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『英雄の条件 -1-』

救国の英雄である雪豹獣人が敵国の捕虜となり、肉体的・精神的な苦痛をふんだんに味合わされる小説です。玉責めと尿ネタ、集団での性的暴行、羞恥プレイなどが内容に含まれます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  牢獄と外とを隔てる鉄扉が鈍い音を立てて閉まり、それと同時に喧騒が遠いものとなる。  まばらな靴音と鎖の擦れる耳障りな音だけが、冬風に冷え切った石造りの通路に響いていた。  切れかけの電球が気だるげに瞬き、左右の鉄格子に挟まれた通路を歩く人影をぼんやりと照らしている。茶毛の犬獣人が一人と、その後ろにくすんだ銀の毛並みを持つ長身巨躯の雪豹獣人が一人。雄々しくがっちりと引き締まった肉体は、その身に纏う銀毛も相まってか、銀塊をそのまま切り出したかのような荒々しさと力強さがある。  質の良い生地の軍服に黒光りする革の軍靴、それから暖かそうな毛皮の帽子――など、犬獣人の格好は大変に文明的だ。冬の寒さを凌ぐ為の工夫が細部に見て取れ、服飾としての機能をしっかりと果たしている。  が、それとは対照的に、犬獣人の後ろをのっそりと歩く雪豹獣人は、赤錆色の下着を一丁身に着けているだけのほとんど全裸と言っても差し支えないような出で立ちだった。  その下着は、辛うじて局部を覆えるぐらいの幅と長さの布を前掛けのように垂らし、布の上部から伸びた二本の紐を腰に巻き付けるという原始的なもので、臀部が丸出しであること、前布を捲り上げると局部が露わになってしまうことを除けば、いわゆる褌と呼ばれる下着に近いものがあるだろう。  布地は紙のように薄く、布目は荒い。雑な作りにも程があった。局部を保護する為や防寒の為というよりは、履いた者に心理的な屈辱を味わわせる事を目的として作られたものだと考えられる。歩く度に固定されていない睾丸や陰茎がぶるぶると震える感触を味わう羽目になり、敏感な部分が外気に容赦なく晒されるという苦痛と羞恥は、並みの精神力ではとうてい耐えられないだろう。  銀毛の雪豹獣人は靴も履いておらず、剥き出しの素足には重苦しい黒鉄の足枷が嵌められている。右足の枷には大ぶりな鉄球が繋がれており、鉄球が地面に擦れる度にごりごりと重いものを引きずるような音が響く。   「おい、遅いぞ囚人。さっさと歩け」  雪豹獣人の先を歩く犬獣人は、せかすように手元の鎖をぐいと強く引っ張る。  鎖の先は雪豹獣人の首に巻かれた鉄輪に繋がっており、雪豹獣人が立ち止まることを許さない。冬風に冷え切った石床と剥き出しの素足が触れる度に刺すような冷たさが全身を襲うのを知っていたとしても、右足の鉄球が常人の力では動かせないほどに重い事を理解していたとしても、犬獣人に雪豹獣人を気遣うような素振りはない。寧ろ加虐的な行為をする事を楽しんでいるかのようだった。  そのようにある種の責め苦を受けていても、雪豹獣人は苦悶の表情一つ浮かべない。太陽をそのまま溶かし込んだかのような琥珀色の瞳はしっかりと前を見据えており、堂々と澄ました態度で歩を進めていた。虜囚というより英雄といった方が正しいような振る舞いだが、実際その通り、彼は英雄であった。    長年続く隣国同士の領地争い。無限に続く戦火の中、劣勢の国に流星のように現れた雪豹の戦士。その武勇と統率力、優れた知略で士気の消えかけていた兵士達を纏め上げ、瞬く間に崩壊寸前だった戦線を押し上げた。奪われていた土地を奪い返し、絶望的な空気を打破した彼を、英雄と呼ばずして何と呼ぶのか。  ――ただし、それは隣国でのことだが。   「お前のところの王様もバカだよな。いくら分のいい交換条件だったとしても、英雄様を手渡すなんて」  雪豹獣人の前を歩く犬獣人が、嘲るような素振りでそう吐き捨てる。  雪豹獣人の国と、その敵国。戦況が五分になって間もないある日、敵国はある提案を持ちかけてきた。即ち、"今捕虜になっている数百人の兵士の身柄を解放する。その代わりに、雪豹獣人の身柄が欲しい"とのことだった。  数字だけで見れば数百対一の捕虜交換。とうてい釣り合っているとは言えないが、裏を返せばそれだけするほどの価値が雪豹獣人には存在していたとも言える。  提案を投げかけられた側の国は、即座にその要求に応じた。数百名の兵士達が無事に郷土の大地を踏んだのはつい一昨日の事で、逆に雪豹獣人の身柄が敵国に拘束されたのもその同日だった。 「王を愚弄するな」  雪豹獣人は前を見据えたまま、芯の通った声音で呟いた。王を侮辱することは許さない――とでも言いたげな様子だった。 「あんな目に遭っても主君への不満の一つ漏らさないのか。流石英雄様だな」  犬獣人は、雪豹獣人のその毅然とした態度を鼻で笑い飛ばした。英雄様、という言葉の口ぶりには、若干の皮肉めいた雰囲気が感じられる。  国を救った英雄も、敵国側から見ればただの同胞殺しに過ぎない。軍人や兵士だけでなく、今や国に住む全ての人々からの憎悪の対象となっていた雪豹獣人は、牢獄への輸送の際に幾度となく罵声を浴びせられた。中には余程憎んでいたのだろう、水や石、生卵やし尿などを浴びせられることもあった。物理的な暴力こそ護送の兵士たちによって遮られていたが、もし雪豹獣人だけを市街に投げ出せば、まず生きては帰ってこれないだろうと察せられるほどの剣幕だった。  永遠にも思える時間歩き続け、ようやく通路は終わりを迎える。  突き当たりには一層大きな牢屋が広がっていて、両開きの格子戸は客人を招き入れるかのように大口を開けていた。 「ここだ。さっさと入れ」  首輪の鎖を握る犬獣人は中に入るや否や、壁の金具に鎖を繋ぎとめた。鎖は十分な長さを持ち、牢屋で過ごすにあたって支障はないだろう。外に逃げ出そうとするならば、話はまた変わってくるのだが。 「今日からお前はここで過ごすことになる。良かったな、"特別製"の牢屋だぞ」  特別製、という言葉を強調するように、犬獣人は皮肉気な笑みを浮かべた。  雪豹獣人は周囲を見回したが、特別製と名を張る割には特に目立ったものは無いように思えた。  冷たく立ち塞ぐ石造りの床と壁、頑強に立ち並ぶ錆びかけの鉄格子、僅かに月光が漏れる格子窓。水の溜まった手桶に、壁に突き出した寝具らしき出っ張りの上には藁編みの敷物が打ち捨てられている。多くの囚人がここで眠りに就き、恐らくは一度たりとも洗浄されていないのだろうその敷物は、立っている状態でもつんと鼻を突く刺激臭が漂ってくる。  あるのはそれだけだった。なにかが致命的に足りていないような気もするが、現状では思い付かない。 「おい、特別製とはなんだ。普通の牢屋じゃないのか」 「直に分かる。さて、私の仕事はここで終わりだが……しかしお前、臭うな」  犬獣人はこれ見よがしに鼻をつまむ。護送の際に浴びせられた汚物が毛皮に染み込んでいて、その為に雪豹獣人から放たれる体臭は強烈なものとなっていた。刺激的なアンモニア臭と埃っぽい垢の匂いが混じり合い、地獄の釜を開いたような有様だった。  牢屋の隅に置いてある水桶。いつから溜まっているのか、それがただの水であるのかも確証が持てない、淀んで濁った水。犬獣人は水桶を両手で持ち上げて、壁際の雪豹獣人ににじり寄った。 「……何をする気だ」  雪豹獣人は眉根を僅かに歪めた。これまでの責め苦も苦痛ではあったが、明確に感情を揺らがせたのはこれが初めてだった。  愉しみを噛みころすかのような表情の犬獣人に、猛烈な嫌な予感を感じた為だ。 「勿論、こうするんだよ」  犬獣人は桶を振りかぶって、勢いよく中の水を雪豹獣人に浴びせかけた。  ばしゃあ、と激しい水音がして、雪豹獣人はずぶ濡れになる。 「――ッ!」  これが夏であるならまだ良かった。淀んだ水を吹っかけられるのは当然屈辱であるし、服も濡れて使い物にならなくなるが、いつかは乾くだろう。命の危険もない。  しかし今の季節は真冬だ。ただでさえ地獄のような寒さにあってないような布きれ一枚で耐えなくてはいけなかったのに、冷やされた水はごっそりと体温を奪っていく。 「あ……っ……貴様……っ!」  足元から激烈な寒気が吹き上げてきて、雪豹獣人はその場にしゃがみ込んだ。両腕を身体に抱き寄せてカチカチと歯を震わせる。全身の体温がどんどん消えていき、平行するように全身の感覚が薄れていく感覚に陥る。呼吸が荒くなり、吐く息が嫌に白い。  寒い。たまらなく寒い。全身に氷の針を付きたてられているようだった。心臓がばくばくと波打ち、だんだんと耳鳴りが近くなる。股間がきゅっと縮こまる。視界がぐんにゃりと歪み、身体がありとあらゆる先端から強張っていく。 「おお、寒そうだ。何もしなけりゃ明日には凍死だろうな」 「貴様……最初から殺す気だったのか……!」 「殺す気? 違うね、身体を洗ってやるだけさ」  雪豹獣人の殺意に満ちた視線をいなすように身を翻し、犬獣人は牢屋の隅に立てかけてあった床掃除用のブラシを手に取った。 「な、何を……んぶっ」  全身をか細く震わせながら犬獣人を見上げる雪豹獣人の顔面に、ブラシの先端の硬い毛を擦りつける。まるで汚い床でも磨くかのように、ごしごしと乱雑に鼻先を、喉元を、額を、頬を手荒に拭き上げる。 「ぶ……げっ! 止めろ! べっ!」 「おい、動くなよ」  まるで雪豹獣人自体が汚物であるかのような扱いに、当然怒声を上げるも聞き入れられるはずはない。それどころか口を開いた瞬間に汚い毛先が口の中まで入ってきて、泥水のような味わいが口一杯に広がる羽目になった。 「ぐうっ……!」  もがいた際にバランスを崩し、雪豹獣人は床に仰向けに転がった。追い打ちをかけるように、ブラシはゴシゴシと全身をくまなく擦っていく。犬獣人の擦る力には一切の遠慮がなく、凍てついた全身にひりつくような鈍い痛みが纏わりつく。腕、腹、脇腹、背中、脚部と来て、最後の洗浄部位に差し掛かるとき、雪豹獣人は悲鳴に似た叫び声を上げた。 「ま、待て! そこだけは……ッ!」 「何言ってるんだ。ここが一番汚いじゃないか」  下卑た笑みを浮かべ、犬獣人は雪豹獣人の下着を捲り上げる。寒さに限界まで縮こまった雪豹獣人のペニスを嘲笑しながら、股間に向けてブラシの先を当てがった。  いくら屈強な戦士と言えど、男性の急所を責められることに対しての恐怖を押し殺すことは出来なかったらしい。数分前までの毅然とした態度は消えうせ、雪豹獣人の瞳は雪豹狽し見開かれている。凍えている為まともに動かない四肢を懸命にばたつかせ、必死に抵抗しようとしていた。 「ぎ……あ、がっ……があああっ……!」  しかしそんな必死の抵抗も虚しく、犬獣人は玉が潰れてしまいそうなほどの力でブラシを擦りつけた。腹や顔を洗う時より明らかに執拗に、かつ乱暴に何度も何度も股間を舐る。  牢屋に絶え間なく悲鳴が響く。玉を押し潰され、敏感な竿を傷付けられるという、男性なら想像するだけで寒気がするような苦痛。玉のような汗を浮かべ、雪豹獣人は悶え叫ぶ。どうにか身を捩って逃れようとするも、犬獣人の足が雪豹獣人の腹を踏み付けている為逃れようもない。 「ぎゃあああっ! ぐう、ぐううっ……!」 「可愛そうだが、お前はこの国では人権なんてないんだ。明日からは俺やほかの連中もお前を虐めに来るだろうよ」  半ば拷問じみたそれが、しかし今日より始まる地獄の日々の幕開けでしかないことを、犬獣人は残酷なまでにはっきりと言ってのける。心をへし折ってやろうという意図の元の言葉だが、しかしそれが逆に雪豹獣人の感情に火を付けた。 「ぐおおおっ! ……なら、耐えてやる……ッ!」 「……ほう?」  「俺は……ぐうっ! お前達に屈しはしない! 王は、俺が救った兵士達は、必ず俺を助けに来る! がああっ……!」  激痛の最中にも関わらず、責め苦に抗うように雪豹獣人は叫んだ。  苦痛にゆがむ琥珀色の双眸が、奮い立つようにぎらぎらと輝いている。 「耐えてやるッ! 一月でも一年でも、どんな地獄が待っていようと、俺は――」  そこまで叫び、雪豹獣人はぱたりと気を失った。先程までの地獄を感じさせない、誇り高い英雄の顔を浮かべながら。 「……チッ」  犬獣人は舌打ちをし、半ば八つ当たり気味にブラシを投げ捨てる。  先程まですこぶる優位に立っていた筈なのに、どうにも気分は晴れ晴れしいものではない。自分の責め苦が奴の心を折るほどの力を発揮しなかったのだという事実が、煮えたぎるような苛立ちを招いていた。 「……いつまでその気勢を保てるか、楽しみにしておくさ」  ぐったりとした様子で床に倒れ込む雪豹獣人を藁の敷物まで転がし、犬獣人は牢屋を後にした。   ■ 二日目  目覚めと共に、股間に激痛が迸る。  雪豹獣人はもんどりを打って寝台から転がり落ち、股間を抑えて暫くうずくまった。 「ぐうう……痛てえ……」  気絶している間に剥ぎ取られたのか、下着は身に付けていない。赤黒く腫れ上がった陰茎と睾丸は非常にグロテスクで、見ているだけで昨日の地獄のような責め苦を思い出して憂鬱になる。昨日のような、或いはもっと悍ましい責め苦を味わうことになるのかと思うと、気分は最悪にも程があった。 「クソ……折れてたまるか……」  壁を支えにしてどうにか起き上がり、雪豹獣人は石造りの寝台に腰掛けた。寝台に敷物はなく、臀部に直に肌を刺すような冷たさが襲う。  窓の外から漏れる陽射しはまだ薄らとしており、具体的な時間は分からないがまだ早朝であることは理解できた。  冬であるというのに、牢屋の中は奇妙な暖かさに包まれている。一糸すら纏っていないにもかかわらず、昨日の命を奪いかねないような寒さは感じられないのが不思議だった。まるで牢屋の中だけ春が訪れたような、そんな感覚。 「……う」  しばらく股間の痛みに耐えながら腰掛けていたが、不意に訪れた感触にぶるりと身を震わせる。  尿意が溜まってきていた。下腹部を圧迫されるような感覚に、思わず腹をさする。押し寄せる波は相当強まっており、随分長く用を足していなかったことを実感した。  果たしていつから出していないだろう。一昨日人質交換用の馬車に乗せられて以来、排泄の権利は行使させて貰えなかった筈だ。  何度尿意を訴えても無視され続け、休憩と称して馬車を降ろされた時には兵士達が目の前で用を足すのを目の当たりにさせられるだけだった。歯を食い縛り脂汗を流し、鬼のような精神力で丸一日耐え続けていたが、無限に続くかと思うほどに長い砂利道の振動に遂に耐えかねて―― 「……クソ」  失禁の屈辱。尻に伝わる冷たい感触と、どうしようもない解放感を思い出す。追随して、失禁を目ざとく見つけた兵士達によって口汚く罵倒され続けた記憶も脳裏に蘇り、雪豹獣人は小さく悪態をついた。  おととい馬車に乗せられ、それから丸一日耐えて漏らしてしまったのだから、やはり一日弱は用を足していない。意識すればするほどに尿意が強まり、落ち着かない様子で裸身を揉む。 「便所はどこだ……?」  周囲を見渡すも、それらしいものは何もない。  昨晩まであった筈の汚水の溜まった手桶は、“掃除”の後で片付けられてしまったのか、影も形もなくなっていた。  普通の牢屋であれば粗末ながらも便器が設置してある筈だし、それより劣悪な環境下であったとして、排せつ物の受け皿になるような手桶や壺といったものが隅に備え付けられていて当然の筈だった。 「小便すらさせないつもりか……!」  苛立ちにぎりと歯噛みをして、腹いせに鉄格子を蹴飛ばす。じんと伝わる振動が足を伝い、膀胱の水面がたぷんと揺れた。 「ん、ぐう……っ」  熱い感覚が尿道を迸り、慌てて両手で股間を抑え込む。昂る波を落ち着かせようと、ゆっくりと息を吐き付ける。 「クソ、まずいぞ……」  冷や汗が頬を伝い、心臓が早鐘を打つ。  先刻の屈辱の二の舞だけは何としても避けなくてはならないが、とはいえ牢屋に尿意の受け皿がない以上どうしようもない。  観念して冷たい石床の上にぶちまけてしまうか、それとも一縷の望みに掛けて決壊の時までひたすら耐え偲ぶか。雪豹獣人の選択肢は、結果的には二つに一つしか存在していなかった。  あの忌々しい犬野郎か、それとも別の人物かはわからないが、暫らくすれば誰かが様子を見に来るに違いない。まさか牢に入れて餓死まで放置、なとどいう事も無いだろう。そう思いなおし、雪豹獣人は気を奮い立たせる。  懸念と言えば、尿意を訴えたところで果たして便所まで連れて行ってくれるような気立ての持ち主が、雪豹獣人の前に現れるかどうかなのだが。  暫らくが経った。  少しずつ、少しずつ膨らんでいく膀胱の感覚から気を紛らわすように、牢の中を落ち着かない様子で歩き回る。  高くに位置する格子窓からは朝の光が漏れ、肌寒さを感じさせる冬風が格子の隙間から染み出している。あの窓がもう少し下の方にあったならば、今頃尿意に苦しむこともなかったのかもしれないが、どうしようもない事はどうしようもない。  何度か跳ねて、窓枠に手が届かないかと試してみたが、足首に付けられた重りが跳躍を遮るために無駄だった。跳ねるたびに膀胱がたぷたぷと揺れ、尿意が一層強くなる。不毛だった。 「まだ、なのか……?」  独り言に返す影はない。誰かいないかと牢の向こうに声を掛けてみたものの、どうにも牢の近くには人の気配は感じられない。  ともすれば、自身に嵌められた首輪と牢の壁とを繋ぐ鎖を断ち切り、牢の扉さえ何とか開けてしまえば、誰にも見つかることなく逃げ出せる可能性は存在しているということになるだろう。  首輪をいなす手段も牢の鍵を開ける手段も存在しない現状、最優先で考えるべきことかと言えばそうでもないのだが、別の事を考えて気を紛らわせないと、破裂しそうな膀胱が辛くて堪らないのである。 「ふう゛……っ、ん、ぐうっ……」  不定期に起こる膀胱の中身の流動に悶え、呻きながらその場にしゃがみ込む。  鈴口を意識して引き締めていなければ、吸った息を吐くのと同時に雫が滴り落ちてきそうになっていた。  夜嵐のように暴れ狂う尿意の波を受け、最早臆面もなく歯を食い縛り脂汗を流して身悶えるさまは、国を救った“英雄”とは程遠い、なんとも情けないものである。 「漏らして……たまるか……ッ!」  両の手で股間を抑え付け、激しく上下に身を揺さぶる。喉の奥から絞り出すように溢れた声は、気合というより懇願の意が声音に籠っていた。誰の目から見たとしても、限界まで秒読みの段階である。  また暫らくが経った。  雪豹獣人の銀毛は冷や汗に塗れてしっとりと濡れそぼり、はあはあと喘ぐ口の端から滴る唾液が地面へ向けて鈍く光る糸を垂らす。最早、蹲った格好のまま身動きが取れない。立ち上がろうと動こうとするだけで、牢屋全体が水浸しになることは容易に想像がつくのだった。  まだ、奇跡的に漏らしてはいない。しかし、膀胱は文字通り破裂の瀬戸際まで膨らみ、他の臓器が圧迫される為にじんわりとした吐き気すら催している始末だった。  もういっそ、漏らしてしまった方が楽ではないか。  そんな考えが数刻ほど前から脳裏を過ぎり続け、幻聴のように薄らと頭の中に囁かれていたそれが、今でははっきりと聞こえてくるほどに意識の中で強い考えとなっている。  腹が重い。痛い。息が苦しい。出したくて、出したくて堪らない。  どうして自分がこんな目に逢っているのか、何もかもが分からなかった。 「っ、あぁ……っ、もれ……」  何度目かの脈動に合わせ、か細い悲鳴が漏れる。ぽたり、と雫が地面に垂れ、それが皮切りとなった。  ちょろ、ちょろろ。  タガが外れ、ゆっくりと小便が鈴口より溢れ出す。  抑え込もうと強く股間を握り、ぐっと息を止めて腹に力を入れようとしても、弛緩しきった股間の随意筋は制御もままならない。最早雪豹獣人には、我慢に我慢を重ねた結果が石床に広がっていくのを眺める他になす術はなかった。  雪豹獣人は周囲を見渡し、牢の奥に目を凝らした。ここには自分の他に誰もおらず、来るような気配もない。  こうなれば、もう、誰かに見られる前に急いで出し切ってしまうほかない。震える手を近くの壁に押し当て、覚束なくふらふらと立ち上がる。未だに先端からキレ悪く流れ出している陰茎を持ち、牢の隅へと向けた。 「はっ、あ……ああ……」  雫が緩やかな水流に変わり、牢の石床に温い水たまりが広がっていく様を、雪豹の獣人は壁に身体をもたれさせながら眺めていた。  喉の奥から熱い吐息が漏れ、尿の臭気と交じり合って牢の中を満たしていく。  体温が尿によって排出されることで生じる身震いと共に、解放感ばかりが胸の内に広がっていき―― 「あーあ、そんなにいっぱい出しちゃって。お掃除大変じゃないですかあ」  突如背後に響く間延びした声に、雪豹は弾かれたように背後を振り返った。  牢の格子を挟んだ向こう、囚人の監視の為に設けられた看守用の椅子に腰掛ける小柄な山羊獣人と視線が合う。  雪豹獣人は驚愕に目を見開いた。一切の気配も、一切の足音も感じなかった為である。確かに先程までは誰も居なかったのを確認していた筈なのに、一体いつの間に現れたのか。 「あ、ごめんなさいね。どうぞどうぞ、そのままおしっこしてて下さい。我慢できなかったんですもんね、仕方ないですよね」 「……ぐ」  くすくす、とわざとらしい笑みと共に、逸物の先からなおも流れ出る小便の水流を指さされる。山羊獣人の並べる言葉は朗らかだが、語気にはふんだんに嘲笑の意志が籠っていた。 「それにしても、英雄様って節操とかないんですかねえ。ボクだったらおトイレじゃない場所でおしっこなんか出来ないですけど」  ぴちゃぴちゃと水たまりに小便が突き刺さる音と共に、羞恥をそそる言葉が山羊獣人の口から吐き出された。  自身が便所ではない場所で小便をしており、そしてその一部始終を他人に見られているという事実を改めて実感させられ、雪豹獣人の胸の内には猛烈な羞恥が広がっていく。しかし、緩み切った括約筋は、小便は出終わるまで止まらないのだった。  屈辱を継続的に味わいながら、漸く最後の一滴を絞り出す。 「あ、終わりました? うっひゃー、床一杯に広がってんじゃないですかあ。ばっちいなあ」  膀胱が空になり、身を這っていた焦燥感が消えうせると共に冷静さを取り戻した。自分のしでかしてしまったことの恥ずかしさに身を焼きながらも、山羊獣人の嘲笑に負けじと口を固く結んで虚勢を張る。致し方ない事だったのだ、と自分に言い聞かせる。 「なんですか、そんな怖い顔で睨んでも無駄ですよお。貴方がおしっこ我慢できずにお漏らししちゃったってのは事実ですもん」 「……お前は誰だ」 「ありゃ、無視ですかあ。まあいいや。ボクは……ええと、お名前なんてどうでもいいですね。貴方のお世話係のひとりですよ」  どうぞよろしく、と滑稽な身振りに、雪豹獣人は眉根一つ動かさない。  山羊獣人は、まるで子供のような出で立ちだった。雪豹獣人の腰ほどしかない背丈に、丈の合わないぶかぶかのローブ。顔立ちも子供のようにあどけなく、しかし双眸の輝きだけはねじ曲がった性根を現すかのように淀み切った金色だった。昨晩の犬と比べ体躯にこそ劣るが、内側に苛烈な加虐精神を秘めている。本能が、僅かに警鐘を鳴らしていた。 「透明になって、朝からずうっと見てたんですけど、いやあよく頑張りましたねえ」 「……透明?」 「ああ、ボク魔法使いなんです。イマドキ珍しいでしょ」  山羊獣人がぱちんと指を鳴らすと、一瞬のうちに小柄な姿が掻き消え、また現れる。 「起きてからずっと見てましたよ。いやあ面白かった。特にほら、窓によじ登ってどうにかおしっこしようって頑張ってるときとか、漏らして溜まるかー! って叫んでるとことか、おちんちん抑えて蹲ってるとことか、もう涙なしでは見れないぐらいで」 「……お前!」  羞恥に頬が熱を帯びる。山羊獣人の飄々とした言葉に噛みつくようにして、牢の格子をガシャガシャと強く揺らした。 「ひゃあ、そんなに睨まないでくださいよう。……お恥ずかしいって思うなら、おしっこなんかしなけりゃいいのに」  山羊獣人は腰掛けていた椅子からひょいと飛び降り、牢の格子の方へと駆け寄った。ローブの懐から一枚の布切れを取り出すと、雪豹獣人の前にちらつかせる。 「まあいいや。これ、替えの下着です。下着っていうにはあんまりですけど、今みたいにおチンチンぶらぶらさせるよりマシですね」  笑顔で毒を吐く山羊獣人からひったくるようにして布を奪い取り、広げてみれば、それは昨日身に着けていたのと同じような形の腰布だった。  限りなく薄く、身に着けていたとして陰茎の形が浮き彫りになるほどのものではあるが、全裸よりは幾分かマシな気分にさせてくれるものである。  雪豹獣人がそそくさと腰布を体に巻くと、山羊獣人は満足そうにうんうんと頷いた。 「貴方のちっちゃいおチンチンなんて誰も見たかないですからね。そのまま、ちゃんと着ててくださいよ」 「……」  いちいち癪に障る奴だ、と雪豹獣人は内心で舌打ちをした。 「そうだ! 英雄さんお腹空いてますでしょ。本当は飢えて死にかけるまで水一滴与えるなって指示なんですけど、それじゃあんまりですしぃ」  山羊獣人は再度ローブの懐を漁り、一欠けのパンを取り出した。焼かれてからかなり時間が経っているのか、パンは御世辞にも食欲をそそられるような色合いではなくなっていた。  しかし、そんな不味そうなパンであっても空腹が刺激されるのは事実だった。護送中は、一度だけ兵士の食事の残飯を詰め込まれた以外に食事の記憶は存在していない。 「ま、食べらんなくはないと思いますよ。あ、でもちょっと固くなってるからなあ、やらかくしてあげないとなあ」  少しの思惟の後、山羊獣人はいい事を思いついたとでも言わんばかりに口角を上げた。  手に持っていたパンを地面に落とし、格子の隙間から牢の中へと蹴り転がす。牢一杯に広がる小便溜まりの中へと無慈悲に突っ込んだパンは、悪臭漂う水を吸って一層黒ずんでいく。 「ほら、お水でふやかしてあげれば食べやすくなるでしょう? ついでに塩味もするし。うん、ボクって天才だなあ」 「き、貴様……!」  雪豹人は弾かれたようにパンを拾い上げるも、乾燥しきっていたパンは既にいくらかの尿を吸っていた。鼻を近づければ、小麦に交じってどうしようもなく悍ましい香りがする。幾ら空腹であるとはいえ、これを口に運ぶ気にはならない。 「あれ、食べないんですかあ?」 「食えるわけないだろうが! 図に乗るのも大概にしろよ、糞餓鬼が!」  パンを牢の隅へと投げ捨て、雪豹獣人は怒りを露わに牙を剥きだした。山羊獣人の間延びした口調や飄々とした語気、人を揶揄うような発言に、とうとう我慢の限界が訪れたのである。  しかし、雪豹獣人の、一般の人物であれば震えあがるような迫力の凄みにも、小柄な山羊獣人は涼し気な様子で粘つくような笑みを見せるばかりだった。一切の手ごたえのなさに、雪豹獣人は内心で僅かに狼狽える。 「ガキ、ガキかあ。うんうん、若く見えるってのは嬉しいなあ。――でも、ちょっと躾がなっちゃいないね、英雄さん」  山羊獣人の笑みで細まった瞳の奥に、わずかに渦巻く仄暗い感情があった。  何か恐ろしいものと目が合ったような気がして、雪豹獣人は数歩後ずさる。思わず本能的な恐怖に気圧されそうになるも、意地のままに山羊獣人を睨み付けた。 「仕置きでもするつもりか? やってみろ、牢に立ち入った瞬間首を噛み千切ってやる」 「わあ、怖い怖い。――じゃあ、立ち入らないでお仕置きしてあげよう」  ぱちん、と山羊獣人が指を鳴らした瞬間、強烈な圧力が雪豹獣人を床へと圧し潰した。 「ぐっ……!?」  床の小便溜まりに身体を叩き付けられ、横転した視界のまま雪豹獣人は驚愕に目を見開く。見上げる山羊獣人の瞳が、冷たい笑顔のまま怪しげな黄金色に輝いていた。  なおも圧し掛かる謎の圧力。まるで足で踏みつけられているかのように、身体全体にぎりぎりと鈍い痛みが捻じ込まれる。少しでも体の力を抜けば、全身の骨が踏み砕かれてしまいそうなほどだった。 「これも……魔法かっ……!」 「そうとも。まあ、詳しい原理なんて英雄さんには分かりっこないだろうけど……えいっ」 「ぐあああっ!」  山羊獣人がもう一度指を鳴らすと、魔術の圧力によって抑え込まれている身体が床に擦り付けられる。まるでブラシで汚れた床を擦るように、白銀の毛並みが小便だまりにぐりぐりと押し付けられた。硬い床に身体が擦れる痛みだけでなく、自身の出した汚物に全身を浸らせることで屈辱感が込み上げてくる。 「ほらほら、お漏らしはちゃんと自分でお掃除しましょうねえ。お漏らししちゃうぐらいの赤ちゃんでも、それぐらいはね」 「あぐっ! がっ、あああっ!」  成すすべなく床を転がされ、壁に叩き付けられ、全身をおろし金ですり下ろされるような苦痛が息吐く暇もなく無限に襲い掛かる。強打した腹部から血と胃液の味が込み上げ、吐き散らす。全身の骨が砕け、痛みに鈍った視覚は薄暗く、聴覚はきんきんと甲高い金属音が一層強まっていくばかり。戦いのさなかで幾度となく傷を受けたことはあるが、ここまで残虐ないたぶられ方は雪豹獣人の記憶には存在しなかった。 「大丈夫。死んでもちゃんと生き返らせたげるから。……そーれ」  山羊獣人が伸ばした人差し指を上に掲げると、全身を這っていた魔術の圧力が体のある一か所に集結する。 「ぎ、ああっ……ぎゃあああっ! あっ、お゛ああああ゛ッ!」  激痛。逆さになった視界に真っ白な火花が走り、遅れて無意識のうちに喉の奥から割れんばかりの悲鳴が溢れ出る。  圧力の集まった場所。そこは全ての雄の急所であり、ほかのどの箇所よりも守られるべき大切な部位。――睾丸であった。  魔術の圧力は睾丸だけを包み、そのまま上空へと雪豹獣人の身体を持ち上げる。握壊寸前の力で睾丸を握りしめられているだけでも地獄のような痛みを味わうというのに、自重の全てが玉袋の根本へ集中しているために睾丸を引き千切られるような苦痛も重なっている。 「ああああ、があああっ! 痛い! 痛い痛いッ! あっ、ああ゛……」  いくら痛みに慣れた雪豹の戦士とはいえ、人体の味わう最大級の痛みには数秒たりとも耐えられなかった。白目を剥いて口端からは泡を吐き、空っぽの筈の膀胱を通じてちょろちょろと黄金色の雫が陰茎を伝う。 「おっと、やりすぎちゃった? 気絶させるつもりはなかったんだけど、英雄さんも軟弱だなあ」  さながら、子供が飽きた玩具を投げ捨てるようなぞんざいさで雪豹獣人を地面に転がし、山羊獣人は溜息を吐いた。  気だるげにぱんぱん、と両手を鳴らすと、ややあって軍服を着た茶毛の犬獣人が掃除具を持って現れる。 「これはまた……手酷く汚されましたね。拷問官どの」  牢の向こう側の惨状といえば、吐しゃ物や尿や血やらが入り混じって目を覆いたくなるほどのものである。それを遠めに見やり、犬獣人は僅かに眉根を顰める。自分とて昨晩雪豹獣人を苛めたばかりだが、ここまで手酷いことはしていない。 「はは、ごめんごめん。ついつい苛めたくなっちゃって。ボクは次の準備をしてくるから、お掃除宜しくね」 「……次は、どうされるので?」 「うん、そうだなあ。みんなに見てもらおうかなって」 「……民衆に?」 「うん。貴方の息子や旦那様を殺して、国に大打撃を与えた英雄様はこの人ですよってさ。そしたらどうなるか楽しみだよね。殺さない程度なら、好きにイジメていいよってことにしたらもっと楽しいかも?」 「……それは、良い案ですね」  山羊獣人の去り際の笑みに悍ましいものを感じながらも、犬獣人は恐怖をおくびにも出さずに頷いた。  それから牢に立ち入り、牢の奥で気を失っている雪豹獣人を哀憐の眼差しで見下す。  救国の英雄は、敵国から見れば憎むべき外敵である。そんな彼が身を守るものもなく、裸一貫で民衆の目に曝されればどうなるかなど、火を見るより明らかだった。  今、国の中は戦争で疲弊し、国民の精神は鬱屈している。そんな中に『はけ口』が現れたなら。  ともすれば、牢の中で受ける仕打ちの方が屈辱的ではないのかもしれないと思えるほどに、雪豹獣人の先には地獄が広がっていた。  続く


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