇にはならないものの、地上は昼間でも夕暮れのような明るさにしかならない。 気温はぐんと下がり急速に寒冷化した。 「それでも私たちは衛星軌道上に人工太陽を打ち上げることに成功しましたので気温は数年で平常に戻ったのです。しかしながら――」 環境の変化によってプランティアンの出生率は戻らなかった。 人工太陽の打ち上げ成功によってわずかに回復の兆しを見せたものの、次の年からはやはり下降の一途をたどったのだ、と言う。 「ガス雲接近以前と比較しますと年間出生率はわずか1%。30年前の100分の一にまで落ち込んでしまいました」 人口の急激な増加も問題だが、急激な減少はもっと大問題だ。 「そこで、生殖可能な年齢のプランティアンに課せられた新らしい法律は、 『一人以上の子を持ち育成すること』、だったのです。 もしも違反した場合は限られた資源を保たせるため死刑処分を受けます」 「死? 殺されちまうのかよ!」 「はい。とは言え、時間的には非常に余裕がありますのでその間に一人、新しい命を宿せばクリアできます」 「だけど、年を取るまでに子供ができなきゃ強制的に死ななくちゃならねぇなんて、随分と野蛮な気がするけどなぁ」 「絶滅を防ぐための苦渋の決断なのです。 しかしですね、AI(人工知能)のマッチングにより必ず受精・妊娠出来る相手を見つけられるようになっておりますのでこれまで死刑に処せられたプランティアンはまだ一人もおりません」 「もしかして、そのAI(人工知能)がブルームの相手として導きだしたのが俺、なのか?」 「その通りです。私のお相手は『藤原 俊太』さん、貴方以外にいらっしゃいません。なので、お会いして二日目ながら精液を頂きたいと申し上げるのです」 「俺の精液で妊娠して子を作る……ってことは俺がその子の親? つまりブルームと夫婦になるってことか?」 「ええ。こちらの言葉で有り体に申しますと結婚、そして夫婦関係になりますね。私は俊太さんと結婚するためにこの世界に来ました」 俺の手を取ったブルームの、まっすぐな瞳が俺を射抜いた。 「私と結婚して下さい」 あまりにも真摯で、嘘偽りなど微塵も含んでいない心のこもった声だった。 まだわずかに残っていた夕日が俺を照らして頬を赤く染めた。 「だけど俺にはもう、付き合っている奴が、……恋人がいる」