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竜人の神官さんが雨の中神官衣を着たままおしっこする話

「参ったなあ……」  水壺をひっくり返したような豪雨の中に、弱弱しいつぶやきが溶けていく。 黒々しい雨空を見上げれば、後ろ向きに伸びた双角の先から大粒の雫が滴った。純白の絹で編まれた神官衣の背を濡らすも、既に薄い衣は青年のごつごつとした白鱗にぴっとりと張り付くまでに濡れきっていたし、芯まで冷え切った大柄な体躯は冷たさに気付くこともなかった。  本降りになって、慌てて駆け込んだ町馬車の停留所の屋根は、雨を凌ぐにはいささか心もとないというか、おそらく無理だろうと青年は思っている。木を組んで、上に布を垂らしただけなので当然だ。既に水を吸いきれなくなった布からぽたぽたと雨がしみ出してきて、青年の立つ屋根の下の地面に規則正しくぱたぱたと雫が落ちては弾ける。 (皆さん、心配してるだろうなあ)  共に暮らしている子どもたちと、彼らの世話を担ってくれているお手伝いの彼女の顔を思い浮かべ、深いため息を一つ。 出来ることなら早く帰りたい。 しかし、眼前の街並みにはざあざあという轟音と共に雨が叩きつけられ、跳ね返りの飛沫で視界は薄靄が掛かったように薄白く、一歩踏み出すことさえ憚られるほどだった。 この勢いからして、いわゆる夕立だ。雨の勢いからして、止むまではそう遠くないだろう――と青年は思ったが、これは推測ではなく、ただの希望的観測である。 もし、夕立ではなく普通の雨天で、このまま帰路に着けず、何時間もここで立ち往生などということになったら最悪だ。そしてその可能性は十二分にあるのだが、青年は無意識のうちに目を背けていた。 (夕立、早く止まないかな……)  太ももを擦り合わせる。ふるり、と体が震え、熱い息を吐く。下腹部の切迫感は聖堂本部を出たときより遥かに増していて、青年は慎重にため息を吐いた。  早く帰らなければならない用事はないが、帰らなければならない事情はあった。 二時間の予定のはずが、長引きに長引いたことで結局倍ほどに膨れ上がった月例神官会合からようやく解放された青年は心身ともにへとへとで、早く帰って疲労を暖かな湯に溶かしたい――というのが一つ。 そしてもう一つは、会合に使う聖堂本部の男性用手洗いが故障していたせいで行き場を無くした強烈な尿意を一刻も早く解放したいというもので、こちらはかなり深刻だった。 (うう、おしっこがしたい……)  体をさすり、誰も見ていないのをいいことに貧乏ゆすりをして尿意を誤魔化そうにも、存在感はもう圧倒的なまでに膨れ上がっている。会合の終わり、若い男だからという理由で残った飲み物類の処理を押し付けられ、心優しい青年はそれを断れなかったことが効いている。 (さ、寒い……股、スースーして落ち着かない……) 加えて、十月初頭の今は、神官組合によって定められた清貧期間――衣食住の面において普段より質素なふるまいを強いられる期間――である。ゆえに、青年は神官衣の下に下着を穿くことが許されなかった。 厳密には「着衣は布一枚まで」という定めなので、神官衣一枚か下着一丁かを選ぶことはできるのだが、当然後者を選ぶ者はいるわけもない。初秋の肌寒さに、透かせば向こうが見えてしまいそうなほどに薄い神官衣一枚のみというのもあって、ひどく身体は冷えている。 加えて、絶え間なく鳴り続ける雨の水音がトイレの流水音を連想させるなど、とにかく様々なことが多重に作用していて、青年の尿意はかなり高まっていた。 「ふう……っ」  歯を食いしばり、耐える。去来するのは数週間前の苦い記憶だ。水道関係のトラブルで便所が使えず、紆余曲折の果てに大衆の面前で盛大に小便を漏らしてしまったという恥の歴史。悲しいことにそういった汚点ほど広まるのは早く、あの事件からしばらく経った今でさえ、顔見知りにからかわれることが多々あり、青年はその度に顔をこれでもかと赤面させる羽目になっていた。  用を足したくとも足せない状況の再来だが、あの時と違うことが一つだけあった。それは、今青年がいる街中には人の気配が一切ないということだ。今年一番の大雨の中、出歩こうと考える酔狂な者などいる訳もないから当然だろう。 (いっそ……)  神官衣の上から太ももをさすりつつ、周囲を見渡しながら、青年は脳裏に一つの考えを過らせた。 人目がなくて、しかも一瞬で痕跡を洗い流してくれるような豪雨である。そもそも神官衣はもうどうしようもないほどに濡れ切っていたし、ならもう、いっそ、垂れ流してしまってもいいんじゃないか――? (い、いやいや……ダメだ、ちゃんと、お手洗いで……) 思わぬ速さで組み上げられていく正当性に危うさを感じて、青年は首を振って悪魔のささやきを追い払う。 (主は日頃の行いを見ていらっしゃるんだ、妙な気を起こしちゃだめだ)  貴なる種のひとつである竜人で、貴なる職業である神官である。多くの人々の模範となるべく幼少のころから教育を受けてきた青年にとって、粗野な立ち振る舞いはご法度だ。もっとも、その思考が行き過ぎて盛大に小便を漏らしてしまったのが以前の出来事なのだが、青年はいたって真面目、悪く言えば愚直であり、生理的欲求ゆえ致し方ないなどと融通を利かせられるような性分ではなかった。 (はやく、止んでくれ……!)  尿意も雨の勢いも、強まっていく一方だった。このまま行けばどうなるかは目に見えているが、模範的でありたいという意地が青年を頑なにさせていた。 ◇ (……全然止まないじゃないか!)  祈りむなしく雨は止まず、むしろ状況は悪化していく一方だ。青年が停留所で立ち往生し始めてから、そろそろ一時間が経とうとしている。停留所のすぐ裏の水路は、普段の穏やかな流れと異なりごうごうと勢いよく流れ、排水機構が追い付いていないのか、間もなく氾濫するだろう気配がある。 「……っ、ふうっ……ううう……」   そしてその水路と同じぐらい、青年の膀胱も氾濫寸前となっていた。停留所の木組みに体を寄りかからせ、薄い神官衣の上から両手を股間に添え、ぎゅっと局部を握り込みながらくねくねと体を揺らす青年。みっともなく脚を揺すり、時折しゃがみ込みながら、先ほど訪れたばかりの、五度目の尿意の波浪を必死に耐え抜いているところだった。 (漏れる漏れる漏れる……うう、おしっこいきたい……!)   神に対する祈りを浮かべようとしても、思考は尿意のことで満ちている。他のことを考えて気を紛らわせようにも、脳裏に浮かぶ情景は教会の竜人用手洗いで、こまめに磨き上げられてつやつやと輝きを放つ白磁の便器の姿ばかりだ。   はやく、一刻も早く、下腹部にたまった暖かな水流を開放したい。便器に浅く張った水に向けて、たらふくため込まれた小便を放ってやりたい。 いつもは便器に腰を掛け、なるべく外に音の響かないようにと静かにことを済ます竜人の神官だが、今彼が思い描く光景は便器に体を向け、竿先を落として立ったまま小便をする自身の姿だった。じょぼじょぼと下品な水音を何の気兼ねなしに立てて、誰に気を使うこともなくひと時の解放感と安堵に浸りたいと、切に願っている。 (も、もう無理だ……このまま待ってても、身体を壊しちゃう……)  秋の風雨に晒された体はめっぽう冷え込んで、下腹部はきりきりと刺すような鈍い痛みが走っていた。ぞくぞくとこみ上げてくる悪寒のためか思考は朧げになり、いまや息苦しささえ生じているほどだ。 考える得る限り最悪の結末が間近に迫っていた。多少強引にでも帰路に就かないと、いくら壮健な若い竜人と言えど風邪を引いてしまうことは目に見えている。 (世話を掛けるわけには……いかないし……)  自分が倒れれば、子どもたちの世話ばかりでなく看病までお手伝いさんに押し付けてしまうことになる。他者への負担を良しとしない青年にとって、自身の過失で起こった迷惑ほど申し訳ないものはないのだ。  だから、と青年は思った。だからとにかく、帰路に就くためにも、まずは一つの難題を乗り越えなくてはいけないのだ。 (……もう、しちゃおう)  早く帰るためだから――と言い聞かせつつ、青年は焦り気味に周囲の様子を伺った。 青年が雨宿りをしている町馬車の停留所の周りには住宅が立ち並んでおり、もしかしたら誰かが建物の中から青年の様子を伺っているかもしれない。そう考えると、神官衣を捲り上げて局部を晒すのは、万が一見られたときのリスクが大きすぎる。 (着たままなんて……いや、どうせもうびしょ濡れだ……!)  雨の余波を受け、神官衣は既に透け切っているほどのびしょ濡れだった。布地の下の青年の鱗目や体皮ははた目から見ればくっきりと浮かび上がってしまっていて、もうほとんど衣類としての意味をなしていない。普段なら下着が透けるだけで済むのだが、下着の着用のできない今では、最も恥じらうべき急所の縦筋さえ丸見えになっていた。  これほど濡れているのだから、もう今さら小便に浸したところでどうということはない。失禁と何ら変わりない、という事実への精神的な抵抗さえ除けばだが。 (……っ、くうぅ)  ぞくり、とこみ上げる悪寒。大波がすぐそこまで迫っている予感があった。この大波にあらがうのではなく、身を委ねればいいのだと青年は内心に言い聞かせる。ゆっくりと息を吸い、吐き、下腹部を撫ぜ、身体の強張りを抜いていく。 ……じょっ。 「……っ」  パンパンに膨らんだ膀胱から、股座にかけて熱いものが下りていく感覚。尿道を下る小便の熱が股座の筋に滲んで、青年はびくんと体を再び強張らせた。無意識のうちに縦筋に力が込められ、引き締められていく。 (だめだ。いざ、出そうとすると……抵抗が……)  一刻も早く小便がしたいのは事実だ。だがそれでも、意識的に小便を垂れ流そうとするとどうしても心理的な抵抗が出てきてしまい、うまくいかない。トイレではない場所で用を足してはならないという人として当然の戒律が、青年の開放を妨げていた。 (大丈夫、誰も見ていない……大丈夫、ここはトイレだから……)  青年は身をわずかに屈めて、目を瞑った。先ほど頭の中に浮かべていた便所の光景をもう一度想起する。ざあざあと唸る雨の音色を、便器に水の流れる音に当てはめる。 「……んっ」  身震いと、牙の隙間から漏れるか細く熱っぽい呻き。尿道に再びこみ上げる小便の熱。ゆっくりと、じわじわと高まっていく衝動に、青年は頬をほてらせた。  ――じゅっ。 「あっ……うう……」  股座が一瞬熱されたように熱くなり、筋から一滴滲み出るのを青年は感じた。体から排出され、熱を帯びた雫が内腿をつうと伝い、雨雫の冷たさに紛れ込んでいく。  またしても強張ろうとする体を、必死に緩め続ける。膀胱の中のモノを押し出すように、静かに呼吸を続けながら、腹にぐっと力を籠める。 「うう、ごめんなさい……っ」  思わず口を突いて出た謝罪のことばと共に、青年の中で何かがはじけた。  青年はさらに身を折る。荒い息をこぼし、目を潤ませ、股間に手を添え、その大柄な体をぶるぶると痙攣させ―― ――じゅっ。 ――じゅぅぅうっ……。  筋の中から、何かが吹き出した。 抑えた手の隙間、薄い神官衣の布地から、生暖かく臭い立つ液体が、こんこんと湧き出始めた。既に濡れ切っていた神官衣にじんわりと熱を広げ、開かれた両脚の隙間から、びちびちと破裂するような音を響かせ石畳に飛沫を立てる。 ――じゅっ、じゅっ……じゅうっ……。 ――ぴしゃっ、じょろろろっ、じょおおおお……。 「んっ、ああっ……」  幽かな嬌声を上げても、一度放水が始まれば、もうどうすることもできない。皮肉にも雨の勢いがわずかに弱まったせいで、青年が地面の石畳に向けて小便を叩きつける水音は嫌というほど街に響く。よりにもよって勢いを抑えてくれる下着を穿いていないので、筋からしたたり落ちた小便はそのままの勢いで地面に弾けてゆくのだ。 (おしっこ、してしまった……服、着たままなのに……)  ぐしょ濡れになった布靴のつま先に、生暖かな小便の熱が浸った。足元を見れば、青年から直に溢れ出た小便の水たまりが広がりつつあり、もうもうと白い湯気が立ち込める。  一瞬、自分の判断は果たして本当に正しかったのかという問いが脳裏をよぎる。だがそんな理性的な問いは、波のように押し寄せてくる放尿の快感によってかき消されてしまう。 「はーーーーーっ……」  ぶる、ぶると青年は大きく痙攣しながら、膀胱の中に溜まりにたまった小便を絞り落していく。じゅうじゅうと鳴る激しい水音と共に、全身の淀みの、そのすべてが抜け落ちていき、身体がすっきりと軽くなっていくのを噛みしめながら、青年は大きな息を吐いた。 ◇ 「……や、やっと止まった……」  股座から滴る雫が内腿をなぞり落ちていくのを、青年はびしょ濡れの神官衣で拭う。ぎゅっ、と股間を服の上から握りこんで、筋に付着する小便の残りを拭きとった。  その痕跡のほとんどは、雨に紛れて消えてしまっている。足元に広がる水たまりはつんと臭い立っているが、見る限りでは雨水だまりと何ら遜色はない。水たまりがいずれ消えていくように、青年の排泄液も紛れていくはずだ。 (気持ちよくて、おかしくなるかと思った……)  限界寸前まで貯めたものを、放水。以前にも味わったその快感と違うのは、自らの意思で自発的に踏み切った放尿であることと、その大胆な行動が誰一人の目にもついていないこと、そしてほぼ間違いなくご法度である服を着たままの放尿であるということで、いわゆる背徳感と呼ぶべき感情が青年の背筋にぞくぞくとこみ上げていた。 (く、癖になりそうで……怖いな……)  いけないことだ、とわかっている。分かっているからこそ、よりいっそうその行為は刺激的になり得るのだ。とりわけ自己を律する性質の青年にとって、この一連の行為は如何ともしがたい魅力に満ちていた。 (か、考えるのはよそう……とりあえず、帰らないと)  雨はなおも降り続いている。神官衣や股間には吐き出したばかりの小便の臭いが強く染みついているが、風雨に揉まれるうちにそれも有耶無耶になるはずだ。 (……気持ちよかったな) 一瞬心の中に芽生えてしまった背徳への魅力を振り切る様に、竜人の神官は雨の続く街中を、教会に向けて走り出した。


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