シェラ姫の身体を、彼女を追い詰めるために用意された道具が覆っていく。
ラバースーツ。
黒色のラバーで出来たその服は、彼女の元々恵まれた肢体を締め付け、締め上げ、さらに一段階魅力的なものへと引き上げている。ローションや涎でスーツの表面がぬらぬらと光っており、見た目もより色気の感じられる雰囲気を演出していた。
アームバインダー。
分厚い革で造られたその道具は彼女の両手を、背中に回した状態で揃えて纏め、一本の棒のようにした上で、微塵も動かせないように締め上げている。さらに身体の前面に回されたベルトが彼女の胸元で交錯し、彩りを加えていた。見た目からはわからないが、彼女の両腕は可動域の限界に近いところで固定され、骨と関節が軋む地獄の苦しみを生んでいる。
ボールギャグ。
彼女の言葉を奪うのはとても単純な構造をした道具だ。しかし、確実に彼女の口内を満たし、舌を抑え付け、彼女に呻き声しかあげられなくさせていた。彼女が苦しげに息を吐けばそれに伴って涎が零れ、彼女自身の身体を汚していく。それを嵌められた当初は彼女も、少しでも涎を零さないように努力していたが、いまはその余裕もないのか、ひたすら荒い呼吸を繰り返すと同時に、その口から涎を垂れ流していた。
革の足枷。
彼女の脚を正座の形で折り畳んだ状態で固定しているのは、極普通のベルトのような枷だった。それは彼女に脚を伸ばすことを許さず、ぴっちり張り付くラバースーツの上から肉に食い込むほどに彼女の脚を締めあげている。
そして、目隠し。
それはただの布きれであって、ラバースーツに合わせて黒い布が使われていたが、特筆すべき特徴はないものだった。だが彼女の視界を奪うという役割は完全に果たしており、視覚を奪われたシェラ姫は、嫌でも身体の感覚に意識を集中させてしまう。それには彼女に対する責めの効果を何倍にも引き上げる効果があった。
シェラ姫はそれらの衣装・拘束具によって、床の上に正座で座り、両手を後ろに回し、口を開きっぱなしの状態で、目も見えないようにされていた。
すでに身体の自由はほとんどない。
そんな状態の彼女に、リルドはさらなる拘束具を彼女に取りつけるつもりだった。
(これは効果的に利くはずだ)
シェラ姫を奴隷という存在に落とし込むために、次に取りつける道具は良い効果を発揮してくれるはずだった。
そう思いながらリルドが用意した次なる拘束具、それは。
分厚い金属で出来た――首輪だった。
通常、首輪は犬などの人間に飼育されている動物か、全ての自由と意思を剥奪された奴隷にのみつけられるものだ。
王族はもちろん、一般庶民でさえ普通は身に付けることはないそれを、リルドはシェラ姫に着けるつもりだった。
首輪はずっしりと重く、男性のリルドでさえ、片手で持つには少々意識して力を込めなければならない重量のものだった。
シェラ姫がもしその首輪を着けられれば、その重みによって自然と頭を垂れるようになり、より惨めな気持ちにさせるであろうことは想像に難くない。
そうでなくとも、厚みのある金属の圧迫感は凄まじいものだ。
その首輪を首に巻き付けられれば、息苦しくなるのは確実だった。着けているだけで彼女を追い詰め、体力と気力を奪う道具なのだ。
(大丈夫だとは思うが……頼むから、壊れてくれるなよ……)
リルドは内心、そう願う。それは心からの願いであったが、壊れかねない行為をしようとしている側が願うには、あまりにも身勝手な願いだった。
首輪を取りつけようとしたリルドは、その前にやっておかなければならないことを思い出す。
いったん首輪を机の上に置いた彼が、代わりに取り出したのは――。
鈍色に輝く、よく研がれたナイフだった。
もちろんリルドにシェラ姫を傷つけるつもりはない。
明確な凶器である刃物は、脅しの道具として効果的だが、視界を奪われているシェラ姫には効果が薄いし、脅すつもりで取り出したのではなかった。
リルドはシェラ姫の背後に立つ。
そしてゆっくりと手を伸ばし、シルクのベールのような、艶やかで美しく長い髪に指を通す。生活環境の整っていた元王族だけに、その指通りの感触は非常に心地よかった。
(どちらにせよ、切らないと行けないからな……彼女が気付かないうちに……)
長い髪は裕福な上流階級の象徴だ。
リルドの片腕として、比較的不自由のない生活を送っているインディーでも、肩に届くか届かないかくらいの長さに切りそろえている。
シェラ姫のように腰に届くほどの長髪はそれこそ王侯貴族の象徴であり、そのままにしておくわけにはいかない。
また、シェラ姫自身を別人に仕立て上げるためとは違う、別の目的もあった。
いずれにせよ、髪は切らなければならなかった。シェラ姫の髪を切るのは、もったいないという気持ちはあったが、避けては通れない処置である。
「ルル、そのままの姿勢で動くな。動いたら鞭打ちの罰を与える」
厳しい声でそう警告した。
刑罰にもなっている鞭打ちの恐ろしさは、シェラ姫も理解しているだろう。いずれにしてもほとんど動けない彼女は、意識して動かないように身体を硬くしていた。
よく研がれたナイフを用いて、丁寧にシェラ姫の髪を切っていく。
なるべく長くなるように、本人も、切った髪も、どちらも傷つけないように。
細心の注意を払ってリルドはシェラ姫の髪を切っていった。その手つきに余計な力みはなく、リルドの奴隷商人としての経験が活きていた。
彼が調教した奴隷の中には全身が薄汚れた者もおり、痛んだ髪を伸ばし放題にしている不潔な者もいた。それを身ぎれいにするために、いったん髪の毛を全て剃ってしまうこともあったのだ。
もちろん、本当に奴隷にするわけではないシェラ姫を、奴隷と同じような短すぎる髪型にするわけにはいかなかったので、首筋にかからない程度の、ギリギリの短さを攻める。
ほとんど身動きが取れないとはいえ、シェラ姫が急に動くことも考えられたため、切り終わった時、リルドはかなり気疲れと緊張で消耗していた。
切れ味鋭いナイフを用意した甲斐あって、実に上手く切ることができた。リルドはナイフを仕舞い、深く息を吐く。
ベリーショートとなったシェラ姫は、残念ながら姫らしさは大きく損なわれたが、別の方向性としてはとても魅力的だった。
切り取った髪を大事に箱に仕舞い、リルドは再度首輪を手に取る。
シェラ姫の前に回り込み、膝を突いた。
「ルル、顔をあげたまま、動くなよ」
金属製の輪を半分に割るように、首輪を開く。それを彼女の首にあてがう。
「ウ……!」
何を着けられようとしているのか悟ったのか、シェラ姫は思わず身体を引こうとした。
それを予測していたリルドは、容赦なくシェラ姫の乳房の先端を摘まんだ。身体を後ろに逃がそうとしていたシェラ姫は、自身の動きもあって、乳首が摘ままれ、引っ張られ、激痛を味わう羽目になった。
「――ンギッ!」
悶絶した拍子に、シェラ姫の全身から革やラバーの軋む音が響く。無論拘束はびくともせず、乳首から走った激痛は彼女の身体の中で暴れ回ることになった。
「俺は動くな、と言ったぞ。ルル。もう一度動いたら鞭打ちだからな」
乳首を摘まみ上げること自体がすでに罰のようなものだが、あえてそう告げた。
大人しくなったシェラ姫の首に、開いた首輪を改めてあてがい、シェラ姫の細い首を封印するように首輪を閉じる。
バチン、と大きな音がしてシェラ姫の首に固定された。
完全に密着するのではなく、ほんの少し余裕を持って造られていたが、シェラ姫の首筋にはちょうどラバースーツの境目がある。
その結果、首輪は絶妙にシェラ姫の首に接するようになり、ほんの少しの息苦しさと、絶望的なまでの強い圧迫感をシェラ姫に味合わせていた。
分厚い金属で出来ているその首輪は、枷といっても間違いではないほど暴力的にシェラ姫の首を押さえている。彼女はもはや自由に首を傾けることも、前や後ろに倒すこともできない。
口枷によって割り開かれた顎が完全に固定され、少し斜め上を向いた状態で呻くことしか出来ない。
そんな首輪の前後左右には、縄や鎖を繋げるための金属の輪っかが取りつけられていた。
太い鎖を持ってきたリルドは、その金属の輪っかにそれぞれ鎖をかけ、シェラ姫の座っている場所の、四方の床に仕込まれた金具に鎖を固定する。
それによって、シェラ姫は前後左右からそれぞれの鎖で引っ張られることになり、正座をし、背筋を伸ばした姿勢から全く動けなくなった。
暴れ回る猛獣ですら、ここまで徹底的に拘束されはしないだろうというほど、厳重に拘束されたシェラ姫。
彼女の口からは苦しげな吐息が零れ、口の端からは涎が垂れ落ちていく。微かに身体を震わせると、四方に伸びた鎖が鳴り、身体を締め上げる拘束具が軋む。
とどめとばかりに、リルドは耳栓を取り出して来てシェラ姫の耳に押し込んだ。
喋ることを含めた身体の自由に加え、視覚と聴覚を奪われたシェラ姫は、無音の暗闇の中で、全身から感じる苦しみと痛みに耐えなければならない。
リルドは念のため再度拘束具の状態を点検し、問題ないことを確認する。
そして問題ないことを確認すると、切った彼女の髪を入れた箱を持ち、シェラ姫のいる部屋を後にした。
しばらくは放置の時間だ。
シェラ姫には解放されるまでの時間を教えていないため、苦痛がいつまで続くかわからず、絶望感はより強く、深くなる。
(この間に、急いでやっておくことを済ませないとな……)
リルドは地下室から地上にあがる階段を早足で昇りながら、そう考えていた。
地上にあがった彼は地下室の入り口を巧妙に隠し、別の作業部屋へと移る。
そこで作業を開始しようとした時、彼の片腕にしてメイド頭のインディーがやって来た。
「どうした?」
シェラ姫のことは急務であり、最優先事項としてリルドは位置づけている。
そのために表の仕事は全てインディーに任せる調整がついており、リルドがシェラ姫の調教を終えるまで、彼女が彼の元を訪れる必要はないはずだった。
それはつまり、予定外のことが起きたということを示している。
「申し訳ありません。私では対処できない問題が発生しました」
インディーはそう申し訳なさそうに問題の内容を告げる。
「この館に、将軍からの使いの方が参られました」
将軍からの使いは、館の客間に通されていた。
でっぷりと太った男で、いかにも不摂生と運動不足が深刻そうな体格をしている。逆に言えばそれだけの飽食と怠惰を可能とする身分の者であるということでもあった。
その男は、やって来たリルドの姿を見ると、狐のように細い目を細めて笑った。
「おおっ、お久しぶりですなリルド殿。お忙しそうで何よりですよ」
無駄に親しげに男はリルドに挨拶をしていた。
それに対し、リルドは上流階級の人間に対した時用に鍛えた、完璧な愛想笑いで応じる。
「ありがとうございます、ギルバストック男爵。おかげさまです。あなたのような御方がご贔屓にしてくださいますから」
リルドの慇懃な挨拶に、ギルバストックは気をよくして、だらしない腹を震わせて笑う。
「ははは。なあに、リルド殿が卸してくださる奴隷は他の奴隷商人のところから得た奴隷に比べると、とても従順で、何より私好みの調整をしてくださっておりますからな。贔屓にするのは当然というものですぞ」
挨拶を交わしたふたりは、テーブルを挟んでそれぞれ席に着く。
「……しかし、ゆえにこそ惜しいですな……辞めてしまわれるのでしょう?」
「ええ。一身上の都合で申し訳ありませんが」
リルドは奴隷商人を近いうちに引退する意向を、すべての得意先に伝えていた。
その得意先の一人であるギルバストックは、リルドの引退を本気で残念に思っているようだった。
そんなギルバストックの様子を見て、リルドは警戒心をわずかに緩める。
(自衛の兵士以外連れてきていないことからわかってはいたが……シェラ姫の存在がバレたわけではなかったか)
もしそうだとしたら、今頃この館は兵士で包囲され、攻め落とされ、隅々まで探索されていたことだろう。
ギルバストックの放つ呑気な気配からして、疑惑でもなく、単なる別件での来訪であろうと予想する。リルドは舌打ちをしたい気持ちで一杯だった。
(まったく、何の用だ……? さっさと調教に戻らないといけないのに……)
場合によっては、ある程度の時間でインディーに拘束だけでも解いてもらうように頼まなければならないかもしれない。
内心の焦りや苛立ちを堪えているとは、露ともしらないギルバストックは本気で残念そうな様子を隠そうともしないまま続ける。
「本当に惜しいですなぁ……私のところで専属の調教師として雇用することも出来るのですが……?」
「とてもありがたい申し出ですが、ご遠慮させてください。ようやく自由になれるので、世界を放浪してみたいのですよ」
断固たる決意を言外に込め、リルドはそう告げる。
ギルバストックは残念そうでありながらも、それ以上は食い下がらなかった。
「まあ、それもそうでしょうなぁ。あの悪辣な王族たちがいなくなった以上、あなたはその立場にあり続ける必要はないのですから」
リルドはあまり性質的に好んでいなかったギルバストックではあるが、得意先である以上はリルドとは何度か交流があった。
そして、お互い様の暗黙の了解として、ある程度、互いの来歴を調べるのは当然だった。
ギルバストックはリルドからすれば典型的に傲慢な上流階級のひとりだったが、最低限の警戒を怠るほど愚かではなかった。
そしてリルドの来歴は、少し調べればすぐわかるのだ。
「リルド殿は代々王に仕える騎士の血統、それも、誰もが認める素晴らしい才覚を持って生まれ、誰からも輝かしい将来を望まれていたにも関わらず――」
「王の暴走によって、一族郎党纏めて身分を剥奪され、奴隷商人に堕とされたのですからね」
つづく