65.古代遺跡①
Added 2025-12-28 10:00:00 +0000 UTCその遺跡は帝都ルームの郊外の森深くにありました。
斜面になっているところに明らかに場違いな人工物の入り口が覗いています。
生い茂る木々の中に隠されるようにしてあるそこに立ち、わたくしたちは中の様子を窺っています。
「入り口は意外と狭いのね」
シモーヌが興味深そうに視線を投げかけながら、ペタペタと壁の質感を確かめています。
「さっきも言ったけど、中に入ったら壁は触らないようにね。上層のトラップはあらかた解除されてるらしいけど、それでも何があるか分からないから」
「分かってるってば!」
ランバートさんに言われ、シモーヌは壁から手を離しました。
「ランバートさんはこの遺跡にお詳しいんですの?」
「うーん、そこそこ、くらいかな? 何度か入らせて貰ったことはあるけど、中層以降は未経験だね。そういうアレアちゃんの方こそ、驚かないんだね?」
「これのことですの?」
「り、リリィはめちゃくちゃ驚きました……」
何のことかというと、遺跡の入り口を閉じていたとおぼしき硬質の壁に、何を使ったらこうなるんだというような鋭い亀裂が横一文字に走っているのです。
話によると、この遺跡は随分昔に発見されていたそうなのですが、入り口が硬く閉じられていて中に入ることができなかったんだそうな。
そこに近年になってこの亀裂が生じたことで、出入りができるようになったのです。
「驚くというよりも、懐かしいですわね」
「ということは、アレアちゃんにはこれが何なのか検討がついてるんだね?」
「ええ、おおよそは。恐らく、ドロテーア様でしょう?」
「おお、正解」
ランバートさんが驚きと賞賛を半々にした表情で言いました。
「この遺跡が古代の遺跡であることは早々に予測されていたんだけど、何しろ外殻の素材が硬すぎて中に入れなかったんだ――故ドロテーア陛下が剣を振るうまではね」
「見るからに硬そうな材質ですけれど、師匠の剣に斬れないものなどありませんもの」
とは言え、この切り口の苛烈なこと。
果たして今のわたくしでも、ここまでのことができるかどうか。
「さて、そろそろ入ろうか。時間も惜しいしね」
「ええ。リリィ様とシモーヌもよろしくて?」
「は、はい!」
「分かったわ!」
◆◇◆◇◆
遺跡の中は空気が違いました。
太陽の光ではないせいか空気はひんやりとしていて、少しほこりっぽい匂いが漂っています。
壁面には古い配管のような金属片が束になって走っており、所々に青白く輝く紋様が浮かんでいました。
床の材質は壁面と同じように見えましたが実際には別物のようで、踏みしめると思いのほかに歩きやすく、科学文明とやらの技術力の高さをうかがわせました。
「特にモンスターの気配はありませんわね?」
「上層はあらかた退治されているみたいだよ。定期的に討伐隊を送り込んでるらしい」
「な、なら安心ですね」
「リリィ、それはフラグっていうやつよ?」
周囲を警戒しつつも、わたくしたちはそれほど緊張せずに歩みを進めました。
「おっと。そこの壁の前で止まって欲しい。壁面に見える装置には絶対に触れないこと」
ランバートさんが言ってから程なく、目の前に壁が現われました。
表面に大きなガラス状の四角形と、その下部にボタンのようなものが並んでいます。
「ディスプレイとキーボードか。IDとパスワードがいるな。確かこれは……」
懐から手帳を取り出すと、ランバートさんはそれを見ながらボタンのようなものを操作しました。
ガラスが発光し何やら文字が浮かび上がった後、ピッと音を立てました。
直後、壁が上下に分かれてスライドしていきます。
「凄い仕掛けですわね……」
「こ、これも一種の魔道具のようなものなのでしょうか……」
リリィ様と二人でため息のようにそう呟きました。
「父さんが研究してる科学文明って、こんなのが当たり前にあるの?」
「いや、ここまで大がかりなものは珍しいよ。特に稼働中のものはね」
「ちなみに、さっきのって何してたの?」
「なんて言えばいいのかな……。合い言葉みたいなものだね」
間違うと防衛装置が働き、手痛い目に遭うのだとか。
固い壁だけならドロテーア様だけで遺跡全体を踏破できたでしょうが、こうした仕掛けの数々にうんざりして諦めたのだとか。
その後は冒険者ギルドや科学文明の研究者たちが協力して、少しずつ踏破を進めてきたと言います。
「わたくしたちだけだったら、ここで手詰まりでしたわね。ランバートさんがいてくださって心強いですわ」
「いやあ……」
「そうよ! 父さんは凄いのよ!」
「ら、ランバートさんご自身よりも、シモーヌちゃんの方が嬉しそうですぅ……」
そのまま奥へ進んでいきます。
途中にもいくつか似たような検問所(?)がありましたが、いずれもランバートさんの手によって突破していきました。
幾つかの階段を下ると、空気が一変しました。
何やら無機質な音がします。
「フィリーネ様から預かった資料によると、この階からトラップとモンスターの出現頻度が上がるらしい。気を引き締めていこう」
「かしこまりましたわ」
「き、気をつけます!」
「足手まといにならないようにするわ」
上の階層よりも慎重に進んでいきます。
時折聞こえてくる機械音が、嫌がおうにも神経を尖らせます。
明らかに、この階は「生きて」います。
「リリィ様、敵の気配は感じられて?」
「そ、それが全然……。アレアちゃんは?」
「わたくしも同じですわ。足音のようなものは聞こえてくるのに、気配らしきものがゼロですの」
音から判断するに、彼我の距離はもう五十メートルもないはずです。
それなのに、わたくしの気配感知の輪には、何一つ引っかからないのでした。
「もしかすると、それはこの遺跡のモンスターの特性かもしれない」
ランバートさんが言います。
「と言うと?」
「この遺跡のモンスターはね、生きてはいないんだ」
「え?」
「い、生きていない……?」
すぐ側で、シモーヌが身体を震わせました。
「あ、あああ、アンデッドってこと!?」
そう言えば、シモーヌはオバケが苦手でしたわね。
「いや、違う。死者や死体ではなく、そもそも生きていないんだ。彼らは生物というよりも道具なんだよ」
「イメージしづらいですわね……」
「そうだね、例えば弓や剣は生きてはいないだろう?」
「そ、そうですね」
「それらが命令を与えられて動き回っているようなものさ。自動的に敵を攻撃するように命令を受けているんだ」
あるいは、キマイラやガーゴイルのようなものでしょうか。
わたくしがそれを口にすると、
「そうだね、かなり近い。キマイラはそれでもつぎはぎされた生物だけど、この遺跡のモンスターたちに生物の要素はゼロだね」
当たらずとも遠からず、と言ったところのようです。
と、そこに破裂音と風切り音がしました。
「そこ!」
わたくしは剣を抜き放つと、飛来したそれを切り飛ばしました。
思いのほかに重い手応えに驚きましたが、わたくしはそれを安全に排除できたようです。
「今のは?」
「銃だね。鉄の弾丸を火薬と呼ばれるもので射出する武器だ。気をつけて。非殺傷弾のようだけど、まともに当たると戦闘不能になりうる」
「かしこまりましたわ」
続けて破裂音。
わたくしは音を頼りに弾丸とやらの位置を特定すると、続けざまに飛来した三つのそれをいずれも切り払いました。
「姿を見せなさい、卑怯者!」
わたくしの啖呵に応えたわけではないのでしょうが、「それ」は姿を現わしました。