「なっ、なんだよこれ! どうなってんだ!!」
「なにそれ……知らん……こわ……」
***
事の起こりは1時間前に遡る。
《ザ・シッパー》――通称"腐女子ドラゴン"は、二人の男子高校生を己が領域に召喚する。この二人は同郷の幼馴染でかつては兄弟のように仲睦まじかったが、やがて学力や家庭の教育方針により疎遠になり――いまは、お互いのことを気にかけているのだが、顔を合わせると空気は険悪になるというもどかしい状態らしかった。
その二人が感情をぶつけ合う様が見てみたい――腐女子ドラゴンはそう思い、ゆえに二人は召喚される。
一人は柏木秀理。眼鏡をかけており、そこそこ熱心な高校に通っているほう。
もう一人は石村昴。髪を染めており、学校に行かずにぶらぶらしているほう。
感情の発露を促すために、その時の情動が肉体に反映される《竜化の呪》を両者にかけたところ、最終的に秀理は山のような巨体を漆黒の鱗で覆った巨竜の姿に。昴はさながら東洋の絵画や祭りに現れるような蛇じみた細長い龍と化す。そして現世に希望を見いだせず駄々をこねる昴に対し、感情が爆発した秀理は、その大きな手で彼を掴んだかと思うと強引に己の巨根に絡ませて乱暴に扱き、激情を発散させるのだった。
「ああ…尊いのう……」
そのちっぽけな身体に押し込めていた感情の発露、爆発、ぶつけ合い。
どうにもならぬ情欲を、ただ相手を屈服させるための暴力に転化してしまうやるせなさ。
それをかわす術を知らず、全身で受け止め、打ちのめされて――なお受け入れる生命力。
どれをとっても、尊みにあふれる。
なんと愛おしいことか。慈しいことか。
腐女子ドラゴンは満悦していた。この世に新たなる推しが生まれた喜びに耽溺し、両者の気が済んだところで現世に帰してやろう――そう思っていたところ。
それは起こった。
「シュウ! あっ、んっ、ちょっ、シュ…ウッ! ちょっと待てって!」
「ゔゔ…はぁーっ、はぁーっ……なんっ、だよっ、いまっ、さら、ヴヴッ」
両者の吐息と、濡れた陰茎同士がぶつかり合う湿った擦過音に潜んで。
「だから、あんっ、やめろ、それっ、見ろ! 見ろって、アアんッ…お前の!」
「ゔああ……?」
困惑の声が混ざりはじめる。
「……えっ」
「…………」
「「なっ、なんだよこれ! どうなってんだ!!」」
驚愕。混乱。動揺。身体をこわばらせる、こごった空気。
「おいっ、あんたっ!」
「ここ、こ、これ、これ、いったい……」
「なにそれ……知らん……こわ……」
その空気のなかに、腐女子ドラゴンも含まれていた。
秀理と昴の身体は、秀理の陰茎を接合点にして、融合しはじめていたのだ。
昴の細長い胴体は途中から秀理の巨根の中に埋もれ――いや、一体化していた。夕闇の空の色のように、滑らかに、秀理の身体の一部に『なっていって』いるのだ。昴は身体をくねらせて秀理から離れようとするが、その接合部はびくともしなかった。
「ちょっ、あんっ、スバル、あんま、動かなっ、あっ!」
秀理が喘ぐ――まるで、自分の陰茎が勝手に動いて跳ね回っているかのように。
「そんなこと、いった、って、くそっ! ――あひぃッ!!??」
昴が硬直して屹立する。秀理がなんとか押さえつけようと、昴の顔あたりを掴んだのだ。昴はびくびくと震えたまま姿勢を――言うなれば"勃起のポーズ"をやめようとはしない。否、"やめることができない"ように見える。
「あっ、あ、なんか、入ってくる、流れ込んでくる、あったかい、あつい、あつい、おまえの血、おまえの血!」
「なんっ……うっ、な、なんだよっ、これ……」
秀理も昴に触れようとするたび、ショックを受けたように身体の挙動が中断する。
見れば、昴の根元――陰茎のように変化して、秀理の股ぐらに繋がっている部分――には新たな血管が走り出していた。秀理の血を送り、充満させる管が、少しずつ昴の胴体に入り込んでいる。そして血管が十分に増えた箇所から、その質感や色も変わっていた――秀理の血の色、陰茎のぬるぬるした表面に。
「どうやら、《スバル》が《シュウ》の男根に変化しつつあるようじゃな」
様子を観察し終えた腐女子ドラゴンがようやく口を開く。
「は、ああ!? どういうことだよ!!」
「どういうことかと言われても……言ったまんまじゃ。おそらくこのままいけば、遠からず《スバル》は完全に《シュウ》の身体の一部――性器となってしまうのじゃろう。ああ、言っておくが妾がやったことではないぞえ。ドラゴンは不思議な生き物なので不思議なことがよく起こるのじゃ」
「ろくでもない……!!」秀理が吐き捨てるように言う。
「はぐっ、あっ、うぐうッ!! ……んんっ! むうっ!? んーっ! っ……!!」
会話の間にも、昴の変化は刻一刻と進んでいく。赤黒い血管が縦横無尽に走った身体はますます肉色に侵蝕され、立派な鉤爪をそなえていたはずの昴の手はじわじわと収縮し、胎児の手のようなぶらぶらした突起になりつつある。関節や筋の柔軟さが失われたのか、昴の頭部は屹立して上を向いたままだ。あるいはもはや、「自分の意思で動く」というシステムが昴の身体から消えつつあるのか。口も動かしにくいのか、もごもごと物言いたげに蠢いているだけで、意味のある言葉は出て来ない。盛んに拡縮を繰り返して空気を送る彼の獅子鼻が、まだ呼吸はしているらしいことを示していた。
「ああ、わかっておる、わかっておる。この現状はあずかり知らぬとは言え、大本は妾のかけた竜化の呪じゃ。きっちりと元に戻し、ぬしらを帰してしんぜよう。……念のため聞くが、今の姿のほうが良い、というわけではないよな?」
秀理と昴がこくこくと頷く(昴のほうは多分、がつくが)のを見て、腐女子ドラゴンの全身からおぼろな光が生じ始める。
「あいわかった。では…………」
***
俺はチンポだ。
自室で目が覚めたとき、石村昴はそう思った。
俺は何を言ってるんだ?
俺はシュウのチンポだ。
落ち着け。
記憶はある。
変なドラゴンの前に、シュウと一緒に連れてこられた。
姿が――身体が変わった。化け物みたいに。
それで。そう、同じようにバケモンみたいになったシュウが、俺を掴んで。
股間に押し付けて。
そうしたら、俺の身体と…シュウのアレが、くっついて。
俺が、だんだん、シュウのアレに。
夢じゃない。あの生々しい感覚。五感も、俺が何言ったかも、全部覚えている。
いまはもとに戻ってる。そうだろう?
それまでそうしなかったことに気付き、慌てて自分の両手のひらを確かめる。
鱗も鉤爪も生えていない、五本の指がついた人間の掌。
顔を触る。鱗は生えていない。動物みたいに顔の先が突き出てもいない。
角も生えてないし、耳も尖ってない。
だけど俺はシュウのチンポだ。
これは、なんなんだ?
俺は石村昴だ、とか、俺は男だ、とか、俺は高校生だ、と同じくらい。
全く疑いようのない前提条件としての「俺」。ごく自然な、当たり前の考え。
そこに、さっきからイカれた何かが入っている。
いや、ほんとうは、「イカれてる」と思うこともできない。そういう棚に入ってない。説明しづらいが、そんな感じがする。
クソ。後遺症ってやつだ。
シュウも家に帰ってるのか? 無事なのかあいつは。
シュウのチンポである俺がいるんだから、あいつも無事に決まってる。
ああ。なんなんだ。
「おわああああああッ!!!???」
柏木秀理は、自宅のトイレに入ってパンツを下ろした途端にけたたましい悲鳴を上げた。
ない。
アレが、ない。
秀理の股間にあったはずの陰茎と陰嚢はきれいさっぱりと消え失せていた。
つるりとした地肌に、ただうっすらと縦筋のようなものが入っている。
へっ。これ、女の人の、アレ?
慌てて胸を触る。
膨らんでいる様子はない。よかった。いや。全然よくない。
俺の身体、どうなったんだ?
あのことは覚えている。夢じゃない。
だけど、元に戻ったはずだ。昨日家に帰ったときに母さんも父さんも何も言わなかったし、疲れ果てて寝ちゃったけど、起きてからも身体を確かめた。股間はいまチェックしたけど。つまり、股間は元に戻ってなかったってことだ。ということは、なにか不備があった。不備があったということは、あのクソドラゴンが何らかのミスをしたということだ。
《そのとおりじゃ》
「おわああああああッ!!??」
突然脳裏に声が響き、秀理は再び悲鳴を上げる。
《妾じゃ。覚えておるかえ?》
「そりゃ覚えてるよ…。自分が何をやってしまったとか、そういう配慮の姿勢ないの? ドラゴンって」
《推しが自分のことを覚えてくれてるかもなどと、おこがましい期待をしないように気をつけておるぞ》
「そっち方面なんだ! いやこんな掛け合いしてる場合じゃないんだよ、もうすぐ学校だし。俺の身体どうなってんのこれ」
《よかろう、詳細を省いて結論だけ申し伝える。石村昴がおぬしの男根になったままじゃ》
「もうちょっと説明して!!!」
《済まぬ…。竜付き合いが少ない身ゆえ、年々コミュニケーション能力が衰えておるでな…。ええーっと、つまり、うん、まとめたぞ。つまりこういうことじゃ……おぬしらが融合して一体化しつつあるのは妾の施した『竜化の呪』が発端であるため、おぬしらを戻すために妾は『逆呪』を用いた》
「逆呪?」
《かけた術の、逆の効果を生み出す呪文のようなものじゃ。火の術の逆呪は鎮火の術、雨の術の逆呪は晴れの術、といった具合にな。自分が使った術に対して自分の逆呪を用いれば、それはほとんど『さっきの術の取り消し』と同じ意味を持つ。ゆえに、ぬしらは一体化以前に竜化そのものが取り消され、竜化が起こる前の人間の姿として現世に帰されるはずであった》
「そこまではわかった。それで?」
《問題は、ぬしらの融合についてじゃ。あのときは妾の呪の不具合かと考えたが、おそらくは竜と化したおぬしらがその場で即興で作った呪に近い。簡潔に言うならぬしらはあの場で『片方を片方の男根として取り込み一体になる呪』を唱えた、ということになる。そして『男根化の呪』自体も、あの場で完遂はせんかった。妾が竜化を取り消したゆえに、『男根化の呪』を生み出す力の源自体が一旦消えてしまったのじゃ》
「……つまり?」
《おぬしらは、『男根化の呪』が進みかけの状態で表面上だけ人間に戻った、ということじゃ。『柏木秀理の男根は石村昴である』という書き換えだけが歪な形で残っておる。ゆえにおぬしから本来の男根は消え失せ、石村昴には『柏木秀理の男根である』という認識のみが刻まれておる。おそらくはこんなところであろう》
「……もとに戻る方法は?」
《いま妾が『男根化の呪』の逆呪を組み立てておるゆえ、半日ほどお時間を頂きたい。…ああ、そうじゃ。迂闊に呪を刺激すると引きずられて再び竜化の呪が復活する懸念もあるゆえ、なるたけ安静にするがよろしかろう。呪が解除されるまで、石村昴ともあまり接触しないほうが良いと存ずる。それでは》
脳裏の声がプツリと途絶えた。たぶんテレパシー的なものの接続を切ったらしい。
「最後にクッソ不穏な言葉を残していったな……」
ひとまずトイレから出る。いまのところ尿意はないが、おしっこはどうすればいいのだろう。半日ならおしっこを我慢しても体を壊すまではないと思うが、最悪スバルが代わりにおしっこをしてくれることに期待するしかない。うわあ。我ながら意味不明な文章だ。
スバルはどうしているだろうか。様子を見に行きたいが、あまり近付くなとも言っていた。時計を見るともう午前8時を回ろうとしている。しょうがない、わけのわからないことを考え続けるくらいならいっそ学校に行ってしまおう。
***
出ねえ。
柏木家の扉の前で昴は呆然と佇んでいた。
いまは午前9時30分。
ということは、親も普通に勤めに行ってるし、シュウのやつも普通に学校に行ってるってことか。けっ。真面目なやつだ。
まあいい、体調とかにゃ問題ないってことだろ。あのクソドラゴンも近付くなって言ってたし、それはそれでいい。
俺はどうすっかな。俺はシュウのチンポだし。
ああもう、くそったれ。なんなんだ。
昴は昨日のあの体験を思い出す。
まず思い出すのは、忌々しいことに安心感だった。
あのとき――秀理の当て擦りに激昂して変化が大きく進み、昴の身体が蛇の如く伸びたとき――威圧的な物言いとは裏腹に、昴はひどく怯えていた。胴体が長く引き延ばされ、脊椎が引っ張られ、それが尾まで連なる新たな身体となると同時に、昴の脚は退化し、消えてなくなってしまっていたからだ。自分を支えるはずのものが文字通り消失したあの恐怖は、未だ昴のなかで薄まる兆しがない。足場のない吊り橋の上に立っている恐怖。次の瞬間、自分の足は何も踏みしめることができずに奈落へと落ちることがわかっている。だけど次の瞬間は永遠に来ず、自分が落ちることに気付いたあの、ひゅうっと竦み上がる感覚――あれだけがずっと続くのだ。
悪夢だった。昴は、何度も同じ夢を見ていた。もっと言うなら――常々、その悪夢を自分の境遇そのものだと思っていたのだ。いずれ滑落することがわかっている人生の、ついにその瞬間まできつつあるというどうしようもない実感。だからたまりかねた昴は、竜と化した秀理の身体に必死の思いでしがみついたのだ。それでもずうっと心の臓は早鐘を打ち続け、執拗に中から昴を殴打する。このまま秀理がどこかに行ってしまえば、自分はまた奈落に落ち続ける。鱗が生え揃った秀理の肌のぺたぺたと冷たい感触が、その予兆に怯えてならない。秀理に自分の陰茎をぐりぐりと圧迫され、秀理のそれに擦られ扱かれても、快感がその恐怖を塗りつぶすことはなかった。
身体が秀理の中にめり込んで、一体化したときの感覚そのものはよく覚えていない。覚えているのは秀理の鼓動。自分以外の誰かの脈がどくんどくんと内側で響いて、温かいものが自分に流れ込んでくる――それがあのときの記憶のほとんど。恐怖に狂っていた自分の心臓が役目を放棄して安堵する、あの瞬間の心地よさ。緊張が解けて、肉体が溶けて、温かいもので内側がいっぱいになるあの多幸感。あのまま――
どん、と肩に衝撃を受ける。
「おうガキ、どこ見て歩いとんじゃ」
それは、このあたりを昴と同じように徘徊しているチンピラだった。
「ふぁっ!!??」
柏木秀理は、自分の机で素っ頓狂な声を上げた。
教室の中の数人がちらりとこちらを見るが、すぐに視線を戻す。
談笑している者も多く、大半には聞こえずに済んだようだ。
自習時間で良かった。
だけど、今のはなんだろう。
いきなりチンコの先を小突かれたような……。
いや、待てよ。いま俺にチンコはないんだった。
だけど、感覚はある。
そういえば、事故で手足を切断してしまった人は、そのあとに「幻肢」と言って、なくなった手足の感覚だけが残るという話を聞いたことがある。そのないはずの手足が痛む「幻肢痛」という症状もあると。
幻チンコ。
いや、冷静に考えたらスバルがどうかなってるんだ。
今スバルは俺のチンコってことになってるから、スバルになにか当たると、それは俺のチンコに当たったことになる。
これ、冷静に考えてるって言うのか?
「かしわぎー、どうしたー?」
「あっ……白河さん」
後ろの席から声をかけられて、反射的に股間の膨らみをどう隠すか考えてしまう。
だけどいまはやっぱり股間に膨らみはない。
「いや、なんでもないよ」
「ふーん、そっか。かしわぎが授業時間に声上げんのめずらしーから、フツーにケガかと思ったよー」
「だ、大丈夫。ありがとう」
白河さんとは、特別に仲が良いわけではない。
クラスに一人はいる「誰にでも世話を焼くタイプの女子」だ。
どのグループにも混じるし、一人で作業してるやつや本を読んでるやつがいたらわけへだてなく関心を持って声をかける。
だから、俺を特別気にかけているわけじゃない。
でも。
かわいい女子に親しく声をかけられると、自分の血が股間に集まるのを感じる。
鼻とか、口元とか、手とか、そういうとこに普段は散らばっている、身体の中のオスの部分がそこに集まって。
勃起する。
「どした? 顔赤くね? やっぱ熱?」
「な、なんでもない」
正確には、勃起してない。俺の股間は。ズボンは押し上げられてないし、圧迫感もない。
だけど勃起してる。スバルが。どこかで。
「っ……!」
またチンコを小突かれた。スバルのやつ、何してるんだ。やめろって、今この状態で、チンコを刺激されたら、それは、
「あ、ちょ、ちょっとトイレ行ってくる」
慌てて教室から出る秀理の背中を見ながら、白河はあいつあんなに体格良かったっけ? とささやかな疑問を抱いた。
「おいテメ、なにボーッとしちゃってんの」
小汚い男がツバ混じりにがなりたてる。
「せーい! 誠意出せって言ってんのー、きこえなーい?」
どうやら、どこかで複数人のチンピラに絡まれているらしい。
「お前さー。何様? 何様? 肩ぶつけちゃって許される御身分様だった?」
俺は。なんだったっけ。
ぼおっとする。
俺は。
「おいおいおいおいおい――き・い・て・ん・の・か・よォ――――」
男の一人が、無理やり肩を組んできて頭を小突いてくる。
「あひッ」
快感に、ぶるんと身体が震えてしまった。
ああ。俺。チンポだから。そんなとこ責められたら。
「…ンだこいつ」「マジでイカれてんのかよ」
違う。違うんだって。俺、いま、チンポだから。まともだよ、俺、だって、チンポだから、全身、触られると気持ちよくて、俺が気持ちいいとシュウも気持ちいい、あ、あ? なんだ? なにか、流れ込んでくる、シュウの血、温かい血、それが、俺に、シュウ、興奮してる、シュウの匂い、雄くせえ、あっ、だめ、だめだって、シュウ、俺、勃っちゃう、俺、シュウのチンポだから――
「あひィィィィッ!!」
奇声を上げながら、俺は膨張した。
「あひっ、あッ、ふああッ、ヒィっ」
全身がチンポの先っぽみたいに敏感になってて、気が狂いそうだ!
膨張してサイズの合わなくなったシャツが。男が肩にかけていた腕が。ベルトの金属部分が。シェフパンツの皺が。風が。自分の声の反響が。チンピラたちの後ずさる地面の振動が。全部が俺をまさぐる! こする! しごく! ああっ、死ぬ、俺、そんなにされたら、死んじまうって!
「あっ、あっ、あっ、うふっ、あうふうううううあああ」
その上、昨日みたいにまた俺の全身に鱗が生えだして、そのプチプチした感触が、全部性感帯を刺激して、あっ、だめ、俺、もう、考えらんねえ、チンポ、俺、チンポ、シュウのチンポ、気持ちいい、でっかくなる、シュウの血もらう、もっとでっかくなる、シュウを気持ちよくするシュウの
「ば、ば、化け物ォッ!!」
ガンと鈍い音がした。
チンピラの一人が、そこらの廃材を拾って俺に投げつけてきたらしい。
最高に気持ち良かった。
もっと責めてくれもっと触ってくれもっといじってくれもっとしごいてくれもっともっともっともっと――――
口元で、ばきばきとなにかが裂ける音がした。
トイレに篭った柏木秀理は、程なくして己の異変に気付いた。
身体がでかくなっている。
制服のサイズが合っていない。ボタンを全て外してもなお肩から背中にかけてシャツがパツパツで、今にも縫い目が弾けそうなくらい食い込んでいる。腹は大きく膨らんで、硬い層を伴って前方にせり出しており、下着のシャツがそれに負けてめくれ上がっていた。
ズボンに至ってはもうチャックもしまらなければ留め金もはまらない。太もも――というか、股間まわりのガタイが明らかに人間のそれではなくなりつつあるし、そもそも、得体の知れない突起が尻のあたりの布を余計に突っ張らせている。
ごつごつの黒い鱗に覆われ、爪が尖り始めた自分の手を見てついに秀理は状況を受け入れることに決めた。
竜化してる。
再び、昨日と同じあの姿になろうとしているのだ。
おそらく、スバルのほうでなにかあったんだ。
どうするべきだろうか?
1.このままトイレの中に隠れる。
トイレの個室より大きくなった時点でアウトだ。それ以前に、白河さんにトイレに行くと宣言してしまった。誰かが呼びに来る可能性も高い。
2.学校を抜け出し、スバルと合流する。
もしこれにするなら、身体が大きくなりすぎない早いうちがいい気がする。だが、この状態でスバルに近付いてもいいものだろうか? 昨日のあの一体化がますます進んでしまう可能性がある。
3.一発ヌイてしまったら、なんとかなったりしないだろうか。
何を考えてるんだ俺は? ああでも、なんか、すごい、ムラムラする。思わず股間のあたりを手でまさぐるが、やはりそこには何もない。だけど、溜まっている。射精の準備を着々と整えているときの、あのそそり立つ感覚。ていうか、なんか、すごい、触られてる。チンコの先とか、カリのあたりとか、あの小便が出る孔の内側にまで。ちょ、ちょっと、やめてくれって、そんな、扱かずに、ひたすら責められたら、おかしく、おかしくなる! 鼻先がまた盛り上がり、前方に伸びていく。無意識に鼻をひくひくさせて白河さんの匂いを追う。いつの間にか、顎がカスタネットのようにがっぱりと開いて上下していて、はあはあと吐息の漏れる音がする。よだれ。舌が垂れ下がってる。白河さん、嗅ぎたい、噛みたい、食べたい、鷲掴みにして、押さえつけて、おっぱいを揉んで、髪の毛に鼻をつっこんで、チンコを白河さんのマンコにぶち込む。想像した途端ぐんと股間を前方に引っ張られて前屈みになってしまう。だけど同時に骨ごと頭頂部から伸びる角がぐいぐいと全身を上向きに引っ張って、首が変なストレッチを受けたみたいに引き延ばされる。もう自分がどうなってるのかわからない。とにかくチンコが本来ありそうなあたりで手を上下させる。だけど、手応えがない。泣きそうだ。出させてくれ! 出させて! 頭がおかしくなる!
秀理が心のなかで絶叫したのと、シャツを突き破って大きな翼が広がったのは、ほぼ同時だった。
「シュウ!」
「スバル!」
ニ頭の竜の声が重なる。
ばさあ、と翼が空気を押しのける音がして、黒い巨体を持った竜が道に降り立った。その様子を蛇のように細長い龍が喜びを表現しながらうねり、涙ぐみ、突き出て先端にひげを備えた獅子鼻の穴をひくひくさせながら見つめる。
かつて石村昴だった龍の足元――足はないが――には、チンピラや、見物人や、警察や、機動隊が散らばっていた。ケガは負っていないが、誰も彼も全身が粘液まみれだ。おそらく、ありとあらゆる方法で己の身体を刺激するための材料にされたのだろう。だけど足りなかった。触っても、ねぶっても、擦りつけても、シュウのチンポとして絶頂するまでの刺激には至らず、石村昴だった龍は途方に暮れて泣き喚き、粘性の涙を顔からぼたぼたと散らしていた。昴本人も全体的に粘液に覆われ、ぬらぬらとてかっている。
そしてそれは、柏木秀理だった竜にも伝わっていた。柏木秀理だった竜は、射精できずにひたすら存在しない陰茎や亀頭を刺激される責め苦ですでに気が狂わんばかりの形相をしていたからだ。行き場を失った欲情はたちまち秀理の身体を山のごとくに肥大化させ、その表面でどろどろの黒色の鱗となり、秀理を欲望のままに獲物を探す暴竜へと作り変えた。そしていま、秀理はようやく欲望の捌け口――自分の片割れを見つけたところだった。
「やっと、やっと、見つけた……」
「シュウ! 俺、俺――」
まるで母親を見つけた子供のように秀理の股間めがけて飛び込む昴。それを秀理は乱暴に鷲掴みにする。だがその瞬間腰が砕け、秀理の巨体は倒れ込んでしまった。自らの腹で秀理は昴を押し潰し、両者は声にならない嬌声を上げる。
「――――――――――――――――っっ……!」
両者は大きく口を開き、白目を向いて天を仰ぐ。だが、それでも何かが足りない。自分たちを絶頂させ、満足させ得るなにかが欠けている。苛つきと焦りと物悲しさと快感が入り混じり、何度も起き上がろうとしてはめちゃくちゃに顔を歪ませて姿勢を崩していた。
「ああっ、シュウ、はやく、はやく――」
「わ゛がっでる゛」
黒い巨竜はようやく起き上がる。身体をくねらせてまとわりつく細長い龍を刺激しないように大事に抱え、いずこへと飛び去ってしまった。
《おおい、ふたりとも、そろそろ男根化の逆呪が完成するぞえ――って、おわあっ!!》
《…………。》
《聞いておらぬな……。》
《ええと――とりあえず、妾の空間に連れていけばよいのかのう……?》
***
シュウのごつごつした手がゆっくりとすぼまり、掌の匂いと熱気が迫ってくる。
ついにだ。
ついにシュウが、俺をぎゅって握ってくれる。
ぎゅうっと。
岩肌みたいなシュウの鱗が、少しずつ食い込んできて。
やがて、分厚い指と掌が、ぴったりと俺に張り付く。
俺の身体はたくさん涙とか涎を垂らしてしまってるから、掴んだときに少し、シュウの手はぬるりと下に滑った。
予測してなかったいきなりの愛撫に、俺はびんびんとそそり立つ。
凹凸のあるシュウの肌にごりごりと敏感な部分を擦られて頭がスパークする。
シュウの手はしっかりと俺を包み込む。
優しく、でも強い力で全体を圧されると、芯から幸せがじわじわと滲み出して、自然と俺の目からは涙が零れてくる。
しあわせ。
こうして、誰かの手に優しく包まれたかった。離れないように誰かに掴んでほしかった。
大事なもののように。価値のあるもののように。
胸が高鳴る。呼吸が荒くなる。もうすぐだ。
もうこんなもの、要らなくなる。
俺の鼓動なんて要らない。俺の呼吸なんて要らない。
シュウの鼓動だけを感じていたい。
俺の尾が、ゆっくりとシュウの股ぐらに引き寄せられていく。
胸の高鳴りが最高潮に達する。
まだか? まだか? はやく。はやく。
なかなか俺の尾の先端は、シュウの表面まで辿り着かない。
突然に全てに見捨てられ、放り出される気がしてしまう。
いやだ。見捨てないでくれよ。お願いだ。
苦しい。切ない。俺ははやく、俺の心臓を捨てたい。
ゆるりと尾の先端がほどけて。
シュウの肉の中に吸い込まれた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――ッ」
至福の槍が、尾から脳天までを突き抜ける。
がちがちに凍えた足を温かい湯に漬けたときのような。
疲れ切った身体を、新品の布団に投げ出したかのような。
いいや。そんな言葉ではとても足りない。
最上の幸福。全ての中で最も大きな幸福。
俺の身体は、少しずつシュウの中にめり込んでいく。
シュウの体温が、内側を潜って伝わってくる。
俺の血管とシュウの血管が繋がりつつあるんだ。
どくん、どくんと脈打つシュウの血が入ってきて、俺はそのリズムに合わせてゆらゆらと震えだす。
太い血管が俺の内側を掘り進み、皮膚を盛り上げて、強引に侵していく。
その管の周囲からじゅわっ、じゅわっとシュウの血が噴き出て、俺の細胞に入ってくるのを感じる。シュウに内側から吐息をかけられているみたいだ。俺の身体が、シュウの血に満たされ、押し上げられ、膨らんでいく。腰が。腹が。腕が。顔が。シュウからもらった栄養でむくむくと肥っていって、急激に変化する身体の境界がどこにあるのかわからなくなり、俺はくらくらしてくる。
身体の輪郭が溶け、温かさが際限なく押し寄せてきて、意識を手放しそうになるけど、そもそも、俺はシュウのチンポだから、意識なんてないのが正しい。
でも、もうちょっとだけこの幸せを味わっていたい。
悪いチンポだ。シュウ、赦して。
身体の内側から、どんどんしょっぱい味がしてくる。
シュウの血潮。
シュウの味。
俺は内側に舌がある気分になって、俺の中にあるシュウをべろべろと舐め回す。
甘じょっぱくて、美味しい。
だから血潮って言うんだ。
めりめりと俺の下のほうから音がする。
見れば、もう俺の身体は大部分がシュウの肉根の色になっていた。
丸太のように太いそれは、つやつやとしていて、血管が透けていて、たくさんの突起や疣が生えている。
なんて立派で力強いチンポだろう。
そしてそのチンポは俺なんだ。
誇らしい気持ちでいっぱいになる。
俺はもう、手も首も動かすことができない。
動かす必要もない。
ただ屹立して、完全にシュウのチンポになる瞬間を待つ。
この世で最も栄誉のある時間。
その俺を、シュウは愛おしそうに手で撫で回す。
さっきまで穏やかだった俺の気持ちはたちまち快感に掻き乱されてぐちゃぐちゃになる。頭の中で火花が飛んだ。やめて。触って。やめて。触って。もっと触って。頭をくちゃくちゃに捏ねくり回して気持ちよくして。
俺の願いが身体を通してシュウに伝わったのか、シュウの指が頭の先端や鼻先をいじる数が増える。思いが通じた喜びと快感で、俺はびくんびくんと跳ね上がる。頭のはるか上から、それに合わせてシュウの荒い呼吸音と湿った空気が流れてきて、シュウも同じ気持ちなんだなあと思うと俺はまた嬉しくなってぼどぼどと液体を顔から垂れ流す。
と。
突然、なにかが俺の中に流れ込んできた。
想定外の闖入者に、俺は少し身構える。なんだ?
シュウの血じゃない。もっと重くて、もっと――
あ。
あ。あ。ああ。
わかった。わかってしまった。
ごめんシュウ。さっきまでの俺は、全然チンポなんかじゃなかった。
シュウの精子。シュウの精液。シュウの生命の源。
そそり上がってくるそれが、俺の本来の役目。
どろどろと重く、濃縮されたシュウの雄の匂いが一気に身体の中に充満して、俺はまた意識を手放しそうになる。
だめだ。俺はまだ反省が足りない。
申し訳なくて、こうして勃起してるのも恥ずかしいくらいだ。
俺の中をシュウの精液が蹂躙して、俺は精液を吐き出すただのパイプになり、チンポとしての役割を全うする。
それを俺自身が味わって魂に刻み込むまで、逃げるわけにはいけない。
俺は改めて屹立し直す。だけど、精液が身体の中にあるとなんだか変だ。自分が動くちょっとした刺激で腰が砕けそうになる。情けなくて俺はまた泣くけど、そんな俺をシュウの手は優しく支えてくれる。シュウの手の温かみに応援されて勇気が湧いてきた俺は、シュウのキンタマから送られてくる精液をしっかり内側でおもてなしする。さあさあこちらです、どうぞお通りください、俺はあなた方を案内するためにここにおります。俺の身体はすでにほとんど鱗も消え去り、腕もなくなって、かろうじて頭らしく名残がある以外はほとんどシュウからはみ出た肉の竿そのものになっている。だから遠慮は要らない。俺はただのチンポ。喉元までシュウの精液が辿り着く。粘っこい液体が喉の内側全部に張り付き、俺は反射的に人間だったときの感覚が蘇って噎せ返りそうになるが、ぐっと押さえつけて代わりにシュウの精液の味を感じる。苦味と塩味。ほのかな甘味。旨味。匂い。シュウの匂い。鼻の孔のはるか奥、脳とのコネクターの部分で炸裂する本当の匂い。その匂いに対して拒否権はない。俺は刹那のうちにシュウに対する深い愛情に溺れ、海中で感じる陽光のごとくにシュウへの絶対的な忠誠心に身を委ねる。なにも不安になることはなく、なにも恐れるべきことは起こらない。俺は意識を暖かい光に集中する。
シュウの手が俺のカリ――あつて顎骨のでっぱりとか、首の付け根だったりした部分――をぐいぐいと扱きはじめる。その手の動きに余裕はなく、俺が不用意にせき止めてしまった欲情に支配されていることがうかがえた。本当にごめん、シュウ。だけどもう大丈夫。シュウの指が一回俺の首をこするごとに、俺の顔は少しずつ形をなくしていった。鼻の孔が閉じて、外の匂いがわからなくなり、代わりに奥で爆発するあの匂いが逃げ場をなくして暴れまわる。それに巻き込まれ少しずつ人間だったときに何を考えていたか、何を覚えているかが破片になって掻き消えていくような気がするがどうでもよかった。目が少しずつまわりの肉に溶け込んでいき、やがて光の取入口としての機能を失う。白いような黒いような、情報のない視覚の残渣だけが俺の頭を漂うが、やがてそれもおぼろにかすれ、静かになった空間をシュウの鼓動とシュウの匂いとシュウの手の感触とシュウの興奮だけがただ泳ぎ回るようになる。それに加えてくちゅっ、ぐちゅっ、と汁気の多い音がシュウの手を通じて響き、俺は俺の全てが粘液をまとったそそり立つ肉の棒になったことを悟った。
暗闇のなかで、粘りつく光が下方から迫ってくる。シュウの手が動くたびに俺は快感で身体を震わせ、粘る光が少しずつその領域を増やしていく。快感。光。快感。光。快感。光。快感。光。全てが真っ白になってゆく。光はもう俺の身体の中におさまりきらない。だけどシュウは容赦なく俺を扱く。内側が外側より大きくなる気の狂うような感覚に、最後に残っていた俺の意識がたすけて、やめて、おれ、やめないで、もっと、おれ、きもちい、しゅう、おれ、いっしょ快感光快感光快感光快感光――
どぱっと音を立て、俺の口からシュウの精液が噴出した。
擦られる快感。役目を全うする快感。モノとして扱われる快感。大事にされる快感。全力を出す快感。全身から力が抜ける快感。シュウと完全に繋がった快感。破裂を免れる快感。自分が破裂した快感。中身が洗い流される快感。中身が満たされる快感。愛される快感。愛する快感。生命の快感。死の快感。この世のありとあらゆる種類の快感が一斉に俺の中で発生し、そしてそれは射精のあいだ、一切の隙間なしに俺の中でスパークし続ける。
幸福。
その二文字がじゅうと音を立て、焼印のように神経に刻み込まれるのを最後に、俺の意識は遠のいていった。
***
黒い巨竜が、ぶはあ、ぶはあと荒い呼吸を繰り返して放心している。
仁王立ちをしながら腰は砕け、背後に伸びる尻尾でなんとか身体を支えており。
その手はだらしなく垂れ下がり、精液まみれでべとべとに汚れている。
そして、その股ぐらには、さっきまだ《スバル》であったものがぶらぶらと揺れていた。
一部始終を眺め終わった腐女子ドラゴンは、己の眷属に領域の清掃を命じつつ考える。
巨竜と化し、街外れで一心不乱に《スバル》を扱く《シュウ》を見かけてつい連れて帰ってしまったものの、どうやらそれが『男根化の呪』を再始動させるキーであったらしい。見事に呪は完遂し、《スバル》は完全に《シュウ》の男根と成り果ててしまった。
「まあ、今からでもこの逆呪を使えば元には戻せると思うが……」
しかしこの術は、当人らが作った『取り消し』ではない。
術者以外が外部から他人の呪に『逆呪』をぶつけるというのは、たとえて言うなら、身体に食い込んだ呪いの破片をピンセットで取り除いたり、縮小させたりして、見かけ上治療する行為に近い。
その破片が幸せをもたらすものであった場合、当人らにとっては喪失に他ならないのではないか?
彼らは心中のわだかまりを言葉や行為に変えてぶつけ合い、己を満足させようとしていた。ならば、物理的に接続した今は、それの完成形に過ぎないのではないか? わざわざ分解し直すことに、どのような意味があるのだろう。
「……まあよい」
それを決めるのは妾ではない。腐女子ドラゴンはそうひとりごち、今はただ尊い感情の火花を見せてくれた推しを深々と拝んだ。