流刑少女シリーズ短編 ~箱の国・入国~
Added 2018-12-10 13:28:18 +0000 UTCその国は、四角い国だった。
この世界に点在する普通の城壁国家というものは、円形の城壁で囲われているものだが、この国に限っては曲線が一切なかった。
遠くから見れば大きな豆腐が森の中に置かれているのかと思うだろう。外壁は定期的に磨かれているのか、汚れ一つなく、森の新緑の中に真っ白な外壁が浮いている。
城壁が四角いだけではなく、その国は上部もきっちり覆われていた。白い真っ平らな屋根があって、遠くからだと本当にただの四角い白い豆腐が置かれているようにも見える。
そんな白く四角い国に、一台の大型バイクが接近していた。
通常の大型バイクをさらに二回りは巨大化させたような大きさで、これまた巨大な車輪が前後に二つずつ、並んで配置されていた。
悪路など全く問題にしない動きで、胴体部分はほとんど水平から動いていない。たまにタイヤが石を踏みつけて跳ね上がるが、タイヤやサスペンションがよほど優秀なのか、胴体部分にはほとんど衝撃が伝播していなかった。
バイクに搭乗しているはずの操縦者の姿は見えない。胴体部分は流線型のカバーに覆われており、どんな人物がどんな風に乗っているかもわからないようになっていた。内側からも外が見えていないように見える。
バイクは自動操縦であり、搭乗者の視界を確保する必要がないのだ。
恐ろしく先進的な技術を搭載した、奇妙な形をしているそのバイクは、ほどなくして四角い国の傍らに到達する。
国の周りの森は綺麗に整えられており、バイクは何事もなく、国の入り口らしき扉の前まで到達した。
バイクの胴体を覆うカバーが展開し、搭乗者の姿が明らかになった。
バイクには、二人の女性が乗っていた。いや、乗らされていたというのが正しい表現だろう。二人は機械的な拘束具によって、バイクに繋がれていた。
シルエットはどちらも若い女性のように見える。全身を黒いラバー製のライダースーツのようなものに包まれ、外見的な差異はほとんど見られない。頭の先から手足の先端まで、ラバーに覆われている様は、人間というよりはゴム人形という方が合っているかもしれない。頭部ものっぺりとした状態になっており、髪型や顔の造形さえわからなかった。
そんな二人はバイクにしがみつくような形で乗せられており、後ろに座っている側は前に座っている女性の身体に重なるようにして密着していた。ふたりがわずかに身体を動かすと、スーツが擦れ合い、独特な音を発生させていた。スーツは重厚な見ために反して柔らかくできているらしく、後ろ側の女性の大きな乳房が、前の女性の身体に押しつけられ、ぐにゃりと歪んでいるほどだった。
ふたりの首には分厚い金属製の首輪が巻き付いている。首輪からは太い鎖が伸びていて、後ろ側の女性の鎖は、前の女性の首輪に繋がれていた。鎖は短く、遊びもほとんどないため、強制的に密着した状態を維持させている。
前側の女性の首輪から伸びた鎖はバイクの胴体と繋がれており、こちらも長さは短く、遊びがほとんどないために二人はバイクから身体を離すこともできないようになっていた。
首輪の鎖だけでも十分だというのに、彼女たちの身体には他にも拘束具が施され、バイクから逃れられないようになっていた。
両手両足の手首足首には分厚い金属の枷が取りつけられている。それは見た目からして重そうで、彼女たちの細腕ではさぞかし重く感じることだろう。枷は金属の棒によって連結しており、彼女たちは身体を重ねる形からほとんど動けない。
その枷は肘、膝、腰の三カ所にもあり、それぞれがそれぞれの箇所と連結しているため、ますます彼女たちは離れられず、すべての枷はバイクにも繋がっているため、ふたりが協力したとしてもバイクから逃れることは出来そうにない。
さらにだめ押し、とばかりに拘束はふたりの股間にも施されていた。
ライダースーツの上から被せるように履かされた金属のパンツのようなもの……貞操帯が二人の股間を覆っており、それはいくつかの管を持ってバイクに接続されていた。その管が貫いていることによって、二人は腰の位置を動かすこともできない状態だった。
非力な女性に対して行うにはあまりにも厳しい拘束が、ふたりには課せられていた。
その厳しい拘束が、唐突に解かれ始める。後ろに乗っていた女性を捕らえていた拘束が次々外れて行き、彼女は四肢の自由を取り戻す。首輪の連結や股間の接続も解除され、バイクから降りれるようにすらなった。
彼女の顔を覆っていた全頭マスクが首輪に吸い込まれるようにして消え、彼女の顔が露わになった。いままで隠されていたのが惜しいと思われるほどの整った顔が、空気を求めて口を大きく開けて外の空気を吸い込む。
「ぷはぁ……っ! や、やっと次の国に着いたのね……」
バイクから降りながら、その女性は深々とため息を吐いた。そんな彼女に対し、話しかけたのは前に乗っていたもうひとりの女性――ではなく。
『お疲れ様です、レエル』
彼女たちを運んで来たバイクそのものだった。無機質な機械音声が降車した女性――レエルを労う。そのバイクの労いに、レエルは非常に嫌そうな顔をした。
「……お疲れ様だと言うなら、もう少し普通に運んでくれません?」
『あなたには、苦痛を伴う処置は行わなかったはずですが?』
端的に返され、レエルは顔を赤くする。
実際、彼女はバイクに乗っている間、苦しかったり痛かったりすることはされていなかった。あれだけの拘束をされたままバイクに乗っていれば普通の人間ならば苦痛を覚えてもおかしくないはずだったが、彼女は本当に苦痛としては受け取っていなかったのだ。
「それは、そうなんですけど……」
『ならば問題はありませんね』
バイクは素っ気なくそう言い、レエルは言い返せずに悔しげに唸った。
「うぅ……ん? イロゥトさん、私にはって……ことは前の人は……?」
イロゥトと呼ばれたバイクは即答する。
『相応の苦痛を伴っていました』
レエルはぞっとするものを感じて、いまだバイクの胴体に捕らわれたままの人間を見る。確かにレエルは明確な苦しみや痛みを感じていたわけではなかったが、それでも自由は一切なく、辛い旅路だった。
それなのに、自分と同じような体勢で運ばれていた彼女は、より激しい苦痛を与えられていたという。
それがどれほどのものなのか。レエルには想像することしかできなかった。
世界を支配しうる技術力を持った超大国。
イロゥトと名付けられた人格を持つ、高性能AIを積んだバイクはそこからやってきた。超大国には囚人を島流しならぬ国流しにする慣習があり、世界に点在する様々な風習・文化を持つ国々を囚人を護送しながら巡るのがイロゥトの役目だ。
レエルはそのイロゥトに連れられた国々を巡る囚人――というわけでは無い。複雑な事情が絡み合い、結果的に同行することになった大国とは別の国の一般市民であった。
イロゥトが囚人護送車という立場であるため、囚人として扱われているだけであり、扱いは本来の囚人より遙かに良いのだ。
とはいえ――それは楽な旅路を意味しないのだが。
レエルはいまだバイクに拘束されたままの囚人のことを考えるのをやめ、目の前にそびえ立つ白い壁を見上げる。
「ここが、目的の国なんですか? 変わった形……」
彼女はこうなる前は自分が生まれた国からろくに外に出たこともなかった。
国が城壁に囲まれていること自体は珍しいことではない。
ただ、基本的に城壁は円形、あるいは横長に作られるもので、目の前にあるような正四角形の城壁は珍しい部類だった。
『通称・箱の国です。ここからではわかりませんが、東西南北、そして真上。いずれの方向から見ても正四角形の形をしています。地面に落ちたサイコロのようだ、と表現した者もいますね』
「へえ……なんでこんなに四角くしたんでしょう?」
『この国の住民が持つ性質のため、というところでしょうか。我が国には遠く及ばないにせよ、相応の技術力を持っている国です。外部カメラによって私たちの接近はすでに感知されているようですね』
イロゥトの言葉に、レエルは壁や周辺を見回したが、カメラらしきものはどこにも見えない。
『あなたの認識力では見つからないと思いますよ。極小型のカメラです』
「むぅ。田舎者って馬鹿にされてる感じがする……」
悔しく思った彼女だが、レエルの生まれ故郷は技術的には後進国であるために、認めざるを得なかった。
気を取り直して、城壁を見る。
「入り口が見当たりませんけど……どこから入るんでしょう?」
のっぺりとした壁には継ぎ目すら見当たらない。少なくともレエルの目には扉らしきものが見えなかった。
『ついて来てください』
イロゥトは迷わず動き出し、慌ててレエルが後ろを追いかける。
まっすぐイロゥトが進んでいく先で壁に切り込みが入り、その場所が扉のように開いた。
大型のバイクであるイロゥトが楽に入れるサイズだ。中は普通の国と同じような入国審査の受付のようだったが、他の国と明確な違いがあった。
カウンターテーブルの内側には、この国の入国審査官らしき者がいたのだが、その状態が他の国とは明らかに違っていたのだ。
カウンターの中に立っている審査官の男は、その周囲をガラスに囲われていた。
まるでガラスケースの中に飾られた人形のような状態で、ガラスケースに入ったまま、レエル達に向かってにこやかに挨拶をしたのである。
「ようこそ我が国へ。囚人の護送おつかれさまです」
レエルは唖然とすることしか出来ない。ガラスケースには扉や窓といったものがなく、男が箱の中にどうやって入ったのかもわからない。
入った方法も不明だったが、そもそも一番不明なのはそうしている理由だ。
戸惑うレエルの前で、イロゥトは一切迷わず、入国の手続きを行っていた。
『重犯罪囚人は出国まで好きに扱ってください。軽犯罪囚人は私と共に国内を見学させていただきます』
「軽犯罪囚人……? そちらの国からいただいたマニュアルには、そのようなパターンはありませんが?」
『基本的に流刑となるのは重犯罪者のみですが、近年から行われるようになったのです。情報の更新をよろしくお願いします』
レエルは話を聞いていて、もしや自分の立場は本来存在しないものなのではないかと不安になったが、まさかイロゥトという機械が嘘を吐くわけがない。
幸い受付の者はそれ以上何も言わなかったので、無事に入国の手続きは済んだ。
「それでは、重犯罪の囚人をお預かりします」
『暴れる心配はほぼありませんが……拘束を解いても構いませんか?』
「構いませんよ」
そんなやり取りがあった後、まだイロゥトの背に乗っていた囚人の拘束が次々に外れていく。
全頭マスクも解除され、レエルよりもさらに数段整った美しい女性の素顔が露わになる。
男ならば誰もが見惚れてしまいそうな、美しい女性だ。
彼女は拘束が解けてからもしばらくぼーっとしていたが、イロゥトに降りるように促され、慌ててバイクから降りていた。
その視線が、ふとレエルの方を向く。レエルは少し身構えてしまった。
彼女とはイロゥトの背でずっと身体を重ね合わせていた仲だが、基本的に自由がない二人は会話を交わしたこともない。近いようで非常に遠いのがふたりの関係性だった。
(い、一応何か挨拶した方がいいのかな……?)
そう思って、レエルが口を開こうとした時。
突如透明な壁がレエルと囚人の彼女の間を遮った。否、レエルと囚人の間だけではない。囚人の周囲に、透明な板が四つ出現し、彼女をその中に閉じ込めていた。目を見開いて驚くその彼女の上から、五枚目の板が、落とし蓋のようにゆっくりと降りてくる。
彼女は思わずその板を両手で支えようと手を翳したが、機械による下降は止まらず、彼女の身体を下へ下へと押し下げていった。
もちろん、彼女の足下に穴が空いているわけもなく、彼女は天井に押しつぶされるように徐々に身体を小さく折り畳んでいかざるを得ない。
やがて板の高さは唖然として見ていたレエルの膝より下になってしまった。当然、その板に押された彼女は、その身体を限界まで小さくさせられている。
「えっ、ちょっ、ええっ!?」
動揺して変な声が出てしまったレエルの前で、どういう仕組みなのか、重犯罪者の彼女を閉じ込めていた五つの板のうち、側面の四つの板がまるで最初から決められていたような自然さで切り取られ、不要な部分が消えて行く。
瞬く間に、囚人は小さな透明な箱に閉じ込められている状態になっていた。かなり窮屈そうで、苦しそうに顔を歪めているのがわかる。
箱詰めにされた彼女を、フォークリフトのような機械が床ごと持ち上げ、そのまま運び去ってしまう。板が出現してから、ほんの数十秒の早業だった。
レエルは唖然としてそれを見送る他ない。
(うそぉ……なにあれ……)
目の前で起きたことが信じられない、と言う様子で固まっていたレエルの前に別の箱が進み出てくる。
唖然とするレエルの前で、その箱の蓋が開いてからっぽの中身を示す。
そして、入国管理官は当然のように告げるのだった。
「この国では一時入国者を含め、全ての人間が箱に入ることを義務づけています。その箱の中に入ってください」
重犯罪者verへと続く
(2018/12/11 更新予定)