流刑少女 序章
Added 2018-06-16 09:50:48 +0000 UTCある日、一台のバイクが、私の担当する関所にやってきた。 この世界ではほとんどの国が高い城壁を作り、自らの国土を囲っている。 空を飛びでもしない限り、壁に空けられた関所を通らなければ入国できない。関所は国に入る人間を精査し、管理するための重要な施設だ。 それゆえ、国の中でも優秀な人材が配置されることが多い。 私はまだ配属されて日が浅いため、経験豊富な先輩と共にその任務についている。いずれは自分一人でこの任務をこなせるようになりたいものだ。 それはさておき、その日やってきたバイクはとても奇妙な形をしていた。 普通バイクといえば二輪で、人がその上に跨がるタイプのものを想像するだろう。 実際我が国で普及しているバイクもそういう仕様のものが多い。 しかし目の前に現れたバイクは四輪だった。やたらと大きな車輪が四つ、前後に二つずつついている。普通のバイクの前後の車輪を横に二つ並べて増やしたような形だ。 さらに変わっているのは、操縦者の姿が見えないということだ。普通のバイクは胴体の上に跨がった操縦者の身体はむき出しになっているが、このバイクは流線型のカバーのようなものが胴体を覆っていて、中が窺えない。 これでは視界が取れずに危ないのではないかと思うが、逆に転倒した時は身体が投げ出されず安全ではある。 この世界には様々な文化水準の国があり、中には我が国より遥かに文化の進んだ国もあるという話だから、こういうバイクが主流な国もあるのかもしれない。 私がのんきにそんなことを考えていると、先輩が私の頭を小突いた。割と痛い。 「痛ッ。な、なんですか先輩……」 「なにぼーっとしてやがる。あれは特別案件だ。武器持ってついてこい」 言われてぎょっとした。試験では滅多にないと言われていた特別案件。 それがまさか着任して早々にやってくるとは。ついているのかいないのか。 私は慌てて銃を持ち、先輩の後に続いて関所を出る。 関所で働いているのだから、国の外に出るのは初めてではないが、特別案件が来たとなれば、その緊張感は普段と比べものにならない。 特別案件。 それは、とある大国からやってくる特別な訪問者のことだ。 その大国では規定以上の大犯罪を犯した者を、島流しならぬ国流しにする制度がある。 犯罪者は定住することもできず、各国の犯罪者に対する処罰を受けながら永遠に放浪を続けることになる。 国によって文化も技術水準も様々なため、恐ろしく厳しい処罰と言えた。 なにせ、中には蛮族としか言えないような処罰を課す国もあるのだから。 一応、四肢欠損などの「次の国への移動が出来なくなるような処罰」は課さないことになっているが、逆にいえば制限されるのはそれだけなので、厳しいことに違いは無い。 いずれにせよ、特別案件でやってくる訪問者は凶悪犯罪者であるわけで。 抵抗や逃亡ができないような処置はされているらしいが、だからといって安心していいわけではない。 いつでも銃を向けられるように構えながら、先輩の後に続いてバイクの傍に近付いた。 先輩が敬礼をバイクに向けて行う。犯罪者に対して敬礼なんて、と思ったけど、先輩は犯罪者に対して敬礼したのではなかった。 『囚人491号の輸送を完了。現地監視員への引き渡しを行います』 バイク自体からそんな声が聞こえてくる。 そういえば特別案件を送り込んでくる大国は、この世に存在するどの国よりも科学水準が高いと言われている。 我が国ではまだまだ夢の技術である『人工知能』や『自動走行』とやらも、実用段階に至っているということなのだろう。 私が感心してそのバイクを見ていると、そのバイク全体を被っていたカバーが開いた。卵が割れるかのように、前後に折り畳まれ、バイクに跨がっている囚人の姿が晒された。 一瞬、それが人だと認識できなかった。黒い塊のようにしか見えなかった。 その囚人は、顔まで分厚いラバーマスクで被われていたからだ。かろうじて鼻辺りに空気穴があるのは見えるけど、それ以外はのっぺりとして顔の凹凸さえわからない。 身体は同じく黒色のラバースーツに包まれていて、身体のラインがはっきり出ていた。そのラインから察するに、囚人は女性のようだ。 色々とデカい。身長はさほど高くないが、それゆえにその胸や尻の大きさが際立つ。かといって下品なほど大きいわけでもなく、引き締まるところは引き締まっていた。 格好がドレスだったなら、社交界の華として申し分の無いものだろう。 囚人の身体はバイクの胴体を抱え込むような姿勢で、バイクに固定されていた。どういうことかというと、手足に枷がついていて、それがバイクの胴体に繋がっている。 構造がよく理解できないのだが、どうやらバイク側に固定する仕組みがあるらしく、ほとんど動かせないようだ。 彼女の胴をバイクに固定していたベルトが外れ、バイクの本体に収納されていく。 ふと、彼女の股間を見て、ぎょっとした。 彼女が腰を当てていたバイクの胴体からは、二本のパイプのようなものが飛び出しており、私の見間違いでなければそのパイプは彼女の体内に潜り込んでいたからだ。 それらのパイプはバイクの中に収納されていったが、明らかにそれまでは彼女に挿し込まれていた。つまり彼女はバイクに乗りながら身体を貫かれていたということで。 走行中の震動がどんな衝撃を与えていたのか、想像もできない。 『両腕の拘束を一時解除します。現地監視員は警戒してください』 バイクからそんな警告音が響き、私は慌てて銃を構え直す。先輩も警戒を強めて動向を見守っていた。 大きな機械音が響き、彼女の両腕が自由になる。女性らしい、細くて華奢な両腕だ。黒いラバースーツではなく、白い長手袋に覆われていたら、さぞ魅力的だっただろう。 いまでも違う意味の魅力はあったけど。 ゆっくりと身体を起こす囚人。身体を起こしてもなおその大きな乳房は形を崩さず、お椀型を保っていた。ラバースーツが形を保つのに一役買っているのかもしれない。 ずっと同じ姿勢を強制されていたためか、その囚人は怠そうに両腕を振っている。 『警告。囚人491号、両手を背面に回しなさい』 指示音声が響き、囚人の彼女が言われた通り背中に回す。すると、腕の枷同士が結合し、彼女は腕を自由に動かせなくなった。 「……なるほど、拘束は勝手にやってくれるってわけですか」 ちゃんと私たちの安全に気を使ってはくれているようで、少し安心した。 そういう気持ちが表に出てしまっていたのか、先輩から小声で叱責が飛ぶ。 「馬鹿野郎、油断するな。相手はそんな科学水準の国での大犯罪者だぞ」 言われてみればそうだ。 どんな罪かはわからないが、私たちが油断して良い相手ではない。国流しを課せられるようなことはよほどの犯罪でない限りないはずだし。 気を引き締め直す。 『両足の拘束を解除します。囚人491号は速やかに降車しなさい』 再び必要以上に大きな音が響いて、囚人の足が解放された。 跨がっていたバイクから降りる囚人。手が使えないから多少危なっかしかったが、転びはせず無事に降りていた。もう何度か入国と出国を繰り返しているのかもしれない。慣れた調子で両足を揃える。 すると、足の枷同士が太い鎖のようなもので連結され、走って逃げられない程度の長さに調整された。 枷の中に収納されていたのだろうけど、どこにそんなスペースがあったのか。鎖の太さと枷の太さが一致していないような気がする。 彼女のラバースーツはブーツが一体化しているものだ。その踵はかなり高く、とても安定して走る事はできないだろう。それも拘束具の一環というわけだ。 最後に、彼女の頭部を覆っていたラバーマスクが自動的に外れた。マスクの中に押し込められていたのだろう、長い黒髪がバサリと広がる。 汗を掻いていて、前髪が額に張り付き、かなり煽情的な様子だった。 それは何も形だけのことじゃない。囚人の彼女は、茫洋とした表情を浮かべ、その視線は定まらず、心ここにあらず、という様子だった。 それがとても魅力的で、綺麗に見えた。 顔立ちがとても整っているから、余計にその印象は深まる。 正直、こんな綺麗な人が流刑を課せられるほどの重犯罪をしたとは思えないのだけど。 それとも逆なのだろうか。 これほど綺麗な人だからこそ、それだけ大きな犯罪に手を染めることになったとか。 よく考えてみれば我が国でも、美人が色仕掛けで国の重鎮から様々な情報を抜き取り、それを元に大きな犯罪をしでかすなんてことはそれなりにあることだ。 彼女の国でもそうなのかはわからないが、ここに流刑囚として来ているからには、とんでもないことをしでかしたのだろう。 私は彼女の美貌に騙されないように、気を引き締め直す。 ラバーマスクは首輪の中に収納されていった。彼女がしている首輪は、見た目普通の厚みしかないものだ。その中に収納してしまうあたり、とんでもない技術力である。 それで向こうとしての準備は終わりなのか、バイクはそれ以上何も言わなかった。 先輩がそのバイクの横に立つ囚人の背後に移動した。 「囚人をお預かりします。……来い」 先輩が腕を掴んで誘導しようとしたところ、彼女がしている首輪の前面から太くて長い鎖が垂れ下がった。先輩は腕を掴もうとしていた手を引っ込め、その垂れ下がっている鎖を掴む。 囚人を連行するには、その方が確かに相応しい方法かもしれない。 我が国では囚人を見世物扱いで街中を引き回すことはしないが、特別案件の囚人に関しては話が別だった。国民に大国から預かっている犯罪者だということを周知しなければならないからだ。 『この国での滞在日数は五日間と設定されています。五日後の現在と同時間帯に引き渡しを求めます。囚人の引き渡しが行われない場合、定められた条約に基づき行動いたします』 バイクが一方的に宣告してくる。 定められた条約というのは、囚人の扱いに関する事だろう。 (……あれ、どんな条約になってるんだっけ?) 特別案件の事も試験には出てたけど、そういう細かなところまでは覚えていない。 先輩に確認を求められたら危ないところだった。先輩はちゃんと覚えているらしく、バイクに恭しく敬礼をする。 「承知しております」 その視線が私の方に向く。思わず姿勢を正した。わかっていないことがバレたのかと思ったけど、そうじゃなかった。 「おい、各所への連絡に走れ。特別案件の犯罪者が来たってな」 先輩に言われ、私は頷いた。 下っ端の私はまずそういう伝令をこなさなければならない。私は大急ぎで自分のバギーを起動させ、この国の首脳部がいる中央管理塔へと向かった。 向かいつつ、これからあの囚人がどれほどの責め苦に遭わされるかを想像する。 あれだけの美貌なのだから、普通に強制労働をさせられるだけでは済まないだろう。普通の囚人相手なら問題になることでも、特別案件の囚人なら何をしたって罪にはならない。 私は、彼女と同じ女性として、純粋に彼女を気の毒に思った。 あとから思えば、安全圏からの、一方的かつ手前勝手な同情だったのだけど。 それが、人ごとでなくなる時が来るなんて――その時の私は想像すらしていなかった。 つづく