絵を描き始める前、ぼくはバックパッカーというのをやっていた。ぼくが投稿した初期のイラストに少数民族のイラストがあるのはそういうわけだったりする。
バックパッカーというのはバックパックを背負って貧乏海外旅行をするライフスタイルの事だと思う。ぼくにとってバックパッカー時代は人生で最も幸福な時期だった。正確に言えばその後の人生がパッとしないのであの頃が最盛期になってしまっている。もっと正確にいえば人生設計の大事な時期をインドの猥雑な街で浪費したのでその後の人生がパッとしないのである。
バックパッカーはライフスタイルだなんて偉そうに言ったって、現実は観光ビザで外国に長期滞在しているただの不良外国人に過ぎない。観光ビザでは働くことができないのだ。いや、実をいうとこっそり働いている日本人旅行者を何人も見た。関税がトリッキーな国だと家電の密輸がお金になったり(私物として持ち込んで売り飛ばす)、普通に飲食店で働いている料理人もいたし、観光ビザで飲食店を経営している人もいた(不動産は他人名義だと言っていた)。あとは日本人旅行者の髪を切ってお金をもらう美容師にも出会った。大抵の国では違法だよ。しかしぼくは観光ビザで旅行しながらお金を稼ぐことに強く憧れを持った。
バックパッカーは日本でバイトで稼いだお金を持って、片道切符で旅に出る。帰りのチケットを持っている人をぼくはバックパッカーとはよびたくない。バックパッカーは予定を持っていちゃいけないし一人でなければならない。道すがら誰かと行動を共にすることはあっても一人旅じゃなきゃいけない。旅をするときはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃだめなんだ。独りで、静かで、豊かで。
予定が無いならどのタイミングで帰るか。お金が尽きたら帰国するのだ。観光ビザでは働けないので残高は減っていくだけだし、残り時間は残高という形で明確に数値化されている。バックパッカーは終末時計を背負って生活をしているようなものなのだ。実際、例の終末時計よりもよっぽど「迫りくる終末感」がある。
バックパッカーは楽しい。中国内陸部に漂う独特の寂寥感とか、チベットで見た限りなく青い空。すべてが懐かしい。インドではサンダルで牛の糞をトーキックしてしまい指の間に詰まったうんこを井戸で洗った。これは懐かしくない。しかし無為の長期旅行をしながらもつねに頭の片隅には終末時計があった。あとひと月で残高が尽きる。いくら呼んでも残高は帰っては来ないんだ。楽しかった時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ。
そういうわけで、ぼくは旅行しながらお金を稼ぐ術に強く興味を持つようになった。ずっと旅をしていたい。旅をしながら終末時計を巻き戻したい。これが今だったらYoutuberとか、Noteで旅行記を――なんて選択肢もあるのかもしれない。しかし当時のぼくはもう少し古典的な芸術に活路を見出そうとした。つまり、旅行しながらでもできるような芸術活動でお金が稼げれば、ずっと旅行が続けられるのではないかと考えた。
勘のいい読者ならばもうお気づきだろう。それがイラスト……。イラスト? いや、そんなことは考えていなかった気がする。脚本の人そこまで考えてないと思うよ。でもパッカーと画家なんていう安易なパロディを思いついてしまった以上、ここはバックパッカーをするためにイラストを描き始めたんだと言ってしまった方がおさまりがいいのでそういうことにしておこう。
旅行しながらイラストで稼ぐことができればずっと旅行が続けられる。こうしてぼくはイラストを描き始めた。しかし十年経っても、イラストでは稼げていない。