流刑少女の監理員の受難 その2
Added 2018-06-28 05:05:16 +0000 UTC※『流刑少女』シリーズの裏側で起きているお話です。こちらのみ全体公開となりますが、全体公開分だけ読んでも話は通じるようにする予定です。 ―――――――――――――――――――――― 監視員として配置していた衛兵のひとりが、慌てた様子で会議室に駆け込んできた。 「大変です! 目標は指定した待機場所の入口にて停止! 案内していた関所管理員を拘束した模様!」 会議室に動揺が走るが、集まっていたうちのひとりが手を挙げてその動揺を収めた。 「落ち着きたまえ」 それは、相当な覇気の籠もった声だった。 会議室の椅子に悠然と腰掛けているだけで、まるでその椅子が玉座であるかのような錯覚を生み出している。 背筋が凍るほどの美貌に、格式高い軍服に身を包んでいるにも関わらず、存在を主張する双丘。見た目はどこまでも女性らしいにも関わらず、その場に集った多くの壮年男性の大半よりも武威に満ちていた。 それが決して見かけだけのものではない証拠に、その女性が見せる一挙動にその場に集った誰もが引きつけられ、注目せざるを得ない。存在感の強さが明らかに違った。 「その程度は出来るだろう。想定内だ。あの大国の技術は素晴らしいからな」 余裕と威厳を持ったその女性の言葉に、周りの者も落ち着きを取り戻す。 「しかし、司令官。実際、これは非常にまずい状況では? 相手に警戒されてしまいましたが……」 「落ち着けと言っただろう。今回の手はあくまで探り。どの程度感知できるかを探ったに過ぎん」 司令官と呼ばれた女性の言葉に、ざわめきが広がる。 「どういうことですか」 「わからんのか。例のバイクは待機場所の入口付近で止まったと言ったな?」 報告を持ってきた衛兵が頷くのを確認し、閣下は笑う。 「つまり、逆にいえばその範囲に入るまで、バイクは止まらなかったわけだ」 そこまで説明されれば、その場に集まった者たちも意図を察する。 「おお……なるほど……! 感知可能範囲を割り出したわけですな!」 「そうだ。地中に埋めた爆弾を感知する技術が、どういう原理かはわからずとも『その距離にならなければ停止する判断を下せなかった』距離はわかった。これえを今後の作戦行動の指針にできる」 加えて、と女性は続けた。 「あの爆弾は数年前からあの場所に埋めておいたものだ。まさかそんな頃からこれを想定して準備していたとは思うまい。『廃棄して忘れさられていた不発弾である』という言い訳が十分立つ」 「そんな前から……!」 感嘆と納得の声が会議室に満ちる。 「あのバイクは大国の技術が詰まった、いわば宝の山だ。スクラップにしてでも、回収する価値がある。埋めた爆弾で片がつけば最高だったが……次の仕込みは十分だ」 そのために、この国は虎視眈々と準備を続けてきていたのだ。 自信の籠もった言葉に、もはや反論する者や、不安を口にする者はいなかった。 「作戦は続行する。次の準備を整える時間を稼ぐため、捕まった管理員にはしばらく我慢してもらわなければならんが……国のためだ」 こうして、管理員のあずかり知らぬところで、上層部による冷酷な決断が下されたのだ。 その後、司令官は集まっている重鎮たちに、あらかじめ準備していた指令を下していく。その指令はバイクを破壊するためのものだ。 何年も前から閣下がこのために根回しを続けていたのは自明のことだった。そのため、司令官の判断を信頼している重鎮達は、その指示に異を唱えることなく、退室していく。 その中で、ひとりだけ会議室に残っている者がいた。 男は関所管理員の上に立つ者であり、いわば管理員の長官に当たる。 甘いマスクの優男という風情だが、その本質が苛烈で冷酷だということを多少彼と親交がある者は知っている。 そんな彼に向け、司令官はいままで見せていた威厳ある態度を崩し、相貌を和ませた。 「君と話した通りに事が進んだぞ。褒めてくれ」 あまりに直球かつ、子供のような要求に、関所管理員の長官は苦笑を浮かべる。それは普段は他の人間には見せない、柔らかい笑みだった。 「全く。可愛い人ですね貴女は」 「君以外には可愛げが無いとよく言われるんだがな」 「それは貴女が衛兵との実戦訓練で、大の男を千切っては投げ千切っては投げするからでしょう」 「む。それは鍛錬の足りない奴らが悪いのであって、私でも将軍相手には勝てないぞ」 「将軍様はあれでこの国一番の武官ですからね? それと良い勝負が出来る貴女がおかしいんですよ?」 「……まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。それで、褒めてくれないのか?」 重ねてそういう司令官に対し、長官は笑みを浮かべながら近付いて、その頬に優しく手を這わせる。 「よくできました」 そう言って彼女の唇に自分の唇を重ねる。司令官は女らしい陶然とした顔つきでそれを受け入れた。赤い唇を割って舌がふたりの間で交錯し、とろりとした液体が交わり溶け合う。 ふたりしかいない会議室に甘い空気が広がっていた。 そうしてたっぷりと愛し合ったのち、ふたりの唇が離れる。しかし身体は離れず、長官の身体を司令官の腕がしっかりと抱きしめていた。 「やれやれ。私が言うのもなんですが、こんなことをしたら辛いのは貴女では?」 そういって長官は、司令官の下腹部を弄る。 しかしそこに這わせた指が捉えたのは、女性の身体の柔らかさではなく、硬い金属の感触だった。 「本当に君が言うな、だな。……君が許可してくれたら、今夜にでもこの火照りは解消されるのだけど?」 そう言って彼女は長官の着衣の胸元を弄り、そこに隠して首にぶら下げていた鍵を取り出す。それが何の鍵なのか、ふたりだけが知っていた。 鍵を弄ぶ彼女の指先から、長官は優しくそれを取り上げる。その笑みはなんとも楽しそうな笑みだった。 「ダメです。一昨日してあげたばかりでしょう?」 「むぅ……ダメか」 残念そうに引き下がった彼女は、彼から身体を離すと気を取り直して威厳を正す。 「では、目の前の計画に集中するとするか。上手く行ったら……」 「ええ。その時はご褒美として、貴女が満足するまでして差し上げますので、頑張ってください」 その長官の言葉に、司令官は壮絶な笑みを浮かべた。 「ふふ……気合いが入るな。せいぜい頑張るとしよう。……ところで」 真面目な表情に戻った彼女は、長官に対して確認する。 「本当に関所管理員は巻き込んでしまっても構わないのか? 計画通りに進めると、ほぼ確実に彼女は死ぬが」 「問題ありません。関所の管理員には元々この計画のためにあらかじめ『いなくなっても構わない』人員を配置していますから。今回捕らわれてしまった管理員もそうです。彼女に身寄りはありません。両親は数年前に病でなくなっています。攻撃に巻き込まれて死んでも問題ありません。……まあ、能力的には少々惜しい気もしますが、代わりはいくらでもいます」 そう冷たく言い捨てる長官が、管理員のことをただの駒としてか見ていないことは明らかだった。そんな長官の発言を聴き、司令官は溜息を吐いた。 「災難だな、その彼女も。任期中に特別案件の囚人が来なければ、普通に管理員としての職務を全うできていただろうに」 「そうですね。結局、運がなかったということです」 もし爆弾で片が付いていたら、誰も不幸にはならなかっただろう。 そして、バイクが爆弾に気づいたとしても、人質を取るという行動に出なければ彼女は救われていた。 結局はいまの状態になってしまったわけだが。 「あのバイクはこの国の国民を人質を取ったことで、さらなる攻撃はないと油断することでしょう。そこにつけいる隙が生まれます」 どこまでも冷酷に、長官は自分の立てた策を進める。 行き詰まっている国の技術力を向上させるために、大国の技術を奪う必要があるのだから。あくまでも『国のため』を考えている彼に迷いはない。そしてそんな彼のことを認めている司令官も、その判断を支持していた。 愛し合う恋人同士としてだけではなく、ふたりは政策面でも、強固な繋がりを見せているのだ。 そんなふたりの元に、再び慌てた衛兵が報告にやって来た。 「司令官! ご報告しなければならない案件が発生しました!」 衛兵に許可を出し、衛兵が会議室のドアを開けるころには、ふたりは完全に司令官と長官の顔に戻っていた。 「報告せよ」 「はっ! 我らの制止を振り切り、警備隊の隊長が大国のバイクに人質の交換を申し出ました!」 その言葉を聞き、司令官は不機嫌そうに目を細める。 「警備隊の……? ああ、あの暑苦しい男か」 警備隊は衛兵の組織の中のひとつだ。 上層部の計画を知っていて動いているのは、衛兵の中でも、いま報告に来ている衛兵など、一握りの存在だけである。 ゆえに、警備隊の隊長は司令官や長官などの上層部が、あえて管理員を人質として捕まえさせたことを知らない。 正義感の強い者が『大国のバイクに捕らわれた管理員』を放っておけないのは当然だ。 「……確かに、あの男なら放っておけないのも道理だが……どうなった?」 「交換は断られた、でしょう?」 そう断じたのは報告に来た衛兵ではなく、長官だった。 衛兵が驚きつつも肯定する。 「は、はい! 幸いにも、提案は受け入れられなかったそうです」 「向こうの目的としては人質を取れていれば問題なかろうに……さすがに隊長が人質では我らは手を出せなかったのだが。なぜ断ったのだ?」 そう長官に尋ねる司令官。答えを持っていると知っているからだ。 そしてその期待に応えて、長官はすらすらと応えてみせた。 「向こうからすれば隊長という肩書きも自称でしかありませんからね。攻撃を受けそうになったという疑惑がある中で、こちらが提案する人質交換に応じるわけにはいかないでしょう。都合のいい相手を差し出していると思われたのだと思いますよ」 「なるほど……まさか最初から都合のいい相手を掴まさせているとは考えられないだろうしな」 「加えて、正義感のある隊長さんが慌てて人質交換を申し出てくれたおかげで、その人質にはちゃんと価値があると認識させられました。このまま人質を抱えていれば大丈夫だと確信したでしょうね」 「……つまり、彼女を見捨てておけない誰かが人質交換を申し出ることも、君は想定済みだった、と」 改めて司令官は長官の読みが見事だと認めざるを得ない。 感嘆の吐息を吐き出しつつ、司令官は長官を褒める。 「まったく……君が敵じゃなくてよかったよ」 「お褒めいただき、光栄ですね閣下」 笑い合うふたりを見ていた衛兵は、人身御供にされた管理員に同情するのだった。 上層部がそんなつもりであるとは全く知る由もない関所管理員の女性は、疲れた様子で溜息を吐いた。 (うう……せっかく助かると思ったのに……) 前にした両手には相変わらず太い枷のようなものが巻き付いており、自由に背中をかくこともできない。 その拘束を彼女に施したバイクはといえば、何も言わずにただその場で停止していた。 無駄とは知りつつ、管理員はバイクに声をかける。 「あの……さっきの人は、警備隊の隊長で……私なんかよりよっぽど身分も役職もあるんですけど……」 身代わりに差し出そうとしていると言われても、反論できない物言いだった。 それでも、彼女はそれを自覚していてもそう言わざるを得ない事情があったのだ。 その彼女の必死のあがきを、バイクは無機質な電子の声であっさり切り捨てる。 『人質の交換は認められません』 「そ、それなら、せめてここから移動して欲しいんですけど……」 一縷の望みをかけて申し出た管理員だが、それもバイクは却下する。 『移動の提案も受け入れられません』 けんもほろろ、と言った様子である。 (ああ……もう……早く説明しに来てくださいよ……!) 上層部が遅いと彼女は感じていた。 本当に爆弾を仕込んでいたとすると大変な問題だが、相手に気づかれた時点でその計画は頓挫しているはずである。 それならばさっさと謝罪をして一刻も早く自分を解放して欲しいと、彼女は思うのだ。 だが――無情にもそれから数時間が何の動きもないまま経過した。 ようやくやって来たのは関所管理員の長官だった。あまりこの長官のことを好きではない彼女も、このときばかりは彼が救いの神に見えた。 長官は他の者に運転させていた車から降り、バイクから数メートルの距離で立ち止まった。そして深く頭を下げる。 「このたびは大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」 『説明を』 「はい。大変お恥ずかしいお話なのですが、その場所に爆発物が埋まっているということは私どもも把握していないことでして。大慌てで資料を捜索した結果、どうやら数年前にその場所に不発弾が廃棄されていたようでして……」 蕩々と述べる長官は、あくまでもそこに爆弾があったのは偶然であり、過失であるという論調を崩さない。 それは本来身内側の管理員の彼女が聞いても、責任逃れの言い訳にしか聞こえなかった。 たとえそれが真実だったとしても、それで警戒している相手を納得させるのは無理筋でしかない。 (なんで立場が上の相手に、そんないつもと同じ態度で接してるの……!?) 相手は超技術を持つ大国の使者と言っていい。 そんな相手に対し、どうして口八丁で言いくるめようとするのか、彼女は脇で聞いていて戦慄しかなかった。 「全ては不幸な偶然なのです。我々に敵意はありません。……ですので、人質を解放していただきたいのですが」 案の定、その言い訳から不審なものを感じたのだろう。バイクは人質の解放を求める長官の要求を一言で切り捨てた。 『其方の説明は、納得のいく説明ではありません。人質解放には応じかねます』 「……では、すぐに出国を希望されますか?」 長官が問う。その言葉にこそ、彼女は一縷の希望を感じた。 信用のおけないような国からは出国したがっているはずだと思ったのだ。 しかし、それにもバイクは頷かない。 『この国への滞在日数は五日と定められています。それを変更することはできません。爆弾の件が誤解であるというのであれば、通常通り罪人に刑罰を与え、五日後に引き渡してください。しかし危害を加えようとした疑惑は晴れていませんので、この現地監理員は人質として確保させていただきます』 「……仕方ありませんね」 管理員にとって恐ろしいことを、長官はさらりと口にした。 「ちょ、ちょっと長官!?」 「すみません。こんなことになって貴女には申し訳ないと思います。食事は運ばせますので、五日間耐えてください。くれぐれもその方を刺激しないように」 (へたくそな言い訳をして刺激しまくったあんたが言うな――ッ!) そう叫びたかったが、怒りのあまり声の出なかった彼女を置いて、長官は手早くその場から去って行く。 あまりの無責任なやりように、彼女は呆然とするしか無かった。 バイクと両手を拘束された女性だけがその場に残される。 「あの、いまのやりとりで、私に人質の価値がないってわかってもらえません……? 私が本当に大事なら、もっと頑張って解放を求めると思うんですよ……」 『否定します。それを見越してあのような態度を取った可能性があります。いずれにせよ、貴女には此方の安全確保のために協力していただきます』 やはり取り付く島もないバイクなのだった。 管理員の彼女は、覚悟を決める。 「わかりました……解放して欲しいとは言いませんから……その……お願いが……」 『排尿の要望でしたら、ご自由にどうぞ』 我慢していることをさらりと言い当てられ、管理員の顔が羞恥に染まる。 彼女が早く解放されたいと考えていたのは、その兆候を感じていたためである。人間の身体は五日間排尿をせずに済むように出来ていない。解放されるまでの辛抱だと、数時間も前から我慢していたが、いい加減それも限界に近付きつつあったのだ。 にも関わらず、バイクには動く気配がなく、ただ排尿することは許すという。それはこの場でしろと言われているのも同然だった。 「い、いやここじゃ絶対無理ですよ!」 彼女はまだうら若き乙女であった。 そも、距離は置いているとはいえ、見張りが立っているような状況で平然と用を足せるような剛の者は国中探してもそうはいないだろう。 「トイレの前に移動するくらいいいじゃないですか!」 『敵対意思がある、と考えられる其方側の要求は一切受け入れるわけにはいきません』 淡々とした物言いを崩さないバイク。 『ですが、罪人ではない者を必要以上に追い詰めるのも此方の本意ではありません』 その言葉に管理員の彼女は希望を見いだして表情が明るくなる。 だが、その喜色は即座に絶望に塗り替えられた。 バイクの跨がる部分が変形し、そこに漏斗状の器具が出現したからだ。 『採尿具の使用を許可します。跨がって用を足してください。目隠しにシャッターを展開します』 呆然としかけていた彼女は、このバイクがこの国にやってきた当初の姿を想い出す。丸い卵のような外郭を展開し、囚人を完全に覆い隠していた。 確かにあの状態なら外から見られることはないだろう。 バイクの提案に有用性はあると感じた彼女。 問題は、罪人が用を足すための器具で用を足すことに対する忌避感だった。それをしてしまえば、取り返しの付かないことになるような、そんな気がしていた。 だが、いずれ限界は嫌でもやってくる。 彼女は厳しい選択を迫られていた。 つづく