流刑少女の監理員の受難 その5
Added 2018-07-18 13:41:08 +0000 UTCそれは、お面のように見えた。 うちの国ではあまり見られない装飾品だけど、そういう装飾品を常に身に付けて生活する国との交流もあり、お面という概念自体は知っている。 ただ、それはお面と言って良いのかわからないほど、複雑な機構を備えていた。口と鼻に当たる部分には何の目的なのか、突起物があり、お面を被せられたらそれらは間違いなく私の体内に挿し込まれることが確実だ。 お面は顔の前面を覆う形になっていて、耳の辺りにも突起がある。それを見る限り、これを被せられると口・鼻・耳がその突起物によって完全に塞がれてしまう。目の部分はさすがに突起物はないけど、なにやら凹状になっているのがわかる。目を潰されるということはなさそうだけど、何かあるのだろうか。 いずれにせよ、そんなものを着けられては溜まらない。 「待って! いや! やめて! そんなの着けられたら何も――むぐぅっ!」 もちろん、バイクが容赦なんてしてくれるわけもなく。 声をあげたのがかえって装着させやすくさせてしまったようで、私の口を塞ぐようにお面の突起物が入り込んできた。咄嗟に口を閉じようとしたけど、間に合わず、突起物を噛んでしまった。 (な、にこれ……っ、軟らかいのに……噛み切れないほど、硬い……!?) 後から判明したことによると、それはゴムで出来ているバルーンだった。それは私が噛み切ろうとしても歯が立たず、それどころか口の中を埋め尽くす大きさに膨らんで、舌すら動かせなくなる。 「ンーーーッッ、ンーーーッ!!」 顎が外れてしまいそうだ。 鼻の穴にも突起物が入り込み、そこでもかすかに膨らんだ感覚があった。完全に呼吸ができない。 「ンーッ、ンンッ」 『ゆっくりと鼻呼吸を行ってください』 (そんな無茶な!!) そう思った私だけど、実は就寝時で呼吸制御に慣れてしまっていた。いまはその時よりも緊張と恐怖が大きかったものの、その時の要領と思えば、呼吸を落ち着けるのはそう難しいことじゃなかった。 慣らされている、ということなのだけど、そんなことに思い至る余裕はなかった。 ゆっくりと鼻で呼吸を行うと、挿し込まれた突起物を通って空気が出入りしているのがわかった。細くて長い管を通して呼吸をさせられているので、酸素が足りなくなりそうだったけど、どうやら管の先で新鮮な空気に代えられているようで、息苦しくなることはなかった。 それはバイクのさじ加減でいつでも空気の出入りが止められるということでもある。 私は必死に呼吸をするので精一杯だった。そんな中、仮面がぴったりと私の顔に密着してくるのがわかる。 どうやって私の顔の型を取ったのか、という疑問は無意味なものだっただろう。相手は超技術を持つ大国なのだから。就寝時のクッションの形状とかが記録されていたとしても驚かない。 仮面がぴったり顔に密着すると、耳にあたる部分の突起物が耳の中に入って来て、これもまた耳の中で膨らんだような感覚があった。その結果、聴覚が奪われて何も聞こえなくなる。いままではバイクの動く音がしていたけど、それすらない。 耳に詰められたゴムは完全に外部の音を遮音していた。聞こえるのは、自分自身の呼吸音と脈拍の音だけ。 身体も拘束されたまま動かせず、私はひとり暗闇の中に放り出されたような感覚だった。 (うう……怖い……ほんとなにやってくれてんのよあのクソ上司……) どういうつもりか知らないけど、バイクに向けて大砲を設置するとか、完全に敵対行為じゃないの。 私の命なんて上層部にしてみればどうでもいいのかもしれないけど、なんでこの超技術を持つバイクを欺けるとか考えてるんだろう。 私はバイクに色々な話を聞いていたので、うちの国の技術力じゃこのバイクをどうにかすることなんて不可能だと悟っていた。 (まさか、バイクを破壊できると確信できるほどの切り札があるの……?) 軍事分野は私の専門外なので、もしかしたらそんな切り札がある可能性は否定できない。 でもその場合、バイクに捉えられている私は確実に死ぬわけで。 (死んだら絶対上司のところに化けて出てやる……!) そう硬く心に誓うのだった。 上層部に対する恨み言を心の中で延々呟いていると。 『報告。国の上層部より、大砲の設置は定期改修を行ったものであり、此方への敵対行為ではないという回答を得ました』 バイクの声が聞こえる。耳は塞がれているはずだけど、そういう機能があるのだろうか。 『此方の要求に従って当該の大砲は撤去するとのことです。しかし、それは虚偽の回答である可能性が高く、許容できる範囲を超えています。ゆえに、人質である貴女は期日まで現状の拘束状態に置かれるものと認識してください』 (予想はしてたけど……ほんとなにやってくれてんの!? 馬鹿なの!?) 上層部に対する怒りが天井を突破する。そんな私に対して、バイクはあくまでも淡々と続けた。 『これはむしろ貴女の安全を確保するための処置です』 (……は? 何言ってんの?) バイクが訳のわからないことを言い出した。 思わず内心反発しかけて、思い直す。 (いや……そうでもないか。実際、防壁の中にいるわけだし……) 超技術の防壁の中に私はいる。 たとえば生身でバイクの傍に拘束されていたとして。そこに大砲の弾が一発飛んでくるだけで私は死ぬだろう。けれど、この防壁なら大砲くらい耐えられそうだ。 そう考えると、確かにこうしてバイクに拘束されている方が安全、という見方が出来た。 バイクが想定する以上の攻撃がきたらわからないけど、バイクが耐えられる間は私も無事で済むということ。 一番いいのは解放してもらうことだけど、それが出来ないバイク側の事情も、まあ、わかる。上層部のクソに比べればよっぽど有情であると言えた。 (ほんと、私の命なんてどうでもいいんでしょうね……事故に見せかけてバイクを破壊し、その超技術を手に入れようって魂胆なのでしょうけど) 巻き込まれた私にとってはいい迷惑だ。 私は出来る範囲で溜息を吐く。とにかく、上層部がこれ以上余計なことをしないうちに、早く期日になって欲しかった。 何も見えない。聞こえない。喋れない。動けない。 匂いや味に関してはゴムの独特の匂いや味がキツすぎて、すっかり麻痺してしまっていた。つまり今の私が感じられる者は何もない。 そうやって暗闇に放置されていると、自分がいまどうなっているのか頻繁にわからなくなる。なんというか、自己が曖昧になるというのか。この調子で何日も過ごしていたらあっという間に狂ってしまいそうだった。 (……あ、お腹空いた……かも) どれくらい時間が経ったのかわからないけど、そろそろお昼頃だろうか。 (飲まず食わずのまま過ごさないとダメなのかなぁ……) そう悲観的に思っていると、突然バイクの声が頭に響く。 『食事の時間です。流動食を胃に注入します』 事務的な内容と、機械的な声。 それと同時に、お腹が膨らむ感覚があった。 (え……? うそ? なに? なにがどうなってるの!?) 何も味を感じないまま、ただお腹だけが満たされる感覚に私は混乱する。 いつのまにか喉の奥の奥まで潜り込んだ管が、流動食を直接胃に流し込んだのだということを私は知らなかった。管が身体の中を通る感覚すらなかったのだから、わかるわけがない。 食事させてもらえるなら、食事の時にはなにかしらの感覚の変化があると思っていた私にとって、この処置は残酷だった。 せめて触覚だけでも、と身体を暴れさせ、自分がここにいるという感覚を強く持つ。 『警告。無駄な抵抗は控えてください』 瞬間、全身に衝撃が走った。衝撃、なのかもわからなかった。 それが電気ショックという懲罰用の刺激だということを、私が知るわけもなかった。 『ングーーーッ!!!』 未知の衝撃に身体が痙攣し、跳ね回る。すぐに衝撃は去ったけど、私は身体を動かす気力も奪われ、ぐったりと力を抜いていた。 その私の股間に、何かが触れる。電気ショックを受ける前なら反応できたかもしれないけど、その時の私にはその気力がなかった。 触れてきた何かは、まるで何度もやっているかのようなスムーズさで、私の体内に入り込んでくる。 それしか感じるものがない私には、その刺激は強烈だった。思わず身体を動かしそうになるのを、いつの間にか自由度を著しく低下させた腰の拘束具が奪う。いままでは多少前後に揺り動かすくらいなら出来たのに、いまは完全に密着し、しっかりと固定されていてミリ単位で動きが封じられていた。 『排尿処理終了。大便の処理に移行します』 (え……? いま、なんて……?) そういえば、さっきまで少し感じていた尿意が消えている。その事に気づくと同時に、お尻の中に何か冷たいものが入り込んでくるのがわかった。 (え、え、え? なに、何を入れられてるの!?) 浣腸、という行為自体はこの国にもある。 けれど、それはもっと原始的なものであって、こういう機械に完全に管理されたものじゃなかった。 私はお腹の中に、どろどろしたものが溜まっていっているのを感じていた。バイクに押しつけているお腹が内側からの圧迫で苦しくなる。 (く、くるしい……! 出ちゃう……! ……あれ?) あまりの苦しみに、思わず肛門を緩めてしまった私は、しかしそれで何の変化もないことにすぐ気づいた。お腹が張る苦しみは続いていて、解消されることもない。 口や鼻と同じく、完全に肛門が塞がれているのだと、すぐに察した。 (ふぎぃ……!! く、くるしいっ、出させてぇ!) 『三十秒後、排泄処理を開始します』 無情に告げるバイク。 その三十秒間、苦しむ抜いた末、急にお腹の張りと苦しみが引いていくのを感じた。 (え……なにこれ……な、何も感じないんだけど……) 出している感覚もないのに、苦しみだけが引いていく。 それは歓迎することなのかもしれないけど、空恐ろしい事実だった。 (こ、こんなの続けられたら、頭おかしくなっちゃう……!) 生じるはずの感覚が悉くないということに私は戦慄していた。 このバイクによって拘束されている囚人は、移動中は常にこんな感覚で過ごしているのだろうか。それはどれほどの罪を犯した者への罰なのだろう。 たった一度のことで、私なんかはもう気が狂いそうになっているというのに。 (明日が期日で助かった……!) もし初日から数日間こんな扱いを受けていたら、私は発狂していたかもしれない。 それくらい、当たり前に生じる感覚の剥奪というのは、強烈なものだった。 早く時間が過ぎることを祈ることしか出来ない私。 その目の前が、急に明るくなった。思わず目を閉じ、恐る恐る開いてみる。 そこには、驚くべきことに何か、狭い場所に閉じ込められている人の姿が映っていた。 (なに、これ……? っていうか、この人ってもしかして……えええ!?) この国にヘッドセットディスプレイなんていう高度なものはなく、私もそれがそうであることを認識できなかった。けれど、そこに見えているのが、どういう理屈か自分自身の姿であるということは理解できた。 顔を覆う仮面からはコードのようなものが飛び出していて、異様な姿なのだけど、それ以外の身体、着ている服は、間違いなく私自身のものだったのだから、察するのは簡単だった。試しに身体を動かせる範囲で動かしてみると、見えているその人の身体も同じように動く。 (……端から見るとこんな風にされてたんだ……うわぁ……なんか、すごく恥ずかしい……) ずり上がらないように注意していたはずのスカートはかなり際どい位置までずり上がっているし、バイクの胴体に押しつけられた胸も卑猥に歪んでいる。なによりその異様な仮面を取り付けられた顔だ。仮面でぴっちりと覆われていて、全体的な輪郭がはっきりと露わになってしまっている。それだけに飛び出しているコードなどが中でどうなっているのか想像もしやすい。 (バイクの大きさにどんな技術力を詰んでるのよ……怖すぎる……) こんなものに手を出そうとする上層部の気が知れない。 改めてバイクの持つとんでもない技術力に震撼していると、その見えている映像の上の方から、なにやら妙なものが降りてきた。 (……? なに、あれ? パイプのようにも見えるけど――) その先端が、見えている人の背中にくっつき、それと同時に私の背中にも何かが触れてくる感覚がした。 次の瞬間。 映像の中で、着ている服が一瞬で吸い取られ、そして実際の私の身体からも服の感触がふっと消えた。 何が起きたのか、全くわからなかった。 (――――ッッ!? ぬ、ぬがされっ!?) パイプのような何かは下半身を覆うスカートにも近づき、それをするりと吸い取ってしまう。靴と靴下以外全裸になっていた。いや、靴もあっという間に消された。 気づけば、私は全裸で、バイクの背中に縛り付けられている囚人そのものの姿にされてしまっていた。 (うそ……いや、いやよ……) 心の中でどれほど叫んでも、その状態が覆ることはない。 どんな理屈で服だけをはぎ取ったのかとか、そんなことはどうでもよかった。 (それだけは……やめて……!) 見えている映像の中では、あの女の囚人が身に付けていたのと同じ――首輪が私の首に巻き付けられようとしていたのだから。 つづく