改変された世界の片隅で ~改変されても授業は退屈~
Added 2018-10-05 10:01:39 +0000 UTCチャイムが鳴った段階で、全てのクラスメイトが席に着いていた。 いつもならチャイムが鳴っても気にせずおしゃべりを続ける子が数人はいたものだけど、この世界ではおしゃべり自体が出来ないから、席に着くしかないようだった。 それに加えて「罰則」なるものが影響しているのだろう。皆それを受けたくないと思っているらしく、チャイムが鳴って座らない人はひとりもいなかった。 あれだけ激しく「挨拶」をしていた山口さんと田中さんも、チャイムが鳴ると同時に「挨拶」を切り上げ、それぞれの席に戻っている。それでも余韻は残っているのか、わずかに見える目はどこか蕩けていた。 「はい、それでは朝のホームルームを始めます」 教壇に立った斉條先生がそう私たちに向けて呼びかける。 それと同時に、座っていた椅子が動いた。食堂でのそれと同じように、貞操帯と椅子が結合して、お尻が動かせなくなる。そして、容赦なく太いものが身体を貫く感触が走った。 「グゥ……ッ!」 この機能は正直覚悟していたので、衝撃は少なかった。 昨日までは何気なく過ごしていた教室の中で、自分の一番大事なところと普通ならほとんど触れるようなところではない場所を貫かれたのだから、多少のショックはもちろんあったけど、取り乱すほどの衝撃にはならなかった。 ふたつの貫く衝撃は激しかったけど、それ以上の動きはなかったので、一端落ち着くと動揺も消えていく。 次に、椅子は私の両足を拘束してきた。両足をぴったり揃えたお行儀のいい状態で、まとめてしまうように金属の棒が椅子から飛び出して固定してしまった。私がどんなに力を入れてもその金属の棒はびくともしなくて、ただでさえ貞操帯で固定されているのに、どう頑張っても椅子から立ち上がることが出来なくなった。 アームバインダーの締め付けもあって、腕も胸を反らした状態から動かせないから、綺麗な姿勢のまま動けない。クラス全員が一部の乱れもない姿で固まっている様は、まるで皆が置物になってしまったかのようだった。 端から見れば、私もその置物のひとつなのだろうけど。 「……以上が本日の連絡事項です。今日も一日、勉学に励むように」 私が身体を貫かれる感覚や脚を固定されることに気を取られている間に、斉條先生の話が終わっていた。いつもの大したことのない連絡事項ならいいのだけど。大事な連絡を聞き逃していないことを祈る。 斉條先生は小脇に名簿を抱えて、教室を出て行ってしまう。ラバースーツだけを身に纏った先生の歩みは堂々としたもので、思わず見惚れてしまうほどだった。 先生がいなくなった教室は、静かだった。いつもなら一時間目が始まるまでのわずかな時間でもみんなおしゃべりに花を咲かせるところだけど、いまは誰も喋れないから、異様な静寂だけが教室に流れている。 (今日の一時間目の授業ってなんだっけ?) 私は何気なく、教室の隅に掲示されている時間割を見る。本当ならこんなに落ち着いているような状況ではないと思うのだけど、どう足掻いても動けないのだから仕方ない。 異常なほどに落ちついている自分に自分で違和感は覚えるけど、どうしようもならないのだから仕方ないと思えていた。 時間割の内容は私の記憶にある内容とほとんど変わらなかった。けれど、いくつか見た覚えのない授業が含まれていることに気付く。 (国語、数学、社会、理科……とかほとんど普通なのに、「拘束」って……すでに拘束されてるじゃない) 体育の授業もあるけど、それがいくつか削られて「拘束」と書かれている。 その見た覚えも受けた覚えもない「拘束」の授業は予想のしようもないからさておき、この格好でどうやって「体育」は行われるのだろう。 もしかすると、そのときだけラバースーツが脱げるのかもしれない。もしそうだとしたら、そのときこそ脱出のチャンスかもしれなかった。 (……でも、授業放棄って明らかに罰則の対象っぽいわよね……いえ、それでもこのままこんな異常な世界に居続けるのは嫌だし……なんとか学校外に出れれば……) 何らかの理由で世界の――学校の常識が改変されたのはもう間違いない。 あとはそれが学校だけのことなのか、それとも全世界に及んでいるのかが重要だった。 学校だけのことなら、なんとしても脱出したい。 もし、世界全体が変わってしまっていたら。 (……そのときは……いえ、それは考えないようにしよう……いまはとにかく学校から脱出することを考えて行動すればいい) そうなっていたとしたら、それはもうどうしようもない。 改変されたこの世界を受け入れつつある自分を感じつつも、私はせめて足掻くことは止めまい、と抗う気持ちを改めて強く抱いた。 一時間目の授業を担当する先生が、教室に入ってくる。 「おー、授業始めるぞー」 一時間目の授業の先生は、男の先生だった。 こんな状態になってから初めて、男の人を目にした。 思わずドキリとして身体が震えたけど、先生は私たちの姿に何らかの反応を見せることなく、教壇に立って教科書を広げる。 「前回は、34ページまでだったな」 先生は普通の格好をしていた。やる気のなさやだらしなさがシワのついたスーツに現れている。 いつも通りに、いつもと同じ退屈な授業を始める。 それが逆に奇妙だった。 この先生は胸の大きな子や可愛い子を贔屓するので皆に嫌われていた。いまこの教室には普段の制服よりもずっと胸や身体のラインが強調されるラバースーツを着ている子しかいないというのに、先生はそれに反応を示そうとしない。 もしも普段のこの先生がいまのような教室の光景を見たら、たぶん人目も憚らずにイヤラシい目を向けるはずなのに。 (世界の改変にこの先生は関係ない……のかな?) いつもよりさらに無気力で無表情に、淡々と授業を行っていた。 退屈ながらも、自分の身体の状態が状態なので居眠りすることも出来ず、授業を受けることが出来ていた。手慰みにペンを回したり、こっそり携帯を弄ったりすることもできないから、いつもより授業に集中出来るくらいだ。 ただ、授業のやり方自体は変わっていないので、退屈は退屈だった。淡々と教科書を読む先生の声だけが教室に響く。 そのとき、ふと気付いたら私の斜め前の席の舞潟さんがゆっくり左右に揺れていた。どうやらあまりに退屈な授業すぎて、この格好でさえ船をこぎ始めたみたいだ。 (あー、舞潟さん、前からよく授業中に寝てたもんねぇ……) なまじ他の子が背筋をぴんと伸ばしたまま動かないから、そういう動きは余計に目立つ。ちょうどそのとき、先生が教室を見渡した。運が悪い。たぶん先生も舞潟さんが居眠りしかけていることに気付いただろう。 昨日までなら、形だけの注意が飛んだところだ。けれど、なぜか先生は何も言わずにそのまま授業を続けていた。 居眠りは罰則の対象にならないんだろうか。 罰則がどういうものか、何を基準に与えられるか、私にはわからない。もし先生が反応したなら、その基準がひとつ明らかになったかもしれないのに。 舞潟さんには悪いけど、私は少しがっかりした。 その時だ。 いよいよ机に突っ伏してしまいそうになっていた舞潟さんが、突然身体を震わせて背筋をぴんと伸ばした。それは寝かけていた自分に気付いて、自分で起きたという感じでは無く、明らかに何かが影響した結果のようだった。 ぷるぷると背中が震えている。 (……なるほど。居眠り対策には何かしらの仕掛けがあるってことね) 脳波をチェックしているのか、それとも見えてないところで先生がスイッチでも押したのかはわからないけど、居眠りすると強制的に起こされるわけだ。 人間の扱いとは思えないくらい身体が不自由なことを除けば、理想的な学習体勢かもしれない。目の前の授業に集中するしかないから、学習効率も高いだろうし。 改変された世界で真面目に勉強することが、どれほど意味があるのかはわからないけど。 自分でいうのもなんだけど、それなりに真面目な方である私にとっては、さほど悪い状況ではないのかもしれない。 そんな私の甘い考えは――『拘束』の授業によって脆くも崩れ去ることになる。 ああ、とても眠い。 あたしはいつも通り退屈な授業を聴きながらそう思っていた。 いくら全身をラバースーツで締め付けられ、無駄な動きや関係のない行動を一切出来ないようにされていると言っても、授業自体に魅力がなければ退屈になる。 睡眠時間から何から完全に管理されている『学校寮組』と違って、『実家組』のあたしは特にこの退屈な時間が苦手だった。 身体に取り付けられた各種器具のせいで寝づらいとはいっても、あまりに退屈な授業はそれを超えて眠気を誘ってくるからだ。昨日はちょっと夜更かししちゃったし。 自分で自分の身体が揺らめいているのがわかる。 こうなると、入学の時に『学校寮組』を選んでおけばよかったかなと後悔する。 この学校では、入学時に『学校寮組』か『実家組』かを選ぶことになっていた。あたしは入学から卒業までの三年間、全てを厳密に管理されるという完全拘束感が嫌で、家に帰ってからは自由にしてもいい『実家組』を選んだ。 個人の自由がほとんどない『学校寮組』を選ぶような子達は、よほどのマゾか真面目ちゃんだと思っていたものだ。 だけど、毎朝親にラバースーツを着せて拘束してもらうのも大変だし、街中を『制服』で歩くのも恥ずかしいので、いまでは『実家組』を選んだのを若干後悔している。 いつでも『学校寮組』への転換は可能なのだけど、一度選ぶと卒業まで学校から出ることが出来なくなるので、二の足を踏んでしまっていた。 こうして退屈な受業で居眠りを仕掛ける度、やっぱり『学校寮組』になっておけばよかったと後悔するのだった。 眠気が限界で、体勢を維持するのも一苦労だ。 (寝ちゃ、だめ……あれが……ある……のに……) 授業中の居眠りに対する『罰則』はない。『罰則』は生徒が自らの意思で起こしたことに対するものであるためだ。 例えば起床時間を過ぎても起きようとしないとか、授業をボイコットするとか。 授業中の居眠りは、この状態でなお眠くなるような授業をする教師が悪いということになるみたい。 でも、居眠りが放置されるわけではない。ちゃんと相応の対策が取られている。 それを避けるため、起きていなければならないのだけど、居眠りは自分の意思ではどうにもならなかった。 いよいよ机に突っ伏してしまいそうになった時――それが始まる。 (――んぎッ!!) 椅子に固定され、両方の穴が貫かれている股間に、新たな刺激が生まれた。思わず背筋を伸ばし、微睡みかけていた意識が一気に鮮明になった。 ふたつの穴を貫いているものは動いていない。 それらもう少し前、新しい刺激が生まれたのは尿道だった。 この格好をしている以上、その場所にも当然細工は施されている。具体的には弁付きのカテーテルがそこを貫いていて、膀胱内でカテーテルの先端がボールのように膨らみ、自分の意思では排尿できないようにされている。 特殊な機械を通せば出すことが出来るけど、いまはそうしてはくれなかった。 むしろ、カテーテルを逆流して、特別な液体があたしの中に注ぎ込まれていた。 (あ、ああっ……! い、いたいっ!) どんどん押し込まれる液体があたしの膀胱を膨らませていく。それはトイレに行きたいという切迫感を超え、膀胱が限界を超えて膨らむ痛みになっていた。 外からはラバースーツに押さえ込まれているからほとんど変化がないけど、だからこそ余計に痛みが強くなる。 眠気なんてあっというまに飛んでいった。一刻も早く出したい、トイレに行きたいという切迫感が頭の中を埋め尽くす。 不自由な身体を震わせて、その感覚に耐えていると、不意にそれが楽になった。 スーッと波が引いていくように、破裂しそうだった膀胱の痛みが消えていく。 (はー……ああ、目が覚めた……) 時間にすれば三十秒程度のことだったと思う。 けれど、その一瞬で眠気は嘘のようになくなり、また受業に集中出来るようになっていた。居眠りさせない仕組みとしてはとても効率的だとは思うけど、退屈な受業自体に変わりはない。 やる気のない先生が教科書を読み上げるのを聞き流しながら、あたしは思う。 (あーあ……早く『拘束』の時間にならないかなぁ……) この学校ならでは受業である『拘束』科目。 今日の犠牲者は誰になるのか――あたしは『拘束』の時間が楽しみで仕方なかった。 つづく