今回の話は「よみがな(「ふりがな」とも言います)」についての話です。言語圏が異なる読者の方には分かりづらい題材かと思いますが、日本の聴覚障がい者・聾者にとっては避けて通れない問題でもあるので描きました。
よみがなというのは「耳で聴いた場合どういう音になるか」を文字化したものですので、耳で聴くことがない真白にとっては自然に習得することが難しいパーツです。しかも厄介なことにこのよみがなというのは、年齢が上がるほど、読み書きする内容が複雑化すればするほど、文章を読んでも目にすることが少なくなっていきます。
耳が聴こえていると、意識して覚えようとしなくてもあらゆる単語や言いまわしが耳から勝手に入ってきます。ほんのわずかなきっかけでその非常に断片的な記憶や経験が、「よみがな」によって呼び起こされ、読み方が分からなかった漢字でも「ああ、どこかで聴いたことのある言葉だった!」と感じて頭の中で急に1本の線に繋がった経験が聴こえる人なら少なからずあるかと思います。
でも、真白にはそういった経験ができません。聴こえない世界には「どこかで聴いたことのある言葉」という概念がないからです。真白にとって日本語とはどこまで行っても「文字」でしかなく、認識のほぼすべてを視覚情報とそこから得た情報による予測に頼って賄っています。なので、「形や意味はわかる」(視覚情報からどんな字かを認識したり、意味を予測したりすることはできる)けれど、「読み方はわからない」(音に関しては、自力では予測を立てるための経験や情報を得ることができない)という現象が普通に起きます。
「(音としての)読みかたがわかる」ということの重要度は、聴こえる人と聴こえない人とでは全然違うということだと思います。
今回の真白の感覚を聴者に置き換えて考えると…うーん…
『薔薇』という漢字はなかなか覚えられなくて書けないが、『バラ』という読み方はわかる。みたいな感じでしょうか?普段の生活で困ることはないが、漢字テストでは点が取れない。そういう現象がさらに広い範囲で起きているのが真白にとっての「よみがな」問題って感じです。
真白とノナのテストを比較してみましょう。↓
これもすいません、特に言語圏の違う読者の方にはちょっとピンとこない部分があると思います。ノナの間違え方はちょっと漢字が得意な高校1年生…と想定しましたが、真白のほうは読み取りも書き取りも「書き言葉」、「慣用句」、「日常的にあまり使わない固い表現」を答えられていません。漢字によみがなをつけるのも、よみがなから漢字を書き起こすのも、「音として聴いたことがある」という経験値がなければなかなか一本の線に繋がらないのです。このテストにはその発想が欠けています。聴者向けに作られたものなので当然と言えば当然ですが、真白のぶんは別の課題に置き換える、たとえば読み方ではなく言葉の意味を問うテストにするとか、そういう合理的配慮があってもいいのではないかなと思ったりします。手間はかかりますけどね。
★手話解説★
今回、どちらも「わかる」という日本語訳をつけているけど形が違う2種類の手話を出しました。
日本語では「(道理を)理解する」「了承する」「気づく」を全て「わかる(分かる)」に置き換えることができますが、手話では「(道理を)理解する」と「了承する」と「気づく」はそれぞれ別の表現があります。(今回は「気づく」は出てきてないので2種類だけですが💦)
手をパーにして、胸をなでおろす動作。
自分から見て、道理や意味が理解できるという意味の「わかる」です。
「胸のつかえがとれる」=「意味や道理がわかってほっとする」様子からできた手話だそうです。
握り拳で、自分の胸をトントンと叩く動作。
相手から言われたことに対して、すでに知っている、理解しているという意思を表す手話です。
この「わかる」の使い分けは情報共有に直結する表現なので、初心者のノナもちゃんと使い分けています。
読んで下さってありがとうございました!
詠里
詠里
2021-12-01 19:48:12 +0000 UTCLan
2021-12-01 15:09:26 +0000 UTCLan
2021-12-01 10:20:24 +0000 UTC詠里
2021-11-23 05:49:37 +0000 UTC湊川まの
2021-11-23 04:16:01 +0000 UTC