SamSuka
夜空さくら
夜空さくら

fanbox


記者、ヒトイヌ公園を訪れる 序章

■ 11月からpixiv fanboxとファンティア(https://fantia.jp/fanclubs/7679)で、支援者様向けに連載していく、『ヒトイヌ公園』シリーズの新作です。

■ シリーズのひとつにしてはいますが、単体で読んでも全く問題のない……ことはないかもしれませんが、単独でも楽しめる内容になる予定です。ヒトイヌ公園の闇を暴く記者の話ですーw-ウム まあ、ほぼ予想される通りの結末になります()

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一歩歩みを進める度に、体中がギシギシと悲鳴をあげた。

 それを堪えてなんとか手足を動かし続ける。

「ン、ゥウッ、ンゥゥッ……!」

 ただでさえ苦しい体勢なのに、口に妙なマスクを付けられているから呼吸がし辛くて余計に苦しい。

 噛まされたものを思わず噛みしめる。涎がそれを伝って外に零れ落ちていった。脱水症状になってしまうんじゃないかと不安になる勢いだ。

 私が必死になって動いていると、後ろの方からカメラのシャッター音が喧しく鳴り響く。

 今時のカメラはメモリが許す限りいくらでも撮れるとはいえ、そこまで超連射してどうするというのか。いっそ動画でも撮った方がよっぽど良さそうな勢いだ。

(そんな風に後先考えずに撮りまくるから、あとで必要な絵を探すのに苦労するんでしょうが……!)

 以前そんな風に忠告したことがあるのに、少しも学んでいない様子に、私は思わず背後を振り返った。

 だけど、それがよくなかった。

――ギチッ、ミチ、ギュッ……!

 斜め後ろにいるそいつを睨みつけようと体を捻った拍子に、私の全身を覆っている物が肌に擦れたからだ。

「ふぎぅ……ッ!」

 ここまでの道のりで汗ばんだことで、最初に塗り込まれた潤滑油がさらに滑りを得たらしい。

 それゆえに擦れることによる痛みはなかったのだけど、とにかくすごい感触だった。

 誰の手も触れていないのに、全身を撫で回されているような、そんなすごい感触だ。

 振り返ろうとしていた体の動きを止めて、その場で悶えてしまう。

 そんな私の様子をどう思ったのか、ただでさえ喧しいシャッター音が勢いを増す。

 自分の痴態を撮られているという事実に、堪えきれない羞恥心が湧き上がる。

(と、撮る、なぁ……っ!)

「ウゥッ……!」

 抗議のつもりで唸ったけれど、そいつは全く気付いていない様子で、ひたすらカメラのシャッターを切り続ける。

 恥ずかしさのあまり、目に涙が滲んだ。マスクを被っているし、目の部分にも分厚いレンズがあるから気付かれてはいないだろう。

 それでもそいつの前で目に涙を浮かべるなんてことはいままでなかったので、恥ずかしさと情けなさが倍増する。

 やがて満足したのか、そいつがカメラのファインダーから目を外す。

 そして満面の笑みで、親指を立ててきた。腹立たしい。

「先輩! いまのいい絵が撮れましたよ!」

 褒めて褒めて、と言わんばかりのいつも通りの発言。

 いつもなら「お前は犬か」と、呆れの言葉と共にその頭を小突いてやったところだ。

 けれど、今はそう出来ない。

 今の私は物理的にそいつの頭に手が届かない、ということもあるが、それ以上に。


 全身を艶のあるラバースーツに包まれ。

 曲げた状態で伸ばせないように四肢を拘束され。

 犬の形を模した全頭マスクを被されて声も出せず。

 お尻の穴に尻尾飾りのついたアナルプラグを咥えさせられ。

 首に巻かれた首輪から伸びたリードを、そいつに握られている。


 私の方こそ――犬としか呼べない格好だったからだ。

 私は、ヒトイヌという存在になっていた。





 そもそもの発端は、記者の私が掴んだ極秘情報だった。

 多くの名のある資産家が、その溢れんばかりの富を惜しみなく結集して運営していると言われる有料公園。

 厳重な情報統制が敷かれているらしく、普通に調べるだけでは何もわからないに等しい場所。

 私はそこにとてつもなく大きな特ダネがあるに違いない、と確信していた。

「でも笛吹先輩……この公園、一応正規の娯楽施設として登録されていますし、特に悪い噂は聴きませんよ?」

 そんな私の確信に水を差したのは、会社の後輩でカメラマンの田中照正だ。

 私が教育係として任命されたこともあり、何かと一緒に行動することが多い。

 基本的には真面目な好青年なのだけど、慎重すぎて動きが遅く、生き馬の目を抜く記者の世界に身を置くにしては、のんびりしすぎている。

 そこがイライラするところで、つい厳しいことも言ってしまう。

「あのねぇ、ネットで調べた程度で、特ダネが掴めたら苦労しないの! 実際に現地に行って、その目で確かめるのが私たち記者であり、取材カメラマンってものなのよ!」

 どん、と思わず力が入って机を叩いてしまう。

 田中はそんな私の声に驚いたのか、びくっと肩を震わせ、しゅんと背中を丸めてしまう。

 叱られた犬みたいで何とも情けない。別に生意気になれとは言わないけれど、もっと堂々として欲しいものだった。

 なんだかんだ、嫌いな後輩じゃないからこそ、もっと自信を持って欲しいと常々思っている。

「大体ね、そもそもおかしいのよ、なによ『ヒトイヌ公園』って!」

 成人のみ入場できる施設なのだから、法的な問題はない。

 ないけれど、下調べの段階で見た範囲でいうと、ヒトイヌプレイというのはどう見てもSMクラブ的なそれだ。

 それも、鞭打ちだとか緊縛だとか、普通SMと呼ばれる性癖のプレイと比べても、相当ディープな性癖であることは間違いない。

 それが相当広大な敷地を持つ公園内で、相当な人数で、普通に行われているという。

 何かがあって当然。むしろない方がおかしいというものだ。

「ぼ、僕に言われても……ほ、ほらいまは多様性の時代ですし……」

「そーゆーこと言ってるんじゃないっての!」

 あんまりボヤボヤしたことをいうものだから、思わず持ってた書類の束で田中の頭を叩いてしまう。

 もちろん本気じゃなくて、軽く当てただけだ。

 パワハラとして問題になりかねないから、なるべくこういうことはしない方がいいのだけど、田中の相手をしているとつい手が出てしまう。

 私の教育係だった先輩が昔ながらの体育会系気質な記者だったから、それが自分にも移ってしまっているようだった。

「……ごめん。でも、そういうことに注目してるんじゃないのよ。いくら多様性の時代だからって、あんた、ヒトイヌってプレイをする人がそんなに多いと思う?」

 そういうと田中は少し考え――出来れば即答して欲しい――首を横に振った。

「いえ。さすがにそれはないかと……つまり、笛吹先輩は無理矢理ヒトイヌにさせられている人がいる……あるいはそういう人ばかりなんじゃないかと疑っている、ということですか?」

 少しは頭が回せるようになったようで、私は叩いた甲斐があったと思った。暴力は良くないけど。

 私は腕を組んで、重々しく頷いて見せる。

「私の勘ではそうなるわ。だってどう考えても希望者だけで十分な数揃えられるわけないもの。違法すれすれの……あるいは本当に弱みを握られて……みたいな人が多いに決まってる」

 そんな犯罪紛いのことをしている施設を、名だたる資産家たちが支援しているのだとすれば。


 この上ない特ダネだ。


 だから私は真実を確かめにいかなければならない。

「でもこの公園があるところって……相当遠いですよ? 出張するんですか?」

 田中がそう何気なく呟いた。

 私はそんな田中の言葉に、苦虫を噛み潰したような苦い顔をする。

「……そこなのよ」

「え? そこというのは……公園の所在地ですか?」

「そんなわけないでしょ! じゃなくて、行くなら出張しないといけないってこと。でも……申請したけど、出張は許可出来ないって却下されたわ」

 考えてみればおかしな話だった。

 明らかに犯罪の匂いがぷんぷんするのに、そこを調べにいくことも許してくれないなんて。

 あるいはすでに上の人たちと話がついている可能性すらある。

「ええ……じゃあどうするんですか?」

「もちろん、行くのよ。自腹で。休みの日に」

 真実を明らかにしなければならないのだ。

 プライベートで行くのだから、誰にも文句は言わせない。

 そう使命に燃える私に対し、田中はなぜか遠い目をした。

「……ええと、それってもしかして、僕も一緒にいくことになってます?」

「当たり前でしょ。明日からの連休で特ダネ掴んで凱旋するのよ。カメラマンも必要だわ」

 私はインタビューや聞き込みは完璧にこなせるけど、カメラの扱いだけは上手くなかった。

 そういう意味で、カメラの扱いに精通している田中にはついて来てもらわなければならない。

「安心しなさい。あなたの分の旅費は私が出すわ」

 先輩として、それくらいは当然だろう。

 大船に乗せたつもりで田中を説得し、私たちは早速ヒトイヌ公園に向かったのだった。

 ただ、せめて往復の旅費くらいは本人に払わせるべきだったのかもしれない。


 無暗に先輩風を吹かせたことを後悔したのは、ヒトイヌ公園について入場方法の説明を受けた時だった。





 受付の女性はニコニコとした笑顔で説明してくれた。

「確かに当公園では一般の利用者としても入場することが出来ますが、高額の入場料をいただいております」

 そういう説明は確かにネットでもあったけれど。

 私はその入場料を何度も見直していた。

 何度ゼロを数えても、結果は変わらない。

「……これ、ゼロの数、二つか三つ、間違えてない?」

 普通の有料公園なら高くても千円だろう。

 ここはそんな常識を遥かにぶっちぎる値段設定になっていた。

 内容を考えれば当然かもしれないけれど、まさかここまでとは思ってもみなかった。

「申し訳ありません。そちらが正規の値段となっております」

 悪あがきで確認してみたけれど、受付の対応は厳しい。

 私の後ろにいる田中は、明らかに狼狽している。

「ええと……先輩、僕も自分の分くらいは……は、はら、払えます、よ?」

「……無理しなくていいから」

 先輩の私でも躊躇するような値段なのだから、まだまだ新米クラスの田中に支払わせていいものではない。

 私は本気で悩んだ。二人分の旅費ですでにかなりの額を費やしている。

 もしもこの施設や利用者に全く問題がなかったら、とんでもない浪費になってしまう。

(こうなったら、私一人だけで入場する……? でもカメラマンは絶対必要だし……)

 かといって田中だけ送り込めるほど、私は彼を信頼出来ていなかった。

 頭を悩ませていると、受付の女性が控え目に提案してきた。

「当公園にはヒトイヌとして入場することが出来ます。また、そのパートナーとして入場するのであれば、そちらの男性の方も、一般よりも遥かにお手頃な価格で入場できますよ」

 そういって提示された金額は、確かにお手頃価格――というには少々高めだけど――だった。

 しかしそれは、私がヒトイヌとして入場することが前提となる。


 私が、ヒトイヌになる。


 どくん、と心臓が跳ね上がる。

 激しく鳴り響いている心臓の鼓動を感じつつ、私は努めて冷静に考えた。

(いや……でもあるいは……その方が、真実を確認するためなら……効率的、かも?)

 ざっと受けた説明では、ヒトイヌでしか利用できない施設や入れない場所も多いらしい。

 裏側の事情を探るには、そういう場所に入り込んだ方がわかりやすいかもしれない。

 問題は――ヒトイヌ姿という恥ずかしい者を、田中に晒すことになるということだ。

 田中に恋人はいないはずだ。今回もそうだけど、私たちは度々恋人設定で取材をすることがある。

 問題が起きないように、恋人やそれに類する人が出来たら申告するように伝えてあった。

 私も哀しいかな、恋人がいたことすらないので、恥ずかしい姿を田中に晒すことになっても、そういう意味での問題はない。

 ちらりと田中を振り返ってみると、田中は酷く情けない顔をして狼狽しているばかりだった。

 そんな後輩の姿を見て、私の腹は決まった。

「わかりました。その入場の仕方で――『ヒトイヌ入場』で、お願いします。彼はパートナー扱いで」

「先輩!?」

 慌てた様子で叫ぶ田中。

 全く少しはどんと構えていて欲しいものだ。こっちが恥ずかしくなる。

 あくまでプライベートで来ていることを印象付ける。

「元々興味があって来たのだから、予定が少し早まるだけよ。ちゃんと見学してから決めたかったけど、ね」

 だから、と私は田中の胸を軽く手の甲で叩く。

「頼りにしてるわよ、照正――いえ、ご主人様?」

 少し頼りない年下彼氏をリードする姉さん女房、という設定を意識して声をかける。

 田中はそれでも少しの間おろおろとしていたけれど、こちらの覚悟が伝わったのか、意を決した様子でこくりと頷いた。


 こうして私は、ヒトイヌとなって公園内に入場――潜入することになったのだ。


つづく


More Creators