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夜空さくら
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スライムお嬢さま、会社ごと社畜OLをかう 序章①

※2018/12/17追記 タイトルを変更しました

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 それは、二十八連勤目の朝だった。


 私は慢性的な寝不足で、満員電車に揉まれつつ『あと二日出社したら一ヶ月連続出勤で新記録だなぁ』なんて考えていた。

 三十路も過ぎ、体力も落ちて来て、近い将来死ぬんだろうなぁ、なんて人ごとのように思っていたけど、日々を生きるのに精一杯だった。

 過剰労働とセクハラパワハラモラハラ等各種ハラスメント役満な完全ブラックな会社から逃げだそうという気力も起きず、ただ言われるままに怒られ、詰られる。

 いつも通りまだ誰も出社していない会社に入り、上司の机や椅子を磨いて、それぞれの好みに合ったお茶請けを用意したりなんかしたりして。

 新入社員がいればその子達の仕事になるのだけど、私以降に入った子達は皆数年ないし数ヶ月で辞めてしまっていた。

 結果として、私はこの会社で働き始めてもう何年も経つのに、いまだに新入社員のような扱いを受けている。実質、一番下っ端だから文句も言えない。

 理不尽だと思うが、いくら人事にかけあっても結果は芳しくなく、最近は新入社員を雇おうという気すらないようだった。

 まあ、私は新入社員がいたときですら、人を使うということに慣れずに失敗ばかりしていたから、誰も入ってこない方が良かったのかも知れないけど。

 いつも通り自虐しながら準備を整え、そして溜まりに溜まった仕事に手をつけ始める。


 違和感を覚えたのは、時計の針が八時半を回った頃だった。


 いつもなら、この時間帯になれば上司たちが出勤してきて、なにかしら理不尽な要求をされたり、怒鳴られたりするものなのだけど、今日はその気配がない。

 というか、そもそも人が出勤して来なかった。

 創立記念日か何かで会社そのものが休みだったのかと思ったけど、そんな記憶はない。そもそもこの会社の創立記念日は、働かせていただいている会社に感謝しながら、24時間耐久勤務をする日だったはず。

 疑問に思いつつも、私はひたすら山のように積み重なった業務を消化することに努めた。誰も来ないならそれでもいい。むしろいまの間に仕事を進めておけば、もしかすると今日は終電の二本前の電車で帰っても許されるかもしれない。

 そう考えると、俄然やる気も湧いてくるというものだ。机の上に常備しているエナジードリンクを一気飲みして、キーボードを叩く作業に戻る。

 私がキーボードを叩く音だけが静かなオフィスに響き渡る時間が数時間に及んだ頃、ようやく私以外の社員が現れた。

 何気なくそちらを見た私は、慌てて椅子から立ち上がり、九十度のお辞儀をする。

「お疲れさまです! 社長!」

 それは我が社の社長だった。普段は最上階の社長室に籠もりっきりで、滅多にこのオフィスに出てくることはなかったけど、たまに視察と称して降りてくることがある。その際には社員一同最敬礼で出迎えなければならなかった。

 しかし今日の社長の様子はどうもおかしい。青ざめていて、やたらと冷や汗を搔いているし、普段の尊大な――おっと、いけない。堂々とした振る舞いも鳴りを潜め、ひたすらおどおどしているように見える。

 その社長は私の姿を認めると、慌てた様子で近づいてきた。

「あー、その、うん、ええと、君、君だ」

 平社員の名前など、社長が覚えているはずもない。私は研修で教え込まれた、頬が引き攣りそうなほどに朗らかな笑みを意識して、社長に声をかける。

「私は真飼野(マガノ)美咲(ミサク)と申します。どうかなさいましたか? 社長」

 名乗ったことで社長も思い出したのか、何度も咳払いをしながら続ける。

「そう、真飼野くんだったね。至急、社長室に来てくれ。大事なお客様がお越しになっているのだ」

「は、はい!」

 例えどんな内容でも、上司の命令にはイエス。

 私は社長室に招かれるような大物にお茶を出さなければならないのかと、少し震えた。お客様の機嫌を損ねたりしたら、減給処分されるかもしれない。

 ただ、不思議なこともあった。社長には専属の美人の秘書がついているはずで、基本的に来客対応はその人がするはずだった。そもそも、内線もあるのになんで社長はわざわざオフィスにまで降りてきたんだろう。

 疑問には思ったけど、疑問に思ってはいけない。まずはお茶の準備を、と給湯室に急ごうとしたら、社長に止められた。

「何をしているのかね! 早く来たまえ!」

「え、でも、お茶を……」

「そんなことはいいから! あの方をお待たせするんじゃない!」

 この社長がこんなに焦るなんて、お客様は一体何者なんだろう。

(というか、お茶くみじゃないなら、なんで私が呼ばれ……ととっ、いけないいけない)

 疑問を抱いてはダメだ。社長がそれでいいというなら、それでいいはず。

 あとで気が利かない奴めと怒鳴られるかもしれないけど、いまはとにかく従おう。

 私は社長が乗り込んだエレベーターに駆け込み、社長と一緒に一気に最上階に。

 着くまで社長を退屈させないように話そうかと思ったけど、社長が親の敵のように階数表示を睨み付けていたので、声をかけられなかった。何をそんなに焦っているのだろう。

 エレベーターが最上階に着き、社長が我先にと降りて歩いて行く。私は慌てて社長を追いかけた。タイトスカートを履いてくるんじゃ無かった。走りにくい。

 社長は社長室とプレートのかかった部屋の扉の前で一旦停止したかと思うと、手早く身支度を調え、扉を丁寧にノックした。

「失礼します。真飼野を連れて参りました」

 驚くほど、丁寧な物腰で社長が部屋の中に向けて声をかける。

 社長が社長室に入るのに、そんな丁寧な動作が必要なんだろうか。

 そんな私の耳に、部屋の中から、応答の声が響いてくる。

「どうぞ、お入りくださいませ」

 それはとても場違いな声音だった。涼やかで、穏やかで、そしてとても女性っぽい声。

 美人秘書の声ではないだろう。あの人は綺麗な人だけど性格が物凄くキツくて、いつも怒ったような声だった。というか、仮に天地がひっくり返るような出来事があって、奇跡的に機嫌が良い日だったとしても、こんな胸の奥に響くような優しい声は出せないに違いない。

(……それにあの人、私を嫌ってたしなぁ)

 私というか、あの人は自分より若い――といっても、私も三十過ぎなんだけど――女性社員をことさらに嫌っていた。自分より若くて綺麗な子が存在するのが許せないという感じで、何かと当たり散らされた覚えがある。

 セクハラすれすれの理不尽な要求は、男性の上司よりもあの人にされた記憶の方が多い。あの人の執拗な嫌がらせもあって、私以外の女性社員が定着してない気がしていた。

 社長のお気に入りだから誰も文句を言うことも出来なくて、かなり強権を振るっている。

 そんな風に私が思っていると、社長がゆっくりと社長室のドアを開いて中に入る。社長に続いて部屋の中に入った私にも、中の様子が見えてきた。


 社長の椅子に、その人――いえ、その子は座っていた。


 入口の正面におかれた執務机、机に合わせて豪奢な椅子に、その女の子は座っていた。

 見た目は十歳くらい、だと思う。社長の椅子は恰幅のいい社長に合わせて作られているので、その子が座ると縦にも横にも大きすぎた。

 透き通るようなブロンドの、綿菓子のように軟らかそうな髪がふわふわと波打って広がっていて、いかにもお嬢様、という風情だった。

 大きく存在感のある瞳の色は、明るい深海の底、という矛盾した表現がぴったりくる深い蒼色で、どこまでも吸い込まれそうなほど深いのに、きらきらと喜びに輝いていた。

 肌の色はお人形のように白いけど、不健康そうな感じはしなくて、ただ美しさに見惚れてしまう。

 着ている服は控えめな装飾の白いワンピースだったけど、その子が着ているだけでドレスに見間違うほどの輝きを放っていた。

 その子は物理的に光っているのかと思うほど煌めく瞳で、立ち上がったかと思うと、ぐるりと机の周りを回って、こっちに――


「ますたーッ!」


 叫びながら物凄い勢いで突撃してきた。

 十歳くらいの女の子、とはいえその勢いはロケットの如し。連日連夜のデスマーチで疲弊仕切った三十路女の力で受け止めきれるわけもなく。

「へぶぅっ!」

 腹部に激突した女の子の勢いに負け、女の子に社長室の床に押し倒された。社長室の床が無駄に軟らかい絨毯で覆われていて良かった。ちなみに私の前に立っていたはずの社長は蒼い顔をしてその突進を避けていたので無事だった。

 えげつない速度で女の子の頭部がめり込んだために、朝飲んだエナジードリンクが逆流するところだった。というか、咄嗟に口を押さえてなかったら盛大にリバースしていた気がする。

 私が悶絶していることも構わず、というか気付いていないのか、私を押し倒してきた当の本人はなにやら私に手足を絡め、陶然とした声をあげている。

「ああ、ああ……! やっと、やっと会えましたわ……! もう、二度と離れませんっ」

 一体この子は何を言っているんだろう。

 とりあえずアナコンダのように両腕を首に巻きつけるのはやめて欲しい。首が締まってる締まってる。

「ちょ、待って、くるしい……っ」

 とても幼い女の子の姿をしているのに、その力は社畜OLの私ではふりほどけないほど強かった。私が弱っているからなのか、女の子が強いのかはよくわからなかったけど。

「あっ、ごめんなさい! 人間は首を絞めたら死んじゃうんでした!」

 一体この子は何を言っているんだろう。

 訳のわからないことを言っていて怖いはずなのだけど、不思議とそこまでの忌避感が湧いてこない。徹夜に次ぐ徹夜で判断力が麻痺してしまっているのだろうか。

 女の子は私の首に抱きつくのを辞めて、馬乗りの体勢になってニコニコしている。

 いや、降りてよ。

 内心思わず突っ込む私だけど、女の子が乗っていると起き上がれない。唖然としている私を、女の子は熱っぽい目で見つめている。

「前とは全然顔が違うのですね……こんなに可愛らしくなられて……でも、わかりますわ。あなたがあなただということが……ああ、苦節十年、あらゆる手を使って探し続けた甲斐がありました……!」

 うふふ、と朗らかに笑う声がとても怖い。

 なんだろう、捕食される被捕食者の気分。

「ええと……その……ど、どこかでお会いしましたか……?」

 こんないかにもなお嬢様と出会っていたら、忘れるわけがないはずなのだけど。

 そういう気分で問いかけると、私に跨がるお嬢様は凄く傷ついたような顔をした。いまにも泣き出しそうなほどに目に涙が浮かび、こっちが慌てる。

「えっ、そのっ」

「思い出して、くださらないのですか? ……あっ。そうでした! この姿じゃ、思い出せるわけがないんでしたわ!」

 何かに気付いたらしい、お嬢様が、そう言うやいなや。


 お嬢様が――溶けた。


 その端正な顔立ちも、ふわふわした髪も、着ていたシンプルながら美しいワンピースまでもが、どろりと液体になった。

 人間ではありえない現象。

『これでも、思い出せませんか?』

 頭の中に直接響く、女の子の、声。

 その波打つ身体を、見た私は。

 脳裏に経験した覚えもない、奇妙な映像が流れた。それは、どこか深い森の中、私の手なのか、ボロボロの革手袋をした手が、膝の上に置いた何かを撫でている。

 それは蒼いゼリーのように半透明で、軟らかく、けれど確かな意思を持って動いていて。


 それは端的に表現すれば――スライムだった。


 もちろん現代社会で生まれ育った私には、深い森の中に分け入った覚えもなければ、スライムなんていう不思議生物に触れた覚えもない。

 だけどその記憶は私の中に確かにあって。

 そういう現象に、信じてはいなかったけど、知識として心当たりがあった。

「まさか……前世、って奴?」

 思ったままのことを呟けば、半液体化、否、スライム化したお嬢様が、身体全体を使って頷くのがわかった。

『思い出してくださったのですね――マスター!』

 そういえば最初に飛び込んできた時も、「マスター」って叫んでいた気がする。

(つまり、これは、ええと……?)

 混乱する私。

 恐らく彼女は前世はスライムで、私はそれを従えるマスター・モンスターテイマーという存在だったのだろう。

(そうだ、なんとなく思い出して来た……私は……私? いや『俺』、は……)

 元の世界で、私は――俺はしがないモンスターテイマーだった。

 魔王討伐とか、英雄譚とかとは全く関係の無い、冴えない男の冒険者だった。

 モンスターテイマーでありながら、自分に懐いたモンスターを死なせるのが忍びなく、安全策ばかりとっては失敗続きだった。その日暮らしの情けない冒険者。

 そんな俺の使役していたモンスターの中でも、スライムは特別だった。 

(あ、ああ……思い出して来た……来ちゃった……!)

 私は、いえ、前世の俺なんだけど、俺は苦しい生活を乗り切るため、なんとかスライムを生活に活かせないかと色々工夫した結果。


 スライムに日々の性欲処理をさせていたのだった。


 だってスライムって軟らかい身体をしてるし、ほどよく暖かいし、ヌメヌメした体液を分泌してくれるしで――男のあれを包んでしごいてもらうとめっちゃくちゃ気持ち良かったのだ。

 女に生まれ変わったいま、その感覚は知らないはずなのだけど、前世の記憶がその気持ちよかった感覚を教えてくれる。

 ちなみにそのスライムに覚えさせた性技を生かしてお金を稼がなかったのかというと、ぶっちゃけスライムを一時的にでも貸し出すのが怖かったからだ。

 俺より力も金もあるような客に貸し出して、スライムがそっちを気に入ってしまったら。スライムに見捨てられるのが怖くて、自分以外の人とスライムを会わせることもなかった。 それはスライムの中で、一途に自分だけを愛してくれたという記憶になっているのかもしれない。

 そうでなければここまでの好感を抱かれるわけがない。

「で、でもなんでこの世界でもスライムになれてるんだ……?」

 思わず前の口調に戻りながら、そう問いかけていた。

『最初は普通の子としてこの世界に生まれたのですが、マスターのことを思い出したら、色々使えるようになったのですわ』

 にっこりと笑って、いるのだろう。見た感じただの半液体なのに、笑っているのが不思議とわかるのは、元マスターだからか。

『マスターにまた会いたくて、色々な手段を用いて探した甲斐がありましたわ……まさか、こんな極東の島国の、こんな会社にいるとは思いませんでしたけど……』

 そう呟くお嬢様の言葉を聞いて、俺は、いや、私は現在の時間を思い出した。とっくに始業時間は過ぎている。

 哀しき社畜の性なのか、働かなければという想いが沸き上がってくる。

「ご、ごめん! 俺、そう、私、働かないと……!」

 立ち上がるために押しのけようとスライムなお嬢様に手を伸ばす。

 その手が、ずぶりとスライムの身体に飲み込まれた。それはちょうど、人間でいうところの胸にあたる部分で。

『ああんっ、マスターっ』

 明らかに気持ちよさそうな声でスライムが悶えた。

「あわわっ、ご、ごめんなさい!」

 思わず引っ込めようとした手に、スライムの身体が巻き付いて来て、離させてくれなかった。

『うふふ……いいんですのよ、マスター。もっと愛してくださいまし』

 スライムの身体には眼はない。

 けれど、なぜか私はスライムが見つめてきているのを感じていた。

「え、いえ、その……し、仕事が、あって、ね……?」

 つっかえつっかえ応える私に向け、スライムはふるふると震える。

『問題ありませんわ。だって――もうこの会社は私のものですもの』

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

『実は私、とてもとてもお金持ちなんですの。会社ひとつ買えてしまう程度には』

 この現代社会で、スライムの力を用いることが出来るとすれば、その利用価値はとてつもないものになるだろう。

 だからそれだけの資産を持っていても不思議ではないのだけど。

 スライムは、どこまでも澄んだ声で、とんでもないことを口にする。

『だから――この会社ごと、マスターを買っちゃいました♡』

 どろどろとした身体を私の身体に絡めてきながら続ける。


『前のように――思う存分、愛し合いましょう?』


 元マスターで社畜OLの私は、元従者のスライムで、いまは大富豪でスライムなお嬢様に買われ、そして飼われることになったのだった。


つづく

Comments

この作品も、もう一年前なんですねぇ…… 前世で関連している他のキャラクターが出てくる、外伝とかも書きたいと思っていたんですが…… いつか色々書きたい作品です。

夜空さくら

もうこの作品が連載を始めてから1年も過ぎましたね。 そういえばスライムの小説で会社の他の同僚たちも出たかな? と思って久しぶりに見に来ました。 しかし、出てきますね。 1年前モンスターテイマー時代他のモンスターたちの話は後に前世にモンスターだった他のキャラクターが出るようになるネタかと思ったが、うむ... もう1年前の考えだね。

festo

ありがとうございます^w^ スライムであることを精いっぱい活かした話を考えたいと思っていますーwー

夜空さくら

なんか面白そう。。。スライムに飼われ。。。触手服のように拘束されてしまったり。。。楽しみです💕💕

ken


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