一夜明け、奴隷商人のリルドは再び地下室に降りてきた。
そのすぐ後ろには彼の傍仕えであるインディーがついている。
「すまないな、インディー。お前には他にも色々仕事を頼んでいるのに」
「構いません。昨日の間に進められるだけ進めておきましたし、用事が済んだら今日は早めにお休みをいただきます」
そう微笑みながら告げるインディー。
そんな彼女の様子に、リルドは苦笑いを浮かべる。有能で頼もしいのは確かなのだが。
(やろうとしているのが奴隷と愛し合うことっていうのが、こいつらしいというかなんというか)
変態もここに極まれりというべきか、下手な野心を持たないために信頼できるというべきか。
いずれにせよ、リルドにとってインディーという存在は非常に頼りになる側近なのだった。
そんな彼女を従えて、リルドはシェラ姫――ルルのいる部屋に入る。
部屋の扉は重い金属で出来ており、普通の人間が開けるには多少力がいる程度だが、ヒトイヌ拘束をされたものが開けるのには相当な勢いや力が必要となる。その扉が自然とヒトイヌたちを閉じ込める格子の役割を果たしているのである。
リルドがその扉を開くと、暗闇に閉ざされた部屋の中が廊下から差し込んだ光によって照らされた。
扉が開くときには大きな音や震動が起きるようになっている。それを感じ取ったのだろう。扉が開くのに反応して、部屋の中で複数の気配が蠢いたのをリルドは感じた。
リルドが部屋の明かりを灯す。広い調教部屋が明かりによって照らされ、その姿を明らかにする。当然ではあるが、リルドが昨夜離れた時から、部屋の様子は変わっていない。
部屋の中央に用意された楕円状のレーンに、部屋の隅に積み上げられた無骨な金属製の檻。
そして檻の中に閉じ込められた、複数のヒトイヌたち。
この場にいるヒトイヌたちは皆女性であり、その魅力的な肢体を窮屈な拘束具によって押し込められ、それぞれが独立した檻の中に鎖によって吊るされている。その肛門には太いアナルフックが突き刺さっており、後頭部を走るベルト状の拘束具と鎖によって接続されていた。テンションがかかっているため、彼女たちは顔をあげて前を向いた状態のまま、動かせない。
かすかにうめき声が響く中、リルドは檻の前に移動する。
「おはよう、お前たち。起きているか? ……と、いっても聞こえてないか」
彼女たちには目隠しと耳栓が施されている。部屋に誰かが来たことには気づけても、何を言われてもそれを理解することはできない。
ただし、その中には唯一、耳栓を施されていない者が混じっていたのだが、その彼女からの反応もなかった。
それは、ヒトイヌの彼女たちの中央に配置された女性――否、雌犬のルルだ。
「さて、と……」
リルドは他のヒトイヌたちは置いておき、真っ先に彼女の様子を確認する。
彼女は他のヒトイヌたちと大きく違う点がいくつもあった。
他のヒトイヌたちは課せられた拘束具以外、大部分の素肌が晒されているのだが、ルルは逆に素肌が露出しているところがほとんどない。
ラバースーツというものに体を包まれているためだ。それは彼女の輝かしい肌をほぼ全て覆っていて、口枷を嵌められた口元のわずかな部分しか外からは見えない。
(目は覚ましていないようだが……ああ、やっぱり気絶してるな)
彼女は半透明のゴーグルのようなもので視界を制限されているが、近付いてよく見ればどういう状態にあるのか確認することは出来る。
体の各部に繋がれた鎖によって、空中に吊されているに等しい彼女は、ろくに寝ることもできなかったに違いなく、いまは半ば気絶するも同然に意識を失っているようだった。
瞼を落とす事も出来なかったのか、白目を剥いており、目の焦点が定まっていない。
頭をあげた状態で固定する鎖があるため、顔を前を向けさせられているが、それがなければ力無く項垂れて俯いていただろう。
ボールギャグを噛まされた口元からは涎が垂れた跡があるが、すでに乾ききっていた。夜の間ずっと涎を垂らしていたのだから、喉の渇きは相当なものになっているはずだった。
呼吸用に開けられた鼻の辺りにある穴からは、微かに空気の漏れ出る音がしている。
微かに胸や肩も上下しており、少なくとも生きているのは間違いない。
それを確認したリルドはこっそり安堵の息を吐いた。これまで何度も似たようなことをして来て、大丈夫だとわかってやっていることでも、不慮の事故というものはいつでも起こりうる。
何か不具合を起こして夜の間にルルが死んでいた、という可能性もゼロではなかった。
(中途半端な睡眠で体力はほとんど回復していないだろうが……それも狙いのうちだしな)
雌犬のルルとしての行動は、シェラ姫としての彼女には耐えられないであろうことが多い。冷静な判断力を残していては心が壊れてしまう可能性があった。
ゆえに、限界ギリギリまで気力・体力を削ってしまう必要があったのだ。
(起こしてもいいが……寝かせておいてやるか)
気力と体力を削る必要はあるのだが、調教に耐えられないほど削っては意味がない。そのさじ加減がまた難しい。
リルドは彼女の耳を抑えつけ、完全に覆う形の耳当てを彼女に施す。それによって、彼女には周りの音が何も聞こえなくなるのだ。
夜間は周りのヒトイヌたちのうめき声や身を捩る音を聞かせるためにあえて耳栓は施していなかったのだが、これからの作業でうっかりリルドの名前を聞かれたりしないように、聴覚を奪っておく必要があった。
ルルは耳当てをつけられても目を覚ますことはなかった。それだけ疲労困憊しているのだ。
そんな状態の彼女が、今日の分の調教に耐えられるのか。リルドの胸中にほんの少し不安が生まれたが、奴隷商人としての経験と直感で恐らく大丈夫だろうと判断する。
(あまり悠長にやっている余裕もないしな……)
リルドがこうしている今も、将軍の手先がシェラ姫の捜索を続けている。しばらくはより怪しいところを捜索するだろうから、いますぐリルドの屋敷に捜索の手が伸びてくることはまずない。
だが他のところでシェラ姫が見つからなければ、いずれはリルドの館にも捜索隊はやってくる。リルドとしてはその前になんとかシェラ姫の調教を完了させ、彼女を連れて国外へと逃亡しなければならなかった。
そのためにも、手早く作業を進める必要があるのだ。今回インディーを連れてきたのには、そういった事情があった。
「よし、インディー。手早く済ませよう」
「了解致しました、ご主人さま」
普段はリルドを名前で呼ぶインディーだが、いまはご主人さまと呼んだ。
それはルルに万が一にもリルドの名を聞かせないようにするためだ。リルドが王女であった頃の彼女と邂逅したのは数えるほどで、まともに会話を交わしたのは最初に出会った時の一度きり。ほぼ記憶されていないだろうが、シェラ姫は非常に頭のいい才女だったため、覚えている可能性も十分にあった。
リルドは王族の暴走によって家ごと奴隷商人の身分に落とされ、両親はその状況に耐えきれずに自殺してしまったので、ほとんどの人間には王族に恨み辛みを抱えていると思われている。ゆえに仮に正体がバレたとしても、復讐のためにやっていることだとすれば調教に差し障りはない。
それでもリルドが正体を隠すのは、初恋の相手にリルドという自分が恨まれたくないという、自分勝手な気持ちを守りたいためであった。
この辺りの感覚がインディー曰く「初恋を拗らせている」、のである。
ともあれ、この調教が好意を持って行われていることだと彼女に知られるのは、調教上よろしくないことではあるため、そういったことを想起させかねないリルドの正体は隠すのが正解ではあった。
ルルの聴覚を閉ざしたリルドは、早速手早く済ませたい作業を開始した。
檻の中に閉じ込められていた他のヒトイヌたちを解放していく。インディーも作業を手伝い、複数のヒトイヌの拘束を外し、檻の外に整列させた。
彼女たちに施されているヒトイヌ拘束はルルとほとんど同じだが、ラバースーツを着ていないことと、彼女たちにはアナルフックがかけられている、というふたつの大きな違いがあった。
ルルの姿勢を固定する鎖は胴体の拘束具に繋がっているが、彼女たちの鎖はアナルフックに繋がっている。顔を俯けたり逸らそうとすれば肛門が抉られる仕組みで、彼女たちはヒトイヌとしての綺麗な姿勢を保ち続けなければならなかった。
耳栓と目隠しを取り払い、ヒトイヌたちの状態を確認する。リルドとインディーが協力して確認したところ、体調を崩した者はいないようだ。
「よし、お前達。今日も調教を始めるぞ」
そうリルドが告げると、彼女たちは命じられるまでもなく、横一列に並んでM字に開脚し、両腕を大きく上げつつ開いて胸を突き出し、胸もあそこも全てを晒した恥ずかしい姿勢を自ら取った。
彼女たちは言うなればベテランの性奴隷たちだ。リルドが時間をかけて仕込み、ヒトイヌ性奴隷としてほぼ完成していると言って良い。
事情があって買われずに残った者もいれば、まだ競売にかけられていない比較的新しい奴隷も混じっている。
いずれにせよ、彼女たちは雌犬として振る舞うことを受け入れており、リルドからすれば大事で可愛い商品たちだ。
「よし、まずは水分補給だ」
彼女たちはルルと違い、横向きの棒を噛みしめるタイプの口枷が施されていた。
ボールギャグを施されているルルほどには涎が垂れ流しにならなかったものの、多少は口の端から溢れ、夜中の間にかなり消耗しているはずだった。
しかし水を飲ませるための容器をリルドとインディーが持って来ても、彼女たちはそれに群がったりせず、じっと黙ってリルドたちの行動を見つめている。
雌犬としての自覚は確かなものであった。彼女たちにはルルの先輩として、雌犬の見本を見せて貰わなければならない。その姿はリルドにとって満足のいくものだった。
リルドは彼女たちに順番に水を与えながら、調教の段取りを組み立てていた。
「次は飯だな」
水を順番に与えた後は、食事の時間である。
ここで一旦、彼女たちのアナルフックに繋がれた鎖が解かれた。それでも、必要以上に姿勢を崩す者はいない。調教が済んでいる彼女たちにとって、鎖による姿勢の強制はほとんど意味がないものなのだ。
ヒトイヌである彼女たちにまともな食事を与えるわけがない。
小さく団子状に丸めた肉玉を餌皿に盛って、床に這い蹲って食べさせる。
その肉は栄養価が高く、極めて効率的にエネルギーを摂取することができた。
底の浅い餌皿を使っていて、餌も固形物のため、手を使わずとも、顔を突っ込んで食べることができるのだ。
まさに犬食いという様子で、うら若き女性達が餌にがっついている姿は、滑稽で無様だ。
突きだしたお尻が振るわれている。
仕事とはいえ、リルドは彼女たちのそんな姿に相応の興奮を覚えるのだった。
「よし、皆食ったな」
インディーと手分けして彼女たちの汚れた口元を拭いてやる。そのまま濡らした布で彼女たちの体を乱暴に拭いていった。
「くぅ……んっ」
裸の胸やむき出しの股間を拭かれ、ヒトイヌの彼女たちは悩ましい唸り声をあげる。
彼女たちは今後ずっとヒトイヌとして生きていくことになるため、その身体を可能な限り性的に調整してあるのだ。
全身が性感帯のようなものであるため、汗や垢などの老廃物を拭くという行為だけでも、気持ちよくなってしまうのだ。そして同時に、与えられる快感に流されるまま発情してしまわないよう、許可が出るまで堪えるように躾けているため、彼女たちは気持ちよくなってもそれに没頭するわけにはいかず、我慢しなければならない。
中には全身を拭かれただけで絶頂寸前まで高まり、目がとろんとしているものもいたが、絶頂まではしていなかったため、リルドもインディーも何も言わなかった。
拭く際には部分的に拘束具を取り外し、手足の一部を自由にすることもあったが、ヒトイヌとして躾けられている彼女たちは自由になったからといって勝手な行動は取らない。
リルドたちが拭きやすいように協力することはあっても、決して自分で自分を慰めるなどの行動はしなかった。
ちゃんと商品として仕上がっていることを再確認したリルドは、その従順さに満足していた。
(こいつらみたいに、自らそれに堕ちていくように誘導するのは簡単なんだけどなぁ……完全に堕としきらないように、行動だけ従順にするっていうのは難しい……)
一生ルルの面倒を見るつもりで、ひと思いに堕としきるという手もないわけではなかったが、できる限りまともな生活に戻れるようにしてやりたいというのがリルドの気持ちなのだから仕方ない。
リルドは一通りヒトイヌの彼女たちの世話を終え、全員に再び口枷を施した。
再び自ら胸や股間を晒す姿勢を取り、リルドの言葉を傾聴する姿勢になった彼女たちに、リルドは告げる。
「さて……気づいた奴もいるかもしれないが、昨日から新入りが来ている。お前達と同様、雌犬に堕ちた女だ。名前はルル。こいつはすでに買い手が決まっていてな。特殊な装備を身に付けているのもそのためだ」
そういってリルドが示すのは、まだ檻の中に入ったままのルルだ。ヒトイヌたちの視線が集中するが、ルルはまだ気絶しているのか、反応する様子はなかった。
「顧客からはなるべく早くの納品を所望されていて、急ピッチで調教を進める必要がある。お前達には、ヒトイヌの先輩としてこいつにヒトイヌとしての振る舞いを見せてやって欲しい」
この場合の振る舞いとは、待機姿勢や歩き方、そして性的な奉仕の仕方など、である。
調教が完了している彼女たちも、かつてはそうやって先輩のヒトイヌからヒトイヌとしての仕草や奉仕の仕方を覚えて来た。
ルルと違って、ヒトイヌ同士の慰め合いなども経験しており、同じヒトイヌに対する仲間意識は非常に強かった。
ルルに関してはそういった行為はさせるつもりがないが、ヒトイヌの中に紛れさせて輸送するつもりなため、ぎこちなくならないよう、ある程度は互いの存在に慣れさせる必要があった。
「ルルの準備をするから、お前達はしばらく席を外していろ。インディー」
リルドがそう呼びかけると、インディーは軽く頷いた。
「皆、おトイレに参りますよ」
インディーが手を打ったのを合図に、ヒトイヌたちはぞろぞろと部屋から出て行った。
トイレに行って、順番に用を足すのだ。数匹とはいえ、ヒトイヌの彼女たちの用足しは少々時間がかかる。
その間に、リルドはルルの方の準備を済ませるつもりだった。
彼女を閉じこめている檻の扉を開き、中で吊り下げられているルルの頬を軽く叩く。
半透明のゴーグルの奥で、白目を剥いていたルルの目がまっすぐ前を向いた。一瞬、自分の状況が理解出来なかった様子のルルだったが、目の前にみえるリルドの顔を――正確には仮面を――見て、目を見開く。
拘束されていることを忘れていたのか、思わず身体を動かそうとして、全身の拘束具が軋んだ。
「ウゥ……ッ!」
思わず暴れようとしたルルだったが、意識がはっきりするにつれて自分の置かれた現状を思い出したらしく、ゆっくりと抵抗をやめていった。
そんな賢いルルの反応を満足げに眺めつつ、リルドは彼女の耳当てを少しずらしてその耳元に囁く。
「ルル、躾の時間だ」
彼女の調教は、まだこれからが本番なのだ。
つづく