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パッカーと画家(4) インド人の使う謎の日本語、ジキジキ

ネパール、インドあたりの安宿街をうろうろしていると現地の人に「ジキジキ、ジキジキ」と声を掛けられることがある。雰囲気やジェスチャー(握った手を前後させる)から「えっちなお店を紹介してやろう」という意味だと察する。なるほど、つまり「ジキジキ」はヒンディー語か何かで「性交」を意味する言葉なのだろうと推測できる(しかし実際には違うことが後に判明する)。そもそも彼らは日本人(と思しき旅行者)にしか「ジキジキ」と言わない。彼らは「ジキジキ」が日本語だと思っているのだ。ジキジキはもちろん日本語ではないしインドやネパールの言葉でもない謎ワードだ。


中国でも、年配の中国人は日本人と見るや「メシメシ」と話しかけてくる。話しかけるというか、日本人のマネをしているらしい。「ジキジキ」と違い「メシメシ」はえっちなお店ではない。ところで中国にもえっちなお店があるのだが、中国では床屋がそれを兼ねている。都市部にはもっと洗練されたえっちなお店があるのだろうが、田舎町の庶民のための手軽なえっちなお店はまさに散髪屋の店構えの散髪屋が片手間にえっちサービスを提供している。最初はそんな文化を知らないので普通の散髪屋だと思っていた。しかし散髪屋にしてはちょっと色っぽい女の子が多い。そして夜が更けてくると散髪屋の照明らしからぬ妖艶な色の光が全面ガラス張りの散髪屋から漏れ出してくる。前を通るとセクシーな女の子が声をかけてくる。なるほど、えっちなお店なのだ。散髪とあと一発という意味で、日本人旅行者はそれを四発屋と呼んでいた。


四発屋の話をしたいんじゃなかった。中国人の言う「メシメシ」だ。これはご飯のこと。映画で学んだのか、はたまた戦時中の記憶を持っている人から聞いたのかは知らないが、日本人はご飯の時間になると「メシメシ!」と言うのだそうだ。「飯にしようぜ! メシメシ!」。言うといえば言う。


「飯にしようぜ!」という意味の「メシメシ」がなぜ日本人の特徴的な仕草のように思われているかというと、これは中国の文化だと思う。中国では「飯食ったか?(吃饭了吗? チーファンラマ?)」が挨拶なのだ。だから日本語で、あるいは英語で、とにかく外国人を見れば、中国人にとっては「その人の国の言葉でご飯のことをなんていうのかな?」というのは一番の関心事なのだろう。


ところ変わってタイの片田舎に行くと子どもたちは日本人を見ると「アリガトウ、アジノモト」と言ってお辞儀をしてくれる。たぶん意味はない。味の素は東南アジアの食料雑貨店で普通に見かけることができるので一番なじみのある日本に関する知識なのだろう。それにしたって特に意味のない同じフレーズを各所で聞くのは不自然なので、コメディアンがネタにでもしていたのではないかと推測する。


タイといえば「カノムトーキョー」という謎の和食を屋台で食べることができる。いわゆるストリートスナックである。クレープのようなホットケーキのような生地に甘いソースとソーセージ等のしょっぱい系の具を巻いてくれるおやつだ。タイ名物カノムトーキョーは名古屋名物台湾ラーメンと同様のご当地ロンダリンググルメだろう。


こういうのなんていうのかな。当該国出身者にも謎な外来語みたいなの。この手の話題には事欠かないし、おそらく日本人の語彙にも多く含まれていると思う。ぼくが真っ先に思い浮かぶのは「無問題(モウマンタイ)」だ。「実はぼくは中国語がある程度わかるんです」って誰かに言うと、「謝謝と無問題くらいしか知らない」と返されることが多々ある。無問題はいわゆる標準中国語(普通话、プートンファ)ではなくて広東語なんですよ。まあ、標準中国語話者でも「無問題」はわかるけど。


そして問題の「ジキジキ」。ネパール、インドあたりの安宿街をうろうろしていると、売春をあっせんしてくるポン引きが使う謎ワード「ジキジキ」。ぼくは一度ゾエというネパールの少年に聞いてみた。「ジキジキはネパール語なの? ヒンディー語なの?」。ゾエは「日本語でしょ?」と答えた。日本人旅行者の多くは「ヒンディー語かなにかだろう」と思って深く考えない。それどころが、現地の人に溶け込んで会話を楽しんでいる中で、日本人が「ジキジキ」を積極的に使ったりする。文化は違えどもセックス(ジキジキ)は万国の若者と共有できる話題だからね。現地の言葉や文化を受け入れることは仲良くなるための鍵なので、現地の言葉を積極的に使おうとする旅行者は少なくない。ぼくだってそのために中国語を覚えた。しかしジキジキは現地の言葉ではないし、もちろん日本の言葉でもない。


ではどのようにして「ジキジキ」という謎日本語が生まれたのか。


「ジキジキ」については知らないが、「謎日本語」が生まれる瞬間に居合わせたことがある。インドのバラナシで日本人ばかりが同じホテルに集まった。そのホテルには屋上レストランがあり、特に申し合わせたわけでもないのに日が暮れると日本人の宿泊客がそのレストランに一人、また一人とやってきては留まり、街で買った果物やスナックを持ち寄り、振る舞い、夜遅くまで談笑をした。毎夜毎夜である。で、その集まりにユーコさんという旅行者がいて、彼女は「あれ」というのが口癖だったようだ。ユーコさんがレストランにいるときに知り合いが顔を出すと、ユーコさんは「あれ」と声をかけた。日本人としては何の不思議もない「あれ」だった。「あれ、今日はヨガのレッスンじゃなかったの?」「あれ、新しいルンギーじゃん(インドの衣装)」「あれ、マンゴー買ってきてくれたの?」。


毎夜毎夜のことなのでレストランのシェフ、ゴパールがそのフレーズを覚え、日本人を見るたびに「アヴェ!」と言うようになった(「アレ」の発音がそう聞こえたようだ)。誰か知り合いが来たらユーコさんが「アレ」から話を始めるものだから、「アレ」は日本語の気さくな挨拶だと誤解しても無理はない。この「アヴェ」は、ゴパールの「アヴェ」の発音がおもしろかったこともあり、実のところその場の日本人の間で流行ってしまい、実際にアヴェ(気さくな挨拶)になってしまった。


なるほど。こうして謎日本語が生まれるのだ。

パッカーと画家(4) インド人の使う謎の日本語、ジキジキ

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