69.攻略を終えて
Added 2026-01-01 10:00:00 +0000 UTC「面を上げてください、皆様」
王座に座るフィリーネ様にそう言って、わたくしたちは顔を上げました。
リリィ様、シモーヌ、わたくしの三人は、ナーの王城にある謁見室でフィリーネ様と対面していました。
「無事に戻ってきてくれて何よりです」
「お待たせしましたわ、フィリーネ様」
「ダンジョンコアも無事に採取できたと聞いています。ランバートによれば、ゲートの修理も一両日中には終わるとのことです」
「ようやくバウアーに戻れますわね」
ランバートさんはここにはいません。
ダンジョン攻略後、彼はそのままゲートの修理作業に取りかかっています。
休む間もない突貫作業ですが、事が事だけに彼には頑張って貰うほかありません。
「皆さんがダンジョンを攻略している間に、今回の魔族の動きについて、少しだけですが各国と情報共有ができました」
フィリーネ様の表情が若干、硬いものに変わりました。
「今回の襲撃事件の首謀者と思われるのは、ユヌと呼ばれる高位魔族のようです」
「新たな魔王ということですの?」
「ユヌに遭遇したレイさんたちによると、ユヌは魔王を特別な存在として扱っていて、自分がそう名乗るつもりはなさそうです」
わたくしたちがダンジョンを攻略している間も、フィリーネ様はテレポートの魔法が使える術者を運用して、各国と最低限の情報共有をしたようでした。
「ユヌの具体的な目的はまだ明らかになっていませんが、彼女も魔族です。最終的な目的は恐らく――」
「……一切の破滅」
「はい、そうでしょうね」
魔族とは自身たちも含めて全てが滅んで無に還ろうとする者たちのことです。
人間とは相容れない相手であり、対話はほぼ成立しません。
「レイさんたちが指摘していた今回の魔族たちの特徴として、物量戦を仕掛けてくるところがあるようです」
「物量戦、ですの?」
「はい。要するに強力な個体による一点突破ではなく、数でもって押しつぶす形で攻めてくるわけですね」
「ある意味で伝え聞く魔王よりもやりづらい相手ね」
シモーヌの言うことも一理あります。
かつての魔王大戦における難敵はそれぞれが桁違いに強力でしたが、それでも数そのものは多くありませんでした。
人類側は戦力を厳選して、三大魔公や魔王を個別に撃破する方法を取りましたが、今回の敵にそれは通じないようです。
「とは言え、指揮個体を叩く、というのは基本であり有効であるように思います。引き続き情報を集めて、魔族たちの襲撃に備えたいと思います」
「よろしくお願い致しますわ」
わたくしたちは頭を下げて一礼しました。
「ダンジョンの攻略で皆様はお疲れでしょう。ランバートにはもう少し頑張ってもらいますが、皆様はどうか宿で休んでください。修理が完了次第、お知らせします」
◆◇◆◇◆
「……」
宿に戻って荷物を整理していると、わたくしはシモーヌが難しい顔をしていることに気がつきました。
「どうかしまして、シモーヌ?」
「ん? ああ、つまんないことよ。なんでもないから」
軽く笑って、シモーヌは荷物の整理を再開しましたが、しばらくするとやはり手を止めて、何か物思いにとらわれているように見えました。
「わたくし良ければうかがいますわよ?」
「あ、ごめん。心配掛けてるわね、アタシ」
「み、水くさいですよ、シモーヌちゃん」
「……ありがと」
シモーヌの様子がおかしいことに、リリィ様も気がついていたようです。
それでもなかなか声を掛けられなかったのは、彼女らしいというかなんというか。
「ランバートさんのことが心配でして? ダンジョン攻略から続けて作業ですものね」
「や、それはあんまり心配してない。父さん、ああ見えて結構体力ある方だからね。ホントならまだアタシみたいな娘がいるような年齢じゃないし」
そうじゃないのよ、とシモーヌは続けます。
「また魔族が厄介事を起こすんだなって思っちゃってさ」
「あ……」
わたくしはようやく彼女が何に気を揉んでいるかに思い当たりました。
ついつい忘れがちですが、彼女は魔族と人間のミックスです。
魔族が何か人間に害をなせば、肩身の狭い思いをします。
ガレマルド様の一件がようやく片付いたばかりだというのに、また魔族がこんな動きを見せていては、いつまた世論が魔族の血を引く者たちを排斥しにかかるか分かりません。
「人類と魔族ってさ、和解とかできないのかな」
「そ、それは正直、難しいかもしれません」
「どうして?」
「せ、生命としての在り方を成す根幹の価値観が違いすぎると思います……」
わたくしは視線でリリィ様を促しました。
「じ、人類にとって存在すること、生きていくことは、ほぼ全ての人に共有された根本原理です」
「そうでしょうね。中には悲観的なことを考える人もいるでしょうけれど、それだって一時的なものでしょうし、本気で死にたがる人はあまりいませんわね」
「は、はい。一方、魔族側は無に還ることを至上命題にしています。歩み寄りの余地がありません」
「……」
シモーヌは顔に沈鬱を浮かべながら考え込んでいます。
「せ、精霊教会もごく初期は魔族との宥和の道を探っていましたが、途中で諦めざるを得ませんでした。それほどに、彼我の隔たりは大きく深いと思います」
「リリィもやっぱり、魔族と分かり合うのは難しいと思う?」
「しょ、正直、無理ではないでしょうか」
「……」
シモーヌはそれからまた少し考え込んで、何度か躊躇うように口を閉じたり開いたりしたあと、結局それを口にすることを決めたようでした。
「じゃあ、さ。魔族たちはどうしてアタシたちを産んだんだろうね?」
「――!」
それは鋭さを孕んだ問いでした。
「魔族はみんな無に還りたいんでしょ? なら子どもを作るっていう行為がまんま矛盾じゃない? アタシたちミックスは、どうして産まれたの? ううん――」
シモーヌは抱えた苦悩のありったけをのせて言い直しました。
「どうしてアタシたちは、生まれさせられたの?」
「シモーヌ……」
「シモーヌちゃん……」
リリィ様とわたくしが答えられないでいると、シモーヌははっとした顔をして、
「なーんてね。魔族みたいなよく分からんヤツらのことを、あれこれくよくよ考えても仕方ないわよね。要はアイツらがなにかする前にみんなぶっ倒しちゃえばいいのよ。シンプルシンプル」
「シモーヌ、それは――」
「荷物の片付け終わったから、父さんの様子見てくるわ。また後でね」
そう言うと、シモーヌは部屋を出て行きました。
「……シモーヌちゃん、しんどそうですね」
「魔族排斥法案がようやく廃案になったのに、今度は魔族そのものが活動を活発化させるなんて。シモーヌの心痛は計り知れませんわ」
本当に恵まれない人間は努力してなお何も手に入らない、と語った彼女の悲痛な訴えを思い出します。
彼女の生まれは彼女のせいではなく、また彼女がどう努力したところで変えられるものではありません。
「わたくしたち、彼女に何かできることはあるのでしょうか」
「……難しいですが、せめて側にいて一緒に悩みましょう。彼女の苦しみの半分でも四分の一でも、分かち合えるように」
リリィ様の言葉の半分は、わたくしへの慰めが入っていると思いました。