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茶柱たべたべ
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子どもの頃から面倒を見ていたぼっちちゃんが恋人になった上に成人したので、いよいよ一線超える話

「すっ、すっ、好きなんです。……お兄さんの、ことが」  そんな言葉を引っ提げて、後藤ひとりが自宅に突撃してきてから、随分経つ。  あの時は、まあ、かなり動揺した。  仰天したといっても、過言ではない。  まさか。  まさか、彼女が自分に対して、恋愛感情を抱いているとは。  最初は、断ろうと思った。  タイプじゃないとか、そういうことではない。  ひとりは美少女だ。少なくとも、自分のような普通の男には、不釣り合いなほどに。  しかし、一般常識から考えれば、無理だ。  一回り、年齢が離れているのだし。  でも。  告白した時、彼女は震えていた。  涙さえ、浮かべていたと思う。  しかし、視線だけは逸らさなかった。  あの俯きがちだった少女が、こちらを真っすぐ見据えて、正面から告白してきたのだ。  並の覚悟でないことだけは、分かる。  並の勇気でないことだけは、分かる。  ならば。  自分はそれを、尊重するべきだ。  子ども扱いなんかせず、正面から。  法律上、彼女は既に、結婚できる年齢なのだし。  だから、頷いた。  キスは、高校を卒業してから。  それ以上のことは、成人してから。  遠回しに、彼女が大人になるまで、待ってもらったことになる。  当然だ。ひとりはまだ子どもだ。さらに言うなら、彼女の父は自分の憧れのギタリストだ。  自分のような男が、疵物にする訳にはいかないのだ。  でも。  もしも、彼女が高校を卒業して。  果ては成人して。  その時に、まだ自分のことを好きでいてくれたなら。  自分も、腹を決めねばならない。  覚悟には、覚悟で応えねばならない。  そう、思っていた。  のだが。 「……で? 結局、まだ手を出してないと。そういうことか?」  下北沢のライブハウス『STARRY』。その店長である伊地知星歌が、眉間に皺を寄せながら、男にそう言った。  星歌の他にも、女性が二人。従業員のPAと、ただ酒をたかりに来た天才ベーシスト廣井きくりである。  時刻は夜の九時。今日は既に閉店しており、周囲に他の客の姿はない。  普段たむろしている結束バンドの面々も、今日は別のライブハウスで練習を行っており、いない。  そんな店内で、男はやさぐれ三銃士に囲まれていた。  居心地は、かなり悪い。  というのも見てわかる通り、星歌が圧を放っているのだ。  何なら星歌の隣に座っているPAも、表情こそ笑顔だがちょっと圧を放っている。  男の隣に座るきくりは、表情も笑顔だし圧も放ってないけど、単純に臭い。  どうして、こんなことになったのか。  まあ、原因は男にある。  ひとりが二十歳を迎えて、既に一週間が経つのに、まだ、そういうことをしてないのだ。 「なるほど。ぼっちちゃんが最近元気ない理由、分かったよ。要するにお前がヘタレてたせいか」 「店長が前に未成年淫行野郎は泣いたり笑ったりできなくしてやるって言ってましたけど、流石にこれは……」  星歌が男を睨み、PAもそれに同調する。  二人分の、冷たい視線。  星歌の鋭い目と、PAの凪いだ目が、それぞれ種類の違う眼差しで責めてくる。  何とも胃が痛い。 「ぶっちゃけ、先週の誕生日パーティーの後で、しっぽりヤってるもんだと思ってたけどな~」  きくりが赤ら顔のまま、ふにゃふにゃした口調でそんなことを言う。  先週の誕生日パーティーとは、もちろん、ひとりのために開かれたものだ。  生誕二十周年を祝って、ここSTARRYにてバースデーライブを行った。  STARRYスタッフはもちろんのこと、ストレイビート関係者や、1号や2号などの古参ファンも参加。  普段から親交のあるSICK HACKやSIDEROSをはじめ、ケモノリアやしじみ帝国などの縁あるロックバンドもやってきた。ひとりの父である直樹のバンドも再結成し、男は感動でむせび泣いたりもした。直樹が「アリーナサンキュー!」と言って場が白けた辺りで唯一大号泣をかましたので、他の参加者にそれはもうドン引かれた。  ライブに参加したバンドの中には、彼女の顔もあった。  およそ一年前、結束バンドのライブを見てスランプを脱出した彼女だ。  あれ以降、熱心に練習を重ねた甲斐もあって、彼女率いるバンドはここ最近着々と実力をつけており、バースデーライブでも他に負けず劣らずのパフォーマンスを見せた。  それを見て、ひとりときくりは嬉しそうだった。男も、嬉しくなった。  とにもかくにも、大所帯で行われたライブは、当然のように大盛り上がり。  盛り上がりすぎて、主役のひとりが陽オーラに溶けてメンダコ形態になるというアクシデントも発生したが、おおむね大成功だった。  問題が起こったのは、その後の打ち上げである。  流石に全員参加という訳にも行かず、限られた面々でやったのだが、その中にはきくりの姿もあった。  きくりといえば酒である。そして、二十歳の誕生日といえば、こちらも酒である。  至極当然の流れとして、ひとりが酒を飲むことになった。きくりがおにころを、ちょびっとだけ飲ませたのだ。  まあ、一発でべろんべろんになった。  元々、アルコールの入ってない甘酒で酔ってしまうほどの下戸である。  結局、主役のひとりはふにゃふにゃ喋ってはにゃはにゃ笑う妙な生き物となり、挙句の果てに同じく参加していた男に対して、 「うへへへへへ……わっ私は世界でもっとも稼いだ音楽グループ結束バンドの凄腕ギタリストぼっちですよ~! そんな私のお酒が飲めないっていうんれふかお兄ひゃん~~!」  と、ダル絡みをかます始末。最終的にはこちらの肩に頭を乗っけて、スヤスヤと眠り始めてしまった。  このまま放っておいても仕方ない。寝るなら布団で寝させてやろうということで、男はひとりを背負って一足先に打ち上げから離脱することにした。 「普通さぁ~。恋人がああなった後って、自分のアパートに連れ込むもんじゃない? 水なんかを飲ませて介抱しつつ、ほんのりいい雰囲気になってきて……みたいなぁ~。なのにまさかまさか、実家に送り届けるかねぇ~」  きくりがパック酒をストローで啜りつつ、駄目出しをしてくる。  そんなこと言われたって、実際問題ひとりはベロベロに酔ってた訳だ。  人として、手を出すわけにはいくまい。  そんなことを答えてみれば、きくりは溜息をついた。溜息まで酒臭かった。 「まぁ、君の言い分は分かったよ。つまり、酔わせた女の子を襲うみたいで、気が引けたんでしょ? 百歩譲ってそこまでは認めてあげるけどさ~」  ストローを口端に咥えつつ、彼女がグルグルとした瞳を向けてくる。 「でも、あの夜はそれで良かったとしてだよ? そこから一週間もノータッチってのは、どういうことかな~」 「プラトニックラブも、まあ結構なことだとは思いますけど」  きくりの言葉を継ぐように、PAが口を開く。 「でも、彼女はそれを望んでいますかね? そもそも、付き合うにあたって『成人した後はキス以上のこともする』と条件を出したのは、お兄さんの方からじゃないですか?」 「ぶっちゃけ、真面目ではあるけど不誠実だよね~」  むぐう、と呻く。  返す言葉もないとは、このことだ。  そんな男に対し、星歌が冷たい視線を向けつつ、言う。 「お前な。もしもぼっちちゃんを弄んでるんなら、今夜にでも下北沢の土に返すからな」  そんなことはない、と流石に弁明する。  弄んでいる訳ではない。  でも。 「でも、何だよ」  不安なのだ。  仮に、ひとりとそういうことをしたとして、だ。  万が一、彼女が妊娠したりして、熱愛発覚したらどうなるか。  彼女は結束バンドのギタリストである。流石にテレビに引っ張りだこというレベルではないが、それでも人気があり、応援するファンも沢山いることに変わりはない。  そんなひとりが、誰かと付き合っているのだとバレたら、ファンたちはショックを受けるのではないか。離れていくかもしれない。  自分が一線を越えたせいで、彼女に悪影響が出たらと思うと、どうにも踏ん切りがつかなかった。 「あのなぁ……」  今度は、星歌がため息をつく番だった。 「清純を売りにしてるアイドルグループじゃないんだ。結束バンドは、ロックバンドだぞ? 今ある人気だって、あいつらの演奏で勝ち取ったもんだ。ぼっちちゃんが妊娠……はまだ早いかもしんないけど、熱愛発覚したぐらいでファンがごっそり減るようなグループでもないだろ。それに……」  そこまで言ってから、彼女は口を閉じた。  続きの言葉を飲み込んだみたいだった。  いったい、何を言おうとしていたのか。   「……とにかく、その気があるんなら早く抱け。ぼっちちゃんを不安にさせんな」  不安。  そうなのだろうか。  男には、分からない。  本当に、ひとりはそういうことを、求めているのだろうか。  元々、彼女は引っ込み思案である。  調子に乗りやすいところもあるし、あれはあれで図太いところもあるが、繊細なところだって多分にある。  消極的なのだ。  そのスタンスが、いわゆる性交渉に対して発揮されている可能性も、なきにしもあらず。  もしもそうなら、こちらから変に誘うというのも、あまり良くはない。  溝ができてしまうような気さえする。 「……ちょっと、質問なんだけど」  きくりが、口を開いた。 「君はさぁ。ぼっちちゃんのこと、エロい目で見れないの?」  かなり、ぶっこんだ質問である。  だが、今更動揺したところで仕方がない。  躊躇いつつも、首を横に振る。    正直、かなり見れる。 「だよね~。ぼっちちゃん、顔すんごい可愛いのに、おっぱいおっきいし」  まあ、そうだ。  ひとりの外見的特徴は、かなり、こちらにとってドストライクだった。  顔は可愛らしいし、美しい。  それでいて、肉付きはかなりいやらしい。  胸も尻も大きいし、太股もムチムチだ。そのくせ、腰は割と細い。  一週間前だって、彼女を背負った際、背中に当たった柔らかな感触に、股間が反応しそうになった。  しかし、である。  だからこそ、不安なのだ。  ひとりは、こちらのそういう側面を知らない。  彼女のことを、しっかりといやらしい目で見られる男だと、知らない。  見せないようにしていたからだ。当然である。子どもの頃から知っている少女に、男の浅ましい面など見せるべきではない。教育に悪い。  だから。  だから、もしも自分にそういう側面を見せられたら、ひとりは幻滅するのではないか。  少なくとも、彼女はこちらとは違って、引く手数多だ。美女でなおかつ凄腕ギタリストなのだから。  自分と別れても、つぶしが利く。  幻滅した瞬間、別れるという選択だって、簡単にできる。  それは。  それは、怖いような気がする。  情けないことだ。  彼女よりも一回り離れた、大人の男なのに。 「……ふ~ん。それが、君の本音って訳」  きくりは。  男をじっと見て。  そう、呟いてから。  にまぁ~……と、口端を上げて。 「……だってさ~。ぼっちちゃ~ん」  手に持ったスマートフォンへ唇を寄せ、そう語り掛けた。  目を、丸くする。  どういうことだ?  いや、まさか。  きくりのスマホの液晶を見る。  バリバリに割れた液晶画面には、通話中の三文字。    表示されている通話相手の名は、『ぼっちちゃん』だった。 「ばっちり聞こえてたよね~? 今の言葉~」  きくりはニコニコしながら、会話を続ける。 「お兄さん、本当はぼっちちゃんとすっごいヤりたいけど、ヘタレちゃってるせいで手が出せないんだって~」  まずい。  咄嗟に、男はきくりからスマホを奪う。  弁明の言葉。  弁明の言葉を、述べなければ。  そんなことを思いながら、液晶に耳を押し当てるようにして。 『お兄さん』  ひとりの声を、聞いた。  彼女にしては震えのない、真っ直ぐな声。 『この後、おうちに行きますね』  有無を言わせぬ口調。  ひとりにも、こんな喋り方ができたのか。  否、あるいはそれぐらい腹を決めたということか。  ただ一言、分かった、と答えるしかなかった。  完全に、飲まれていた。  通話が切れる。  沈黙。   「……明日になっても、まだぼっちちゃんが処女だったら、お前STARRY出禁な」  星歌の言葉に、頷くしかなかった。  本当に、覚悟を決める時が来たようだった。


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