軟体怪盗リィンツリーの受難 序
Added 2021-06-07 14:44:41 +0000 UTC■ 怪盗リィンツリー(本名:鈴木志保)はあくどい商売をして私服を肥やす資産家から、そのお宝や情報を盗みだすことで懲らしめる現代の義賊。持ち前の軟体の身体を活かし、誰にも捕まらずに盗み続けていた彼女だったが、ある時盗みに入った資産家・渡部亜希子に捕まってしまう。観念するリィンツリーだったが、亜希子は彼女にとって予想外の提案をしてくるのだった。
■ 少し前にTwitterで呟いていたネタをしっかり書いてみようと思います。短編や前中後編に比べるとちょっと長い、くらいの予定です。
■ この作品には拘束・軟体・調教などの描写が含まれます。苦手な人は回避をお願いします。
■ 続きは支援者様向けと、全体向けの交互に書いていく予定です。今回の作品は紛れもなくハッピーエンドになる予定ですので、ご安心いただける構成となっておりますーw-ペコリ
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会長から任されていたメディアの対応を終えた自分は、隠し階段を使って屋敷の地下へと降りていく。
館の地下室は会長が趣味のために作った空間で、ここに入ることが出来るのは自分と、一部のメイドだけだ。
自分がある部屋のドアをノックして中に入ると、そこでは愛用の道具を上機嫌で磨いている渡辺会長の姿があった。
昔から仕えている自分から見ても、会長はお美しい方である。
加齢による衰えなど全く見られない。活動歴からすればそんなことはありえないのだが、三十代といっても普通に信じられる。
豊満な体付きは非常に魅力的で、若い者とはまた別種の色香を放っている。彼女が幼い頃から傍に仕え、慣れている自分でさえ一瞬目が眩むのだから、経験の浅い若造が骨抜きにされてしまうのも無理はないだろう。
吊り目で普段は威圧感を放つ瞳は、いまは特にご機嫌であることもあって、キラキラとした宝石のように輝いていた。
普段の音すらしない深海の如く冷徹で揺るがない瞳も息を呑むほど美しいが、いまの無邪気な幼女の如き輝く瞳も目が離せないほど美しい。
しばらく眺めていたいくらいだったが、自分の責務を果たすことを優先する。
「会長、ご指示の通り、メディアには怪盗リィンツリーに財宝を盗まれ、まんまと逃走を許してしまった、と伝えておきました。……よろしかったのですか?」
渡辺会長は怪盗を捕まえたことを秘密にするように指示を出していた。
自分を含め、一部の側近しかこのことは知らない。
会長は楽し気に笑いながら、自分の問いに頷く。
「ああ。リィンツリーを捕まえたなんて言ったら、彼女を警察に引き渡さないといけなくなるじゃないか。そんなもったいないことするわけがないだろう?」
会長の口調は少し独特だ。
男性的というには柔らかく、女性的というには甘さの欠片もない。
「ふふふ。しかしまさかこんなに上手くいくとはな」
思い通りに事を運んだ会長はしみじみと呟く。
「……いかに怪盗といえど、元からそのためだけに作られた屋敷から逃げるのは不可能でしょう」
巷を騒がせる怪盗・リィンツリーから予告状が届いたのは、ほんの二週間前のこと。
花柄の便箋という、怪盗の予告状としてはあまりに可愛らしすぎるものだったが、それは紛れもなく本物の予告状だった。
女怪盗リィンツリー。
猫のようにしなやかに夜を駆ける彼女は、創作の話に出てくるような、義賊めいた怪盗だった。
彼女の基準であくどい商売をしていると判断した資産家の邸宅に忍び込み、お宝を盗んでいったり、表に出してはならない情報をバラまいたりして、資産家を懲らしめるのだ。
ちなみに、渡部会長が対象になったのは、会長があくどい商売をしていたからでは決してない。
会長があえて彼女の盗みの対象になりそうな噂を自ら流し、誘い込んだのだ。
最初から会長は怪盗リィンツリーを捕まえるために動いていたのである。
一年前に作られたこの邸宅もそれを前提とした作りになっており、いかに怪盗といえど、その仕掛けからは逃れられなかった。
そこまでは自分も知っていたのだが、会長が捕まえた怪盗を自分のものにしようとするとは、正直予想できなかった。
「てっきり、怪盗を捕まえて見せることで、渡部セキュリティの高さを誇示するおつもりかと」
会長の行っている多種多様な事業の中には、防犯関連の事業もある。
怪盗にまんまと逃げられたとあっては、その事業に対するダメージは大きなものになってしまうが、会長は全く気にしていないようだった。
「元々防犯事業は彼女を捕まえるためだけに手を出した事業だからな。もう撤退してもいいくらいだ」
「それはさすがに……」
「ふふふ、わかっている。冗談だ」
この人がいうと冗談に聞こえないのである。
ご機嫌そうに準備を終えた会長が、立ち上がった。
「さて、準備も整った。彼女と話をしに行くとするか」
そう呟いて移動する会長についていく。
会長は数室離れた部屋にノックもせずに入ると、その部屋の中央に捕らわれている怪盗リィンツリーが吊るされていた。
彼女はいかにも怪盗らしい姿というべきか、全身をぴっちり覆うラバースーツのようなものに身を包んでいた。
すらりとしたシルエットはまさに猫のようで、実際モチーフは猫らしく、お尻のあたりからは猫の尻尾のような飾りが生えている。
頭には猫耳のようなカチューシャの飾りがある。
顔はドミノマスクと呼ばれる仮面が上半分を覆って素顔を隠していた。
モチーフに合わせてか、首には首輪のようなチョーカーを巻いていて、それには鈴がついている。
捕まえた後に知ったのだが、実はその鈴は電子音を発する特別なもので、本物の鈴というわけではなかった。怪盗なのにあえて音を立てるものを付けているのは妙だと思っていたのだが、それによって追手を混乱させ、逃げやすくする仕込みだったのだ。
ただ、いまはその鈴の装置を自分で操作することができないからか、彼女が身を捩る度にちりんと涼やかな音を立てている。
こうして明るいところで見ると、彼女は相当に若い人物のようだった。
全身から感じる雰囲気も若々しく、下手するとまだ学生の年齢なのかもしれない。数年前から活動していることを考えると、さすがに中高生ということはないはずだが、そうだと言われても思わず納得してしまうかもしれない程度には、普通とは違う意味で年齢不詳だった。
肩にかかる程度の長さの黒髪はまっすぐで、全身のラバースーツの黒も合わさり、気品のある黒猫、といった様子だ。
そんな彼女の中でもっとも特徴的なのは、左右で色の違うオッドアイの瞳だろう。
片方は金で、もう片方は銀。カラーコンタクトかと思ったが、どうやら生まれつきのものらしい。
その神秘的な瞳もあって、可愛いものや美しいものが大好きな会長が手に入れたいと思ったのも無理はない。
彼女にとっては、実に不運なことだとは思うが。
「元気に足掻いているかな、リィンツリーくん!」
上機嫌なのが言われずともわかる会長の言葉に、怪盗の彼女は酷く嫌そうな表情を浮かべた。
「……うるさい人ですね。これ、外してくださいませんか?」
リィンツリーの声は、どこか硬かった。
どんな目に遭わされるか、怪盗として覚悟はしていても、恐ろしいものは恐ろしいのだろう。
実際、現在彼女は両手に太く分厚い枷を嵌められ、鎖で引っ張り上げられて吊るされているという、実に危機的な状況である。
これまでに盗んだものをどこに隠しているかを聞き出すために拷問しようとしている、と考えても不思議ではない。
会長と付き合いの長い自分はそうでないことを知っているのだが。
違う意味で彼女には同情するしかない。
ご機嫌な会長が両手を吊るされたリィンツリーに近づき、その頬に手を添える。びくり、と彼女が体を震わせ、鎖がじゃらりと音を立てて鳴った。
「ふふふ。ずいぶん震えているではないか。愛い子だ。私は君のような可愛く美しい子が大好きでね。君には私の物になってもらおう」
「お断りです」
即座に応じるリィンツリー。
怪盗の矜持か、そう簡単には屈しないとその左右色の違う瞳が雄弁に物語っていた。
ただ、そういう強気な反応はむしろかえって会長を喜ばせるだけだった。
「うむ、それでこそだ! ゆえに、ひとつゲームを提案しよう」
「ゲーム?」
予想外の言葉だったのか、リィンツリーが首を傾げる。
そんな彼女の仕草が可愛いと言わんばかりに、会長は彼女の頭を撫でながら話を続けた。
「なに、簡単なゲームさ。これから毎日、私が君に拘束を施す」
そういって会長は先ほど準備していた道具のうち、束ねた荒縄を手に取って示した。
「拘束した後、半日ほど君を放置する。その間に拘束を解いて逃げられたら君の勝ちだ。そのまま逃げてもいいし、部屋から出られなくても拘束から逃れられていれば、外に出してあげよう」
リィンツリーはじっと会長の提案を聞いていた。会長の意図を計りかねているのかもしれない。
「だが脱出に失敗したら、君の秘密をひとつ教えてもらおうか。例えば、宝の隠し場所とか、協力者の有無とか……君の本名とか。ああ、安心するといい。聞いた秘密を公開するようなことはしない。ただ私が君のことを知れて嬉しいだけだ」
とても楽し気な隊長の様子に、リィンツリーもこれが会長の御遊びだということに気付いたようだ。
「……本当に、逃がしてくれるんでしょうね?」
「そこはむしろ君の矜持に期待しているのだが? 君は秘密を話すときに嘘をつくことも出来るだろう。だが、そうしないと私は信じている」
このご時世にわざわざ予告状を出して盗みに入るという、典型的な怪盗のスタイルを貫いている彼女には、それ相応に怪盗という自分の存在に対する矜持があるだろう。
その部分をくすぐって、ゲームに参加させようという会長の思惑は、まんまと成功を収めた。
リィンツリーは悩んでいたようだったが、こくりと頷いたのだ。
「いいでしょう。逃げてしまえば済むことです。怪盗に縄抜け勝負を挑むことがどれほど無謀が、教えて差し上げます」
言葉こそ礼儀正しいが、リィンツリーは不敵にそう告げた。
会長はとても嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ますます君のことが気に入った! ではさっそく、最初の拘束に入るとしようか」
そう言って、会長は一端リィンツリーから離れて道具を台の上に広げ出す。
彼女には背を向けていたから見えていなかっただろうが――
会長がすごく悪い顔をするのを、自分は見ていた。
怪盗リィンツリー。
それが私――鈴木佐保が怪盗として名乗っている名前です。
怪盗になった経緯は色々と複雑なものがあるので省略しますが、怪盗として十分な実力を持っている私は、いままで誰にも捕まったことはありませんでした。
しかしまさか館そのものが罠であるなんて、事前の下調べでも全くわかりませんでした。
完全に敵に上をいかれた形です。今回は敗北を認めなければならないでしょう。
私に初めての黒星を刻んだその張本人・資産家の渡辺亜希子が、目の前にいます。
盗みを働く前に調べたプロフィールからすると、私の母親くらいの年齢であるはずなのですが、全くそんな風には見えません。その見かけの若さを保つのにどれほどの金銭や手間がかかっているのか、正確なところはわかりませんでしたが、相当なあくどいことをしているようです。
だからこそ怪盗として、彼女の邸宅に盗みに入ることを決めたのですから。
(……でも、聞いていた噂ほど邪気みたいなものは感じないんですよね)
実際本人を前にしてみると、これまで忍び込んで懲らしめて来た、本物の悪党とは少し違う雰囲気を持っている人でした。
今だってそうです。これまでの敵の中には、私を捕まえて口に出すのも憚られるような、酷いことをしてやると公言する人もいましたが、この人は違うようです。
まさか縄抜けゲームを提案されるとは思いませんでした。
(秘密を賭けて……とはいえ、こちらのデメリットはそう多くないですし)
これまで盗んできたお宝は、分散して各地に隠してありました。その隠し場所を一つずつ話していけば、一、二週間は労せず時間が稼げます。
もちろん怪盗が盗んだお宝を取り返されるなんて、不名誉以外の何物でもありませんが、リスクとしてはそう大きなものではありません。
(というか、怪盗相手に縄抜け勝負を挑むなんて……舐められているのでしょうか?)
今回不覚を取ってしまいましたが、これまで私はほとんど誰にも捕まったことがありませんでした。
それは私の怪盗としての技術もありますが、私は特異体質で異常なほど体が柔らかいのです。
たとえどれほど厳重に縛られようと、縄であればあっさり抜けられる確信と自信がありました。
(捕まったことで一本は取られましたが……今夜抜け出して、あっさり一本取り返して差し上げます!)
決意の炎を燃やしている私の前で、彼女は楽し気に口を開きます。
「さて、最初はそうだな……うん。リィンツリーと呼ぶのも味気ない。君の本名を教えてもらおうか。ああ、名前だけで構わない。私が呼びたいだけだからね」
いきなり本名を暴かれるのは、正直厳しいですが、志保という名前だけならよくある名前です。
そもそも私は普段の生活からして、本名を名乗っているわけではないので、大きな問題にはならないでしょう。
「いいでしょう。抜けられなければ、ですけどね」
「ふふふ。では勝負成立ということで」
そういって彼女は、その手に持っていた縄を――箱に戻してしまいました。
あっけに取られる私の前で、彼女はいっそ清々しいほどの眩しい笑顔を浮かべます。
「おや、私はいまの縄を使うといってないぞ? 『拘束から逃れられたら』――といっただろう?」
「……っ!? ぅ……ずるい、です……」
(確かに言ってなかったですけど!)
私としたことが。こんな子供だましのような手法にひっかかるなんて。
冷静でいたつもりでしたが、思いがけない展開に動揺してしまっていたようです。
「ふふふ。縄なら確実に抜けられる自信があったのかな? まあ安心するといい。縄もいずれは使う。今回は確実を期したいのでね」
そう彼女は告げ、執事らしき人に命じて拘束具らしきものを準備させ始めました。
こうして私は――渡部亜希子の拘束から脱出するゲームを行うことになったのです。
つづく