格闘家見習いの虎弟子が変態鼠師匠にセクハラされる話
Added 2021-05-04 06:11:12 +0000 UTC朝ぼらけに鳥が啼く。 遠方の風がるうと鳴り、まだ夜睡より覚めやらぬ街並みを静かに揺らす。 早朝。 火照った木の葉が深まる秋風に絡め取られ、溜め池に薄赤い膜を広げるさまを、老齢の鼠獣人は柔和な眼差しで眺めていた。質素な着物から覗く素肌は齢を重ねた大木の如く乾ききり、手足は枯れ枝のようにか細い。ほうほうと茶の湯気が立ち昇る湯呑を緩慢に啜るそのさまは、一切の誇張なくどこにでもいる老人のそれである。 古長屋の隠居が似合うような風体でありながらも、かの老齢の住まいは老人一人には些か手広すぎる古屋敷である。三世代は優に住まえそうな部屋の数に庭の大蔵や板張りの道場や大きな湯殿、広い中庭には整えられた木々が生い茂り、風流を感じさせる溜め池には赤黄の装束を纏う鯉が緩く泳いでいる。それだけを以て、鼠の老体が只ものではないという証明となっていた。 渋茶を啜り、口端から白い息を吐く。眼前を流れる自然の色彩を眺め、満足げに尾を揺らす鼠の耳が、ふと屋敷の外の足音を手繰り寄せる。鼠は垂れた顎髭をするりと撫ぜると、ひらりと軽やかに庭先へと降り立った。 ややあって、屋敷の門扉がとんとんと叩かれる。こんな朝早くの来客といえば、鼠にとって思い当たる節は一つしかない。 かんぬきを外して門扉を開けば、小柄な鼠の二人ぶんほどの背丈を持つ、若い虎の男が立っていた。並々と生え揃った金色の毛並みに黒の縞が走り、面立ちはうら若くも眼光には鋭さが宿っている。粗末な旅装の首元から覗く肉体は漲り、ぴっちりと太腿に密着した股引はその太足ゆえに今にもはちきれそうだった。歩けば往来の多くが振り返るような、中々の偉丈夫だ。 「さて、何用かね」 「俺を弟子にして頂けませんか」 整った肉身とは違い、声音はまだ青々しい。ふむ、と鼠は品定めするように虎の男を見回した後、顎髭をなぞって身を翻した。 「入りなさい。話は家の中で聞こう」 じっと押し黙ったまま立ちすくむ虎の男が、鼠の言葉を受けて門を潜る。その足取りは軽く、しかし緊張故か身のこなしは些かぎこちない。 ◇ 「して。なにゆえこの老体に師事を仰ぎたいと言うのかね。儂は見ての通りの老いぼれであるが」 茶の間に虎の青年を通し、急須で注いだ温茶を差し出す。よほど喉が渇いていたのか青年は一息で湯呑の中を飲み干した後、真剣な面持ちを鼠に向ける。 「噂はかねがね聞いております。軽手流師範代、社鼠様。貴方様に師事を仰いだものはみな、軒並み大成すると伺いました」 「ほう、随分な褒め句ではないか。それは誰に?」 「我が父であります。我が父は虎爪流の竹吉、俺はその子の竹虎と申します。父も、貴方様に師事を仰いでいたと」 「おお、竹吉の倅とな。よう覚えとるぞ。あやつは気骨がある男だが、少々生意気なところがあってな。やたらと儂に挑んできたから、手酷く返り討ちにして素っ裸にひん剥いて門扉の外に張り付けたり、儂の褌にからしを塗りおったから泡を吹くまで全裸で冬の町中を走らせたり……ふふ、懐かしいのう」 「ち、父が随分とご無礼を……」 「構わんよ。お主はあ奴と違って礼儀正しいのう」 なつかしさに微笑む老体の鼠――社鼠とは対照的に、明らかにされる父親の悪行に縮こまる虎の青年――竹虎は、確かによく見れば父親の面影を色濃く継いでいた。整った恵体も太い首回りも鋭い面影も、まさしく彼と同じような年に門戸を乱暴に叩いてきた虎の男のようなそれである。 「あやつは息災かね」 「はい。老いを嘆いてはおりましたが、今日も門下生を元気に投げ飛ばしているでしょう」 「左様か。……ほれ、茶はまだまだあるぞ」 「頂きます」 既に喉は十分過ぎるほど潤っていたが、勧められれば断るわけにはいかない。何杯目かの茶を啜り、それから竹虎はおずおずと口を開く。 「して、どうか俺を弟子にして頂けないでしょうか。父に武者修行だと突如家を蹴り出され、持っているものといえば着の身着ぐらいのもの。ゆえに払えるものなどこの身一つしかありませんが、置いて頂ければ身の回りの世話を致します」 「ふむ」 あの竹吉の息子となれば、弟子として不足はないどころかかなりの上玉であると鼠は思った。格闘家を志すもののうち、その大半は下積み時代の修練の過酷さに音を上げて去っていくものだが、幼いうちから厳しい英才教育を受けている彼ならば、過酷な荒波でもどうにか耐え偲んでくれるだろう。 それに――と、鼠の老人社鼠は目の前の虎青年に気取られぬよう、ねばついた視線を投げる。若々しく張りのある面立ち、逞しく蓄えられた筋肉、真面目で誠実な性分。どこを取ってみても、中々に苛めがいがありそうだった。 (おいておけば、しばらく退屈はしなさそうじゃのう。――どれ、少し悪戯してみようか) 柔和の面の裏に老獪な笑みを隠しつつ、社鼠は真剣な眼差しで竹虎を見上げた。今までの柔和な老人のそれではない、眼光鋭い視線を突如投げかけられ、正座した竹虎の背が凛々しく伸びる。 「儂としては、お主を弟子に取る事は一向に構わんと思っておるよ」 「……! では――」 ただし、と社鼠は句を継ぎ、嬉しそうに頬を火照らせる竹虎を諫めた。 「儂にも師範代としての体面がある。お前さんのことを少し見定めさせてもらおうではないか」 「見定める……ですか」 「左様。心技体、その全てが整っておらぬものを弟子に取ったなど噂が広まれば、軽手流も落ちたものだと莫迦にされてしまうでな。まずは体から――ほれ、そういう訳だから脱ぎなさい」 「脱ぐ、というのは……」 「服以外になにもなかろ。ほれ急ぎなさい」 「は、はあ」 妙に口早い社鼠に気圧され、竹虎は若干困惑したような面持ちで立ち上がり、上衣の帯を解いた。そのまま着物を脱ぎ落せば、肉々しくも険しい岩肌のような頑強さを誇る、筋骨隆々な上半身が露わになる。 ほう――と、社鼠は感嘆の息を吐いた。なるほど英才教育を受けてきただけはあって、その筋肉の仕上がりはいままでの弟子たちの中でも上位に位置するだろう。肩から背面にかけての黄金の毛並みとは異なり、胸部から腹にかけては乳白色の柔らかな毛並みが生えそろっており、その上からでも分かるぐらいに蓄えられた腹筋が峡谷のようにくっきりと割れ、存在感を示していた。肌寒さか竹虎が身を微震させるたびに、筋肉がまるで地脈のように鈍く蠕動するのが分かる。 視線を上に持ってゆけば、やはり並々と蓄えられて張りのある胸筋が飛び込んでくる。今にも張り裂けそうに膨らみつつも、漢らしい硬さを兼ね備えた双丘は最早岩山のそれである。そしてその頂点には、まるで刺激を知らないだろう薄桃色の突起がふたつ、控えめに顔を出していた。 「ど、どこを見られているのですか」 「上半身に決まっておろう。うむ、なるほど……これはなかなか」 その愛らしい乳首を見つめる視線は、師範代というより淫猥な爺のそれであるのだが、疎い竹虎は視線の異様さに気づくことはない。さりとて裸身をまじまじと見つめられるのはやはり羞恥を感じるのか、表情が動かぬようにと固まりつつも頬は若干赤らんでいる。何とも言い難いこの時間が早く過ぎることを竹虎は祈っていたが、当然そうはいかないのである。 「うむ、よく分かった。では次は下じゃ、股引を脱ぎなさい」 「し、下もですか」 「無論じゃ。ほら、はよせい」 男であるがゆえに胸部を晒す事にはさして抵抗はないが、下半身は別である。幾ら褌を締めているとはいえ、普段は滅多に晒すことのない下半身を他人に晒すというのは些かの抵抗があるようだった。しかし、弟子入りを乞う立場である竹虎に選択権はない。 数秒の逡巡の後、竹虎は股引の紐を解いて一息に足首まで下す。若木のように太ましい両脚が露わになり、それから目を引くのは赤の六尺褌の内側に押し込められた、軽んじることのできない雄の膨らみである。 「お主、ところで歳はいくつになる」 「は。先月に十六となりました」 「ほう、ほう」 きつく締められた褌ゆえに、その股座に釣り下がったものの形はくっきりと浮かび上がっていた。勃っているという訳でもないだろうに、竹虎の雄茎はその太ましさと長さとをありありと見せつけており、垂れ下がる玉の大きさときたらともすれば前袋の脇から零れ落ちてしまうかもしれないとやきもきさせるぐらいのものである。これでまだ十六だというのだから、天性の恵体とは恐ろしい。 背へと回れば、最初に目を引くのはその若々しい臀部の張りである。尻の割れ目を通る褌の両脇からむちりとはみ出す尻の肉は、雄々しく強張る胸部とは対照的に春熟れの桃のような瑞々しさと柔らかさとを湛えていた。なんとも、揉みしだきがいのありそうだと社鼠は心の中で舌なめずりをする。 「うむ、悪くない。よう整っておる」 「あ、有難き幸せにございます」 布越しとはいえ股間を他者に晒すことにいくらかの羞恥を覚えたか、頬を僅かに染めた竹虎はいそいそと足首まで下げられた股引を引き上げようとする。しかし、その手を社鼠の手が阻んだ。 「竹虎よ。お主が軽手流に師事しようと思うならば、服を着ることはならぬ」 「……は、い?」 「順を追って説明する。ほれ、そこに座りなさい」 「はあ……」 師と仰ぐためにも、指示に背いて機嫌を損ねる訳にはいかない。何ゆえに褌一丁で茶の間に座らされるのか、何一つとして竹虎はその意を理解できなかったが、とはいえそうするほかに選択肢はなかった。脱ぎ捨てられていたままの上衣と足首まで下げられていた股引を畳んで部屋の隅に置き、畳に座して背筋を伸ばす。 「肌寒いか」 「はい、少々……」 秋深くの朝ともなれば、いくら竹虎が並々とした黄金色の被毛を持ち合わせるとはいえ、褌一丁では肌寒さを感じる気候だろう。ふるり、と身体を震わせた竹虎に、社鼠はほうほうと湯気の立つ湯呑を差し出した。 「ほれ、暖かい茶じゃ。たんと飲みなさい、たーんとの」 「ご厚意に感謝いたします」 しめて六杯目の茶を煽る。そろそろ水っ腹の気配を感じてきたが、暖を取るためにはありがたい。 「して竹虎よ。お主は今、なにゆえ服を脱ぎ、裸体を晒さなければならないかと不思議に思うておるな」 「はい、まるで分かりません」 太陽がかんかんと照るような灼熱の夏場、或いは水場での修練であれば、汗や水を吸った衣が身体にへばりつく煩わしさを避けるために、今のような殆ど裸に近い格好で稽古を行うこともある。冬場でも、心身鍛錬のための滝行などならば、褌一丁で挑むのも分からない訳ではない。しかし、今の状況はそのどれとも当てはまらないのだ。 「よいか、背筋を伸ばしてよう聞けい。軽手流の真髄とは即ち、森羅万象との同体である。己が身を取り巻く大気と、己が足で踏む大地と一体にならねばならぬ」 「森羅万象との、同体……」 「衣越しの感覚などまがい物よ。故に、真髄に近づこうとするならば、自らの肉体ひとつで万象と向き合わねばならない。儂の師匠など、儂に褌の一枚さえ与えなかったぞ」 「そ、それは……」 ちらり、と股間を覆う一枚の赤布に視線を投げられ、竹虎は両の手で股間を隠した。いくら武道に組し強きを求める身とはいえ、竹虎は年頃の男子である。最も大切なところを外気や衆目に晒し、ぶらつかせながら生活するのは流石に気が引けるようだ。 「ふむ、まあ、望まぬ者に強要はせんぞ。しかし褌一丁は絶対じゃ、よいな」 褌一丁でも当然気恥ずかしいものは気恥ずかしい。素っ裸より幾分かましとはいえ、所詮は布一枚あるかないかの差だけなのだ。しかし、ここで拒めば門戸から摘まみだされるだろうことは、竹虎にはよく分かっていた。 「しょ、承知しました……!」 これも強くなるためだ――と自分に言い聞かせ、竹虎は意を決したように頷く。その誠実で真面目一辺倒、愚直で愛らしい姿に、社鼠は心のうちで大きくほくそ笑んだ。これから少なくとも数年のうちは、毎日若い雄の瑞々しいむき出しの尻や褌の膨らみを眺めて過ごすことが出来るのだ。この降って沸いたような幸運が、笑わずにいられるか。 しかもこの愚直ぶりならば、もっと羞恥を煽るようなことをしても憎まれることはないだろう。ゆくゆくは褌一丁で街並みに駆り出して買い出しに行かせたり、他流派との交流試合にも裸で挑んでもらおうではないか。 ――という悪念を内側に秘め、社鼠は極めて師匠らしく厳格に頷いた。そしてまた、竹虎の湯呑に茶を注ぐ。 「さて、我が弟子よ。軽手流に触れようとするならば、お主はその歴史について知らねばならぬ。少し長い話になるが、よいな」 「は、はい。どうぞご教示ください」 「うむ。まあ落ち着いて聞きなさい、茶でも飲んでな」 流石に九杯目ともなれば、水っ腹が少しずつ苦しくなってくる頃だった。しかし、進められればやはり断る訳に行かず、竹虎は渋々と茶に口を付けた。 勿論これも、社鼠の『遊び』の一環であるのだが、竹虎はそれに気づいていない。 ◇ 「……して、我らが軽手流の源流となる流派が生まれたのが、今から……」 社鼠が話し始めてからおおよそ一時間が経ち、開け放たれた障子の奥の往来が朝の活気を帯びつつある。社鼠の粛々とした語り口が淡々と進み続ける中、背筋を伸ばして真摯に傾聴していた竹虎の様子が、少しずつ変わり始めていた。 社鼠の顔に注がれていた筈の視線がどことなく右往左往とし始め、正座の姿勢は整ったままだが社鼠に気取られない程度にそわそわと身体を揺らしている。しっかと向けられた眼差しの内側には、ほんの少しの憔悴が浮かびつつあった。 (厠に行きたくなってきた……) 杯数にして十四杯、大きな急須に並々と沸かされた茶の殆どを飲み干させられた竹虎の腹には、かなりの量の水分が溜まっていた。吐く息が僅かに白む中、褌一丁で佇まされていることでの肌寒さもあってか、竹虎の身体は少しずつ尿意をきたし始め、一時間が経つ頃には無視できない程度にまで膨れ上がっていた。 とはいえ。己が師事しようとする流派の成り立ちを、師匠がわざわざ時間を割いて説いてくれているのだ。少し催したからといって話に水を差す訳にはいかない。万が一にも社鼠の気を損ねるようなことがあれば、弟子に採ることを止めてしまうかもしれない。 (なんとか、我慢しなくては……) つらつらと喋り続ける社鼠に気取られないよう、こっそりと正座に組んだ足を擦り合わせる。なんとか話が終わるまで耐えて、少し恥ずかしいが終わり次第厠に行きたいと申し出るしかない。まさかもう一時間や二時間も話が続くことなどないだろう――と、竹虎はただひたすらに身を固め、時間が過ぎるのを待とうと考える。 そして竹虎がこのように考えているだろうことは、社鼠にはお見通しなのだった。 (ふふ、こっそりモジモジしおって。お主が催しとることぐらいお見通しじゃわい) 尿意を気取られないよう、その大柄な体を小刻みに揺らす竹虎の姿に、社鼠は心の中で強い愉快さを覚えていた。なにせ今日のような『有事』のために、わざわざ随一の利尿効果を持つ薬茶を取り寄せておいたのである。狙い通りの展開になりつつあることを察し、社鼠はひっそりとほくそ笑んだ。 今はまだ尿意を包み隠せているが、もう一時間もすれば隠すほどの余裕もなくなるだろう。顔を赤らめて身を縮め、両の手で股座を抑え込みながらぷるぷると震える姿、あるいは堪え切れずに小便を漏らしてしまった姿を想像するだけで、年甲斐もなく強い興奮を覚えてしまう。屈強な若衆がしなやかな体の中に大量の小便を抱え込んで苦しんでいる姿とは、なんと愛らしいことだろうか。 (様子を見つつ、もう二、三時間ほど堪えてもらおうかの) 今まで弟子入りを申し出てきた若者のうち、無事に厠まで間に合わせた者は一人もいない。竹虎が辿る運命も、つまりはそういうことだった。 ◇ 「という訳で、軽手流の看板を掲げた初代師範、野鼠は……」 屋敷が街の大通りに面しているためか、活気に満ちた人々の声が間近に聞こえてくる。涼やかな秋晴れの空が障子に淡い明るみを透かし、茶の間に光を落としていた。 一切話の切れ目なく、なおも社鼠は言葉を続けている。さながら呪文のように続けられる平坦な語り口は、聞くものの時間の流れを遅くさせるような退屈さだった。 一方、その向かいに座する竹虎は何かを堪えるようにぐっと俯き、頬先に汗を滴らせ、ゆさゆさと身体を揺さぶっている。時折両の手で褌の膨らみを軽く抑え込む姿は、あからさまに小便を堪えているようにしか見えず、実際その通りだった。 (ま、まだ続くのか……っ! 厠、行きたい……) 精々十数分で終わるだろうと思っていた竹虎の目論見は見事に大きく外れ、社鼠の語りはあれからもう二時間も続いている。並々蓄えた茶が吸収され、膀胱がぷくぷくと膨らんでいる。下腹部に強い圧迫感が生じ、同時に強烈な排尿欲求が襲いつつあった。 (師匠の話を遮るのは忍びない……けど、もう、漏れる……!) 話の腰を折る訳にはいかない、と懸命に尿意を堪えてきたが、竹虎の限界はいよいよ近づいていた。このまま一時間も二時間も話が続くようなことがあれば、座したまま盛大に果ててしまうだろうことは目に見えている。 (げ、限界だ……言うしかない……) 話の途中で尿意を申し出るなど、堪えの利かない子どもだと自称しているようなものである。しかし、万が一にも粗相などしてしまえばもはや赤子である。齢十六の竹虎には極めて恥ずかしい申告だが、最悪を免れるために選ぶべき道は一つしかなかった。 「あっ、あの、師匠……!」 「しかして野鼠は臆することなく――うん、なんじゃ」 「……か、厠に……行ってもよろしいでしょうか……」 無粋にも話に水を差されたことで、語気に僅かに不機嫌を含ませる(無論、演技であるが)社鼠にやや気圧されつつ、竹虎は羞恥に頬を赤らめながらおずおずと申し出る。師事する師匠に厠の許しを乞うだなど、余りの恥ずかしさと情けなさに消え入りたくなりそうだったが、それ以上に小便がしたくて仕方がない。 そわそわ、もじもじとその大柄な体を揺らし、もはや臆面もなく両の手で褌をぎゅっと握り込む若き虎獣人。その憔悴と冷や汗に塗れた裸体や、はあはあと苦しそうに息を吐きつける姿はなんとも煽情的で、未だ現役の社鼠の竿先が僅かに硬さを帯び始めた。己の発言の一つで、彼の運命が容易に左右できるという事実に、社鼠の心の内は沸き立っていた。 「なんじゃ、急に」 「すみません……しょ、小便を、催しまして……」 「小便? 我慢できんのか」 「っ、はい……」 応酬の度に、竹虎の顔は羞恥に赤らんでいく。自分が小便さえ我慢できないような男であるという事実を再確認させられているようで、情けなさに消え入りそうになっている。 「駄目じゃ、我慢せい」 「……え」 拒否。 生理現象ゆえ、渋々承諾してくれるだろうと考えていただけに、竹虎の驚きは大きい。 「当り前じゃろう。師匠の話の途中で席を立つ莫迦がおるか」 「それは……そう、なのですが……」 そう言われても、漏れそうなものは漏れそうなのだ。くねくねと身を捩り、弱弱しく食い下がろうとする竹虎を、社鼠は無慈悲に切り捨てる。 「忍耐もまた肝要と心得よ。なに、あと二時間ほどで話は終わる」 「に、二時間……!?」 もう五分や十分ですらもつか定かではないというのに、まだ二時間も話は続くという。竹虎は思わず泣きそうになった。 「師匠、お願いします……っ、すぐ、戻りますから……もう、堪えられません……」 「ならん。話を続けるぞ」 「……っ」 「ええと、どこまで話したかの。そうじゃ、確か野鼠が……」 もじもじと股間を揉む弟子を尻目に、社鼠は無慈悲に話を再開する。 申し出て厠に行かせてもらう。唯一にして最大の希望が絶たれ、竹虎は項垂れた。これ以上はもう、なす術もない。 ――ぶるっ。 ――大柄な体が、一瞬大きく震えたかと思えば。 しょわああああああっ……! 竹虎の真っ赤な褌から、もわりと湯気が上がる。咄嗟に両の手で抑え込むも、指の隙間からこんこんと勢い良く小便が溢れ出した。ついに膀胱の臨界点に達し、竹虎は限界を迎えてしまったのである。 「あ……はあっ……」 溜め込みに溜め込んでいただけに、その勢いは水桶をひっくり返したかのように激しい。正座のままかたかたと震える大柄な虎獣人――竹虎を中心に、畳の上に生温い水たまりが広がっていく。 (ああ……やってしまった……) 粗相などいつぶりだろうか。我慢の利かない子どもの頃でさえ、しでかしてしまった後は恥ずかしさで膝を抱えたものだ。いっぱしの大人になった今のお漏らしは、余りに恥ずかしさが過ぎた。 「漏らしたか。情けない奴よ」 「……すみ、ません……」 褌の内側で、両の手で握り込まれることで無理やり抑え付けられていた陰茎が、生きた心地を取り戻したかのようにとぷとぷと小便を噴き出している。太腿の内側、下腹部、そして尻にまで生温い小便の感覚が伝わり、自分が粗相をしてしまったという事実に竹虎は顔を蒼白にした。 弟子入りを志願してきた男があろうことか目の前で粗相をしてしまったという事実、社鼠の心中は当然穏やかであるはずがないだろうと、竹虎は俯いたまま顔を上げることも出来ず、ただ溜めに溜めた小便が噴き出していくことへの生理的快感に震える他になかった。 「お主、齢はいくつじゃったかの」 「……っ、十六、です」 「ほう、十六」 「……うう」 嘲笑と、呆れ交じりの社鼠の言葉。十六にもなって粗相をするのか――と言いたげな語気に、竹虎の心は酷く揺さぶられた。なおもこんこんと湧き出る小便に、襲い来る肌寒さと情けなさ。己の失敗のせいで恥を晒し、夢破れてすごすごと家に戻らなくてはならないという現実への絶望。竹虎の目尻に大粒の涙が浮かぶまでに、そう時間はかからなかった。 「すみません……すみません……」 すすり泣き、蹲り、壊れた人形のように謝罪を繰り返す小便塗れの虎獣人。その姿に、社鼠は強い愉悦を感じていた。弟子入りの希望も絶たれた――と思い込んでいるらしいことを想像して、なんとも言えない昂りを得る。 今まで弟子入りを志願してきた若い男には、誰一人例外なくこのような『遊び』を行ってきた。耐えども耐えども終わりがない――その事実を目の当たりにし、成すすべなく小便を漏らす彼らの姿は酷く滑稽で、愛らしいと野鼠は感じている。極めて歪んだ性癖の持ち主でありつつ、この事象が仕組まれたものであると気付かせない狡猾さも兼ね備えているのが社鼠の恐ろしいところだった。 時間にして、一分と少し。山奥の湧水のようにとくとくと溢れ出ていた生暖かい小便が、ようやく止まる。茶の間の半分以上にまで浸水は広がり、つんと鼻を突く饐えた臭いが凄惨な状況をいっそうはっきりと際立たせる。 「竹虎よ」 「……っ、はい」 終わりだ、と竹虎は思った。あろうことか師匠の有難い話の途中に、堪え切れず小便を撒き散らすなど、無礼という物差しでさし測れるような所業ですらない。顔を上げることさえ恐ろしさで出来ない竹虎に、社鼠の声がかかる。 「裏の井戸で身を清めてきなさい。粗相の始末は儂がしてやろう」 竹虎は弾かれたように顔を上げた。繰り出されるだろうと思っていた冷淡な発言はなく、その言葉には暖かささえあった。 「……良いの、ですか。てっきり、門戸から蹴り出されるものかと……」 「そうされたいのなら構わんぞ」 「い、いえ……! 直ぐに清めてきます……!」 無論、社鼠は弟子入りを拒むつもりはない。真面目一辺倒で朴訥、そして良質な肉体を持つ虎の青年。こんな上玉を一度弄んだぐらいで手放す事など出来る訳もなかった。 「竹虎よ、替えの褌はあるか」 「い、いえ……」 「なら乾くまで裸でいなさい。粗相の罰じゃ」 「……は、はい」 冷静に考えればあんまりな命令だが、粗相の罰と言われれば飲み込むほかないだろう。午後からは、一糸纏わぬまま道場で型の稽古でもさせてやろうかと社鼠は思う。踏み込みの度にぶらんと揺れる若く瑞々しい竿と玉とを想像して、思わず笑みが漏れる。 ぐしょ濡れになった褌一丁のまま、慌てた様子で茶の間から出ていく竹虎を見送り、顎から垂れた長い髯を撫でながら、社鼠は思わず目を細めた。 (今日はうまい酒が飲めそうじゃのう) 一部始終は目に焼き付いていて、瞼を閉じれば鮮明に浮かび上がるようだった。酒の肴には、当分困りそうもない。 無味乾燥な隠居生活に久方ぶりの楽しみが生まれ、社鼠はうきうきとした足取りで雑巾を取りに茶の間を立った。